漣率いる本隊が判明したとの連絡が入ったのは私達が駿河湾に停泊して3時間ばかりが経過した頃だった。
漣出撃から既に20時間ばかりが経過し5つの艦隊は本土間近まで迫っていたギリギリのタイミングだった。
「流石は神通さん達やな。これならなんとか食い止められそうや」
「そうね。だけど一体どうやって突き止めたのかしら」
「まさか本当に突撃したわけじゃないですネ」
「そんなまさか……」
いや、あの神通さんならあり得る。だけどきちんと成果を持ち帰っているという事は仮に突撃していても損害は軽微ということだ。
「今考えても仕方のない事ね。詳細は後で確認するとして私達は急いで漣達の予想進路に向かうわよ」
私達と漣が出会うのにそれほど時間は掛からなかった。
既に漣達は本土にかなり近い場所にまで接近していてそれを迎撃する私達も最大戦速で向かったからだ。
漣達の姿を視界にとらえた時、すぐに次の行動に当たる事ができなかった。今まで艦娘同士でこれほどまでの規模の艦隊が戦ったことはない。勿論演習でならいくらでもあるが本気で殺し合うつもりで戦った事は記録にある限りゼロだ。相手が深海棲艦であれば問答無用で攻撃すればいいけど今回の相手は一応話の通じる艦娘だ。何か一言、開戦前に告げておくべきなのではないか、そんな考えが頭をよぎった。
「降伏勧告くらいはすべきなのかしらね」
「今更そんな事言って降伏する様な人達だとは思えないですネ」
「私もそう思うけどおそらく今回の戦いは今後また艦娘同士の争いが起きた時の基準になるわ」
「基準というなら一水戦の反乱がそれに当たるはずデス。あれに則って陽炎の号令一下仕掛ければいいですネ」
金剛の言う事は部分的には正しいと思う。確かに反乱という意味では一水戦の前例があるけどあれはあくまでも水雷戦隊単位で今回とは規模が異なる。漣の本隊から無血での降伏を引き出せるならそれに越した事はないはずだ。
「……漣と通信をするわ。今更降伏するとは思えないけどもし受諾するならそれに越した事はないし、しないとしても形式的には降伏勧告は必要でしょう」
私が漣との通信回線を開くよりも先に漣側から通信が入りこの場にいる全艦娘が一つの回線に耳を澄ませることになった。
『第二艦隊及びそれに協力する艦娘達に告げます。降伏しなさい』
誰もが聞いたことのある連合艦隊元旗艦漣の声が通信機から流れるとともに私は、いや私達は自然と身をこわばらせていた。
敵になったとはいえ長きに渡り艦娘のトップであり続けた漣の言葉は良くも悪くも私たちに大きな影響を与える。
『我々艦娘はこれまで多くの犠牲を出しながらこの国を守ってきました。しかしそれに対する人々の反応は極めて冷淡なものです。さらに強い艦娘を作るために艦娘を犠牲にし、失敗すればそれを隠蔽する。
私はそれを何度も見てきました。いい加減私達艦娘はこの事に対して怒りを表明してもいい頃合いだとは思いませんか?』
その言葉は私が思う以上に私の艦隊に打撃を与えていた。動画越しと違い直に漣の言葉を聞いたせいもあってか少なからず動揺した艦娘がいた事を私は確かに感じ取った。
だから私は漣のこの口撃に対して反撃をしなければならなかった。
「艦娘の定義とは何か、深海棲艦の定義とは何か」
自然と口に出た言葉をどうにか形にするためにほんの一瞬だけ間を置く必要があった。はからずしもその間はここにいる全艦娘の注目を私に集中させる事に成功していた。
「姿形が違う、遺伝子的な違い、そもそも深海棲艦は生物なのか否か。色々な考え方があるでしょう」
艦隊の動揺を取り除くための時間を確保する目的も含めて私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「だけどそのいずれもが無意味な考え、物事は単純に考えるべきよ」
私は一度大きく息を吐くとさらに言葉を続けた。
「艦娘同士が争う事はこれまでも、これからも一度たりとも起こり得ない。
自分自身が艦娘だと認識しているのなら、自分を害そうとする者は必然的に深海棲艦よ。そして私達の目の前いる奴らは私達の仲間を、第二艦隊の艦娘を轟沈させた。私は自分自身が艦娘であり仲間である第二艦隊も艦娘であったと確信しているわ。である以上はそれを轟沈させた奴らはただの深海棲艦よ」
降伏勧告を送るつもりだったのにこれじゃまるで宣戦布告だ。
『随分と強引な論法ですね。その論法に則るならば私達もまた自分自身が艦娘であると確信しています。即ち貴女達は深海棲艦という事でいいですか?』
「深海棲艦の戯言ね。みんな聞かなくていいわよ」
漣との会話が私達に良い影響を与える事はない。できる限り会話の時間を短くするためにも私はハンドサインで艦隊陣形を形成する様に指示した。
『これは手厳しい。貴女ほどの実力者を相手にするのは骨が折れますからね。できる事なら血を流さずに味方に引き入れたいと思っていたのですが』
「今更その言葉を信じると思うの? アンタに殺されかけたのに」
『心外ですね。私は陽炎が戻ってくると信じていましたよ』
本気でそう言っているのかどうか、通信越しでは漣の真意はわからない。だけど一つ言える事があった。
「本当にそう思っているのなら艦隊を展開しないんじゃないかしら?」
『それはお互い様でしょう。貴女だって艦隊を展開しているじゃないですか』
お互い目的を達成するためには目の前にある艦隊を蹴散らすしかない。だから少しでも早く艦隊を展開させ先制攻撃をしようといたしていたのだけど、条件が同じとあって艦隊の展開速度で機先を制する事はできなかった見たいね。
「私達の目的は元連合艦隊旗艦漣の捕殺よ。標的と出会っていながら何も行動を起こさない理由はないわ。だけど貴女の目的は私達の撃破ではないはずよ」
『私が目的を達するための最大の障壁は貴女です。出会ってしまった以上は味方につけるか、さもなくば実力で排除するしかない。前者を断られた以上は艦隊を展開するのは当然のことですよ』
お互いのこの場での目的は互いの首を取る事で一致している。
漣に対しては捕殺が目的だと言ったけど、実際はそうならないだろう。私が負けた時は私がこの海に身を沈める事になるしその逆もまた然り。お互い敗北は即、死へと直結する。生きて捕まるなんて事はあり得ないし、ましてや敗北した上で逃げ延びる事はもっとあり得ない。この戦いの決着は私と漣いずれかが死んだ時に着く。
『時に陽炎。どうやら第二艦隊だけでなく、第四艦隊も混ざっている様ですけどそれで私に勝てると本気で思っているんですか?』
漣は第四艦隊が弱く弱点かの様に問いかけてくるけどそれは間違いだ。
「10年前ならいざ知らず。今の第一艦隊なら第四艦隊でも十分戦えるわ」
『舐められた物ですね。第四艦隊など鎧袖一触に粉砕して貴女の顔を拝むとしましょうか』
第四艦隊の位置は艦隊の中央。本来、作戦の第一段階は中央の第四艦隊を起点に全面攻勢に打って出る事だった。これは分散していた敵の艦隊が合流する前に前衛部隊を突破し、漣を倒すという意図を持った物だけどこれが成功するとは最初から思っていない。しばらくしたら第四艦隊は攻勢限界を迎えた様に見せかけ急速後退、それを追撃してきた敵の中央を両翼包囲して叩く作戦だった。上手くいけば予備兵力も投入してくれるかもしれないしこれが成功すれば勝敗は決したも同然だ。
だけど今の漣言動が本当なら向こうから中央の第四艦隊に攻撃を仕掛けてくれる事になる。これならより作戦が実行しやすい。
「望むところよ。なんなら第四艦隊の場所を教えてあげましょうか?」
『あまり舐めないでください。堂々と中央に艦隊を展開しているのがよく見えますよ』
話している間に両艦隊は展開を終え、号令一つで攻撃できる状態になった。
本来艦娘の戦いは水兵射撃が基本だ。だけどその規模が大きくなれば遠距離から曲射による戦いも起こり得る。今回の様な艦隊規模であれば、特に戦艦などはレーダーを用いて後方から砲撃を行うし前線の駆逐艦や巡洋艦もその動きを制限し戦艦の砲撃を有効打たり得る物にするために曲射を行う。
「金剛」
「敵の位置はレーダーで捕捉済みですネ」
「隼鷹」
「偵察機、直掩機共に展開完了しているよ」
その返事に私は目を閉じて深呼吸をする事で心を落ち着かせた。
「全艦、攻撃開始!」
私の命令で隣の金剛が砲撃を開始すると同時に漣達第一艦隊からも砲撃音が響きあちこちに水柱が立ち始める。
「こちらの被害と向こうの損害は?」
「どちらもゼロです」
私の問いかけに龍鳳が答えた。
「まあ一発目だしそんなもんでしょうね」
「私達の狙いは敵の中央部隊の誘因。敵の両翼への攻撃を強めマース」
「それだと露骨すぎるかもしれないわ。ここは敢えて中央への支援砲撃を強めましょう」
「それだと誘引できなくなる可能性がありますネ」
金剛の言う事には一理ある。だけど中央より実力が上であるはずの両翼への援護などと言う不可思議な行動は漣にこちらの意図を露呈させかねない。中央への援護はそのまま漣達の突破を困難にさせるけどそこは金剛達の腕の見せ所だろう。
「敵に中央こそが弱点だと錯覚させるのよ。その上で第四艦隊にはタイミングを見計らって後退を開始させるわ」
「それで本当に釣れますカ?」
「もちろん全力で援護したら中央への攻撃を躊躇う事になるだろうから砲撃はある程度加減するのよ」
「難しい事言ってくれますネ」
「できないの?」
難しい事は私も理解している。だけど金剛達なら、第二艦隊ならできるはずだ。
「できるに決まってマス」
「ならお願い。それとJervis、この事を第四艦隊に伝えてきて」
通信回線も暗号も元々同じ日本海軍に所属していただけに筒抜けになっている。だから重要な連絡については直接伝言という形で伝えることが事前に決まっていた。その役目はJervisとJanusの東洋艦隊の駆逐艦2隻が受け持っている。
「本当に中央を攻撃してくるんでしょうか」
そんな疑問を口にしたのは狭霧だった。
「五分五分じゃないかしら」
漣が本当に第四艦隊を狙って中央の第四艦隊を攻撃してくるか、正直してこない可能性は十分にあると思う。漣達の勝利条件は味方の艦隊が合流するまでの時間稼ぎ。それに対して私達は合流される前に漣を倒す必要がある。
一番いいのは早期に敵の前衛部隊を突破して漣の直卒部隊を叩くことだけど今の状態でそれはできない。作戦を変更して適度な段階で第四艦隊を後退させて敵の中央を引き摺り込んで殲滅、少なくなった敵前衛部隊突破して漣を倒す事に切り替えたわけだけど……。
「そもそも第四艦隊の後退に乗ってくれない可能様あるのよね。ただ耐えていれば漣達の勝利条件は自ずと達成されるわけだし」
私達の作戦は当初から一貫して敵に早期決着の可能性を見せて攻勢に出させる事を目指している。
本来なら早期決着のため速攻を仕掛けるべきなのにやや受動的な作戦になったのには理由がある。私達に攻勢を支援するための大型艦が少なく突破部隊である水雷戦隊に対して十分な支援を与えることができないからだ。空母の数が少ないから制空権は艦載機の殆どを戦闘機とする事でかろうじて拮抗状態に持ち込んでいるし戦艦も第一艦隊の方がほうが攻撃力、防御力ともに高い長門型などを揃えているから正面からの突破は困難だ。
こちらが有利なのは速力と駆逐艦の練度だけど最精鋭の二水戦は数が少ないし速度は活かせられる場面が少ない。結果この作戦に落ち着いた。
「だけどよっぽど我慢強い守備的な指揮艦でない限りは後退する敵艦隊に対する攻撃を躊躇う艦娘はいないわ。指揮艦が駆逐艦娘あれば尚更よ」
駆逐艦は他の艦種と比べて攻撃的な艦娘が多い。だけど艦歴が20年を超える漣がそれに当てはまるのか私は自身が持てない。その長い艦歴の間に普通の駆逐艦娘にはない我慢というものを覚えていても不思議ではないからだ。
「それに既に作戦は始動しているわ。今更そんな心配無意味よ」
後は野となれ山となれ。作戦通りに敵の中央を誘引できれば最高だし、もしできなければ予備兵力の出番になるだろう。