「ちょっとみんな聞いた!?」
呉鎮守府、第二水雷戦隊寮の談話室に駆け込んできたのは第十五駆逐隊の秋雲でした。
皆が驚いて視線を向ける中最初に口を開いたのは十五駆の旗艦、夕雲でした。
「秋雲さん扉は静かに開けてください。みんな驚いてますよ」
「あ、ごめん。ってそんな場合じゃないよ!」
いつになく慌てた様子に夕雲だけでなくその場にいた全員が不思議そうに視線を向けると秋雲は言葉を続けました。
「教導任務が二水戦に依頼されてるのはみんな知ってるよね?」
それは昨日、私が執務室に始末書を提出しに行った時に聞いた陽炎教官小さな呟きから判明した事でした。
駆逐艦娘全員で事の真偽を明らかにするため奔走したところどうやら私達二水戦に教導の依頼が来ていると言う事が判明しました。それもなんと小隊毎に派遣です。
そこから二水戦の寮内はお祭り騒ぎでした。自分たちがされた訓練と称した拷問を他の部隊にできるとなれば喜ばない二水戦はいません。寧ろ喜ばなければ二水戦とは言えません。
おかげで昨日から寮内はその話で持ちきり、派遣先でどの拷問を行うか皆で楽しく話し合っていました。
「その教導任務に教官達もついてくるってさっき廊下で不知火と黒潮教官が話してたんだよ!」
その言葉にさっきまで喜びに満ち溢れていた談話室は阿鼻叫喚の嵐となりました。かく言う私もその1人です。
「ぽいっ!?」
「秋雲さん、今嘘だと言えば半殺しで済ませてあげますよ?」
「えっ!陽炎教官達と教導任務に行けるんですか!?」
「教導先まで教官がついてくるなんて親が職場にまで着いてくるみたいなものじゃないですか!嫌ですよそんなの!!」
約1名喜んでる奴がいた気がしますがそんな事に気が付かないくらい叫んでいると慌てふためく私達を嘲笑うか様な笑い声が談話室に響きました。
「アッハッハッハ!ようやく僕達の絶望が理解できたみたいだね!!」
それは第二中隊の第十七駆逐隊の時雨でした。彼女の指揮艦はあの雪風教官です。
時雨の後ろには10隻ほどの二水戦の艦娘が時雨と同じように笑みを浮かべて立っています。
「教官が司令を務めてる部隊はお通夜状態。
それに気が付かずに馬鹿騒ぎする君達をどう殺してやろうと徹夜して考えていたけどどうやらその必要も無くなったみたいだ!!」
よく見ると時雨とその後ろにいる艦娘達の目の下には隈ができています。徹夜したと言うのは嘘ではない様です。
今の今まで気がつきませんでしたけど教官が隊長を務めている部隊は最初から教導任務についてくる事が確定していましたね。しかしそれに気付かずはしゃいでいた私達に対して恨みを持つのはお門違いもいいところです。
「特に第一中隊!お前達は陽炎教官が駆逐隊を率いていないことをいいことに僕達のことに気がつくこともなく馬鹿騒ぎしていたね!!
他の中隊は多少は僕達に気を使って自重していたのに!!!」
あ、これ私達が標的になる奴ですね。逃げないと。
そう思い気付かれないようそっと扉の方へ移動しようとすると何故か夕立が縛られて転がっていました。何故?
「夕立は強いからね。先に行動の自由を奪わせてもらったよ」
私の行動に気がついた時雨が逃がさないとばかりに距離を詰めながらそう言いました。
よくよく考えれば教官を除けば該当する艦娘は12隻。正面には時雨合わせて10隻と言う事は2人ほど足りません。扉の外か物陰に隠れているのがいますね。
「他は強くないみたいな言い方ですね」
指揮能力では叶いませんが単純な戦闘能力なら陽炎教官達を除けば上位に入る自信があるので時雨の物言いは少し勘に触ります。
もっとも、時雨も私と同程度の実力があるので私が不利な事に変わりはしませんが。
「他の面子だと狭霧と磯風あたりは厄介だけど磯風については部屋で休んでいた所を簀巻きにして転がしてるから問題ないよ。
3人の内2人は拘束済み。狭霧1人だけなら全員で掛かればどうにでもなるよ」
言われてみれば談話室には十四駆逐隊の指揮艦である磯風の姿はありませんね。既に捕まっていましたか。
「さぁ、観念しておとなしく僕達の恨みを受け取るといいよ」
ジリジリと距離を詰めてきますが幸いなことに一番近くにある窓が空いています。巻雲あたりを囮にして私は窓から脱出すれば逃げ切れる。そう考え行動に移そうと巻雲に視線を向けた時でした、突然視界が反転したと思えば地面に打ち付けられた衝撃と上から誰かに押さえつけられる様な感覚が私を襲いました。
「時雨、狭霧は捕えたよ!」
私の上から聞こえた声は聞き慣れた敷波の声でした。
「は?え、うん。……ありがとう?」
どうやら計画になかったみたいで時雨達も戸惑っている様でした。
「これで後は単純な実力なら負けない相手しかいないよ!」
確かに残りは指揮艦とはいえ戦闘面はそれほどでない夕雲や二水戦でも最弱に近い巻雲と言った面子しか残っていませんが敷波は一体どの立場からそれを言っているのでしょうか?
「味方してくれるって言うのはありがたいけど僕達の最大の復讐対象は敷波だよ?」
その言葉に私を押さえつける敷波の力が少し緩みました。
「意味がわからないって顔してるけど昨日敷波が何をしたのか忘れたの?」
「敷波貴女一体何をしたんですか!?」
これはもしかして敷波の悪行に私達が巻き込まれた感じじゃ無いですか!?
「え、えーと……心当たりがないんだけど」
「昨日君が僕達になんて言ったか覚えてないのかい?」
敷波は本気で覚えていないようで戸惑っています。
「敷波一体何を言ったんです、よく思い出しください」
うまく行けば矛先を全て敷波に向けられるかもしれません。なんとしても思い出させないと。
「昨日、僕達が雪風教官と教導に行くことに真っ先に気がついた君はお通夜状態で夕飯を食べている僕達に近づいてこう言ったんだよ。
“あ、時雨達は教官と一緒に教導に行くことになるんだよね? いや〜羨ましいなぁ。帰ってきたら是非教官達の素晴らしい指導方法について教えてね? 代わりに私がした楽しい教導についてもたっぷり教えてあげるから”ってニマニマ笑いながら言ったんだよ」
煽ってはいますけど、それだけでここまで怒ることはないでしょう。私がやられたらその場で殴り倒していますが。
「それだけじゃないよ。お風呂でも、寝る前にもこっち見ながニヤニヤ笑いながら煽ってきたじゃないか!」
殺気立つ時雨達に敷波の拘束が緩みましたけど、ここで逃げるそぶりを見せたらより酷い目に遭う気がします。大人しくしているフリをしましょう。
「そ、そんな事あったっけ?」
「やった側は忘れていてもやられた側はそう簡単には忘れないんだよ」
昨日の話なのに忘れている敷波の記憶力の悪さを心配すべきか、それともそれほど小さな事だと思っていた能天気さに怒るべきなのか判断に迷いますね。
「だから狭霧や他のみんなについては簀巻きにして夕飯抜きくらいで済ませるつもりだったんだよ」
どうせ今逃げたら夕食は抜きになるのでそれくらいなら許容範囲ですね。大人しく捕まってもいい気がします。
「けど敷波、君はダメだ。夕飯抜きくらいじゃ済ませやしないよ」
「参考までに何をするのか教えてくれたりしないかな〜」
身の危険を感じた敷波が私の上から離れゆっくりと私が使おうとしていた窓に近づいていきます。
「う〜ん、実はまだ考えていなくてね。いろんな案が出たんだけどどれも過激すぎて僕達が教官に罰則を食らいそうなんだよね」
一体どんな内容だったのか気になりますけどとんでもないない答えが返ってきそうなので聞くのはやめときましょう。
「今有力なのはドラム缶に首から下を詰めてコンクリで固めるのなんだけど狭霧はこの案どう思う?」
なぜ私に聞くのでしょうか。
そもそも少し煽られたくらいでここまで怒る必要はないでしょうに。いえ、駆逐艦娘の中でも特に血の気の荒い艦娘が集まる二水戦なら当然でしょうか。
「出すときが面倒なのでコンクリは勘弁してあげたらどうですか?」
絶望したような表情を浮かべていた敷波が私の答えに希望を見出したようなそんな表情を浮かべました。
「一生出さないから関係なくない?」
時雨の言葉に敷波は窓に向かって飛び込みました。
「ふぎゃ!?」
ですが残念な事に、時雨に足首を掴まれて窓枠に顔面をぶつけてしまいました。
「逃すわけないだろ」
「一生コンクリ漬けなんて言われて逃げないわけないじゃん!!」
「コンクリ漬けにするだけで海に沈めないんだから感謝してほしいよ」
すぐに死ぬかジワジワと死に向かうかの違いでしかない気がするのですが……
「安心して、ちゃんと餌はあげるから。たまに忘れるかもしれないけどその時は諦めてね。あと二水戦が任務で派遣されたら餌をあげる人がいなくなるけどその時は根性で生き延びてね」
それにしても敷波の拘束が外れた時がチャンスと思っていたのですが流石は同じ二水戦、そんな隙を与えず簀巻きにされてしまいました。これで夕飯抜きは確定ですね。
「時雨、コンクリ漬けが教官達にバレたらただではすみませんよ」
このまま見捨てるのも寝覚が悪いですし助け舟を出す事にしました。
「瀬戸内海は無人島が多いから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
……敷波の冥福を祈る事にしましょう。
それにしても二水戦の中では比較的温厚な時雨があそこまで怒るなんて、一体どれほど煽ったのでしょうか。少なくともさっき時雨が言っていた以上のことをしたのは確実ですね。
「コンクリ漬けなんて物騒ねぇ」
聞き慣れた、しかしこの場にいるはずのない人物の声にその場にいた全員の動きが止まりました。
「なんか妙に騒がしいから覗いてみたけどどうやら正解だったみたいね」
「その声は陽炎教官ですか?」
簀巻きにされたせいで身動きが取れず声で判断するしかありませんが時雨達の怯え具合からも間違いないと思います。
「雪風もいます。狭霧随分と面白い格好してますけどどうしたんですか?」
あ、時雨達終わりましたね。冥福を祈ります。
「時雨達にやられました」
教官達に見つかりましたしこれで私の戒めも解かれますね。
「時雨、なにか申し開きはある?」
「……ありません」
時雨は堪忍したのか肩を落としてそう言いました。
「正直なのは良いことよ。
実は磯風からこの騒動のあらましは聞いているから、そう落ち込まなくていいわ」
「い、磯風!? 抜け出してたのかい!?」
「当然だ。この磯風、縄抜けくらい習得している」
私の位置からは姿は見えませんが、声からして間違いなく十四駆逐隊の指揮艦の磯風です。
「二水戦内で喧嘩する分には構わないけど、流石にドラム缶に詰めるのはやり過ぎよ。夕立と狭霧みたいに簀巻きにして転がすくらいにしなさいよ」
……簀巻きにするのは良いんですね。
「狭霧達には散々煮湯を飲まされてきたから個人的には大歓迎よ」
「……陽炎教官、もしかして私をこのまま放置する気じゃないですよね?」
なんだか嫌な予感がします。
「だから敷波も簀巻きにするのは許可してあげるわ」
「陽炎教官聞いてますか!?」
「うるさい」
その言葉と同時に背中を衝撃が襲い私は吹き飛ばされました。
あの野郎蹴りやがったな。私はサッカーボールじゃねぇんだぞ。
「パワハラです!」
「二水戦じゃ普通のことよ。
ほら時雨、早く捕まえないと逃げられるわよ」
幸運にも陽炎教官に蹴られたせいで室内の様子がよく見えるようになりました。
陽炎教官が声を掛けると窓枠に足をかけていた敷波を時雨が引きずり倒して簀巻きにしてしまいました。
「さて、時雨。二水戦内での喧嘩は構わないと言ったけど罰則がないとは言ってないわ。雪風頼んだわよ」
いつの間にか拷問用の棒を肩に担いでいた雪風教官が地獄の閻魔も逃げ出すであろう笑み浮かべて時雨達に宣言しました。
「鎮守府外周を100周、夕飯までに終わらなければ当然夕飯は抜きです」
その言葉に時雨達は行って参りますと敬礼して走り出しました。
その後に続いて雪風教官も棒を振り回しながら追いかけていきました。
「……夕立達はどうなるっぽい?」
「時雨達が帰ってきたら解いてもらいなさい」
「解いてくれないんですか!?」
「面倒だし私は解かないわよ。仕事の続きしないといけないし」
そう言うと陽炎教官は寮から出て行きました。
結局時雨達がヘトヘトになって戻ってくるまで私達はその場に放置され続けました。磯風達にほどくよう頼んだりもしたんですが流石二水戦、みんなニヤニヤしながら聞こえないふりをしてきました。いつか殺す。
書いてて思ったけど狭霧回全部ギャグ回な気がする