第二水雷戦隊壊滅ス   作:鉄玉

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鎮守府裏

横須賀鎮守府に次ぐ広大な敷地を持つ呉鎮守府、その鎮守府庁舎裏に普通の人間が立ち寄る事は滅多にない。

薄暗く、ジメジメとしていてアンダーグラウンドな雰囲気を醸し出し艦娘の間では大昔に轟沈した艦娘の霊が現れるなどと噂されるお世辞にもいい場所とは言えないそこは一部の人間にとっては聖地だった。

 

「呉での生活には慣れたか?」

 

煙を吐きながら問いかけてきたのは第二艦隊では数少ない私の煙草仲間、日向だ。

 

「慣れたも何も私はここの所属よ。今更一体何になれるって言うのよ」

 

年季の入った灰皿に灰を落としながら答えると日向は苦笑いを浮かべた。

 

「それはそうだが二水戦は各地を転戦していただろ。特に陽炎が入ったばかりの頃の二水戦の主戦場は東南アジア、呉に戻ることなんて殆どなかっただろう」

 

「二水戦教導隊は呉にあるし訓練学校は呉の訓練学校出身よ」

 

「確かにどちらも同じ呉鎮守府だが場所は全然違うだろ。

特に訓練学校は寮こそ呉にあったが主要な学校施設は桂島にあるから呉鎮守府にそこまで馴染みはないんじゃないか?」

 

たしかに訓練学校時代は呉所属の意識はなかったし教導隊も意外と第二艦隊司令部のある鎮守府の中心部とは距離があるから呉所属の意識が薄い。

二水戦に所属してからも殆ど東南アジアで戦っていたから二水戦所属してから呉に滞在したのは教官をしていた時期を除けばそう多くはない。

 

「日向の言うように二水戦は各地を転戦していたのよ、環境の変化でどうこうなるような鍛え方はしてないわ。慣れる以前の問題よ」

 

東南アジアは元々日本ほど発展してないかったのに長い間深海棲艦に制海権を握られていた影響で文明レベルが数十年後退したような有様だった。

カビ臭い虫の湧いたベッドで寝れたらいい方で場合によっては地面に布や落ち葉を敷いただけなんて言うまるで野生動物の寝床のような場所で寝たのだって一度や二度ではない。

ふかふかのベッドと蛇口をひねればすぐに飲み水が出る環境というだけでも天国みたいなものだ。

 

「陽炎が二水戦に入った頃は東南アジアの奪還は殆ど終わっていただろう?

停泊地の状況も良かったんじゃないか?」

 

私が加入した頃には東南アジアの奪還は最終盤だったけどだからと言って後退した文明が復活しているわけではない。なにより日向達大型艦と違い私達は最前線を戦い続けるから任地の環境はすこぶる悪い。

 

「大型艦は航続距離も長いからある程度環境が整った場所に停泊できるけど私達駆逐艦は航続距離が短いのよ。

自然と最前線の奪還されたばかりの地域に停泊する事になるから場合によってはプレハブ小屋さえ建ってない事さえあったわ」

 

戦艦みたいな大型艦は運用コストと練度の高い艦娘が少ないことからかなり設備が整った場所に派遣される。

私達駆逐艦とは違って大事にされているのよね。

 

「それは……その、すまん」

 

まぁ、私がそれを経験したのは1年あるかないかの期間だったけどそれでも2度とあれは経験したくない。長い間あれを経験した二水戦の先輩達には頭が上がらない。

……そう言えば黒潮はギリギリあれを経験していないのか。なんかムカつくわね。

 

「気にしないで。二水戦がこき使われるのはいつものことだもの」

 

ほぼ確実に戦果を上げることのできる二水戦が停泊地の設備が整っていないなんて言うくだらない理由で派遣されないなんて事はあってはならない事だ。

 

「……そうだな。

だが陽炎はそうかもしれないが他の連中はどうだ。元々二水戦だった黒潮、親潮、雪風は陽炎と違い東南アジア奪還後の所属だし他のメンバーは新規の隊員だ。陽炎と同じだと考える訳にはいかないだろう。少し気にかけてやった方がいいんじゃないか?」

 

「環境が良い分には問題無いんじゃないかしら。

それよりも新人連中にサバイバル訓練が出来なかったのが今更になって心配になってきたわ」

 

「……あぁ、第二艦隊も手伝わされるアレか」

 

サバイバル訓練自体は訓練学校でもするけど二水戦教導隊のサバイバル訓練はそれとは比べられないほど厳しい。

これは教導隊での訓練、その最終盤に行うものでそれまでの班などは関係なく人数すらもランダムで行われる。

 

「あの狂気的なサバイバル訓練。今回はしなかったんだな」

 

「狂気的ってなによ。アレくらい実践的でないといざという時困るわよ」

 

瀬戸内海に多数存在する無人島。そこに重物料投下器材に艦娘をくくりつけて空挺投下、高度が地上10メートル程度で地上に待機していた第二艦隊の艦娘が投下機材を遠隔で爆破、艦娘に対して轟沈しない程度の損傷を負わせる。これによってより実践的なサバイバル訓練ができると言うものだ。

 

「本当に怪我をさせる必要はあるのか?」

 

「実際にサバイバルするような時って基本的には深海棲艦と戦って傷を負っているはずよ。

だから艦娘なら死なない程度の爆薬をつけている訳」

 

爆弾だって敢えて配置に偏りをつけて全員の傷の度合いが同じにならないようにする工夫もしてある。

 

「爆破する側の気持ちも考えてもらいたいものだ。何度やってもあのボタンを押すのは慣れない」

 

「それはごめんなさい。私としてもあの訓練は二度とやりたくは無いけどアレが必要なのもまた事実なのよね」

 

運悪く大破した上に4人で島とも言えないような小さな岩礁に放り出されるなんて言う経験は二度としたく無い。

だけどあの時飢えと脱水症状で死にかけたおかげで同じような状況でも生き延びれる自信がついた。二度とやりたく無いけど。

 

「死人が出ないかハラハラするから辞めてくれ」

 

「やるとしたら現二水戦に対してよ。教導隊の艦娘相手じゃ無いわ」

 

まぁ、神通さん達が必要だと思えば今教導隊で訓練している艦娘もすることになるでしょうけどそれは私の預かり知らぬ事だ。

 

「味方相手に爆弾のボタンを押したくは無いのだが……」

 

「艦娘があのくらいで死んだりしないわよ」

 

10メートルくらいの高さから落ちたくらいじゃ精々小破止まり、爆弾のダメージを考えても大破まで行くのはマレだ。

 

「そう言う問題ではなく……」

 

「日向は味方を傷付けるような真似をしたく無いって言ってるんだよ」

 

背後から聞こえたこの場に不似合いな人物な声に煙草を落としそうになりながら振り返った。

 

「瑞鳳?どうして貴女がここにいるのよ」

 

第二艦隊の元旗艦、瑞鳳。喫煙者じゃ無い彼女がこんな場所に来るのはあまりにも不可解だった。

 

「これ以外にここに来る理由があるの?」

 

そう言って瑞鳳がピアニッシモを取り出した。

タール量が少なくて女性人気が高い、初心者向けの煙草だ。私はタールが少なすぎてあまり好きでは無いけどこれを好む艦娘は多い。

 

「アンタ煙草吸ってなかったわよね」

 

なんなら瑞鳳は私が煙草を吸っていると注意してくる艦娘の1人だった。

 

「もう旗艦じゃないしね。なにより実戦から離れることになるし良いかなって」

 

「陽炎は知らないだろうがコイツは三航戦の旗艦になる前までは煙草を吸っていた」

 

煙を吐き出しながら日向は親指で瑞鳳を指差した。

 

「よくって程じゃないよ」

 

「昔は私が喫煙所に行く時はいつも一緒に来ていただろう」

 

日向は愛煙家だ。私が喫煙所に行くと四回に一回はいる。

 

「そんなに煙草が好きなのにどうして辞めたの?」

 

「見栄だ」

 

私の質問に答えたのは日向だった。

 

「三航戦の旗艦は二水戦旗艦と立場は同じになるだろ?

もちろん、二水戦旗艦は艦隊旗艦も兼ねているから厳密には違うが殆ど変わらない立場だ」

 

「昔から二水戦に憧れてたんだよ。戦隊の一軽空母ならともかく二水戦の大多数から敬語を使われる立場の戦隊旗艦ともなれば相応の振る舞いが必要かなって」

 

「そんな事で煙草を辞めれるのね」

 

感心すればいいのか、呆れればいいのか判断に迷うわね。少なくとも私には無理な事だけは確かだ。

 

「でもなんで今になって煙草を始めるのよ」

 

「もうすぐ第二艦隊を離れることになるしいいかなって」

 

そんなノリでいいのかしら。ある程度の決意を持って禁煙をしていたのだから続ければいいのに。

 

「訓練学校の校長でしょ。

教育者としては禁煙しといたほうがいいんじゃない?」

 

戦隊旗艦なんかよりもよっぽど禁煙した方がいいに決まっている。

 

「どうせ才能ないのが殆どなんだから煙草吸ってるところ見られても別にいいかなぁ」

 

基準がよくわからないわ。

訓練学校は一期あたり千人弱が入学する。その内実戦に出れるレベルになるのが1割ほど、約百人と言ったところだ。番号付き艦隊に所属できるのはその内1割強と言ったところだろう。

 

「割合的には一つの学校から毎回10隻くらい番号付き艦隊に配属される艦娘が出るはずよ」

 

「そんなの才能あるとは言わないよ。最低でも第二、第三、第四、それと第一の現役枠に入れるくらいの艦娘じゃないと才能あるって言わないよね」

 

一つの訓練学校に3、4人ってところかしら。なかなか厳しい条件ね。

 

「少なくとも数人はいるだろうしその子達の前で見栄を張ろうとは思わないわけ?」

 

「だって引退してる身だし」

 

「今はまだ引退してないんだから少しくらい取り繕いなさいよ」

 

「だってそろそろ我慢の限界だし」

 

「それなら仕方ないわね」

 

どれほどの期間かは知らないけど私が二水戦に入った時には旗艦だったから少なくとも年単位、同じ愛煙家としてこれ以上言うのはよくないわね。

 

「それにしてもその禁煙って年単位でしょ?私なんて1週間しただけでも気が狂いそうだったのによくできたわね」

 

「ヤニ中*1の陽炎と比べられても……」

 

やにちゅう?……ヤニ中!?

 

「いや私別に中毒なんかじゃないけど」

 

私の言葉に日向がため息を吐いた。

 

「私がここに来たら毎回いるのにか? 一体いつ仕事をしてるんだ」

 

「毎回は言い過ぎでしょ。二水戦訓練中はちゃんと現場に出ているし書類仕事だってちゃんとこなしているわよ。今だって私のところに来てた仕事が終わったからここに来てるのよ」

 

やるべき事をやらずに来るわけないじゃない。

 

「相変わらず煙草以外はいう事ないな。瑞鳳など川内の跡を継いで第二艦隊旗艦になった時など1ヶ月ぐらい毎日残業していたぞ」

 

「もう二度としたくないよ」

 

「それは川内さんが戦死して引き継ぎができなかったからでしょ」

 

まぁ、二水戦旗艦が戦死して旗艦が変わるのは第二艦隊ではいつもの事だけど。

 

「それもあるけどやっぱり艦隊旗艦は激務だよ。二水戦旗艦と兼任しながらよく艦隊旗艦なんてできるよね。陽炎も川内も」

 

「瑞鳳も三航戦旗艦と兼任してたじゃない」

 

「護衛の駆逐艦含めて4隻だよ。駆逐隊一つ分の戦隊と40隻以上が所属する水雷戦隊じゃ比べ物にならないよ」

 

戦隊って水雷戦隊以外はどんなに多くても4隻なのよね。つまり駆逐隊一つ分、これで戦隊旗艦の手当ては同額だってんだからやってられないわ。

 

「私が言い出しといてなんだが仕事の話はその辺にしておこう。煙草が不味くなる」

 

「それもそうだね」

 

リフレッシュのために来ているのにどうしてストレスのかかる話をする必要はないわね。

*1
ヤニ中毒。ようは煙草依存症

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