潜水艦艦隊の副司令官が自殺した。
その情報は拡散される事なく那覇泊地、及びごく一部の艦娘のみにしか知らされる事はなく対外的には事故死とされた。
真実を知らされたごく一部の艦娘の中には私を含む伊19を捜索した二水戦もふくめられていて呉への帰還の途につく二水戦はその話題で持ちきりだった。
「何が原因だったんでしょうか」
真横を航行していた不知火もやはり気にせずにはいられなかった。
「伊19の事?」
「艦娘が、それも潜水艦娘が首を吊ったところで簡単には死ねません」
「艦娘や深海棲艦由来のもんやないと傷一つつかへんもんな」
不知火とは逆側を航行する黒潮が不知火の言葉に答えた。
わざわざ艦娘精神注入棒に艤装由来の素材を使っていることからも分かるように艦娘に傷をつけるのは難しい。
艤装や深海棲艦と以外の数少ない艦娘にダメージを与える方法の一つが窒息だった。
「何故首を吊るなんて方法を選んだんでしょうか」
「艦娘が艤装とかを使わずに死ねる数少ない方法の一つが首吊りだからでしょうね」
首を吊る以外には毒や潜水艦娘でなければ溺死なんかがある。
艦娘はごく普通の一般人と比べれば車と衝突して死んだりなんかする事はまずない。だから深海棲艦や艦娘と関わりのない死亡事例は世界中を探しても年に数例しかない。
その数少ない事例の一つが日本の艦娘で埋まった事は残念でならない。
「艤装を使わない理由がわからないと言っているんですよ」
「そんなものは私にもわからないわよ。
艤装を使いたくない、あるいは使えない理由があったからそうしているわけだしそこを深く考える必要はあるのかしら。結局のところ死んだ伊19にしか理由はわからないのだし考えるだけ無駄よ」
どんな理由があるにせよ私は自殺というものが嫌いだ。
まだ生きるという事ができるのに、生きたいと思っても生きられない人だっているのにその権利を放棄する愚か者。
それに類別された伊19の考えなんてどれだけ考えたところでわからわけがないから私は彼女について深く考える事をやめていた。
「そうでしょうか?」
「これが他殺ならまだしも自殺よ。どんな方法を選んだかで自殺という結末が変わるわけじゃなのよ」
「ホンマにそうやろか」
深刻そうな表情で黒潮が反論してきた。
「伊19の死が伊58の死と無関係とは考えにくいやろ?」
「そうね。だからどうしたのよ」
「でち公の死も違和感を抱かざるを得ないという事ですよ。というか伊19は本当に自殺なんですか?」
黒潮にも不知火にも私が伊19と会話した内容を話していないけど2人もでち公の死に対しても違和感を抱いたみたいね。
「多分、あまり深入りしない方がいいわ」
真相が気にならないと言えば嘘になる。
けどそれ以上にこの事件は下手に首を突っ込むと手痛いしっぺ返しを受ける事になる事になると私は半ば確信していた。
伊19と直前に会話した時は彼女がでち公の死に関わっていると思っていたけど仮に不知火が言うように伊19が自殺でなかったのなら彼女の死因は知りすぎたからという事になんじゃないだろうか。
「好奇心タマをも殺すですか」
「いや猫やろ」
「猫とはタマの事でしょう?」
「たしかに多摩はニャーニャー言ってるけどそれは違うでしょ」
多摩は球磨型軽巡洋艦2番艦と言う歴とした艦娘だ。
「そもそも軽巡洋艦の多摩なんざ年間で何隻死んどるかわからんやろ」
たしかに軽巡洋艦である多摩は戦場において私達駆逐艦と共に深海棲艦と戦う機会の多い艦種だから自然と轟沈する数も多くなる。
「誰が軽巡洋艦の多摩と言いましたか?タマは不知火の家の近所に住む野良猫の事です」
「なんで態々固有名詞出すねん。わかるわけないやろ」
「冗談です。面白いでしょう?」
そんな表情変えずに面白いでしょうなんて言われても反応に困るわよ。
黒潮も顔が引き攣ってるし。
「……冗談はともかく陽炎は何か知っているんですね?」
少し頬を赤くしながら不知火は話を戻した。
「さて、何のことかしら」
「深入りするつもりはありませんが陽炎に今回の一連の事件について何か心当たりがあるのなら先に言っておいてください」
「どうして?」
「まだ事件が終わっていないかもしれないからですよ」
でち公の死に関わっている疑惑のあった伊19が死んだ事で全て終結したように思うけど違うのかしら。
「陽炎と伊19が直前に会話した事は少し調べればわかります。そこで何を話したのか、それを知るのは伊19と陽炎のみ。伊19が都合の悪い事を話したのではないかと勘繰った何処かの誰かが陽炎を狙わないとも限らないでしょう」
なるほど、たしかにそれはあり得る話ね。
「けどそれは伊19が口封じされたと言う前提の元に成り立つ話よね?」
「そうですね。ですがもしもと言う事もありますし陽炎が用心するに越した事はないでしょう」
「まさか私が殺されるとでも?」
私は日本最強の部隊、第二水雷戦隊の旗艦。大抵の艦娘は返り討ちにできる自信がある。
「陽炎に勝つ事ができる艦娘はそう多くはないですが油断すればどんな強者だって足元を掬われます」
高く評価されているのは嬉しいけどこんなに警戒するよう促すのはらしくないわね。
「何をそんなに怖がってるのよ。この話はあくまでも伊19が他殺である事を全体に成り立つものよ」
「陽炎が思わせぶりなこと言うから不知火が心配しとるんやろ」
「私のせい?」
話を振ってきたのは2人の方なのに。
「まぁ、これから暫く呉に滞在する事になりますし正直心配はしていませんが」
「そうね、呉鎮守府に缶詰めになる以上は殺されるような事も起きないでしょうね」
考えれば考えるほど憂鬱になる。深海棲艦の潜水艦への備えだから日本近海の安全が確保されるか戦線になんらかの異常が起きない限りは呉から離れる事はないだろう。一体どれほどの期間になるのやら……。
「暫くは訓練浸けやな」
「そうね。私としては小隊指揮艦の指揮能力向上と部隊の連携力を上げる事に重点を置きたいと思っているのだけど2人はどう思う?」
「それよりも個人の実力の方が先とちゃうか?
壊滅前と比べたら実力がめちゃくちゃ落ちとるし」
黒潮の言う通り前の二水戦と今の二水戦じゃ個人の実力は大きく劣っている。
わかりやすい例だと親潮だろうか。前の二水戦だと彼女は下から数えた方が早い実力だったけど今の二水戦だと彼女に勝てる可能性があるのは各小隊の小隊長と他数名と言ったところだろう。
それほどまでに今の二水戦隊員の力は弱い。けどそれは大した問題ではない。
「個人の力は部隊の連携で補えるわ。昔、個人の実力では一水戦に及ばなかった二水戦が、並んで最強と言われたのは部隊の高い連携力と指揮艦の指揮能力があったからよ。
わざわざ個人の実力を上げずとも部隊の力が上がれば自然と二水戦は以前の力を取り戻すわ。個人の実力アップはそれからでも十分よ」
本来、二水戦は個人の実力をそれほど重視しない。それが変わったのは多分一水戦反乱後からだと思う。
個人主義だった一水戦に流れていた人材が一水戦反乱後から少しずつ二水戦に流れるようになり二水戦は変わった。
人材が流れ込んだだけなら二水戦としての伝統を保てたかもしれないけどタイミングが悪かった。東南アジア奪還のために二水戦は小隊単位での運用が多くなり部隊での連携よりも個人の力がそれまでよりも重要になった。そんな事情もあって私が入った当時の二水戦は反乱を起こした一水戦に近い戦い方をしていた。
もっとも、一水戦みたいに実力至上主義ってわけではなくみんな仲が良かったけどね。
「けどここまで個人の実力が低いと不安やわぁ」
「不知火は一水戦からの編入ですけど黒潮は元々二水戦でしょう。
不知火より不安がってどうするのですか」
「いや、不知火は前の二水戦知らんから不安にならんのやろ。ウチは前のを知っとるから余計に不安になるんよ」
正直私も不安だ。この状態ではどんなに頑張っても中隊単位での派遣が精々でそれさえ送り出す側の私は不安な気持ちを抑えられないだろう。
せめて個人の実力だけでも壊滅前に戻せればこの気持ちは治るだろうけどそれではダメだ。
二水戦は個人ではなく部隊の連携力で最強と言われ部隊、それを今更個人の力の集合で最強を目指すなんて意味がわからない。
「そう考えると今回の呉滞在はちょうどいい機会かもしれないわね」
なんだかやる気がみなぎってきたわ!
かつて私の中隊長だった神通さんみたいに隊員達をビシバシ鍛えて最強の二水戦を作り出す。その絶好の機会だもの!!
「うわぁ……なんか陽炎がメチャクチャやる気なっとる」
「うわぁとはなによ!」
「扱かれる夕立らが可哀想やな思ってな」
どうやら黒潮はなにか勘違いしているみたいね。
「アンタには特にキツイ訓練をしてもらうからね。なんせ二水戦の中隊長、黒潮がトップに立って戦地に行く事だって今後あるんだから」
そう言うと黒潮は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「勿論不知火、アンタもだからね!」
「わかっています」
不知火は黒潮と違ってやる気を漲らせている。
「さぁ、そうと決まれば巡航速度でちんたら帰ってられないわね。
全艦第三戦速、急いで呉に帰投するわよ!」
後ろからブーイングが聞こえたけど一睨みするとそれは止んだ。
生意気にも反抗してきた分も加えてビシバシ鍛える事を心に決め、第二水雷戦隊は速度を上げた。