呉空襲後に鎮守府跡地から少し離れた場所に作られた仮説喫煙所、そこで私は久しぶりの煙草を楽しんでいた。元々呉鎮守府にあった喫煙所は空爆で跡形もなく消し飛んだから前と比べて煙草を吸うのに少し歩かなければならない。
「それで、アンタ達はなんだって四水戦にくっついてここに来たのよ。まさか戦いに来たなんて馬鹿なこと言うためか来たわけじゃないでしょ」
今の私は気分がいい。約1週間ぶりの煙草を吸っている今なら大抵のことは許せそうだ。
「貴女は前に機会は自分で掴み取るものだと言いました」
Nelsonが死んですぐの事だったか、たしか彼女達を慰めるのに言った記憶がある。
「私達は陽炎さんの役に立ちたいと思ったわ。だから言われた通りその機会を掴み取らせてもらったのよ」
「半人前のアンタ達じゃすぐに死わ。戦力が足りないからと半人前の駆逐艦を連れ出して死なせたとあっては二水戦の名折れよ」
「龍鳳だって半人前じゃない」
痛いところをつかれたけどこれにはちゃんと反論できる。
「あれは空母よ。たとえ半人前だろうと空母護衛は駆逐艦の仕事。もし空母が沈めばそれが新人だろうとベテランだろうと護衛の責任になるの。
だけど駆逐艦は沈めば全て自分の努力不足。実力不足と分かり切っている駆逐艦を前線に出して沈めたとあっては指揮艦失格よ」
「なら大丈夫ですね」
「私達1人だと半人前でも2人集まれば一人前になれるわ」
Jervis、Janusの言葉に私は思わず天を仰いだ。
「半人前が2人いようが10人いようが半人前には変わらないわよ」
正直その考え方は嫌いじゃない。だけど半人前がどれだけ集まろうと一人前にならないのは厳然たる事実だ。
「それは連携も取れない様な人達の話ですよね」
「私達は訓練学校の頃からの仲。お互いのことをよく知っているから連携力も高いです。2人合わされば一人前になれます」
本来であればなんと言われようとダメの一言で突っぱねられるんだけど彼女達がここにいるということは司令がそれを許可したということだ。それだけで彼女達の参加を認めるには十分と言えるけどそれを素直に言うのもなんか癪だ。
「まぁ、この煙草分の借りは返すべきよね」
「本当ですか!?」
「今更嘘とかなしなんだからね!」
元々参加させる以外選択肢がないのだから借りを返せれてないのだけどこの子達にそれは分からないだろう。いずれこの借りは別の形で返すとしましょう。
「ただしアンタ達は私と一緒に後方で予備戦力として控えてもらうから」
四水戦と一緒に前線に出すとこの子達だと本当に轟沈しかねない。流石にそれは忍びないし死んだNelsonに対して申し訳が立たない。それどころウチの国のゴタゴタに他国の艦娘を巻き込んだ上に死なせたとあっては国としても色々とまずい。
「それで十分です!」
予備戦力だから最終局面で私と一緒に突撃できてるとか考えているのだろうとても嬉しそうにしている。そうでなくても世界最強の水雷戦隊、第二水雷戦隊の戦いを間近で見られるのだからその喜びはひとしおだろう。
「ところでアンタ達せっかく喫煙所に来てるのに煙草吸わないの?」
「私は辞めたのよ」
そう言えばJervisは辞めたとかNelsonが前に言ってたわね。
「Janusは?」
「ご一緒させてもらいます」
「Nelsonが辞める様に言ってたのに……」
Jervisが避難するようにJanusはを見つめるけど肝心のJanusどこ吹く風、全く気にした様子もなく煙草を吸い始める。
「いつまでも死人に縛られるのは良くないわ」
別に強制する訳じゃないけど艦娘として生きていく上で死人なんてこれから何人も見ることになる。忘れるか、思い出として懐かしむに留めた方が賢明だ。
「Nelsonの事を忘れろとでも言うの!?」
「そう言うわけじゃないわ」
睨みつけてくるJervisにどうしたものかと少し考えた後、私は少し昔話をすることにした。
「これは深海棲艦に両親を殺されたある艦娘の話なんだけどね」
唐突に変わった話に驚いた様な顔をしたけど2人は静かに私の話を聞いてくれた。
「彼女は自分の命尽きるまで深海棲艦と戦い続ける覚悟で艦娘となり半ば死を望むかの様に戦い続けているわ。それが悪い事だとは思わないけど死人とはようは過去の人間よ。未来ある人間が過去の、もういない人間に囚われて命を散らすまで戦い続けようだなんて愚かな話だと思わない?」
人には駆除の為とか言っているけど実際のところ私がやりたい事なんてただの復讐だ。深海棲艦なんていう殆どケモノに近いモノに対して復讐心を抱こうだなんて不毛だという事は私自身がよく分かっているし、分かっているからこそ人にはカッコつけて駆除の為だなんて嘯いている。
無駄な事だと分かってはいるけどそうでもしないと私は
「そうは思わないわ。その人が一体誰だか知らないけどまだ生きてるんでしょ?」
「そうね、生きてるんじゃないかしら」
「ならいいじゃない。艦娘の使命は深海棲艦を倒す事なんだからそのまま深海棲艦全滅させちゃえば万事解決よ」
そんな単純な考えでいられるならどれほどいいだろう。
「彼女は指揮艦なのよ。部下を自殺まがいの戦いに巻き込む事はどう説明するの?」
部下と言っても二水戦だから自ら戦いの場に足を踏み入れたがる子達しかいない。
だけど戦術レベルで見れば私が中央突破などの突撃を多用したリスクとリターンが大きい戦法を好んでいるから必要以上に大破轟沈の可能性を孕んでいるのを許容できるかと言われればそれは違うのではないだろうか。
「文句を言われてないなら問題ないじゃない。仮に不満があれば口で言うしそれができない環境なら反乱を起こすんしゃないの」
反乱ね……。
「漣みたいに?」
「そうね。ヨーロッパじゃ自分の意見が通らなかったら反乱を起こすのは水兵の権利よ」
イギリスだとバウンティ号やスピットヘッドとノアの反乱が有名だし世界的にはドイツのキール軍港の反乱なんかも有名だろう。
不満を溜め込めば反乱を起こすと言うのは海軍の性なのだろうか、案外多い。
「今この状況でそんなこと言うのね」
「こんな状況たからこそ言えるのよ。今以外にこれほどこの例えが効果的な場面はそうないわ」
「違いないわね」
日本だと不適切だ云々言って批判が来そうだけどこう言う小粋なジョークは私は嫌いじゃない。
「Nelsonは死んだ、それは事実だけど何もその死に囚われているわけじゃないのよ。死んだNelsonが天国で心配せずに暮らせる様に少しでも懸念事項を無くすのは悪いことなの?」
「そう言う考えなら私は何も言わないわ。だけどJanusはどうかしら」
「煙草を辞めたらNelsonは心配する必要がなくなって私達の事なんて忘れてしまうんじゃないかと思うと辞める気にはなれません」
それが本心なのか、それとも煙草吸いたさからくる言い訳なのかはわからない。だけどJanusもまたNelsonの死に縛られているのだろう。
「人にはそれぞれ違った考えがあるから私の考えを強制するつもりはないわ。だけど先達からのアドバイスとして、頭の片隅にくらいは留めておいて欲しいわね」
私が言えた義理じゃないかもしれないけど同じ駆逐艦として少しでも長生きできる様に願ってアドバイスした。
「だけど煙草仲間が1人減るのは寂しいような嬉しいような、毎回複雑な気持ちになるわ」
思わず嘆いてしまうくらいにはJervisの脱喫煙者は私にダメージを与えていた。
「煙草が体にあまり良くない事はわかっているから引退後のことを考えるなら吸わない方がいい、そんなことわかっているわ。だけど煙草好きとしては仲間が1人減るのは寂しい、複雑な気分よ」
煙草を吸わない、吸ったことのない人に煙草を進めるのはダメだと思うけど元喫煙者に対して喫煙を勧めるのは罪だろうか。
「やっぱり1本だけ吸っていかない?」
「吸いません!」
やっぱりダメか。
「まぁ、一度やめたなら無理に吸わせるのは良くないか」
そう言って煙草を灰皿に押し付けて2本目に火をつけようとした時だった。甲高いサイレンの音が鎮守府に鳴り響いた。
「来たわね。思ったよりも早かったと嘆くべきか、援軍が合流した後で良かったと喜ぶべきか……」
「このサイレンって敵襲よね? 何呑気ならこと言ってるのよ!」
「これは漣が動き出した事を知らせるサイレンよ」
「なら尚更焦らないといけないじゃないですか!」
焦る2人に苦笑いを浮かべながら私は2本目に火をつけた。
「問題ないわ。漣が拠点とする姪島から本土まではかなり距離があるから焦っても暫く戦闘は起きないわ」
これから行われるのは哨戒部隊からの情報を精査して漣にどう対抗するか、どこで決戦を行うのかそれを考えるだけの単純作業。立場上私は司令と会議をする必要があるけどこう言った戦略的な事は私よりも司令の方が得意だ、あまり焦る必要はない。
「だからこれは漣達反乱軍との戦いの準備を開始する事を知らせるサイレンに過ぎないのよ」
だけど漣との決戦に備えてこれまで準備してきているから今から準備する必要もない。このサイレンは完全に勇足だ。
「距離的に漣達が巡航速度なら1日くらいの余裕はあるし潜水艦艦隊も展開しているわ。余裕を持って準備することができるわよ」
だけど私は指揮艦、いつまでもゆっくりしているわけにはいかない。まだかなり残っている煙草を灰皿に押し付けると私は行動を開始した。
「貴女達はゆっくりしてなさい。私は司令と作戦会議してくるから」
面倒だけどこれが指揮艦の役目。1隻でも多く部下を連れ帰るためにも多少面倒でも作戦会議をしないといけない。
「あの、私達はどうすれば……」
「まだゆっくりしてていいわよ。次にサイレンがなった時が出撃の合図だから」