次回は明日投稿です。
私の臨時旗艦就任や戦死した艦娘の遺族への対応を終え、第二水雷戦隊教導隊の教官として赴任したのは二水戦が壊滅して3週間後の事だった。
候補生の入隊まで残り1週間しかなく教員艦への挨拶もそこそこに私は黒潮達とは別に1人、主任の電に連れられ校長室へと向かった。
校長室には槍を持った教頭の叢雲と校長の神通が待っていて、私が入室すると同時に案内をしてくれた電は校長室の鍵を閉め逃走を防止するかのように扉の前に立ち塞がった。
そうなるだろうなとは思っていた。だから私は私は校長の神通の前まで進み出るとその場に腰を下ろし、首を差し出した。
「よくおめおめと戻ってこれましたね」
神通が口を開くと同時に首筋に冷たい刃物が当てられた感触がした。
「陽炎、貴女は二水戦の誇りを汚した。私の言いたい事はわかりますね」
「はい」
私だと殴り飛ばすくらいで済ますけどこの神通は第二水雷戦隊旗艦まで務めた人だ。私以上に二水戦の誇りを汚した者を許さないだろう。
「よろしい。本来なら私自らの手で首を刎ねたいところですがそれをやると軍法会議ですからね」
そう言って私の前に白鞘の短刀を投げ落とした。
「陽炎、自分でケジメをつけなさい」
首筋から刃物が離れた感覚と石突が床に触れる音を聞いて私は顔を上げた。
「知っての通り通常の武器では艦娘に傷を付ける事はできません。しかしその短刀は艤装や艦娘が使う弾薬と同じ素材でできていますから艦娘であろうと殺す事ができます」
私は短刀を鞘からゆっくりと抜き短刀の刃を暫く眺めた後、首に添えると首を完全に落とせるよう刃の位置を調節した。
「最後に言い残す事は?」
勢いをつけるために短刀を首から少し離したタイミングで神通が私に問いかけた。多少の温情はかけてくれるつもりみたいね。
「先の戦闘で死んでいった者達は文字という形でのみ言葉を残す事を許されまんでした。本来なら直ぐにでも彼女達の後を追わなばならいところを3週間も猶予を貰うことができていながらなぜ事ここに至って言葉を残す必要があるの?」
今更そんなものは不要だ。黒潮達との十分すぎる時間をもらった。
私は神通の顔を真っ直ぐ見上げたまま勢いよく短刀を首に向けて滑らした。
想像していた肉を切り、骨を断つ感触は来なかった。
代わりにパキン、という音とともに私の手は首の前を通過した。
「……艦娘も殺せるんじゃなかったんですか?」
「引退したとはいえ同じ二水戦として貴女には敬意を示します。誇りを汚してまで成し遂げたい事があったのでしょう。その理由が何かは知りませんが選択は尊重します」
しかし、と神通さんは間を開くと続けた。
「もし私達が現役の時と二水戦が変わっていたのであれば話が変わってきます。貴女が二水戦の指揮艦たりてないので有れば私達の対応もそれに準じたものにしなければなりません。
陽炎、貴女が私達の知る二水戦の艦娘でした」
つまり試されたと言う事か。私がここで逃げ出していれば神通さんは私を二水戦とは扱ってくれなかったのだろう。いや、それどころか叢雲の槍で一突きにされていたかもしれない。
「光栄だわ」
差し出された手を取り立ち上がると神通さんは真剣な顔をすると言った。
「それはそれとしてケジメはつけなければなりません。轟沈した数は駆逐艦39隻、軽巡洋艦5隻の計44隻でしたね」
「はい。それで間違いありません」
流石になにもお咎めなしというわけにはいかないわよね。
「陽炎歯を食いしばりなさい」
艦娘に何故引退という概念があるのか。多くの艦娘は二十代半ばくらいから力が弱くなる、深海棲艦からの攻撃に対しての防御力が低くなる、入渠時間が伸びる、背面や足など手で直接操作する以外の艤装が上手く操れなくなるなど深海棲艦と戦う上で不利になる症状が出始める。日本軍では2つ以上の症状が出た時点で一部例外を除き、解体され軍を退役するか戦闘のない任務に着くかを選択するよう迫る。
何故か二水戦引退艦娘は防御力と入渠時間が伸びる症状が出やすい傾向にあり、例に漏れずこの神通さんもそうだった。つまり引退しても力は衰えていないから素手でも私にかなりのダメージを与える事ができる。
神通さんの一発目は私の左頬にクリーンヒットし、私はたたらを踏んだ。
「後四十三発です。もしも貴女が倒れても叢雲と電が支えてくれるので安心しなさい」
神通さんの呼びかけで私の左脇に叢雲が電が右脇立った。
「……必要ありません」
「それでこそ二水戦です」
そう言って嬉しそうに神通さんは拳を振りかぶった。
どうしてか陽炎だけが校長室に連れていかれた後、ウチらは教員艦と一週間後から始まる訓練の打ち合わせをしとった。多分10分、15分くらい経ってから陽炎が戻ってきたんやけどあまりの姿にウチらは驚いた。
「ちょっ!陽炎どないしたんやその傷!」
職員室に入ってきた陽炎は口から血を流し、両頬は赤く腫れていた。
「なんでもないわ」
「なんでもないわけないですよ!入渠しないと……」
親潮も顔を真っ青にして駆け寄った。
「必要ないわ」
「陽炎お姉ちゃん…」
「いくら艦娘の治癒力が高い言うてもその傷は流石に無理せず入渠した方がええんちゃうか」
「黒潮達の言う通りだピョン」
「電もどうしてこんな状態でほっておいたのよ!」
他の教員艦も口々に電に文句を言った。
「皆さん何を言ってるのですか?」
心底不思議だと言わんばかりに首を傾げて言いおった。
「陽炎は怪我なんてしてないのです」
やばい。目が逝っとる。
「いや、どう見ても……」
親潮が勇敢にも反論しとる。頑張れ親潮、ウチには無理や。
「どう見ても怪我なんてしてないのです」
いや、怖いわ。電ってもっと可愛らしい人とか優しい人が多いのに主任はなんでこんな怖いねん。いや、ウチがここで訓練受けとった頃も怖かったけどそれとはまたちゃうベクトルで怖いんやけど。
「陽炎、二水戦旗艦のサインが必要な書類があるのでこっちにきて欲しいのです」
血の滴を床に垂らしながら陽炎は電の机に移動した。
「これなのです」
両手で受け取ろうとした陽炎の右手に押し付けるように書類を渡すと陽炎は顔を大きく歪め書類を取り落とした。
「おっと、大丈夫ですか陽炎」
顔に目がいっとって気付かんかったけど右手の手首がメチャクチャ腫れとる。折れとんちゃうかあれ。
慌ててウチと親潮、雪風が拾うん手伝おうとすると電に呼び止められた。
「3人はこれから校長室で校長と挨拶なのです」
「でも陽炎お姉ちゃんが…」
「陽炎、一人で拾えますよね?」
電の問いかけに陽炎は無言で頷いた。
「叢雲の優しさに感謝するのです」
わざわざ陽炎の右肩を強く叩いたせいで陽炎が無茶苦茶痛そうな顔しとった。
陽炎をこんな目にあわした犯人は意外と直ぐに見つかった。
「黒潮さん、親潮さん、雪風さん久しぶりですね」
校長室に入室したウチらは挨拶してきた神通の姿を見て思わず身を固くした。
「お、お久しぶりです…」
さっきの電も怖かったけど神通はそれ以上に怖いんやけど。明らかに陽炎の返り血浴びてるしなんなら指メチャクチャ腫れとるし。
おかしいなぁ、昔ここで訓練受けた時はいっつもニコニコ笑ってて第二水雷戦隊教導隊の良心とか言われるくらい優しいイメージやったんやけど…。
「あ、あの…」
「なんですか雪風さん」
「それは陽炎お姉ちゃんの血ですか?」
よう聞いたな雪風。
「あら、さっき食べたナポリタンのケチャップがついていたみたいですね」
けどまぁ神通のこの姿みて確信したわ。多分親潮と雪風が聞かされたっちゅう二水戦指揮官としての心構えがどうとかってヤツやな。陽炎も電も神通も触れんな言うてるんやしウチはもうこの件に関しては知らんぷりやな。
「神通、ほっぺたにもついてるわ」
「どこについてるの叢雲?」
「右のほっぺた」
神通は指で血を拭うとペロリと舐めた。
「やっぱりケチャップだわ」
ウチは突っ込まへんぞ。突っ込み頑張れ妹達。
「……」
いや待て親潮雪風、そんな神通を睨むな。やめとけ。
「黒潮さん?」
「はいぃぃい!?」
なんかウチやらかしたか!?
「貴女の妹さん達が信じてくれないのですけどなんとかしてくれませんか?」
なんでウチに話振んねん。
「その〜……随分リアルなケチャップですね」
いや何言っとんやウチは。
「そうでしょう。自慢のケチャップなんです」
自慢のケチャップってなんやねん。自家製なんか?いや陽炎の血やからある意味自家製、いや直搾りってか。笑えんわー。
「あはは」
なんか親潮と雪風の視線が痛い気がするけど多分気のせいや。
その後の校長室の空気が最悪やったんも気のせいや。
この後親潮と雪風にもっと追及すべきやったとか薄情やとか色々言われたけどウチはそんな命知らずなマネできん。やからまぁ…高速修復材パクってきて陽炎に無理矢理にでもかけるからそれで堪忍してや。
次回は不知火が登場予定です。