「思ったよりも早かったですね、適合率の問題でしょうか?」
体に力が入らず座っているのさえ辛くてさらには息苦しさを覚える。
「なにをしたの……」
息が苦しくてそれを言うので精一杯だった。
「喋るのもやっとと言った感じですか、本当はもう少し会話を楽しみたかったんですけど仕方ありませんね。ここからは私が一方的に話す事にします」
旗艦が何かやったのは間違いない。多分旗風が淹れたお茶に何か入っていたのだろう。いくら艦娘が頑丈と言っても薬や毒には弱い。
「さて、どこから話しましょうか」
悩む様子の漣に旗風が助け舟を出した。
「漣さんと伊58の関係性から話せば良いのではないでしょうか」
「そうですねそうしますか」
旗風の言葉に頷くと考えるように目を瞑り数秒後口を開いた。
「陽炎はゴーヤから私が一水戦の件で彼女の事を恨んでいる、そう聞いていますよね?」
辛うじて頷く事で答えると漣は言葉を続けた。
「それ嘘なんですよ。私とゴーヤが袂をわかった理由は艦娘の在り方について、その方針が相容れなかった事に端を発します」
一体何で対立したのか、興味がないわけじゃないけど正直動けないこの体をどうにかして欲しい。
「きっかけは一水戦と二水戦の戦いでした。
艦娘に対抗する術が同じく艦娘によるものしかない事に気が付いた軍上層部と政府がその対策に乗り出しました」
私の一族は政治の中枢にも多く関わっているけど聞いた事がない話だ。
「まず初めに行ったのは後顧の憂いを断つために秘密裏にドイツ、ロシアに対して艦娘の保有制限を設ける事でした。
国内の復興を優先したいという事情もあったみたいですけど資源の輸入をちらつかせれば両国ともに喜んで艦娘の保有数を削減してくれました」
ドイツもロシアも大国、おそらくこれは日本だけが働きかけたものではない。積極的に日本が働きかけたのなら私の一族が関わるはずだから多分主導したのはアメリカかイギリスだろう。
「次に問題となったのがもし艦娘同士が戦いになった時どうするのか。その対応で私とゴーヤの意見が割れました。
私は艦娘には艦娘を用いるしかないと考えゴーヤは技術の発展により艦娘に対抗、上手くいけばそれを対深海棲艦に転用しようと考えていました」
でち公の考えは長期的に見れば正解だけど短期的には漣の考えが正しいように思う。どちらも日本の将来の事を考えているしこれだけで仲違いするのだろうか?
「問題は政府の対応です。ゴーヤと私は艦娘が今後戦争の道具になると確信していましたけど日本政府は楽観的な対応に終始しました。
いや、楽観視というと少し違いますね。ロシアとドイツの艦娘保有数を削る事には協力してくれたわけですし。
政府としてはこれ以上艦娘に力を持たせたくない、だからと言ってわざわざ技術開発費を投じてまで艦娘に対抗する必要もないと考えました。現状でも艦娘と戦う事になっても一水戦の事例のように何とかなると考えていだんでしょうね」
政府の反応も理解できる。日本は世界でもトップクラスの艦娘保有国、仮にロシアが後ろから牙を剥こうとも大湊の第五艦隊を中心とした防衛体制が日本への侵攻を許さないだろう。
いや、そもそもこれは本当に想定しないといけない事なのか。仮にもロシアやドイツは味方だ。
そんな私の内心を見透かしたかのように漣は驚愕の事実を告げた。
「ウラジオストクを母港とするロシア太平洋艦隊が度々領海侵犯をしていたのは知っていますか?」
驚いて声をあげそうになったけどでたのは吐息だけ、けど漣にはそれで伝わったみたいだった。
「第五艦隊が追い払っていましたけどその頻度も数もあまりにも多かった。
だからアリューシャン列島へ深海棲艦が攻勢をかけたのは渡りに船でした。敢えてアリューシャンを深海棲艦に明け渡す事でロシアに再び深海棲艦の恐怖を与える事ができましたからね」
つまるところ漣、でち公の予見した未来へと近付きつつあるわけだ。
保有数を制限するだけでは不十分、何らかの対策を講じなければ深海棲艦との戦いが終わった途端即開戦なんて未来もあり得ると。
その対策、と言うより嫌がらせとしてアリューシャンから撤退したのね。あの作戦には私も参加していたし利用されたみたいで気分が悪い。
「しかしそれでもなお政府は動きませんでした。それどころかドイツやロシアからの資源輸入を促進するためオリョクルの縮小を決定します。
それに伴い政府にとって目の上のたんこぶであるゴーヤを退役させる事も決定、私達はさらに困難な状況に陥る事になりました」
思った以上に大きな話になってきたわね。こんなに規模が大きいのに私の耳に入らないとなると想像よりも状況は悪いのかもしれない。金剛も苦労する事になるわね。
「ここでゴーヤと私で意見の対立が起きました。政府にどのようなアプローチで私達の意見を通すか、私と違いゴーヤは現状のまま迂遠なアプローチを続ける事にしました」
……何となく旗艦がしようとしている事がわかったかもしれないわ。
薄々気が付いてはいたけど、どうやら私の命もここまでのようね。
「自分の意思を通す最も手取り早い方法は暴力を持って他者を抑圧する事、それは歴史が証明してくれています」
歴史上暴力で意見を押し通した例は幾らでもあるけどそれと同じかそれ以上に失敗した例も多い。
けど艦娘全体に影響力を持つ連合艦隊旗艦のやる事だ。おそらく、いや確実にそれは成功させるのだろう。
「そしてその最大の障害となるのが伊58と二水戦でした。引退したとしてもゴーヤの影響力は侮れません。そして世界最強の名を欲しいままにするあの戦隊を相手にするのは流石の私でも骨が折れます」
連合艦隊旗艦を持ってしても二水戦の相手は骨が折れる、その評価は誇るべきなのかしら。
「ゴーヤは戦友でしたけど私の邪魔をするのなら容赦はしません」
「…あなたがころしたの……?」
絞り出すように尋ねると漣は頷いた。
「私以外に彼女に勝てる艦娘はいませんから」
「戦友って言っていたくせに簡単に殺すのね」
私の皮肉に彼女はフッと笑みを浮かべた。
「息をするのも苦しいでしょうにまだ話す元気があるんですね。旗風、念の為縛っておきましょう」
本当に喋れると思っていなかったのだろう、旗風は驚いた様子を見せながらも私を後ろ手に縛り上げた。
心配しなくても少し喋るだけで精一杯だって言うのにこんなにキツく縛らなくてもいいじゃない。きっとこれは嫌がらせだ。
「いずれにせよ私とゴーヤのうち戦って生き残った者がこれからの日本の艦娘を引っ張っていく、これは私たち2人の共通認識でした。
事実、彼女は古参の潜水艦娘幾人かと協力して私を暗殺する計画を立てていました。私が先手を打ったので不発に終わりましたけどね」
意外と過激なところのあるでち公ならあり得ない話ではないしでち公が引退目前だったことを考えたら尚更考えても不思議ではない。仮に漣が死ねば艦娘の纏め役たる連合艦隊旗艦の地位に艦歴が最も長く艦娘からの信頼の厚いでち公が着く可能性は極めて高いからだ。
「正直なところ艦種的に相性がいいのでゴーヤを始末するのはそう難しくないだろうと思っていました。それよりも問題なのは二水戦でした」
それはそうだろう。私でも苦戦はするだろうけどでち公を沈められる自信がある。それくらい駆逐艦と潜水艦の相性はいい。相性がいいのに私でも苦戦するあたりでち公の強さも相当なものではあるけど。
となると今の事態、二水戦壊滅が今回の事態の引き金になったのかしら。
口ぶりからして彼女に二水戦を壊滅させる手段はなかったようだし。
「龍驤があの報告を、深海棲艦の大艦隊が島に潜んでいると言う報告をしてきたのは僥倖でした」
……は?
「…今…なんて言ったの……?」
いまだに息は苦しいけどそんな中にしている場合じゃない。ここで全て聞き出さないと死んでと死にきれない!
「私はソロモン諸島に深海棲艦の艦隊が潜んでいることを知っていたと、そう言ったんですよ」
「嘘よ。だって第八艦隊司令部にそんな報告は……」
いくら連合艦隊旗艦でも艦隊司令官を飛び越えて報告を受けるなんてあり得ない。普通艦隊司令官を経由して旗艦に報告が行くはず、と言う事はまさか…!!
「一応言っておきますけど第八艦隊司令部は関係ありませんよ。
私と龍驤はここにいる旗風同様彼女が艦娘になる前からの付き合いなんですよ」
艦娘になる前からの付き合い、不知火から聞いた話から鑑みるにその答えは一つ。
「……元一水戦」
「その通り。龍驤の母は元一水戦、朝潮型駆逐艦五番艦朝雲です」
一体漣はどれほどの準備をしてきたのだろう。偶発的ではあったのかもしれないけどこうも簡単に二水戦を壊滅に追い込んだ手際といいでち公を暗殺した手際といいなんの準備もなしにできる事じゃない。
「誤算だったのは彼女が沈んだ事ですね。本当ならあの作戦の後、二航戦あたりに編入させるつもりだったんですけど残念でした」
さっきまでとは打って変わって漣は心底悲しそうな表情をしていた。
「そして何より最大の問題は陽炎、貴女が生き残った事です」
意外な言葉だった。けど同時に少し誇らしくもあった。私という艦娘が世界最強の駆逐艦である、いやもしかしたら艦娘としても世界最強かもしれない漣に脅威として認識されていたと言う事は一艦娘としては誇らしいと思う。
「二水戦の優先排除目標は戦隊旗艦、各中隊の中隊長及び駆逐隊の指揮艦でした。
その中でも戦隊旗艦川内、それと第四中隊の中隊長神通、そして第十八駆逐隊司令駆逐艦の陽炎。この3隻には特に沈んでいて欲しかった」
ほんと、随分と高い評価をしてくれたわね。嬉しくて涙が出るわ。
あるいはそれ程まで高い評価でなければ私は今ここで無様な姿を晒す事もなかったのだろうか。
「深海棲艦相手ですから元々上手く行くとは思っていませんでした。けど作戦自体は思いの外上手く行きました」
今考えられる最も最悪のパターンは漣が深海棲艦と何らかの方法で意思疎通が可能で深海棲艦を思うがままに操れると言う事だったけどどうやらそれはない様子に内心安堵した。もっとも、それが私に直接関係あるのかと問われるとおそらく関係はないだろう。
「二水戦の壊滅、これは私にとっても予想外でした。中隊長クラスを1、2隻と川内あたりを持っていってくれれば上出来だと考えていたのに戦隊旗艦と中隊長、二水戦のほぼ全てを沈めてくれたわけですから」
優先排除対象3隻中2隻が沈んだとなれば深海棲艦を利用すると言う博打じみた作戦としては大成功と言えるわね。だけどこの漣の事だ、これが失敗しても何らかの方法で二水戦を壊滅させるための作戦を別に用意していたのだろう。
「ですがその分、陽炎が沈まなかったと言うのが余計残念に思えてしまいましてね。
戦場でけりをつけるのも一興でしたが思いの外復活した二水戦が強そうだと、インド洋での戦いから判明したのでせめて貴女だけでも最終作戦を始動する前に始末してしまおうという考えに思い至った訳です」
「初期艦ともあろうお方が随分と卑怯な手を使うのね」
「卑怯、確かに私は卑怯なんでしょう。しかし私の可愛い可愛い一水戦を、第一艦隊を1隻でも多く生き残らせるためならその程度の批判は甘んじて受け入れましょう」
……第一艦隊?
「おや、それは知らなかったんですね」
私が混乱しているのに気がついた漣は意外そうな表情で言った。
「第一艦隊所属の艦娘の殆どは一水戦の関係者ですよ。例えば第一戦隊旗艦の長門ですけど彼女の叔母は元一水戦の駆逐艦暁です」
そうか、漣がこうも自信ありげに語るのはそれが理由だったんだ。仮に彼女が行動を起こしたとして対応するのは第二艦隊。一水戦単体なら簡単に倒せるけど相手が第一艦隊となれば話は別、下手をすれば負けもある。
いや、敵は第一艦隊だけにはとどまらないのかもしれない。ここまで用意周到なんだ、その手は他の艦隊にも伸びていると考えた方が自然だ。
「戦いの勝敗は始まる前に決まっているとは言うけど自分がされる立場になるとこれほど絶望的なものもないわね」
これだと私が生きていても多分結末が大きく変わる事はないだろう。
ここで死ねるというのは案外幸せな事なのかもしれない。第二艦隊が、いえ二水戦が二度も壊滅する姿を見る事がないのだから。
「……もう聞きたい事はないわ。殺しなさい」
元々捨てていた命、今更惜しむものでもない。
私は覚悟を決め漣を見据えた。
漣の謀略にハマって身柄を拘束された陽炎はこのままだと殺されちゃう!
お願い死なないで陽炎!
アンタが今ここで倒れたら、黒潮達との約束はどうなるの!?
時間はまだ残ってる。ここを耐えれば漣に勝てるんだから!
次回「陽炎死す」デュエルスタンバイ!(大嘘)
ちなみに次回のタイトルは「艦娘」の予定です