第二水雷戦隊壊滅ス   作:鉄玉

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艦娘精神注入棒.Re

第二水雷戦隊に教導を受けるべく近畿、四国より阪南泊地に集まった艦娘の数は32人、二水戦よりもやや少ないけど新人4隻引き連れての教導と考えれば中々難易度が高い。

しかも艦種が駆逐艦だけでなく軽巡や重巡までいるときた。当然だけど私に大型艦の訓練経験なんてないからこれを聞かされた時は頭を抱えた。

任されたからには最善を尽くすけど流石にこの人数だ、私の目が全体まで見通すのは不可能だから狭霧達を信用して任せる事も多いだろうけどアイツらを信用できるものかと問われると……。思わずため息を吐いた私は悪くないと思う。

 

「教官ため息なんてついてどうしたんですか?」

 

狭霧の問いかけに視線を上げるとそこには雪風が愛用している棒、艦娘精神注入棒を持った狭霧がいた。もちろんこれは雪風が普段使っているものではない。そんなもの持ってきていたら事前に止めている。

これはこの阪南泊地で倉庫の肥やしになっていた物だ。ある程度の歴史がある泊地ならこの棒は必ず1本はある。なんなら複数本ある泊地もありこの阪南泊地には2本ありもう1本は敷波が使うつもりで素振りをしている。

私がため息をついた理由はまさしくその事で私は最初二水戦でもない艦娘にそれを使う事を止めようとした。けど2人から向けられた視線に、戦艦クラスの眼光と形容されることのある不知火以上の眼光で私を萎縮させコイツらは私からアレを使う許可をもぎ取っていった。

 

まだまだヒヨッコだと思っていたけど私を萎縮させるなんて大したものだと言う嬉しさ半分、アレを使う事で二水戦にいらぬ悪評が立たないかと言う心配半分で胃が痛い。

だからと言って今更使うなと言うのも憚られるから止める事もできず内心で酷い事をしないよう祈るばかりだ。

 

「思ったよりも泊地にいる艦娘が多くて不安に思っただけよ」

 

あえて本音を言う必要もないしそう答えると狭霧は意外そうな表情を浮かべた。

 

「教官でも不安に思うんですね」

 

「ここに来る時にも言ったでしょ。アンタ達が何かやらかさないかって心配もあるから不安なのよ」

 

「あれ本気で言ってたんですか?

いくら私でも二水戦の名を汚すような事はしませんよ」

 

その棒を使う事で二水戦の名を貶める事になり得ると言う事に気がついて欲しいのだけど。

 

「教導隊で私達が受けたようにサボる者にはコイツで艦娘としての精神を注入してやりますよ」

 

そんな私の願いを知った事かと言わんばかりに狭霧は言った。

 

「本土の艦娘なんて腑抜けてるから思いっきりやればいいっぽい」

 

「狭霧も敷波と一緒に素振りをすればいいんですよ〜」

 

夕立と巻雲が狭霧を煽る様子に私は顔が引き攣るのを自覚した。

元をただせばこんな過激な事をするようになったのは教導隊での訓練が原因でありそれを行ったのは雪風だ。けどそれを止められなかった私にも責任はあるから今の状態は自業自得ともいえる。

 

「程々にしなさいよ」

 

そんな私の心配が杞憂に終わった……はずもなく目の前ではまらそマラソンを行う艦娘達の後ろを元気に棒を振り回して追いかける狭霧達の姿があった。

今やっているのはあまりにも基礎体力が低すぎる艦娘達に最低限普段からやるべき量のトレーニングを叩き込んでいるところだ。

先頭を夕立が走り真ん中に巻雲、後方から狭霧と敷波が棒を振り回して追いかけ脱落者が出れば尻を引っ叩く。

断っておくけどこれ断じて二水戦式などではない、あれは雪風の暴走だ。

……一体私は誰に言い訳をしているのだろう。

 

「ちょっと貴女なに休んでるんですか!」

 

狭霧の怒鳴り声で私は我に帰った。

視線を向けると息も絶え絶えになった艦娘が転けた状態で起き上がれないでいるようだった。その艦娘に対して例の艦娘精神注入棒を振り下ろそうとする狭霧に目を剥いた。

 

「狭霧!」

 

狭霧が振り下ろした棒が艦娘に当たるすんでのところで止まり一体なぜ止まるのかと不思議そうな表情を浮かべた。

 

「なんですか教官」

 

「その棒を下ろしなさい」

 

「どうしてですか?教導隊だとこれで殴り飛ばして走らせていましたよね?」

 

深海棲艦でさえ裸足で逃げ出しそうな眼光で尋ねてくる狭霧に思わず後退りしそうになったけどなんとか耐えて私は言った。

 

「ここは教導隊ではないし彼女は二水戦の候補生でもない。

教導隊のような指導は行き過ぎていると言わざるを得ないわ」

 

私の言葉に狭霧は一瞬不満そうな顔をしたけどすぐに了解といい敬礼をした。

 

「敷波もそれでいいわね」」

 

敷波もまた狭霧同様不満そうではあったけど納得したように返事をした。

それを見届けると私は倒れている艦娘にゆっくりと近づくと声をかけた。

 

「ごめんなさい、ウチの連中が怖がらせてしまって。疲れたのなら休んでもいいのよ」

 

「私達の時は有無を言わさず蹴り飛ばしてきたのに…」

 

「その代わり雪風にその棒で殴られそうになったのを止めてあげたじゃない」

 

狭霧の言う通り教導隊の時はこんなふうに優しく声をかけたりはしなかったけどそれは彼女達が二水戦の候補生だったからだ。

いくらなんでも自分の部下でもない艦娘相手にそんな事はしない。

 

「助けてもらった数倍は雪風教官に殴られていますし助けられた数だけ陽炎教官に蹴り飛ばされてますよ」

 

「雪風に殴られるのに比べたら安いもんじゃない?」

 

「それはそうかもしれませんけど……って私のことはいいんですよ。

たしかに雪風教官や陽炎教官に殴られるのは嫌でしたけどあれがあったから毎日の訓練についていけたのもまた事実です。中途半端な優しさはコイツらのためになりませんよ」

 

つまり私達からの罰則が嫌で頑張ったけど結果としてはそれが今の狭霧を形作ったと思っているのね。

 

「それは違うわよ。あんな少しの期間で劇的に体力が向上することはないから元々のアンタの実力よ」

 

私の言葉にキツネにつままれたような表情を浮かべる狭霧を無視していまだに這いつくばったままの艦娘に視線を向けた。

 

「ほらアンタもいつまで這いつくばってんの。今の間で十分休めたでしょ。さっさっと立ち上がりなさい」

 

「えっ!?」

 

この子は何を驚いているのかしら?

 

「私と狭霧が話してる間に十分休めたでしょ?」

 

私達が話したのは時間にして1分から2分と言ったところだろうか。さらに言うとこの子が倒れてからだとその倍は時間が経過しているだろう。

 

「お、鬼……」

 

「はい?何かいった?」

 

声が小さくて聞き返すと彼女は何も言ってませんと大きな声で返事をすると他の子達に追いつくべく全力疾走を始めた。

 

「なんだ、全然元気じゃない。心配して損したわ」

 

「これならもう少し厳しくしてもいいんじゃないですか?」

 

狭霧も同じことを思ったのだろうそう提案してきた。

 

「そうかもしれないわね。けどそれで殴るのは厳禁よ」

 

「……了解です」

 

結局この日は体力作りだけで終わった。私の予定だと艤装を使った訓練もするつもりだったのだけど体力が無さすぎてそれどころではなかったからだ。

これが泊地の中でもベテランの艦娘なら話が違ったのだろうけど生憎今回の相手は新兵。本土の泊地の新兵と言うと訓練学校では落ちこぼれだった艦娘の方が多い。とんでもなく優秀な成績だったら前線での消耗を惜しんで本土に回される事もあるけどそんなの殆どいない。だから私の予定通りに事が運ばなかったのだろう。

 

翌日からは体力作りはしないで艤装を用いた訓練を開始する事にした。こんな事していたら1週間の教導が陸の上で走っているだけになるからだ。

とはいえ基礎体力のない艦娘に艤装を用いた訓練をして意味があるのかと言われると正直あまり意味はない。

艤装を操る事自体に体力はあまり必要ない。けど艤装を長時間激しい艦隊運動を交えて捜査するとなれば話は別だ。艦娘同士がぶつからないよう注意しつつ上官の指示に従って主砲を打ち魚雷を放つとなれば慣れていないと体力的にも精神的にもかなりキツイ。慣れたら慣れたでさらに激しい艦隊運動に切り替えるだけだから体力はあって損はない。

2日目は予定した訓練の半分も終わらずに岸に艦娘が打ち上げられる事になった。

 

「まったく本土の艦娘はだらしなさすぎます!」

 

「前線だとこれくらいで根を上げる事はないっぽい」

 

「安全な本土にいる事で腑抜けたんですよ〜」

 

「アタシ達は本土でもあれ以上の訓練してるのにサボってるんじゃないの」

 

私達二水戦にあてがわれた部屋の一室で夕飯を食べながら愚痴をこぼす4人を嗜める事を私はしなかった。

本土の艦娘が腑抜けているのは想像できていた。ただその想像のはるか上をいくほど腑抜けていたから明日以降の訓練計画も改定せざるを得なかった。

 

「これは本土の艦娘というよりは制度そのものの問題でしょうね」

 

「どういう事ですか?」

 

「命の危機ってものが間近にあれば誰でも死ぬ気で訓練するでしょ

本土にはそれがないから誰も真面目に訓練しないしする必要がない」

 

「けどこの間本土の近くに潜水艦が現れたったぽい」

 

夕立の言う潜水艦は伊58を撃沈した連中の事だろう。

私達の教導にこれの影響が少なからずあった事は想像に難くない。けど現場の艦娘にその影響があったかと言われると疑問が残る。

 

「本土の守護は第一艦隊の役割とでも思ってるんじゃないかしら。あの事件の直後、近隣の泊地から潜水艦の追撃に艦娘を出した泊地はほとんど無かったみたいよ。襲撃後すぐに旗艦からの命令があったから一部は事件のことを旗艦の命令で知ったなんて話もあるし本土の連中は腑抜けすぎているわ」

 

「自分たちが戦うことはないって思ってるんですかね〜」

 

「そうでしょうね。まったく酷い話だわ」

 

こんなの私達が教導する以前の問題だ。意識改革から始めるべきじゃないかしら。

 

「都合のいい事に明日、連合艦隊旗艦が視察に来る事が決まったわ。朝からきて1時間ぐらい訓練を見た後、私は旗艦と教導に関して話すからその時に伝える事にするわ」

 

「陽炎教官がいない間はどうすればいいですか?」

 

「アンタ達で訓練をしなさい」

 

目の前で喜びを隠そうともしないのを見ると不安ではあるけど旗艦と話すのが最優先、信じて任せる事にする。だけど釘くらいは刺しておこうかしら。

 

「ただし、後で酷い訓練をした事がわかったら後でその10倍は酷い訓練をさせるからそのつもりでいるのよ」

 

私の言葉に狭霧達は一瞬動きを止めた後、任せてくださいと元気に返事をした。

……本当に大丈夫かしら。

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