病院を出た後私が向かったのは軍刑務所だった。今ここには漣と共に反乱を起こした艦娘が収監されている。その中の1人に私は会いに来た。
「久しぶりね。こうして顔を合わせるのはアンタにお茶をご馳走になって以来かしら」
アクリル板の向かい側に腰掛けた艦娘に私はそう声を掛けた。同時に刑務官の艦娘が部屋から出て行きこの場には私と彼女しかいなくなった。
「そうですね。今再びお茶をご馳走できないのが残念です」
「二度とごめんよ」
彼女、旗風に薬を盛られて以来知らない人が淹れたお茶を飲む事に躊躇いを覚えるようになってしまった。他所で人と会う時とかお茶を出されても飲めないから苦労する。
「今日はアンタに漣について聞きたい事があって来たのよ」
「第一艦隊旗艦長門の方がよかったのではないですか? 私はただの駆逐隊司令でしかないのですから」
「アンタがあの反乱の実質的No.2だった事は調べがついているわ」
漣から信用されているとは思っていたけど彼女がNo.2だとは思っていなかったから聞いた時は少し驚いた。
「それで、一体なにから聞きたいんですか?」
聞きたい事も言いたい事もたくさんある。だからどれから話すべきか迷ってしまう。しばらく考えてから結局一番気になっている事から聞く事にした。
「漣が死の間際どんな様子だったか知りたくない?」
「お礼でも言われましたか?」
確信を持った言い方に思わず返答に詰まった。あの日、漣は海に沈む中私に向かって笑顔でありがとうと言った。敵から送られるのにこれほどおかしな言葉はないしましてや自分を殺した相手に送る言葉じゃない。
「……どうして分かったのよ」
「あの人は弱かった。確かに艦娘としての戦闘能力は強かったです。けど私や貴女と違って志願したわけではなく半ば強制とも言える形で艦娘になったせいでしょうか、精神面は酷く弱かった。ですがその弱みを誰にも見せる事なく旗艦を続けていたんです」
連合艦隊旗艦だった漣には違和感があった。多くの艦娘は艦娘になる事で容姿や口調などが似通ったものになり、艦娘になる前の人格とは似ても似つかないものになる。狭霧のような例外もいるけどあれは例外中の例外だ。そしてもう1人、漣もそうだった。彼女は落ち着い敬語口調で話していたけど、本来漣はもう少し明るいと言うか、変わった感じの艦娘だ。それが連合艦隊旗艦を務めるための仮面だったと言うのならなんだか納得できる。
「あの人にとって最大の不幸は他の初期艦が全員死んだ事にあります。もし誰か1人でも生き残っていれば連合艦隊旗艦などと言う重圧に苦しむ事もなかったでしょう」
「だけどそれは仕方のない事よ。漣以上の適任がいなかったんだから」
「そうですね。ですが彼女の不幸はそれだけには留まりません。社会の闇、艦娘の闇を嫌と言うほど見せられた事が彼女の弱い精神をさらに脆弱なものにしました」
彼女の父親が非人道的な実験を行いそれを漣さんにも協力させていたのは本人から聞いた。だけどそれがどれほど彼女に影響を与えたのか私にはわからない。
「これ以上嫌なものを見たくないから反乱を起こしたって言いたいの? 思えば準備も杜撰だったみたいだしこれじゃまるで自殺ね」
物資が少なかったのもそうだけど何より彼女ならもっと協力者を用意できたはずだ。事前に協力者達と演習でもできれば上々。そうすればあんな1個艦隊同士の戦いではなくある程の規模と練度の艦隊で私達と戦えたはずだ。
「間違ってはいないと思いますよ。私もあの人は死にたがっていたと思います。だからこそ貴女にお礼を言ったでしょう」
「なんでそう思うのよ」
「私には11歳年の離れた姉がいましたが初めて漣と会ったのはその姉に会いに行った時でした。その時あの人はお酒と睡眠薬や抗鬱剤などの薬を持ち歩いていて私の前でもそれを飲んでいました。こんなのが連合艦隊の旗艦なのかと当時は愕然としましたよ。なのでいつ自殺してもおかしくない精神状態だったと思いますよ」
アル中に薬中のダブルパンチ。そんな人の指揮下にいたなんて知ったら卒倒する艦娘がでそうね。
「そんなプライベートな様子を見せるなんて随分漣と親しかったのね」
「姉は一水戦の旗艦なるほど優秀な人でしたから」
初耳だった。一水戦の旗艦ともなれば個人の実力も指揮能力も優れた人物だったのだろう。
「一水戦の旗艦。それはすごいわね」
「今から10年、いえもう11年になりますか」
懐かしそうに語る旗風を他所に私は11年前の一水戦旗艦が誰であったか思い出そうとした。
「11年前と言えば旗艦が天龍に交代した頃よね。貴女の姉は天龍の前任者?」
一水戦が反乱を起こすきっかけとなった天龍とその先代旗艦が交代したのが丁度それくらい前だったはずだ。
「いいえ、私の姉は一水戦に殺された天龍でした」
「……どう言う事? そんな事情がありながらなんで一水戦と協力して反乱を起こすなんて事になるのよ」
彼女の事情なら一水戦に恨みを持って然るべきで、一水戦に入った事自体不可思議だ。
「世間じゃ色々言われましたけど姉と当時の一水戦の仲は良好でした」
「良好だったならどうして殺されるような事になるのよ。それに天龍は毎日轟沈寸前まで追い詰められるほどの怪我を負っていたそうじゃない。仲が良かったのならなんでそんな事するのよ」
おまけに彼女が死んだ時、顔で誰か識別できないほど酷い状態だったと言う。仲がいいのにそんなことをする意味がわからない。
「一水戦は命を賭して姉の名誉を守ってくれました」
「名誉?」
「姉は国が行った実験の犠牲者です。漣さんが言っていたでしょう。より強力な艦娘を生み出すために艦娘に対してウィルスを打ち込んだと。その実験唯一の被験者にして犠牲者が私の姉です。今は貴女が成功して生存率0%から生存率50%になりましたけどね」
そう言われて漣が私に注射を打つ前に言われたことを思い出した。確か彼女は艦娘に対する強化実験で艦娘に無毒化前のウィルスを打ったと言った。てっきり複数人を実験台にしたと思い込んでいたけど1人目で失敗して諦めたと言うことなのだろうか
「知っての通り姉は一水戦に殺されましたが、真実は実験に失敗して深海棲艦になった姉を討伐したと言うものです。その上で一水戦は姉が深海棲艦になったと言う不名誉を隠すために姉の顔を判別不可能なまでに潰し自分達は反乱を起こしました。その反乱も姉や昔行った非人道的な実験を詳らかにするためのものでした。もちろん、姉が深海棲艦になったと言うのは隠した上で公表させるつもりでしたよ」
「公式記録によると一水戦はなんの主義主張もなく、ただいたずらに反乱を起こしたと言われているわ」
「それは間違いです。死んだ伊58から聞きませんでしたか? 漣さんが反乱に加担するような言動を取ったと」
旗風の問いかけに私は無言で頷いた。
「あれは一水戦が反乱を起こした本当の理由を伝えられたからです」
「でち公、伊58は艦娘の事を最優先にして考える優しい艦娘だったわ。そんな彼女がそれを知って漣の事を止めるとは思えないのだけど」
「もちろん伊58もその内容は知っていました。ですが当時は今ほど戦線が安定していませんでしたから、漣を反乱に参加させ一水戦に協力するメリットと、日本が混乱に陥るデメリットとを考え、後者の方が大きいと考えたようですよ。これは紀伊半島沖で2人が戦った時に聞いた話です」
でち公は優しい艦娘だったけど、艦娘全体のことを最優先に考えられるだけの理性があった。連合艦隊旗艦である漣との友誼よりも艦娘全体へのメリットを優先しても不思議ではない。
「漣と伊58の袂が分たれた原因はそれなの?」
「いいえ。彼女達の仲は分たれていたわけではありません。意見の相違はありましたけど漣さんもその選択については最善だったと理性の面では理解していました。ですが感情面では別、一水戦に協力したいと思っていました」
「だけど伊58はそれを止め一水戦は反乱軍の汚名を着ることになった」
「はい。日本を混乱に導かないためにも政府は不都合な真実を隠して都合のいい事実だけを公表しました。一水戦が反乱を起こしたという事実だけを……」
政府の対応も酷いけど当時の一水戦にも、もっといい対応があったのではないか。そう思わずにはいられないわね。
「反乱を起こしたと言う汚名をを負ってでも、天龍が深海棲艦となったと言う事実を隠した。確かにアンタが一水戦と協力するのも理解できるわ」
だけど一つ納得できないことがある。
「だけど酒や薬に溺れるほどに弱っていた漣が多くの艦娘を巻き込む反乱という強行に出れた事だけは理解できないわ」
それほどまでに弱っていた漣が多くの艦娘が死ぬことになる反乱を自ら主導できたとは考え難い。たとえそれで自分が死ぬ事を望んでいたとしてもだ。そもそも本当に死ぬ気なら伊19のように首でも吊ればよかったんだから。
「流石は連合艦隊旗艦陽炎。鋭いですね」
揶揄うような口調の旗風を思わず睨みつけた。
「そうです。あの人にそれが出来るほどの精神的な強さも決断力もありませんでした。漣さんを焚き付け反乱を起こすよう誘導したのは他でもない私なんですよ」
「……アンタは自分で自分はただの駆逐隊の司令でしかないと言ったわね。そんなただの駆逐隊司令がどうやれば連合艦隊旗艦に反乱を起こさせる事ができるっていうのよ」
いくら弱っていたと言っても連合艦隊の旗艦だ。長年日本を守り続けていたのにそれを全て台無しにしかねない反乱を起こすという選択をどうすれば取らせる事ができるというのだろうか。
「私の姉、天龍の件について問い詰めた時の事です。私は姉の日記や直接聞いた話から一水戦が姉を害するとは考え難いと思い艦娘になる前に直接問い詰めたんですよ」
「よく会う事ができたわね」
「一水戦の反乱は人目に触れないように隅に追いやられているだけで秘匿されている訳ではありません。毎年小規模ですが慰霊祭を開いていました。今回の反乱関係者の中でも重要な役目を担った龍驤とはここで知り合ってます。もちろん漣さんも来ていましたのでそこで問い詰めました」
少なくとも私は聞いたことがない話だった。もしかしたら海軍や政府主導の公的な慰霊祭ではなく漣や一水戦関係者による私的な慰霊祭なのかもしれないけど、いずれにせよあれほどまで上層部が隠したがっていた事件を後世に伝えるような事をしていることは驚きだ。
「報告書では姉の日記を根拠に日常的に暴行を受けていたと言われていましたけどそれは間違いです。そのような記述はどこにも無くあるのは一水戦の訓練で毎日のように入渠しているがこれまでで一番充実している毎日だと前向きな言葉が並んでいました」
入渠するような訓練を毎日行っている時点で異常ではあるけど本人が喜んでいるのならあまり問題はない気がするわね。だけど多分、世間一般的には異常な事態と見ていいだろう。
「他にも姉に連れられて当時の一水戦にあった事もありましたから姉との関係が良好だったのは私が身をもって証明できます」
「もしかして一水戦の汚名を晴らしたかったの?」
「最初はそうでした。しかし漣さんから真実を聞き、証拠資料まで見せられたらそれをするべきでない事は分かりました。してしまうと政府どころか艦娘という存在の危険性が世間に伝わり深海棲艦との戦いに影響を及ぼしかねませんからね」
漣が反乱を起こした際、彼女は過去の艦娘に対する非人道的な実験の公表を主張したけどその具体的な内容については触れなかった。実験の結果、艦娘が深海棲艦になり得るという事実はいくら反乱を起こすほど錯乱していても世間に伝えるべきではないと判断したのか、それとも政府との交渉材料にしたかったのか。
「ですがそうなると当時の反乱関係者は誰も救われません。特に反乱に即応して一水戦に撃破された第一艦隊は悲惨すぎます。
一水戦は第一艦隊司令部を通じて軍上層部と政府に天龍が深海棲艦になった事実を伝え真実を話すよう要求しました。だというのにそれを無視し一水戦との戦いに駆り出され哀れにも撃破されたわけですから」
世間一般だと艦娘は高給取りで優遇されていると思われがちだ。けど公僕である以上はたとえ無謀だとしても戦わないといけない時は戦う必要がある。それが同じ艦娘だったのは当時の第一艦隊に取っては相当な不幸だった。
「そんな彼女達のためにも真実を明らかにすべきだと言えば一発でした。いえ、厳密には他にも色々と言ったんですけど精神的に弱っていた漣さんは簡単に頷きました。だけどそれには一つ条件があったんです」
「それって簡単に達成できない条件だったから煙に巻くために頷いたんじゃないの?」
「そうかもしれません。ですが現実的に実現不可能ではない内容でしたから、やはり漣さんにも思うところがあったのでしょう。彼女が出した条件は私が艦娘となり第一艦隊に所属する事でした」
なるほど。確かに難しいけどある程度の実力があれば不可能ではない。そんな絶妙なラインだ。
「だけどそれだと真実を明かす事が目的よね。一体全体どうやったら反乱を起こすなんてことになるのよ」
「条件を達成すれば協力するという言質をとった後、少しでも早く第一艦隊に所属するために一水戦関係者と連絡をとり協力を呼びかけました。実力面で劣る事があってもコネさえ有れば当時の第一艦隊は入れなくはないですからね」
「まさかと思うけど真実を話して協力させたんじゃないでしょうね」
「今にして思うと随分と短慮だったと思いますがその通りです。ですが後悔はしていません。そうしないと協力は得られなかったでしょうし一水戦の真実が反乱の関係者以外に伝わる事は無かったでしょう」
「それが再び一水戦が反乱したという汚名を着ることになったとしても?」
私の問いかけに旗風は無言で頷いた。
「少なくとも今回の件で私達以外にもあの反乱の真相を知る人物が現れました。それも一艦娘では無く連合艦隊旗艦という超大物です」
「私がそれを知って何か行動すると思ってんの?」
仮にも敵同士だったと言うのに随分とおめでたい頭をしている。私が彼女達に協力する義理なんてどこにもないと言うのに。
「黒潮の件は残念でした」
その瞬間、私の手は目の前のアクリル板を突き破り旗風の襟を掴んで目の前に引き摺り寄せた。
「他でもないアンタが言うことでもないし、ソレがあるからこそ私がアンタの言う反乱の真相とやらを知ったところで、アンタの思うように行動するはずがない。違う?」
私の言葉に旗風は目を細めると声を小さくして口をほとんど動かさずに囁いた。
「貴女がワクチンでの強化に成功したおかげで凍結された実験が再び動き出す可能性が高いです。私が話した反乱に関する全ての証拠はもっとも信頼できる一水戦に託してあります。貴女の良きように使ってください」
その言葉に一度旗風を睨みつけると突き飛ばすようにして彼女を壊れたアクリル板の向こうに戻した。
「気に入らないわ」
思わず吐き捨てると私の背後の扉と旗風の背後の扉両方から刑務官の艦娘が飛び込んできた。
「ごめんなさい。つい気持ちが昂ってアクリル板を壊してしまったわ」
刑務官に何か言われるよりも先に先手を打ってそう言うと彼女達は困惑したような表情を浮かべた。
「私はまだ話す事があるから戻っててちょうだい」
有無を言わせぬ態度でそう言うと彼女達は敬礼して戻って行った。刑務官をする艦娘なんて陸、空軍に出向する艦娘より多少マシなくらいの実力しかない艦娘だ。それほど真面目ではないし連合艦隊旗艦代理からの命令となればたとえそれがおかしな命令でも彼女達は従う。
「私は海軍を、艦娘の在り方を変えるつまりよ。だけどそれは漣のためじゃないしアンタのためでもない。今の艦娘は多かれ少なかれ漣の影響を受けているから私の都合のいいように変える。ただそれだけの事よ」
大型艦の陸、空軍への出向。艦娘の練度の不均衡。それら全てが漣を中心とした古い世代の人間がしてきた事の弊害だし妙な実験だって極論、漣達古い世代がそれ以外の手段で深海棲艦に対抗する術を見つけられなかった事が原因だ。
「私には敵も多いけど味方も相応に多い。漣と違って使える人脈も多岐に渡る。なんせ元々そう言う家柄だもの」
この選択を取るのは不本意だ。だけど私がしたい事を成し遂げるためには力がいる。
「アンタはそこで私が艦娘を、日本を変えるところを指を咥えてみてなさい。反乱なんか起こさずとも変えられることはあると見せてあげるわ」