第二水雷戦隊壊滅ス   作:鉄玉

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アニメ8話、今週ですね。


大鯨

「戦艦棲姫との戦い、お疲れ様でした」

 

前回のように食堂に向かった私達を出迎えたのは意外な事にでち公ではなかった。

 

「ありがとう大鯨。ところででち、じゃなくて伊58はいないの?」

 

「すみません生憎母は昨日、船で横須賀に向かい留守なんです」

 

「そうなの?珍しいわね」

 

潜水艦隊旗艦のでち公が沖縄を離れるなんでそうそうない事だ。理由はいくつかあるけど一つはこの沖縄諸島が日本海への入り口となっている事に起因する。太平洋、日本の領海はほぼ人類が手中に収めているとはいえその範囲は広大だ。哨戒網を突破してから深海棲艦も年に何度か現れる。それに対応する為に第三艦隊がいるのだけどどうしても対応しきれない際に沖縄諸島周辺の哨戒を担当している潜水艦が遅滞戦闘を行ったり、場合によっては潜水艦隊が潜水艦を増派して敵艦隊を止める必要に駆られる。その指揮を取らなければならない事もあってでち公が沖縄を離れる事は滅多になかった。

 

「本当は二水戦の皆さんが着くまではいる予定だったんですが……」

 

「ごめんなさい。もう少し急ぐべきだったわね」

 

「いいえ、皆さんは人類のためにここに来る間多くの深海棲艦を倒してくださいました。お礼を言う事はあれど責める事なんてありません」

 

大鯨はこう言ってるけどでち公は怒っていたんじゃないかしら。でち公がいない食事はこれはこれで静かでいいものだけどいないと少しこの食事が味気なく感じるのはどうしてだろうか。

 

「伊58に会えないのは残念だけど今回は貴女の手料理を楽しむことを喜ぶ事にするわ」

 

「ふふ、お世辞を言っても料理以外は何も出ませんよ。母もギリギリまで出発を伸ばしていたんですけど流石に到着が遅れそうだったんで日持ちするものを作り置きするように言ったら渋々納得して出発しました」

 

それがこれですと言って見せてきたのは縦、横共に30cmはあろうかと言う寸胴鍋に入った大量のカレーだった。

 

「……海軍らしい選択ね」

 

海軍と言えばカレー。確かにその通りだし私自身嫌いじゃない。けどここに来る途中立ち寄った泊地で食べた食事のほぼ全てがカレーだったせいで正直嬉しくはない。と言うかしばらく見たくない

 

「母の一番の得意料理なんです」

 

笑顔でそう言われては事実をいいのも憚られる。なにより食べなかったら後ででち公に知られた時、何言われるか分かったもんじゃない。

 

「ありがたくいただくわ」

 

笑顔が引き攣っていないか不安になりながらもお礼を言うと大鯨は大輪の花のような笑顔を見せた。

 

「どんどん召し上がってください。まだお鍋2つ分ありますのでみなさんジャンジャンおかわりしてくださいね」

 

前言撤回。悪魔のような笑顔だわ。

いくら艦娘が普通の人間より大飯食らいとは言え所詮は駆逐艦、大型艦と比べると常識の範囲内で収まる。

 

「……みんな聞きなさい!」

 

振り返って二水戦を見渡すと私と大鯨の話を聞いていたのだろう幾人かの顔色が悪いのが見てとれた。

 

「ありがたい事に伊58が出張前に私達のためにこんなにもカレーを作ってくれたわ。きっとみんな食べたくて仕方がないでしょうけど欲張ってはみんなの分がなくなってしまうわ。そこで各中隊毎に一つの鍋に分けていただく事にしましょう」

 

因みに私の第一中隊には比較的よく食べる浜風がいるから多少マシだ。第三中隊なんて暁型の4人がいるから実質2個小隊みたいなものだから苦労するだろう。

 

「お腹空いてるようやったらウチらの分も食べてええからな」

 

案の定黒潮が助けを求めるような視線を向けてきた。

 

「そうね、もしこの鍋を食べ切ってもお腹が空いているようなら手伝ってあげなさい浜風」

 

流石に第三中隊は人手が足りなすぎる。可哀想だから多少手伝ってあげるとしましょう。

 

「陽炎教官。流石に私1人では……」

 

「浜風は特に食べるから言っただけで勿論他のみんなもよ」

 

そう言うと夕立が「ぽい!?」と奇妙な鳴き声をあげ他のみんなも信じられないものを見たような視線向けてきた。…まさか浜風だけだと本気で思っていたのかしら。

 

「なに?まさか伊58の好意を無碍にするとでも言うの?」

 

そう言って睨みつけると皆首を横に振った慌てたように席につきスプーンを持った。

 

「よろしい。じゃあ黒潮、不知火、みんなにカレーをよそってあげましょう」

 

「そんなお客様の手を煩わせるなんて……」

 

「大鯨は自分が作ったのを運ばないといけないでしょ?これくらい手伝ってもバチは当たらないわよ。不知火もそう思うでしょう?」

 

そう同意を求めると不知火は凄くいい笑顔で頷いた。

 

「陽炎の言う通りです。料理を用意したからと言ってその配膳まで1人でこなす必要はないです。特に今みたいに特殊な状況で人手がないのなら尚更です」

 

これに関してはでち公がいない事に感謝しないとね。でち公がいないから潜水艦隊は上も下も普段より一層緊張感を持って仕事をしていてどこもかしこも厳戒態勢で人手不足。本来はここまでする必要はないはずだけどでち公がいないだけでこんなふうになるんじゃ引退後が心配ね。

 

「そこまで言うのでしたらお願いしてもいいですか?」

 

「勿論よ。さぁ、不知火、黒潮、ジャンジャン配っていくわよ!」

 

私の呼びかけに不知火が心なしか頭より元気よくはいた答え、黒潮が申し訳なさそうな笑みを浮かべながら頷いた。

 

「みんな、皿を持って並びなさい!」

 

最初に私の前に来たのは浜風だっだ。磯風、夕立、夕雲と言った第一中隊の小隊長に突き飛ばされるようにして私の前に出ると恐る恐る皿を差し出した。

 

「やっぱり浜風が1番に来たわね」

 

たっぷりと皿にカレーを注いで上げると絶望したような表示を浮かべながら席に戻って行った。

次に来たのは敷波だった。狭霧にお尻を蹴り飛ばされながら私の前に来た敷波は顔を見る重なりこう言った。

 

「あの、あたしいまあんまりお腹が空いていなくて少なめにしてくれるとありがたいんですけど……」

 

「なに?お腹空いてるからたっぷり入れて欲しい?仕方ないわね〜」

 

1人だけ逃げるなんて許すわけないでしょうに。浜風の倍は注いであげないと。

こんな具合にみんなの皿に大量のカレーを注いだけど鍋にはまだまだカレーが残っている。最初は自分の分を少なめにしてみんなの皿に注ごうと思っていたけどその目論見は失敗した。私自身も大量に注がないと食べ切れる未来が見えない。

それに大鯨が作った料理もあるからでち公のカレーだけに集中するわけにはいかない。正直駆逐艦娘が食べる量ではないと思うけどカレー以外は大鯨が作ったものだ。小型艦の駆逐艦と違って普段の食事の量も多いだろう大鯨が用意したと言う事はもしかしなくても用意した食事の量は自分の食べる量を基準にしているだろう。となるとそれは私達では食べきれない量と言うことになる。

 

「陽炎教官、流石にこの量は無理ですよ」

 

ヒソヒソと小さな声で囁いてきたのは隣に座っていた狭霧だ。

 

「そんなの私もわかってるわよ。けどあんなに笑顔でもてなしてくれてるのに残すなんてできるわけないでしょ」

 

この時点ではカレーは8割ほど食べ終わっていたけど大鯨が用意した料理はまだ半分ほど残っている。正直私はお腹いっぱいでもう食べれそうにない。主力の浜風も死にそうな顔をしているしこれ以上はもう食べれそうにない。

 

「もうみんな限界です。第二と第三の机を見てくださいよ」

 

狭霧に言われてそちらを見ると第二中隊は不知火監視の元死にそうな顔をしながら料理を口に運んでいて第三中隊は暁型4隻が口を両手で押さえていて今にも吐きそうな様子だった。

 

「教官、旗艦として何が最善か教官ならわかっているでしょう。御決断を」

 

確かにこのままじゃ二水戦が戦わずして戦闘不能状態に陥るなんて言う意味不明な事態になりかねない。

 

「……そうね、貴女の言う通りね」

 

意を決して立ち上がると私の行動に気がついた大鯨が近寄ってきた。

 

「あ、おかわりですか?お椀お預かりしますね」

 

「いや、ちょ、そうじゃなくて……」

 

私の言葉は虚しくも大鯨の耳には届かず空っぽのお椀を持って大鯨はご飯をよそいに行ってしまった。

 

「さぁて、もうひと頑張りしましょうか」

 

きっと今の私は死んだ魚のような目をしている事だろう。果たして明日の私は無事呉に向かって出発できているのだろうか。

 

「え!?教官、大鯨にこれ以上は無理って言ってくれるんじゃ……」

 

「黙りなさい。教導隊で貴女は出されたご飯を残していいと学んだとでも言うの?」

 

「教導隊では食べないと翌日がキツイから出来る限り残さないようにと言われただけで過剰なまでに食べろとは一言も言われませんでしたけど……」

 

コイツ、ほんと無駄に頭が回るわね。

 

「狭霧、艦娘には避けられない運命(さだめ)と言うものがあるのよ」

 

「いや、ただのご飯ですよね」

 

「うるさい黙りなさい」

 

ペシンと軽く眉間にチョップを入れてやると狭霧は小さく悲鳴を上げて眉間を押さえた。

 

「ああ、陽炎教官のせいで大怪我を負ってしまいました。かくなる上は医務室で…痛い痛い痛い痛い!!!」

 

今度のは私ではない。狭霧の隣に座っていた巻雲が脇腹を思いっきり握りしめた事による悲鳴だ。

 

「逃げるなんて許さないですよ〜」

 

ニコニコと笑っているけど目は全く笑っていない。巻雲にこんな一面があったなんて知らなかったわね。

 

「おまちどうさまです。おかわり持ってきましたよ」

 

「あ、ありがとう」

 

そう言った大鯨の手にはこんもりとお椀に盛られた二合はありそうなご飯があった。

渋々私が受け取ろうとした時、ノックもなしに扉が開き1人の潜水艦娘が慌ただしく入ってきた。

 

「大鯨大変なの!!」

 

「イクさん、お客様の前ですよ。ノックくらいしてください」

 

イク、潜水艦伊19に大鯨が注意した。

 

「そんな事言ってる場合じゃないの!!!」

 

ただならぬ様子の伊58に大鯨は訝しげな表情を浮かべた。

 

「ゴーヤが、潜水艦隊司令官が、大鯨のお母さんが、死んだの!!!」

 

直後、お椀が割れる音と、大鯨の悲鳴とも慟哭とも分からない声が響きわたる中、伊19からでち公の状況を聞き出した。それが雷撃により船が沈んだ事で行方不明になっている状況だと知るや否や二水洗は即座に船の沈没海域に向けて一縷の望みを賭けて出撃した事は覚えている。潜水艦娘が簡単に沈むはずがないと信じて……。


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