金剛が見つかった後、彼女の部下の比叡、榛名、霧島が立て続けに見つかった。同時に装備を整えた救助部隊が到着した事で私たちの救助活動は終了ししばしの休憩が与えられることになった。
「こう言っちゃなんだけど……暇ね」
救助活動の疲れから寝袋にくるまって一眠りした後の私達は暇を持て余していた。本来ならいくらでもある暇を潰すための手段が全てなくなっていたからだ。
煙草は取り上げられたせいで手元にない。暇を潰すために待機室とかにおいてあるトランプやその他ボードゲームは焼けたか瓦礫の下。
今負傷者が寝かされている寮には多少の私物があるけど元々呉に帰ることが少ない二水戦が持つ私物はそう多くない。
「しりとりでもしますか?」
「さっきやったやろ」
親潮の提案を黒潮がバッサリと切り捨てた。しりとり、あっち向いてホイ、親指ゲーム(これの呼び方で一悶着あったお陰で余計に時間が潰せた)、指相撲、腕相撲できる事はなんでもやった。
「雪風が寮からトランプとってきましょうか?」
いくら私物が少ないとはいえトランプくらいは誰でも持っている。だけど今回に限ってはダメだ。
「トランプなんて殆ど運が絡むゲームなんだから雪風が一人勝ちするじゃない。却下よ」
艦娘がするメジャーなゲームでトランプやサイコロと言った運が絡むゲームは雪風の一人勝ちになる事が多い。そんなの面白くないし却下するに決まってる。
「陽炎は暇なんやったら司令はん手伝ってきたらええんちゃう?」
「追い払われちゃうのよ。今の私の仕事は体を休める事なんだってさ」
私には本来第二艦隊に関する事務作業があったけど全部司令が引き受けてくれている。
手伝いたかったけど司令曰く私が注射されたモノが何かわからないから体を疲れさせるような事は慎むべきなんだそうだ。
「黒潮なんか面白いこと話して。関西人でしょ」
「関西の人間が全員おもろい思たら大間違いやで」
雑に話を振ったら不知火みたいな目で睨みつけてきた。さすが同型艦、そっくりね。
「じゃあアンタが艦娘になった理由でも話してよ」
「ウチが艦娘になった理由?」
「長い付き合いだけど黒潮の理由は聞いた事なかったしちょうどいい機会じゃない」
艦娘になってからもっとも長い付き合いなのは不知火だ。だけど艦娘として一緒に過ごした時間が一番長いのは黒潮だったりする。不知火とは訓練学校以来ずっと離れ離れだったしね。
「今の時代どこにでもあるしょおもない理由やで」
「この際時間を潰せるならなんでもいいわよ」
私の言葉に黒潮はため息を吐くと話し始めた。
「ウチの親はウチを産んですぐに深海棲艦の空襲で死んだから物心ついた頃から孤児院で過ごしとったんや。
けどその孤児院が酷うてな。ろくに飯も食えへんようなとこで足らへん飯を子供どうしで奪い合う毎日やった」
日本本土が深海棲艦に最後に攻撃されたのは20年くらい前の話。私と同年代の艦娘だと辛うじてその犠牲者がいるかどうか、黒潮の年齢なら結構そういう艦娘は多いかもしれない。私と同じ理由と言っていいのかしら。
「孤児院って人数分の食料含む必要な物資を国から現物時給してもらえるはずですよね?」
「親潮そりゃ幻想やで。実際は支給されてもんの殆どは職員が消費するか売っぱらうかして懐に入れとる」
「子供を守るべき大人がそんな事するなんて世も末ね」
私は物心ついた頃には海外にいたからその頃の日本の状況は知らないのよね。風の噂で聞いた話だと元々食料自給率は高くないから餓死者とかも結構出ていたらしい。
「世話する大人の分の物資は渡されていないんですか?」
「渡されとるけどそれがウチらの飯を減らさん理由にはならへんよ。むしろ嬉々として自分らの飯を豪華にするのに使っとったわ」
子供のためというより自分のために孤児院を経営していたみたいな振る舞いね。
「黒潮お姉ちゃんはその人たちを恨んでるんですか?」
「あの頃はみんな余裕がなかったししゃあないって思うとる」
懐の深いことを言ってるけど顔は苦々しげだ。仕方ないと思ってもそれはそれとしてムカつきはしたのだろう。
「黒潮が艦娘になったのはちゃんとご飯が食べられるようになるためですか?」
「ちゃうちゃう。ウチが艦娘になったのは家族が欲しかったからや」
「家族ですか?」
「艦娘には姉妹艦があるやろ、あれに憧れてん」
艦娘は使用されたウィルスによって同型艦という区分に分けられる。それらは艤装や制服に類似点が多くて現実の船になぞらえて同型艦、あるいは姉妹艦と呼ばれる。
もちろん本当に血の繋がりがあるわけではないし必ずしも姉妹艦が仲良くなるとは限らない。
「ウチに肉親はおらんけど艦娘になれば姉妹はできるんちゃうかと思ったんが艦娘になったキッカケや」
おもろなかったやろと恥ずかしそうに頬をかきながら言ってきたけど私はそうは思わない。
「ひ孫に看取られて死にたいっていうのもそれが理由?」
100歳まで生きてひ孫に看取られて死にたいと言うのは常々黒潮が言っている事だ。
「そうやな。ウチに家族と呼べるもんはおらんかったけど、これから作る事はできるからな」
「あら、私は家族じゃないの?」
姉妹艦が、家族が欲しいから艦娘になったという割には付き合いの長い私の事に言及しないのは酷い話じゃないだろうか。
「……家族って思てくれてるん?」
「当たり前じゃない。一体何年二水戦として一緒にいたと思ってるのよ」
私の言葉に黒潮はそうかと言うとはにかむように笑って俯いた。
「ところで親潮はどうなの?」
ちょうどいい機会だし今ここにいる親潮と雪風のキッカケも聞いておこう。
「私ですか? 私は艦娘に深海棲艦の攻撃から守ってもらったからですね」
「親潮の年齢で直接艦娘に守られるって珍しいわね」
私の年齢なら辛うじて本土空襲とかがあったから艦娘に守られると言うのも理解できる。だけど親潮の年齢だと船にでも乗らない限り深海棲艦の脅威にさらされる事はなかったはずだ。
「父が仕事の関係で沖縄に引っ越す事があったんですけどその時に」
オリョクルの本拠地である沖縄は日本で、いや世界でも有数の経済都市だ。一昔前はアメリカのゴールドラッシュのように多くの人が一攫千金を夢見て沖縄を目指した。けど当時は今ほど航路の安全が確保されていなかったから辿り着けずに命を落とした人も多い。
「あら、じゃあ今も実家は沖縄にあるの?」
「いえ、今は東京に戻っています」
有数の経済都市とはいえまだ経済力では東京の方が上だし海運とかの流通面でも東京の方が便利だ。沖縄で成功したものが支社を置いて東京に帰って悠々自適に過ごしていると言うのもよく聞く話だし親潮の両親もそれなのかもしれない。
「雪風はどうなの?」
「雪風は特に理由はありません。なんとなく適性検査を受けたらいい結果が返ってきてなんとなくで艦娘になりました」
これはこれで珍しいわね。なんらかの信念があって艦娘になる者が多い中なんの信念もなく艦娘になってそれどころか二水戦にまで入るなんて。
「二水戦に入ったのはどうして?」
「雪風の指揮艦だった人がいつの間にか推薦してました」
「それで教導隊の訓練に耐えれたの?」
雪風みたいな理由で教導隊に入る艦娘は度々存在する。だけど往々にして本人にやる気が足りなくて厳しい教導隊の訓練についていけずに脱落していく。
「せっかく推薦してくれたからには受からないといけないと思って頑張りました」
あれって頑張ってなんとかなるような物じゃないと思うんだけどなぁ。
「陽炎はどうなんや」
「私がなった理由は昔話したじゃない」
「ウチは知っとるけど親潮らはしらんやろ」
聞かれてもないのに話す内容でもないから付き合いの短い2人には話した事なかったわね。
「母は物心着く前に、父は私が11歳の時に深海棲艦に殺されたわ」
父が死んだ時の事は今でもよく覚えている。イギリスから地中海を通って日本に帰還している時の事だった。シチリア沖で乗っていた船が深海棲艦の艦載機に爆撃された。爆弾が爆発した近くにいた父はその時の怪我が原因で手当ての甲斐なく3日後に死亡した。幸い私は父に庇われて擦り傷程度ですんだけど血塗れの父に抱き抱えられた私を怖がらせない為に自分の怪我を顧みず穏やかに声をかけ続けてくれた事は一生忘れる事ができない。
「復讐ですか?」
親潮の問いかけを私は思わず鼻で笑ってしまった。
「まさか。復讐心なんてモノは深海棲艦に抱くにはあまりにも勿体無い感情よ」
「じゃあどうして艦娘になったんですか?」
心底不思議そうな雪風に私は微笑みかけた。
「確かに深海棲艦に恨みを持って艦娘になった人もいるでしょう。だけど深海棲艦は人ほど高度な知能もなければ文明もない、所詮本能でしか動けないケモノでしかないのよ。そんな下等生物に恨みを抱くなんて愚かなことよ」
「なら陽炎姉さんはどうして艦娘になったんですか?」
「人に害なすケモノを駆除する為。ようは害獣駆除のためね」
私の言葉に2人は驚いて絶句したようだった。まぁ、たしかに両親を殺されて艦娘になったと聞けばその理由は復讐だと考えるだろう。だけどただのケモノに復讐心を抱くなんてあまりにも情けなさすぎる。所詮相手はケモノ、ならそれに対しては相応の態度を持って対応すべきだ。
深海棲艦に対して復讐心はいらない。必要なのはただ無心で奴らを駆逐する強靭な精神だけだ。
「なぁなぁ陽炎。話は戻るんやけどちょっと聞いてもええか?」
私の服の裾を軽く引っ張りながら黒潮が上目遣いに問いかけてきた。
「いいわよ」
「あんな、ウチの事家族って思てくれてるんやったら……」
恥ずかしそうに少し下を向くと何かを決心したかのように頷き顔を上げた。
「たまにでええんやけどお姉ちゃんって呼んでええか?」
少し瞳を潤ませて恥ずかしそうに頬を染めている黒潮に思わず勢いでいいわよって言いそうになったけどギリギリのところで踏みとどまった。
「アンタ私より歳上じゃない。アンタがお姉ちゃんで私が妹じゃないの?」
「妹は親潮と雪風がおるしなにより陽炎は陽炎型の長女やろ?
ならお姉ちゃんやん」
理屈はわからなくもない。いや、やっぱりわからない。おかしいわね、黒潮ってこんなキャラじゃなかったような気がするんだけど……。
「親潮らはええのにウチほあかんの……?」
残念そうにしょんぼりとした黒潮を見て私は慌てた。そんなにも姉に、家族に憧れを持っていたとは思わなかったからだ。
「あかん事ないわよ! 大歓迎、大歓迎よ!!」
焦りすぎて黒潮の関西弁がうつったけど黒潮はそれを気にした様子もなくまるで向日葵の様な笑顔を向けて抱きつくとぐりぐりと私のお腹に頭を押し付けてきた。
生まれた時から家族のいない天涯孤独。一体それがどれだけ寂しい物なのか私には想像ができない。だけどその荒んだ心が私の言葉で、行動で少しでも満たされたのなら仲間として、家族としてそれほど喜ばしい事はない。
そう思うと私は自然と黒潮の頭を撫でていた。これまでの孤独な人生を慰める様に、必死で生きてきた黒潮を褒める様に。
キリが悪いから入れなかった狭霧の話です。
「丁度いいところに来たわね狭霧」
ラムネの瓶を4本ほど持って近くを通りかかった狭霧に声をかけると彼女は一瞬嫌そうな表情を浮かべた。私だって上官にオフの時捕まればいい思いはしないけどもう少し隠しなさいよね。
「今艦娘になった理由を聞いてたんだけどアンタも話しなさいよ」
「それ今しないといけない事ですか? 私罰ゲーム中で早くこれ持って行かないとみんなに文句言われると思うんですけど……」
「暇なのよ。今はなさなさい」
命令する様な口調で言うと狭霧はため息を吐いて了解と告げた。
「簡単に言えば二水戦に憧れたからですね」
「へぇ、二水戦に」
正直悪い気はしない。今の所全員が二水戦に関係のない理由だったから寧ろ気分がいい。
「たしが私が10歳になる前くらいの話ですね。テレビで二水戦の特集が組まれて深海棲艦をバッタバッタと薙ぎ倒していく映像に憧れを抱きました」
「二水戦ってメディア露出が少ないしその特集私が二水戦に入る直前の奴かしら」
「多分そうですね。陽炎教官っぽい艦娘は映ってませんでしたし」
もう少し私が早く二水戦になっていたら狭霧からの憧れと尊敬の対象になれたのかしら。それならもう少し扱いやすく……なるわけないか。
「もう行ってもいいですか?」
「少しは暇を潰せたわ。ありがとう」