「第二水雷戦隊第十五駆逐隊雪風、恥ずかしながら帰還しました」
待ち受けていた黒潮と親潮に敬礼と共に告げると黒潮達も敬礼を返し雪風を抱き締めた。
「陽炎から二水戦が壊滅した事は聞いた。何があったんや」
「黒潮さんせめて入渠してから話を聞いたほうが…」
黒潮は罰の悪そうな表情を浮かべ雪風をドックへ連れて行こうとした。
「ここで大丈夫です。雪風に入渠する資格なんかありませんから…」
一人だけ生き残ってしまった負い目からか雪風がそんな言葉を口走った。
「それを言うと作戦に参加出来んかったウチらの立つ瀬がない」
「雪風、2人のいう通りよ。先に入渠してきなさい。これは命令よ」
迷うそぶりを見せる雪風に命令だと告げると渋々黒潮に手を引かれてドックに向かった。
親潮も一緒にドックに行こうとしたけどそれを呼び止めた。
「なんですか陽炎姉さん」
「雪風は今かなり精神的に不安定な状況よ。しっかり見てあげて」
頷き黒潮たちを追いかけようとする親潮腕を掴んで止めた。
「あと、黒潮のことなんだけど…」
「黒潮さんがどうかしましたか?」
「血気にはやって失敗することが多いからよく見て支えてあげて。話はそれだけよ」
なぜ今そんな事を言うのかと不思議そうな表情を浮かべていたけど親潮は頷き答えた。
それを見て私は親潮の腕を離し、最後の仕事をする為に通信室へと向かった。
「司令、陽炎よ」
『何か分かったか?』
「ええ。原因の一つは偵察不足ね。どこから出てきたかわからないけど姫級12隻の他に150隻を超える艦隊がいたみたいよ。第二艦隊全軍であたってやっと勝てるような規模ね」
『姫級か……。軽巡、駆逐の火力ではある程度数がいないと倒せないな。150隻を超える護衛がいるとなると壊滅するのも無理からぬことか』
「けどそれだけが原因じゃないわ。敵は二水戦が敵の第一陣と戦っている時に敵の主力は第八艦隊と戦っていたのだけど…」
『…敵は二水戦の足止めを目的に戦っていたと言うことか?』
「多分ね。それなら戦力の逐次投入をした意図もわかるわ。もしも後退する意志を見せたら温存していた艦隊で総攻撃を仕掛けて足止めし両脇から艦隊が来るのを待つ、あるいは第八艦隊を壊滅させるまで粘る。そんなところかしら?」
もしも二水戦が第八艦隊から救援要請を受け後退するそぶりを見せたら敵は五つに分けて逐次投入していた艦隊を一度にぶつけてきただろう。
『その間敵の機動部隊はどこにいた?なぜ二水戦に攻撃を仕掛けてこない』
「おそらく第八艦隊を襲った艦載機が二水戦を攻撃した機動部隊と同じ部隊だったのでしょうね。その時に龍驤、鳳翔、愛宕が沈んだみたいよ。
おかげで第八艦隊は指揮権の移譲が出来ず混乱、バラバラになって逃げ出すしかなかったみたいよ」
『まて、指揮権の移譲が出来ないとはどういうことだ?』
「第三位以下の序列が不明確だったみたい。利根が二水戦に連絡を入れてくれたのは奇跡よ。他の第八艦隊はみんな二水戦のことなんか忘れて逃げてたみたいだから」
苛立ちから陽炎はポケットからタバコの箱を取り出し一本口に咥えた火をつけようとし火気厳禁の文字を見つけ舌打ちをしてマッチをポケットに戻した。
『援軍として呼び寄せておきながら忘れるか…。大層な御身分だな。それで、その親切な利根は?是非ともお礼をしたいのだが』
「轟沈したみたいね」
『そうか、残念だ』
第八艦隊の中ではマシというだけで常識として友軍にそれを伝えるのは当然の事ではあったけど私も一言礼は言いたかった。
「第八艦隊はどうなるの?また一から編成し直しだけど」
『第八艦隊司令官は更迭。軍法会議にかけるよう働きかけている。最低でも除隊に持っていくつもりだ』
「そう、なら後で一発殴っておくわ」
後先のことを考える必要がないから好き勝手できるのはいいわね。
『それは許可できないが、一つ朗報がある』
「正直今何を言われても喜べない自信があるけど…なに?」
『この前お前が参加したキスカ島撤退作戦、あれの感状が陸軍から届いてな、協議の結果作戦に参加した艦娘は昇進することになった。おめでとう』
「全然嬉しくないわ。そもそも艦娘にとって昇進なんて給料以外あまり関係ないじゃない」
艦娘の昇進は基本深海棲艦の撃沈スコアで決まる。通常の深海棲艦なら戦艦空母以外は1隻撃沈すればスコア1とカウントし戦艦、空母は2とする。これが50を越えれば自動的に一階級昇進。艦娘は一律少尉任官だから中尉に昇進する。150で大尉、300で少佐、600中佐といった具合だ。
ただ少佐からは部隊を率いることも多くなって指揮艦としての能力によってはスコアが足りなくても昇進する事がある。私はスコア356で少佐だったけど中佐に昇進する事になる。
『そうでもないだろう。駆逐隊の司令は大尉以上の駆逐艦娘でないとなれないし水雷中隊は少佐または中佐、水雷戦隊隊長は大佐以上と決まっているから軽巡、駆逐艦娘にとっては大きな意味があるだろう』
第四水雷中隊の隊長だった神通は大佐だったから別にこのルールが絶対というわけじゃない。寧ろ形骸化して久しい、多分この通りに艦娘を配置しているのは横須賀の第一水雷戦隊くらいだろう。
「二水戦がないのにどこで中隊を率いるって言うのよ」
『誰が中隊を率いるといった?』
「…お役御免ということね」
私は12歳で軍に志願して14歳歳の誕生日を迎える前日、二水戦に入隊した。今年で5年目、このまま私が軍からいなくなるまでずっと二水戦所属のままだと思っていたのに…。
元二水戦であれば引くてあまただろうけど私は二水戦以外に所属するつもりはない。
『そうじゃない。陽炎には第二水雷戦隊の旗艦を、次の旗艦が育つまでの繋ぎとして臨時で務めてもらう』
それを聞いて思わず咥えていたタバコを落としてしまった。後になって火をつけてなくてよかったと胸を撫で下ろしたけどその時はそんな心情じゃなかった。
「ふざけないで!そんなもの渡されて私が喜ぶと思う!?」
触雷して作戦に参加出来ずに死に損ねた挙句これ以上生き恥を晒せっていうの!?
『陽炎の怒りはもっともだ。おそらく、いや確実に臨時旗艦になった陽炎には謂れのない誹謗中傷が寄せられるだろう。それを堪えて陽炎には二水戦を再建するための礎になってほしい』
正直、私に対する誹謗はどうでもいい。ただ二水戦の名を汚す事だけはしたくない。
「二水戦は再建できない。たとえ名前が同じでもそれは二水戦じゃないわ」
正直言って私は司令の言葉に驚いていた。私にとって二水戦は24年前から脈々と受け継がれてきた伝統を受け継いできた戦隊こそが二水戦であり、この後に作られる水雷戦隊はたとえ名前が同じでも二水戦ではない。
『仮にも二水戦の駆逐隊司令だったんだ。全く同じは無理でもそれに近い部隊にはできるだろう。それに引退した元二水戦の連中、第二水雷戦隊教導隊も協力してくれる』
「尚更いやよ。第二水雷戦隊第十八駆逐隊司令ともあろうものが作戦にも参加せず帰ってくるなんて教導隊の人達に合わせる顔がないわ。黒潮にでも任せなさい」
『なら陽炎は今後どうするつもりだ』
「二水戦を滅ぼした深海棲艦共に目にもの見せてやるつもりよ」
華の二水戦が、世界最強の水雷戦隊が姫級12隻相手に手も足も出ずに壊滅したなんて謗りを受けさせるわけにはいかない。1隻でも多く道連れにして二水戦の実力を世界に知らしめてやる
『死ぬぞ』
「望むところよ。私1人で姫級1隻沈められるならコストパフォーマンスは最高じゃない」
『それができるのなら否定はしない。が、個人的にはそれよりも後任を育成して第二水雷戦隊を再建してほしいものだな』
「お断りよ」
『残念だ。私がそこにいればどんな手段を使ってでも出撃を止めるんだがな』
思えばこの司令との付き合いは私の短い人生の中では結構長い部類に入る。初めて所属した部隊の泊地司令官だったのがこの人で、それから二水戦に入る為に第二水雷戦隊教導隊に入った時に離れたけど二水戦に入隊してまた私の司令になった。そう考えるとなかなか感慨深いものがある。
「……じゃあね司令、あの世でまた会いましょう」
この時私は本気で死ぬつもりだった。姫級を1隻でも撃沈できれば少しは死んだ二水戦のみんなに報いることができると本気で思っていたから。
そんな私を止めたのは黒潮だった。
「出撃はさせへんで」
艤装を取りに工廠に入った私に12.7センチ砲を突きつけ黒潮が言った。背面の艤装こそ付けていないけど手に持つ12.7センチ砲だけでも武装していない私には十分な脅威だ。
「随分と勘がいいわね」
正直予想外だった。今頃雪風の話をドックで聞いていると思っていたんだけど。
どうやってこの場を収めるか、一度頭を落ち着かせるためにタバコに火をつけ息を吐いた。
「陽炎が帰ってくる前に司令はんと話してたんや。二水戦所属歴が長い陽炎がどう言う行動をするか、他の二水戦の先輩なら何をするか、ウチや親潮ならどうするか」
「それで?」
あの狸親父、最初からわかってたのね。
「神通なら残存艦隊まとめて殴り込むやろな。栄光ある華の二水戦が壊滅するほどの被害を出して敗退しながら生き残りがおるなんて許さへん。たとえ全滅しようともその生き様を見せつける為に突入して華のように散るやろな」
「当然ね。軽巡が残っていれば姫級が確実に1隻は落とせるわ」
軽巡が先頭となり敵の砲火を一身に受けながら切り開いた道を私達駆逐艦が進み敵の旗艦を撃沈する。理想的な展開ね。
「ウチとか親潮なんかは二水戦への思い入れはあるけどそれ以上に深海棲艦と戦う事に意義を見出してるタイプや。涙を流して悲しんで、ほんで次へと頭を切り替える」
黒潮達はそうだろう。死んだ仲間のために1隻でも多くの敵を沈める事で報いようと頑張るのだろう。
私は黒潮達と違ってそんなに器用に生きる事はできない。頭ではその方が生きやすいのはわかっているけど心がそれを許さない。
「陽炎は前者や。所属する二水戦を誰よりも誇りに思いその誇りを穢すんを許さへん」
黒潮は話す間も砲門を外す事なく向け続け全く隙を見せない。
「ただ神通とは違って陽炎は妹思いや。水雷戦隊では軽巡洋艦って沈むのが仕事みたいなとこあるし次女やからその辺の感覚がちゃうんやろうな」
「妹思い…ねぇ。姉妹艦と便宜上言っているだけで実際は姉妹でもなんでもないし、アンタに至っては私より2つも年上じゃない」
あまり長い時間を黒潮にかけるのは得策とは言えない。第八艦隊の連中に気付かれるかもしれないしなんなら司令が手を回して憲兵でも呼ばれたらたまったもんじゃない。
「年齢は関係あらへん。というかそこはどうでもええねん。陽炎も神通なら残存艦隊まとめて殴り込むって認めとったやろ」
「そうね。それと妹思いがどう繋がるのかよくわからないけど」
何かないか。最悪そのへんに落ちてるネジでも投げるか?
「なんでウチらには声かけんかったんや?」
タバコを咥えたまま大きく息を吸いゆっくりと嚥下し肺に煙を溜め勢いよく吐き出した。
「…これは私の、駆逐隊司令としてのケジメよ。どうしてあなた達まで巻き添えになる必要があるの?」
「ケジメっちゅうなら全員でつけなあかんやろ。駆逐隊司令ってだけで陽炎だけにおわせるんは理屈が通らへん。それはただの陽炎の我儘や」
「我儘……」
我儘、我儘。我儘と言われれば確かにその通りなんだろう。
確固とした理由がないわけじゃないけどそれも規則とかの類ではなく信条とかの話でだし。
「そうかもしれないわね。けどそれのどこに問題があるの?」
誰に迷惑をかけるでもなく1人で突入するのだから誰にも迷惑はかからない。まぁ司令にはちょっと迷惑かけるかもしれないけど。あと黒潮が臨時旗艦になるから黒潮もか。
「問題あらへんよ」
思いがけない黒潮の言葉に私は目を瞬かせた。非難する言葉が飛んでくると思っていただけに逆に私は動揺した。
「ウチも我儘やからな。陽炎が我儘言ったくらいで非難する気はあらへんよ」
そう言うと黒潮は12.7センチ砲の砲口を床に向けた。
「ウチは二水戦内で口伝されとる伝統とか心構えとかそう言うんを陽炎ほど知らん。技術とか戦術は教えれる自信あるけどそれ以外の事を教えれる自信はないねん。
やから二水戦の再建はウチには無理や、荷が重すぎる」
だから、と悪戯っ子のような表情を浮かべて黒潮は続けていった。
「陽炎ねーちゃん助けてーや」
黒潮の言葉に工廠が沈黙に包まれた。
「ふふふ……あはははは!」
沈黙に耐えきれず笑い声を上げ始めた私をみて黒潮はポカンと口を上け呆気に取られていた。
「アンタが姉ちゃん呼びとか似合わないわよ」
笑い涙を指先で拭いながら私は言った。
「…うっさいなぁ、たまには別にええやろ」
黒潮は恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
「いいわ、頼りない妹の為に一肌脱いであげる。なんたって私はお姉ちゃんなんだもの」
せっかく普段頼ってくれない妹が珍しく頼ってきたんだ、私の我儘よりも優先しなきゃ。だって私は陽炎型の長女なんだから。