なのでじつは陽炎、内心相当ムカついていました。
でち公の死について、私は一つだけ納得できないことがあった。
残念なことにでち公が死んだこと自体は変えようのない事実だけど、その死因が深海棲艦の潜水艦による雷撃が原因とは俄には信じられなかった。
「お忙しい中わざわざ沖縄までお送りいただき、ありがとうございました」
「お世話になった伊58の棺を沖縄に送り届けるなんて重大な任務を、他の誰に任せるわけにはいかないわ。寧ろ二水戦を指名してくれてありがとうってこっちがお礼を言いたいぐらいよ」
伊58の棺を運ぶにあたり再び潜水艦による雷撃を受けぬよう護衛が必要だった。
その護衛に大鯨達潜水艦隊は二水戦を指名した。潜水艦への備えとして暫くの間二水戦は呉に留まることになっているから外洋に出る機会がなくなる。唐突に決まった事だからその期間もまだ決定していなかった。
できれば呉で待機する前に一度、外洋を航行したいと思っていたから大鯨達からの要請は渡りに船だった。
「母を撃沈した潜水艦はまだ見つかってないんですよね?」
「そうみたいね。船に乗っていた連中は全滅してるから目撃者は護衛の一水戦だけ。その肝心の一水戦が敵艦の捕捉に失敗しているのが痛いわね」
後になって知った事だけど護衛についていたのはあの旗風率いる第三駆逐隊4隻のみ。数は少ないけど不知火曰く第三駆逐隊は一水戦の中でも特に実力者揃いらしくその力は第四、第五中隊の現役艦娘に勝るとも劣らないと言う。
そんな彼女達が一体どうして潜水艦を見逃したのか、疑問は尽きない。
「多分もう人類の勢力圏からは脱出しちゃってるの」
「そうでしょうね」
伊19の言う通り、いくら潜水艦の足が遅いとはいえ人類の勢力圏から逃げるには十分な時間が経過している。下手人を見つけるのは不可能だ。
「私が潜水艦母艦でなければ……」
潜水艦母艦大鯨は練度が一定に達したと認められれば軽空母に改装されることがあるけど、現代では潜水艦母艦はオリョクルの効率を良くするためだけに存在しているからその練度が大きく上がることはない。
加えて水雷戦隊主力の日本に態々改装してまで空母を使う事はあり得ないから大鯨の願いが叶う事はないだろう。
「貴女は自分の手で仇を打ちたいでしょうけど艦娘には艦種に応じた役目があるわ。
敵討は私達実戦部隊に任せて貴女は吉報を待っていなさい」
我ながらなんとも情けない言葉だと思う。
この広い太平洋からでち公を撃沈した潜水艦を見つけ出すこと自体が困難だ。そもそもでち公を撃沈した潜水艦がどれかなんて目撃者がいない以上分かるはずがない。と言うかそもそも目撃者がいても深海棲艦の判別なんて何か特徴がない限りは不可能だ。
「私だって艦娘なのにどうして……」
「大鯨、ゴーヤはきっと大鯨が戦場に出る事は嫌がると思うの」
「私が戦えないからですか」
「違うの。ゴーヤは元々大鯨に艦娘になって欲しくなかったの。だから大鯨が潜水艦母艦になった時、安心していたの」
そりゃそうでしょうね。子供が艦娘になって命のやり取りをするなんて悪夢もいいところ。自分が守ることのできる潜水艦母艦になったのは不幸中の幸いというやつなのかしら。
「だから大鯨は敵討なんて考えずに後の事は陽炎みたいな次世代の担い手に任せてここで引退まで平和に過ごせばいいの」
「貴女はそれでいいんですか!?」
「ゴーヤとの付き合いは大鯨より長いの。それが一番いいと思うのね」
「なら貴女はどうなんですか!?
貴女は私と違って母と共に20年近く戦い続けて力もある。仇を打つ事は容易でしょう?
航続距離の問題があると言うのならそれこそ私の出番です!自分の手で仇を討とうとはこの際言いません。せめて貴女の手で仇を討ち、それに少しばかり私が協力できたのならそれで本望です」
大鯨の問いかけに伊19は首を横に振ることで答えた。
「それはできないの。大鯨、諦めて欲しいのね」
「意気地なし!」
目に涙を一杯溜めた大鯨はそれだ言うと基地に走り去った。
「……なかなかキツイことを言うわね」
「それがあの子のためなのね」
潜水艦母艦に戦闘能力はない。改装すれば話は別だけどそれが許される事はないだろう。つまり私と違って親の仇を一生討つことができないと言うことだ。そんなの私には想像もつかない。
「死んでも仇を討ちたい。残された者の中にはそう考える人だっているのよ」
「残して逝った者はそんな事しないで欲しいと思っているのね」
「かもしれないわね」
いや、きっとそうなのだろう。
私は子供もいなければ結婚もしていないから親の気持ちというものはわからない。けど自分の大切なものが自ら消えてなくなろうとするのは悲しい事だ。
「無責任だとはわかっているの。けど陽炎にあの子の事を、大鯨の事をお願いしたいのね」
唐突な伊19の言葉に私は思わず眉を顰めた。
「それ伊58にも言われたんだけど」
「ゴーヤが沈んだ後のことを頼めるのは陽炎と漣だけなのね」
「もしかして旗艦にも言ってるの?」
「当然なのね」
過大な評価、胃に悪いわね。
「伊58と旗艦は仲が悪いって聞いていたのだけど?」
「古い友人の最後の頼みを聞き入れないほど漣の心は狭くないの」
「伊19、貴女も伊58との付き合いは長いんでしょ?なら貴女が代わりに守ってあげたらいいじゃない」
私の言葉に伊19は首を横に振った。
「イクはゴーヤ程強くはないし当然陽炎にも漣にも勝てないの。だから大鯨を守り切る事はできないのね」
「比べる相手がおかしいでしょ。深海棲艦と比べるのならともかく私や漣なんて味方じゃない」
「……確かにそうなのね」
驚いたように瞬きを数度した後、彼女はそう言った。
「それはともかく大鯨の事を頼むのね」
「しつこいわねぇ。言われなくても伊58に頼まれていたし大鯨の事はできる限り気にするわよ」
そう言うと伊19は安心したように笑みを浮かべた。
「ところで一つどうしてもわからない事があるのだけどいいかしら?」
私の問いかけに伊19は頷いた。
「伊58が雷撃された日、どうして貴女は伊58が死んだと判断したの?」
「ゴーヤは船に乗っていたの。その船が沈められたら死んだと判断するのはなんの不思議もないの。ちょっと早とちりだったみたいだけどなのね」
「そうね。たしかに普通の艦娘なら乗っている船が沈められたら死んだと判断してもしょうがないかもしれないわね。けど伊58は潜水艦よ。潜水艦はそのスクール水着みたいな艤装があれば艦娘としての最低限の機能は果たされるわ」
那覇泊地を出発した時は気が付かなかったけど彼女はたしかにゴーヤが死んだと言った。よくよく考えるとこれはおかしいのよ。
「陽炎の言う通り普通の艦娘なら船を沈められたら死ぬ可能性が高いの。だから死んだと判断したのね。艦娘にとってそれは普通のことなの」
確かに潜水艦娘以外の艦娘ならそれも仕方ないだろう。けど伊19は潜水艦娘だ。普通思いつくのは自分が船に乗っている時に雷撃されたらどうなるのか、つまり船外に出て海の底で敵をやり過ごすと言う事が思いつくのではないだろうか。
「貴女みたいな潜水艦娘は私達と違って船に乗る事を忌避しない。なぜなら船が沈んでも自分1人が生き残るのは比較的容易だからよ。
多くの艦娘にとっての常識は、潜水艦娘にとっての非常識よ」
潜水艦娘が乗った船が撃沈され潜水艦娘が海の底で敵をやり過ごしたと言う事例はいくつかある。
潜水艦娘である伊19がそれを知らないわけがないし、その可能性に賭けない理由もない。
「……勘がいいのは生き残る上でとてもいい事なのね」
突如として伊19の雰囲気ががらりと変わった。
流石古参艦娘とでも言うべきだろうか。私が、潜水艦に対して優位に立てるはずの駆逐艦娘である私が、潜水艦娘に警戒感を抱く事になるなんて考えもしなかった。
「けど勘が良すぎるのも考えものなの」
「褒められた、と思っていいのかしら?」
背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、場合によっては伊19を取り押さえる事を考えないといけないかもしれないと体をこわばらせた。
「本当はあの時既にゴーヤは死んでいた筈だったのね。どんな心変わりがあったのかは知らないけどそれから半日以上戦っていたのには驚いたのね」
「心変わり?」
「なんでもないの、忘れて欲しいのね」
そう言うと彼女は疲れたようにため息を吐いた。
「貴女は伊19を殺したの……?」
囁くような声で尋ねると彼女はキョトンとした表情を浮かべると、大きな声で笑い始めた。
ひとしきり笑うと目元の涙を拭き私の問いに答えた。
「ゴーヤとイクは戦友なのね。そんなゴーヤを殺すなんてできないの」
「伊58が殺されたのは知っていたのに?」
彼女の話を統合して考えると伊58が暗殺されたのは間違い。けど問題は下手人は誰かだけど単純に考えれば潜水艦戦隊からかしら。
「イクはゴーヤが殺されたのは知らなかったのね。ただゴーヤが行方不明になったとしたら、殺された可能性が高いって事を知っていただけなの」
違うか。潜水艦の姿を見ていないと言った一水戦が下手人の可能性もあるのかしら。よく考えると一水戦の行動はおかしい。
第二艦隊の領分を侵したのもそうだけど、死亡が確認されてから1日以上現場海域に留まった理由はなに?
「下手人は一水戦なの?」
「それはないと思うのね。今の一水戦ぐらいじゃゴーヤどころかイクでさえ殺せないのね」
「いくら伊58が強くても潜水艦よ。駆逐艦複数隻からタコ殴りにされたら敵わないでしょ?」
一水戦が対潜装備を持っていなければ話は別だけどね。
「たとえそうだとしてもゴーヤなら少なくとも1隻は道連れにしていると思うの」
……たしかに、武器がなくてもでち公なら駆逐艦の1隻や2隻、簡単に道連れにできるわね。
「なら一体誰に殺されたと言うのよ」
「知らないのね。イクはあくまでも殺された可能性が高いと思っているだけなのね」
コイツ、ここに来てそんな事を言うか。明らかに殺された事に確信を持っているでしょうに。なんなら下手人の正体さえ知ってるんじゃないかしら。
「イクは陽炎よりよっぽど長く生きてるのね。だから陽炎が知らない事もいっぱい知っているし、知りたくもない事だってたくさん耳に入るのね」
「潜水艦艦隊のNo.2ともなればそうでしょうね」
「ゴーヤもそうなの。イクもゴーヤも漣も艦娘として長く生きすぎたのね」
潜水艦娘の艦娘としての寿命は他の艦種と比べてすごく長いけど、連合艦隊旗艦もと言うのはどう言う事かしら。たしかに彼女が艦娘になったのはでち公達よりも早いけど……
「そろそろ後進に後を譲ってもいい頃だと思うのね」
「意味がわからないわ。一体伊58の死とどう繋がるって言うのよ」
「いずれわかるの。だから陽炎、その時は日本のことを頼むのね」
そう言うと彼女はこれ以上話す事はないとばかりに私に背を向けでち公水葬の式場へと向かった。
水葬への参加は那覇泊地の関係者と招待された一部民間人のみに限定されていたから私が彼女を見たのはこれが最後になった。
でち公の水葬直後より行方をくらました彼女はその翌日、那覇泊地が一望できる小高い丘の上で縊死しているのが発見された。
陽炎主役でアニメやってくれないかなぁ。