私が目を覚ました時、あたりは暗闇に包まれていた。これがあの世という物なのか、案外味気ないものね、なんて考えながら首を動かすと機械の光らしき物とカーテンの隙間から月明かりが漏れていた事で私はそこがあの世ではない事を知った。
深海棲艦になった上で私自身の意識が残っていると言うのは拘束されずに寝かされている時点で候補にない。理由はわからないけど漣の意図とは違う結末になった事は間違いないようだ。
いや、実はこの施設が漣の保有する秘密基地で私は拉致されたと言う可能性もあるか。その場合あの時私が聞いた話は全て嘘だった可能性が高い。
いずれにせよここがどこなのか把握しなければ何も始まらないだろう。
そう結論づけ私がベッドから起きあがろうとすると部屋の扉が開いた。
扉が開いたことで差し込んだ廊下の明かりで思わず目を細めると扉を開けた人物が言葉を発した。
「陽炎教官目が覚めたんですか!?」
そう言って近づいてきた人物は狭霧だった。
「ここは……」
「阪南泊地の医務室です」
阪南泊地の医務室と言う事は理由は分からないけど漣の思い通りにはいかなかったということね。
「私はどれくらい寝ていたの?」
「私達が発見して約3時間、トータルではおそらく半日ほどかと」
思ったほど時間が経っていないことに内心安堵しながらさらに質問を続けた。
「漣はどこにいるの?」
「……それを話す前に伝えなければならないことがあります」
珍しく神妙な面持ちの狭霧に嫌な予感が湧いてくる。
「呉が空襲を受けました」
その言葉を聞いた時私は全てを察した。
「下手人は第一艦隊ね」
私の言葉に狭霧は驚いた様子を見せた。
「よく分かりましたね」
「私が漣なら第二艦隊の旗艦を暗殺するだけで済ませはしない。返す刀で第二艦隊と余裕があれば他の有力な艦隊をいくつか叩くわ」
可能ならば佐世保の第三、大湊の第五にちょっかいをかけるだろう。
「ではやはり陽炎教官が気絶していたのは」
「ええ、漣のせいよ。アイツに妙な薬品を打ち込まれたのよ」
身を起こし床に足を付けると立ちくらみが起こり思わずベッドに手をついた。
「大丈夫ですか!?」
「問題ないわ」
「もう少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
その言葉に思わず狭霧を睨みつけた。
「バカ言わないで私は第二艦隊旗艦よ。こんな所で大人しく寝ていられるわけないでしょう」
私の艦隊が攻撃されたと言うのに大人しく寝ているなんて事できるわけがない。
「……分かりました。では報告を続けさせてもらいます」
「私の制服はどこ?」
狭霧に頷くことで返事をすると私は尋ねた。
「そちらのクローゼットの中です」
クローゼットを開けるとそこには確かに陽炎型の制服が入っていた。
制服をハンガーごと取り出すとベッドに放り投げ続いて病院着を脱ぎ捨てる。
「何をしているんですか?」
「決まってるでしょ。呉に戻るのよ」
「正気ですか!?」
「第一艦隊が呉を襲撃したとなれば状況は最悪に近いでしょう。今すぐ動かないと手遅れになるわ」
もう手遅れである可能性はかなり高いけど何もしないよりはマシだ。
「第二艦隊の被害状況、轟沈艦だけでいいわ」
私の問いかけに狭霧は渋々と言った様子で答えた。
「幸いな事に二水戦は桂島にいて無傷です。現時点で判明している戦艦、空母の轟沈艦は三航戦の瑞鳳、四航戦の日向、伊勢。第四戦隊の大和、武蔵」
第二艦隊が保有する航空戦力は第三、第四の2個航空戦隊4隻。うち3隻が轟沈したとなれば航空戦力は全滅と判定していいだろう。
戦艦についても高速戦艦である金剛型4隻からなる第三戦隊と第二艦隊の打撃力の中心となる第四戦隊の大和型2隻。大和型は練度こそ金剛型に劣るけどその火力は侮れない。これが2隻とも沈んだのは大きな痛手だ。
煙草仲間だった瑞鳳、日向は言わずもがな、伊勢も大和と武蔵も知らない仲じゃない。艦娘なんてモノをやっていると知り合いが沈む事は多々あるけどそれは全て深海棲艦の手でだ。仲間の筈の艦娘の手によってではないしそんな事があっていいはずがない。
「第三戦隊と第十一から第十五戦隊の巡洋艦連中はどうなったの?」
「未だに鎮守府の瓦礫に埋もれていて被害不明だそうです」
全滅はないだろう。けど戦艦空母にここまでの被害が出ているという事は他の艦娘の生存も絶望的だろう。
「提督は?」
「ご存命です。怪我も殆どされていないそうです」
提督が生きているのなら私がいなくてもなんとかなっているはずだ。だけど早く戻るに越したことはない。
「十三駆を呼び出して呉に帰投する準備をするよう伝えて」
「……了解しました」
不満そうな様子ではあったけど狭霧は私の命令に答えて通信機で十三駆に私の命令を伝えた。
「それと教官、漣の宣戦布告がネットに流れていますけどご覧になられますか?」
「別にいいわ。どうせ有る事無い事でっち上げてるんでしょ」
「それについては私の知識ではなんとも言えません」
「……やっぱり見せて」
意外と勤勉な狭霧が判断つかないと言う以上それは高度に政治的なのか、あるいは機密情報に関する事を言っていたという事だ。それならば少し興味があった。
10分ばかりの動画で漣は口上と自らの主張を述べた。
動画で見た漣の訴えは大きく分けて二つ。
一、現行の非艦娘中心の政治体制から艦娘中心の政治体制へ移行し艦娘の権力を拡大し権利を保護する。
二、これまでの艦娘に関する非合法、非人道的な実験の公表と責任者の処罰と被害者及び被害者遺族への賠償。
色々と屁理屈捏ねてたけど要はこういう事だ。前者はともかく後者は一考に値する。私が艦隊旗艦でなければ漣に共感したかもしれない、そんな演説内容だったけど生憎私は彼女に敵認定されている上に私を殺そうとした人物。そんな奴の下に付くわけがない。
「艦娘の権力を強くし権利を保護するなんて言ってるくせに第二艦隊を先制攻撃で叩くあたり本当に守る気があるのか疑わしいわね」
どんな高尚な理由を掲げようと第二艦隊にとって漣は敵だ。和解の道はないしする気もない。政府がどんな対応をしようと第二艦隊としての方針はすでに決まっている。
「政府は何か声明を出した?」
「今のところ特には。突然の反乱ですし対応に苦慮しているみたいですよ」
おそらく漣はかなりの準備をしてきている。第一艦隊に一水戦の関係者を集めたのは序の口、本拠地としている島以に物資を集積するのは当然として近隣の島に隠し拠点くらい用意してるかもしれない。それどころか……いや、これは考えないでおきましょう。
「夕立達の準備状況はどうなってる?」
「教官が動画を見てる間に準備ができたと報告がありました」
「そう、分かったわ」
狭霧に返事をした後、私ははたと口元に手を当て考える体勢をとった。
「教官どうかしたんですか?」
私の様子に不思議そうな表情を浮かべて狭霧が尋ねた。
「狭霧、あんたには艦娘と戦う覚悟はある?」
第二艦隊の大型艦は壊滅しているけど二水戦は健在。
そして反乱の首謀者は最強の艦娘漣。そこから導き出される答えはこの鉄火場に二水戦が投入される可能性は極めて高いということだ。
私は殺されそうになった以上その相手に対して躊躇はしない。
けど狭霧は、その他の艦娘達はどうだろう。私と違って殺されかけたわけでも無ければ漣に恨みがあるわけでもない。
昔一水戦が反乱した時、事件が終わった後二水戦を去る艦娘は少なくなったというし士気にに影響が出ることは間違いない。
「陽炎教官が、私達の旗艦が害されたんですよ?
それに対して報復すら加えず引き下がるならそれは二水戦とは言えません。確実に海の底に沈めなければ後世の笑い物になります」
そういやこの子、二水戦でも特に血の気が荒い方だったわね。
「相変わらず血の気が荒いわね」
思わず苦笑いを浮かべると狭霧は真剣な表情で口を開いた。
「私は二水戦に憧れて艦娘になりました。私の憧れが負けっぱなしなんて許せるわけないでしょう。血の気が荒いと以前の問題です」
意外、と言うわけでもない。多かれ少なかれ二水戦になろうと志す艦娘は憧れというモノを抱いている。そもそもそういった特別な思い無ければ教導隊での過酷な訓練をやり遂げるなど到底不可能だろう。
「陽炎教官、私は常々思っていました。艦娘最強は二水戦の旗艦が、第二水雷戦隊旗艦陽炎こそがならなければならないものだと。
今の今までその座にいたのが老いぼれた老艦娘だったのがおかしいんです。漣と直接戦い勝つ。それは教官に与えられた義務であると私は思います」
なかなかどうして、キツいこと言ってくれるじゃないの。
あの漣に勝つ事がどれほど難しいかわからないわけじゃないでしょうに。
「旗艦は私で無ければならないわけじゃないわ。狭霧やってみる?」
「教官!」
からかい混じりにそう言うと彼女は私を睨みつけた。
「冗談よ。私もいい加減あの老艦娘が最強と言われる事に飽き飽きしていたの」
漣に勝つのは難しい。けど彼女が前線に出て戦ったのはでち公の件を除けばもう10年以上前の話だ。そこに付け入る隙があるかもしれない。
「時代遅れの老艦娘に、今が誰の時代なのか教えるとしましょうか」