私達が呉に帰還した3日後、第二艦隊旗艦の交代式が行われる事が決定した。現旗艦瑞鳳よりも階級が高くなってしまった以上、仕方のないことではあるけど出来ればもうしばらくの間は今のままでいたかった。
本当ならもう少し後の予定だったけど今になった理由はでち公が死んだ事にある。2日前に彼女の死が公表されると同時に国葬される事が発表された。各艦隊からは司令官と艦隊旗艦が少なくとも出席する事になり第一、第二、第三艦隊は著名な戦隊の旗艦、例えば一水戦や二水戦などの旗艦が参加する事になっている。
当然私も出席するけどその際に第二艦隊旗艦が第二水雷戦隊旗艦よりも階級が低いのでは具合が悪いから旗艦を引き継ぐ事になった。二水戦の旗艦だけでも持て余し気味なのに第二艦隊の旗艦まで務めるのは正直自信がない。おまけに瑞鳳はこれを機に楽隠居する気満々だからサポートは期待できない。
思わずいつものように煙草を吸おうとして私は口に咥えたココアシガレットを噛み砕いた。
「あ〜、煙草が吸いたい」
「賭けに負けたんやからそれで我慢せぇや」
「分かってるわよ」
金剛か二水戦、どちらが勝ったのか。雪風と金剛が倒れたのを見て引き分け、ドローになったとあの時の私は判断した。けど黒潮の判断は違った。
私があの場を不知火に任せたのをいい事に不知火も金剛と戦っていたと解釈しやがったのよ。そしてそれに不知火も乗っかったおかげで私はでち公の国葬までの間、人生初の禁煙をする事になった。
禁煙の手助けをするなんてニヤニヤしながらココアシガレットを渡してきた黒潮とVapeすら禁止にしてきた不知火はいつか絶対に泣かすとして果たして私はそんなにも長い間禁煙できるのだろうか。
「陽炎お姉ちゃんには長生きしてほしいですからこの機会に煙草はやめた方がいいと思います」
雪風、あんたもか。
「嫌よ。私は好きに生きて好きに死ぬの。煙草が原因で死ぬのもまた一興だし、深海棲艦に撃ち殺されるのもまた一興。誰かに指図されて行き方を変えるなんてナンセンスよ」
「新しく入った艦娘の中には陽炎姉さんに憧れている子もいますし悪習を広めない為にもここは禁煙を継続するべきです」
喫煙者は辛いわね、どこにも味方がいないわ。
「いっそのこと司令に頼んで第二艦隊司令部を全面禁煙にするのはどうですか」
「残念だったわね不知火、それは無理よ。私には禁煙しろとか言ってるけど司令も結構なヘビースモーカーよ。それは絶対にあり得ないわ」
この第二艦隊の喫煙所で司令とあったのは一度や二度どころの話ではない。私が喫煙所に行けば3回に1回はパイプを吹かしている。
その度に禁煙しろって言ってくるけど人にどうこう言う前にまず自分が禁煙しなさいよ。
「えっ!?司令はん喫煙者なん?」
意外と知られてないのかしら、他の3人も驚いているわね。
「そうよ。何度も喫煙所で禁煙するようお説教されたわよ」
喫煙家に禁煙について説かれるなんて笑い話もいいところよ。
自分が咥えてるものをどうにかしてから言いなさいよね。
「しかもパイプって紙巻きの煙草と違って吸い尽くすまで1時間くらいかかるのよ。だから自動的に説教時間も1時間を超えるのよね」
まあ、説教を聞きながら煙草を吸えるから辛うじて耐えれているけど。
「あの司令が喫煙者ですか……」
「なによ、なにか言いたい事がありそうね」
不知火が言葉に詰まらなんて珍しいわね。
「知っていますか?第二艦隊司令官は艦娘からの人気が高いんですよ」
「アレが?
いくらなんでも歳が離れすぎじゃない?」
艦娘は下は10代前半から上は20代前半と幅広いけど現役バリバリの艦娘とはどう考えても20近い歳の差がある。
「そうですか?私達より12、3歳上で司令官職をしている有望株なら充分許容範囲ではありませんか?
事実、艦娘の結婚したい司令官ランキング不動の1位は第二艦隊司令官ですよ」
12、3上ってことは30代前半って事よね。落ち着いてる雰囲気してるしもっと歳上だと思っていたわ。それより
「結婚したい司令官ランキングってなによ。私そんなの知らないわよ」
「陽炎はそうでしょうね。日本の艦娘御用達のミリタリー雑誌、米国のArmadaをリスペクトした無敵艦隊という雑誌があるのですがそれで紹介されていました」
リスペクトと言うよりそれはもはやパクリでは?
「それってもはやパクリやろ」
「リスペクトです。
一水戦や二線級の艦娘は暇ですからね。意外とこれが人気あるんですよ」
へぇ、そんなに人気なら一回読んでみようかしら。
「それで第二艦隊司令官が紹介されていたと」
「曰く若くして艦隊司令官に上り詰めたイケメン提督。艦娘が結婚できれば引退後の生活も安泰」
噂だと海軍軍人は世間一般の女性の間では結婚したい相手の職業ランキングで上位に来るらしい。
高収入で仮に相手が戦死しても莫大な年金が与えられるから死後の心配はない。そして艦娘にとってもそれは同じらしい。
「引退後の艦娘は年金こそありますが番号付きの艦隊に所属するか泊地で指揮艦でもしない限りは額は高くなりませんからね。
弱い艦娘は所属泊地の司令官やあわよくば第二艦隊司令官のような有望株との結婚を狙っているらしいですよ」
まぁ、たしかに30代前半で第二艦隊司令官なら有望株なのは間違い無いわね。
「それと第二艦隊司令官が人気なのはもう一つ理由があります」
最後に言うということはそれはきっと聞けば驚くようなとんでもない内容なんだろうと正直少し期待していた。
「喫煙者ではない事です」
「……は?」
「喫煙者ではない事です」
「いや思いっきり吸ってるわよ」
もしかして私が知っている第二艦隊司令官と別人?
「どうやら上手い事隠しているみたいですね。最近の艦娘は喫煙についてかなり嫌がる傾向にありますから喫煙者というだけで結構ランキングが下がるんですよ。
例えば大湊鎮守府の第五艦隊司令官。彼は35歳で独身だったので第二艦隊司令官程ではないにしろ人気があったんですけど、喫煙者だとバレて順位が7つほど下がりました」
元々の順位がどれくらいかは知らないけど、喫煙者が嫌われる事だけはよくわかったわ。
「ていうか不知火そういう雑誌好きなのね。意外だわ」
そう言うと珍しく不知火は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「別に好きというわけではありません。ただあまりにも娯楽が無くて暇で暇でしょうがなかったんですよ」
「本土ならゲームとかあるんじゃないですか?」
「一水戦は不知火のように安定を求める艦娘が多いですからね。この雑誌は各地の司令官を詳しく説明した記事もありますから人気だったんですよ」
雪風が疑問を投げかけたけど不知火はそれを無視してそう言った。
「けどやっぱり現実問題として艦隊司令官ともなれば普通の艦娘が会うことは少ないですからね。第二艦隊司令官の順位は憧れによる部分も大きいのではないでしょうか。なので実際は本土にある泊地の司令官とかの方が人気だと思います」
「その情報って必要でしたか?」
今度は親潮が訝しげな表情で尋ねた。
「必要です」
「なに、もしかして不知火は司令と結婚したかったの?」
「いえ、それはないです。不知火は他者に頼らず自分で自活できるように生活基盤を整えるつもりなので」
正しい判断ね。このまま何十年も戦争が続くなら司令官と結婚する事のメリットは大きいけど、流石にどこかで決着がつくだろう。そうなると軍人に使われる費用は削られるのは必然だ。軍人の数は減り年金も減らされる。安定していても今ほど優雅な余生は過ごせないに決まっている。
「不知火は司令が喫煙者だと知ったわけだけどどうするつもりなの?」
「特に何も。喫煙者なのを知らずに雑誌に煙草を吸わなくてイケメンで素敵とか投書しているのを読んで笑わせてもらいますよ」
少し口角を上げているあたり本気でそう思っているのだろう。
「相変わらず良い性格しているわ」
「ありがとうございます」
ほんと、良い性格してるわ。
「ところでどうしてゲームとかをせずに雑誌を読んでいるのかしら。やっぱり好きなの?」
私がそう尋ねると不知火は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「その話はもう良いじゃないですか」
「ダメよ、それだと雪風の質問を無視することになるわ。それは悲しいわよね雪風」
「言いたくないなら」
「か・な・し・い・わ・よ・ね」
趣味は無いなんていってた不知火が初めて見せた趣味らしい趣味。ここで全部聞かずにいつ聞くのか。
「はい、雪風は悲しいです」
私の圧に屈して雪風が頷くのを見て私はそれ見た事かと言わんばかりに不知火に視線を送った。
「相変わらず暴力的ですね。嫁の貰い手がなくなりますよ」
「別にそんなものいらないわよ」
結婚なんてする気はないけどもし欲しくなったら嫁に行くんじゃ無くて婿取りすれば良いだけだしね。
「で、どうして読むのがその雑誌なのよ。よくよく考えたらオータムクラウド先生って言う売れっ子漫画家だっているわけだし読むものをそれに限定させる必要はないわよね」
「残念なことに第一艦隊で出されている物は不知火の好みとは外れていて読んでいなかったんですよ」
「ならどうしてその雑誌は読んでたの?好きではないって理由で漫画は読まなかったのなら雑誌も好きじゃないなら読まないはずよね」
いつも澄ました顔でいる不知火の表情が歪むことのなんと愉快な事か。もうちょっと遊ばないともったいないわ。
「雑誌と漫画は別でしょう」
「けど自分の好みで読む読まないを決める点では同じじゃないの?
雑誌だけが別な理由があるの?」
ふふ!あの不知火があんなにも感情を露わにするなんていつ以来かしら。
訓練学校時代は何度もあったけど最近ではめっきり見なくなっていたから懐かしいわ。
そんな余計な事を考えていたからだろうか。不知火が足早に近づき手を振り上げた事に気付いた時には全てが遅かった。
「良い加減にしてください!」
真っ直ぐに振り下ろされた手刀は私の額の中心を正確に撃ち抜き私は額を抑えて倒れ込んだ。
不知火も雪風や狭霧に負けず劣らず手が出やすい事をすっかり忘れていたわ。
「アンタ人に暴力的とかなんとか言いながら自分も大概暴力的じゃない」
「問題解決のもっとも手っ取り早い手段です。
お望みならもう一発お見舞いしますがいかがですか?」
流石にアレを二発喰らうのはごめんだわ。
「分かったわよ。もう聞かないから勘弁してちょうだい」
「わかれば良いんです」
黒潮相手なら防げた物も流石に不知火相手では無理があったわね。
本当はもう少し追及したいけどこれ以上すれば本気で怒られそうだし辞めるしかないわね。残念だわ。
結局あの謎のみかん推しはなんだったのか。
未完と掛けているのかそれとも他に理由があるのか。
それはそうと8話の最後、現代のシーンで色んな艦娘出ていましたけどあれってどういう法則で出していたんでしょうか。
利根型は筑摩が出なかったけど北上、大井は2人とも出てますしよくわからん。
よくよく考えたら不知火とか作中で登場した一部艦娘も出てないですね。
何故でしょうか。