教導が始まって3日目、護衛として第三駆逐隊を伴った連合艦隊旗艦漣は1時間ばかり私達の教導を見た後阪南泊地の会議室へと移動した。
狭霧達を残す事に不安を感じながらも漣に連れられ部屋に移動した。
妙な緊張感ぎ漂う中、漣が口を開いた。
「こうしてちゃんと話すのは初めてですね」
「すみません、第二艦隊旗艦になった際お会いできればよかったんですけど……」
私が彼女と会ったのはでち公の国葬が会った時だけ。本来なら艦隊旗艦の交代は一大イベントで連合艦隊旗艦を交えた式典の際に会って話をする筈だったけどいろんなゴタゴタが重なって結局できていない。
「責めているわけではありませんよ。第二艦隊の旗艦なんて元々会う前に戦死することの方が多いですしね」
式典をすると言っても激戦区にいる第二水雷戦隊旗艦が兼任することの多い第二艦隊旗艦、式典をしない事も多い。なんなら旗艦の言うように式典を行うよりも先に死んだなんて例もある。
「いえ、それでも最近はだいぶ落ち着いていましたしこちらからこう言った機会を設けるべきでした」
実際問題最近は割と暇を持て余していたしこちらから横須賀に会いに行くべきだった。
「最近はゴーヤが死んだり随分と忙しかったから私も時間が取れなかったですし気にすることはありませんよ」
潜水艦隊司令官だった伊58の死は日本に割と深刻な影響を及ぼした。
彼女の受け持っていた業務は膨大だ。潜水艦隊の主任務はオリョクルだけど一部の潜水艦娘は沖縄諸島、アリューシャン列島、小笠原諸島等と言った日本本土から離れた島々の哨戒も担当していた。それら全てを総括していたのがでち公だった。
その潜水艦隊のトップ、さらにはNo.2までもが死んだとあっては哨戒に影響がないはずもなくそのサポートに連合艦隊司令部は奔走しているらしい。
「やっぱり伊58が亡くなった穴は大きいんですか?」
「潜水艦隊があれだけ多くの人員を抱えながら問題を起こさなかったのは彼女のカリスマあってこそですから大変ですよ」
潜水艦艦隊の規模縮小で数が減ったとはいえ数だけでいえば未だに最大の艦隊だ。最盛期には全駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母を合わせたよりも多い数が所属していた事を考えれば多少減ったくらいでは誤差でしかない。
「そんな事より二水戦の方はどうですか?」
「二水戦ですか? 壊滅前ほどの力はまだありませんけど私が現役のうちに戻したいと思っています」
黒潮達と話す時には酷評することが多いけどなんだかんだあの子達の実力は高い。インド洋に派遣された時、1隻の脱落もなく帰って来れた事が良い証左だ。
「それは楽しみです」
そんな話をしていると扉がノックされお盆に湯呑み、それとお茶菓子を乗せた旗風が入ってきた。
「旗風がいれてくれたの?」
「はい」
「旗風の淹れるお茶は美味しいですよ」
「こう言うのって普通泊地の艦娘が用意するんじゃ……」
仮にウチの鎮守府で同様のことがあれば鎮守府の艦娘にお茶とお茶菓子は用意するよう指示する。もちろん旗艦が断ったのであれば話は別だけど。
「是非貴女にも旗風の淹れるお茶を飲んで欲しいと思ったんですよ」
「そう言う事ならいただきます」
旗艦の言う通り、旗風の淹れたお茶は美味しかった。お菓子は間宮羊羹でお茶によく合う。
「すごく美味しいです。これは旗艦が旗風にお茶を淹れるよういうのも納得です」
「そうでしょう」
満足したように旗艦は頷くと真剣な表情を浮かべた。
「さて、本題に入る前に貴女には謝らなければありませんね」
謝ると聞いて私が思い浮かべるのは一つ、そしてそれはおそらく間違っていない。
「ゴーヤが亡くなったあの日、第二艦隊の領分であるにも関わらず一水戦を使わせた事をまず謝罪します」
そう言って旗艦は頭を下げた。
「……謝罪を受け入れます。しかしできれば理由をお聞かせ願えませんか?」
「もちろんです。しかしその前に一つ質問を。
この旗風なんですがあの日、相対してどう思いましたか? 率直な感想を聞かせて欲しいんです」
「感想ですか? けどあの一瞬ではそう多くのものは感じ取れませんよ」
「構いません」
彼女の実力は高い。それは間違いないけどそれがどれくらいのものかと問われると言葉にするのは難しい。
「単純な実力なら二水戦で中隊長を任せてもいいと思います」
少なくとも黒潮と同等かそれ以上の実力はあるだろう。その時点で実力面では合格だ。
「指揮能力についても彼女の実績なら問題なくこなせるでしょう。スンダ海峡での撤退の妙は私も聞き及んでいますしもしかすると指揮能力は私以上かもしれませんね」
私は指揮艦としてはまだまだ未熟だ。もちろん大抵の艦娘には指揮能力でも勝る自信はあるけど多くの経験を積んだ指揮艦娘相手には流石に勝てると思えない。
「陽炎もよくやっていますよ。インド洋では一隻の脱落艦も出さなかったではないですか」
「昔の二水戦なら全員で事にあたる必要はありませんでした」
「それについては否定はしません。しかし今の二水戦は完全に別物、そこまでする必要はないんじゃないですか」
「今の二水戦はもう壊滅前の二水戦と同じではない、そんな事はわかっています。けどその二水戦の生き残りとして、少しでも伝統を復活させ二水戦に近づけたいんです」
「伝統……ねぇ」
私の言葉に旗艦が不機嫌そうに呟いた。
「陽炎、私に言わせれば壊滅前の二水戦も私が知る二水戦とは別物ですよ」
「……どう言うことかしら」
「初代旗艦電が作り上げた二水戦は電を一つの頭としてまるで生き物のように戦った。そしてそれが発展し中大規模でも中隊長を頭としても同じことができるようになったのが13,4年前のことです」
漣の語る二水戦は私の知る二水戦とは違った。中隊規模でも戦隊規模でも二水戦はそこまでの艦隊運動はしていない。
基本的には駆逐隊は中隊長から中隊長は戦隊長から命令を伝えられそれを達成するために行動する訓令戦術を用いていた。
「上から細かく命令されその通りに動く、指揮する側の負担は大きいですが数が集まれば強大な力を発揮できる。
これが変わったのは私の一水戦が二水戦に負けて壊滅した後の事です」
「一水戦の壊滅と関係が?」
「あります。元々二水戦は一水戦と比べて個人の実力では劣っていました。昔は番号の若い艦隊に精鋭を集めていましたからこれは仕方のないことでもあります。
しかし初代旗艦である電はそれをよしとしたなかった。初期艦と呼ばれる私達5人の実力は拮抗していましたから二水戦が弱いからと言って電の実力まで疑う人はいなかったんですけどどうも彼女のプライドが二水戦は弱いと言われるのを許せなかったみたいですね」
自分の率いる部隊が弱いと言われるのは私だって嫌だから電の気持ちはよくわかる。けどだからと言って最強の部隊を作り上げられるかと言うと話は別、元々弱い連中を最強と謳われる程の部隊に育て上げるのは並大抵のことではない。
「電は個人の練度ではなく艦隊の練度を上げる事に注力しました。結果として中隊以上の規模では一水戦は二水戦に勝てなくなりましたからその考えは正しかったのでしょう。相変わらず規模が小さければ一水戦の方が強かったですけどね。
だからと言って一水戦が艦隊での練度を上げなかったわけではありませんよ。訓令戦術を用いていたので駆逐隊規模だろうが中隊規模だろうが練度の高い部隊運用ができました」
訓令戦術を用いた部隊の運用、これは私の知る二水戦に近い。二水戦は戦線の拡大とともに派遣する部隊の規模を小さくしていった。小規模でも強大な破壊力を持つ二水戦は広い戦線にピンポイントで投入するよりも分散して投入した方が戦線全体で見ると大きな成果を挙げられたからだ。
「ちょうど壊滅する前の二水戦は私が指揮した一水戦に似ていました。壊滅した後は一水戦向きの人材が二水戦に流れた影響でしょうね」
「一水戦向きの人材が来たからと言ってそう簡単には二水戦が方針を曲げるとは思えませんけど……」
「もちろん直ぐに今の状態になったわけではありません。一番の原因は東南アジアの奪還に際し派遣規模を小さくしたことでしょう。否が応でも訓令戦術を用いるしかなくそれまでの方針を転換せざるを得なくなった。
そして一水戦向きの人材が二水戦に流れた事でそれが可能になった。ちょうど陽炎、貴女のようにね」
まさか自分の名前が告げられるとは思わず驚き目を見開いた。
「何を驚いているんですか。本来貴女の実力、そして指揮能力なら問答無用で一水戦は勧誘しています。もちろん一水戦が壊滅する前の話ですけどね」
旗艦の言葉に何も返せないでいたけど気にした様子もなく話を続けた。
「指揮能力も個人の実力も十分な艦娘が増え二水戦は段々と戦隊の連携ではなく個人の実力を伸ばす方向にシフトしていきました。駆逐隊規模だと連携よりも個人の力の方がものを言いますし正しい判断です。
そもそもその頃は戦隊規模で集まることも少なくなりましたから連携とかないんですけどね」
旗艦の言葉を私は否定できない。なんせ戦隊旗艦に私が出会ったのは数えるほどしかないし私が所属してから二水戦が全て集まったのはあの日含めて二度しかない。
「最近の二水戦はむしろ私が率いた一水戦に似ていた。あぁ、もちろん壊滅した時の一水戦とは違いますよ。あれもまた一水戦ではありますけど私が率いた一水戦とはあまりにもかけ離れている。
けど最近の二水戦は少し昔に戻りました。中隊長相手には訓令戦術を使う事もあるみたいですけど駆逐隊には結構細かく指示を出す事が多いみたいですね。部下を信用していないんですか?」
「私からすればまだ部下というよりは馬鹿な生徒と言う感覚の方が大きいですから……」
図星を突かれて気まずくなった私は旗風が淹れてくれたお茶を飲んで誤魔化そうとして湯呑みを持ち上げようとして失敗した。
小さな音を立てて湯呑みは倒れ中のお茶が机に溢れた。
「す、すみません!」
「構いませんよ。旗風、拭いておいてください」
手伝おうとソファから立ちあがろうと足に力を込めたけど行動は伴わなかった。私の身体はソファに縫い付けられたかのようにピクリとも動かなかったのだ。
そんな私の様子を見てニコニコと笑みを浮かべる漣に私は言い知れぬ恐怖を感じた