教導隊では例年通り私達教艦の頭を悩ます問題が起きていた。
事の発覚は教導隊が最初の休みを迎えた次の日の、親潮が帳簿と在庫が合わない事に気付いた事だった。
その日の夜早速私達は会議を開いて対策を練る事になった。
「今回は早かったですね」
候補生によるギンバイが起きなかった年は一度もなく最早伝統と言ってよく、校長として毎年経験してきたからこそ出た言葉だった。
「堪え性がないわね」
「具体的には何があっていないですか?分かっている限りで構いません」
「えーと、工廠関連だと艤装のパーツやエンジンオイルが多数、後は……高速修復材が1つ足りません」
高速修復材という言葉で一瞬私と黒潮に視線が集中したけど直ぐにまた親潮に視線が戻った。
「食堂からは今日の夕飯にデザートととして付ける予定だった間宮羊羹が3ダース。これで今日は羊羹が付けられなくなりました」
正直これが一番痛い。他のは直ぐに影響が出ないけどこれは出ないけどこればっかりは間宮の手作りだから数が限られている。代わりのものも直ぐに用意できないから今日はデザート自体が無くなった。
楽しみにしていただけに犯人には怒りを禁じ得ない。
「間宮羊羹ないんですか?」
雪風が目に涙を溜めながら尋ねた。
「残念ながら」
親潮の返事を聞くと雪風は立ち上がり職員室から出て行こうとした。
「どこ行くの雪風?」
「ちょっと忘れ物取りに行ってきます」
「直ぐに戻ってくるでしょう。親潮さん続きをお願いします」
ふらふらと幽鬼のような足取りで雪風は職員室から出て行った雪風を見送ると神通さんが続きを促した。
「はい。最後にいつも通り事務用品から紙とペンが大量に無くなっていました」
これはある意味いつも通りの事ね。海軍にはオータムクラウドって言う正体不明の漫画家がいてどこの部隊でもオータムクラウド先生の漫画が流通している。作品によって作風が大きく違うから多分複数いてサークルのようなものを形成しているのだろう。私は歴史物、主君への忠義とかを取り扱ったのが好きだったわ。黒潮は恋愛、雪風が少年漫画、親潮はなんか男の人同士の恋愛を描いたのが好きって言っていたわね。オータムクラウド先生の趣味なのか同性同士の恋愛を描いた作品が半分くらいを占めるから自分好みの作品を見つけるのが大変なのよね。
それはともかく、売れっ子作家オータムクラウド先生が執筆のために紙やペンをギンバイしているらしくてこれについては大抵の部隊では見逃されている。
「他にも外部から持ち込んだと思われる持ち込み禁止のゲームや本、お菓子、酒、タバコが見つかっている他戦艦、空母、重巡洋艦などのいかがわしい写真も多数見つかっています」
戦艦や空母、重巡洋艦の裸は艦娘の一部に熱烈なマニアがいて結構な需要がある。仕事が少ないからお金を使う機会が多いけど戦闘のない分薄給だから戦艦や空母は貧乏な人が多くて金欠の戦艦や空母が小遣い稼ぎで写真を売っているらしい。私には一体何が良いのかわからないけどそれらのマニアは駆逐艦娘にはかなりの数存在する。
「写真は仕入れルートが特殊だから犯人抑えるの難しいんだぴょん」
「陽炎姉さんの調べでは今あげた物は殆ど全て候補生の間で高値で取引されているみたいです。仕入れをしているグループがあるみたいなんですけどそれが誰なのかは不明です」
「よくそんな事が分かりましたね」
「私と同期の不知火が教えてくれました」
「なら不知火に聞けば全部わかるんじゃないの?」
「不知火曰くギンバイは生徒の特権、それを暴くのもまた教師の役目だそうです。最低限の協力はしてくれるみたいですけど大元までは教えてくれませんでした」
私もギンバイは経験がある。訓練学校の頃はギンバイされた物をお金で買う側だったけど第二水雷戦隊教導隊ではお菓子を自分で直接外から持ち込んでたわね。直ぐバレて罰則くらったけど。二水戦は待遇がいいからギンバイに手を出す必要もなかったからなんだか懐かしいわね。
「無理矢理聞き出せばいいぴょん」
「そもそも知っているのかどうかも分からないからそれに意味があるとは思えないわ」
親潮の報告がひと段落したところで神通さんが口を開いた。
「暁さん、施設内で起きたギンバイの犯人は誰ですか?」
「監視カメラの映像だと工廠と食堂は13班の敷波が持っていってたわ」
毎回のように候補生にギンバイをされていてギンバイの対策をしていないわけがなく、紙とペンが置いてある場所以外にはバレないように監視カメラがちゃんと設置されている。顔のよく似た艦娘を識別するために班の番号を振ったワッペンを制服の胸元につけているからどこの班所属かも一発で分かる。
ていうか13班の敷波ってこの間私をコケにしてくれた敷波ね。今度は許さないわよ。
「卯月さん、お菓子とゲームと本は誰かわかりますか?」
「駄菓子屋のおじさんの話だと巻雲が大量にお菓子買っていったみたいだぴょん。それとショッピングセンターの監視カメラの映像だとゲームと本と酒、タバコは13班の狭霧だぴょん」
教導隊は地元密着型、時間があれば地元の人間と教艦はコミュニケーションをとっているから店の人に聞けば犯人は直ぐわかる。大型店に至ってはこちら側負担で性能の良い監視カメラを付けているから写っていれば犯人は一発でわかる。
「巻雲の所属する班はわかりませんか?」
けど巻雲のように個人商店で買っていると途端に特定は困難になる。ワッペンをつけているとはいえそんな細かいところまで覚えている人は少数だ。巻雲と判明したのだって写真を見せて地道に確認して判明したものだ。
「もう巻雲は13班にしかいないぴょん」
この巻雲は運が無かったようだ。今日までに約3割の艦娘がここを去っているが、その中に他の巻雲は全員入っていたみたいだった。
「問題は艦娘の写真ですか……」
みんながどうするか頭を悩ませていると雪風が帰ってきた。
「どこ行ってたの雪…か…ぜ?」
職員室に戻ってきた雪風は手に身長ほどもある金属製の棒を待っていた。
「コイツで泥棒に艦娘の精神を注入してやります」
戦争初期、艦娘に罰則を与えるために艤装や艦娘が使う弾薬と同じ素材で作られた通称“艦娘精神注入棒”。昔訓練学校や一、二水戦でよく使われていたけど、この棒による負傷が元で入渠する艦娘が後を立たないと問題になってからは長い間使われず多くの部隊では倉庫の肥やしになっていた。
「それ随分前に禁止になってるんだけど……」
「大丈夫です」
敷波のことを雪風が聞いてなくてよかった。聞いてたらきっと直ぐにあの棒で殴りに行っていただろう。
「雪風さん、間宮羊羹を盗んだのは13班の敷波です」
その言葉に全教艦の視線が言葉を発した神通さんに集まった。
「私が許可します。ギンバイ犯には相応の罰をくれてやりなさい」
「了解しました!」
「ま、待ちなさい!」
部屋を出ようとする雪風を私が慌てて取り押さえ叢雲と電が神通の説得を始めた。
「神通、今回は艦娘のいかがわしい写真を売っている犯人を捕まえたいと思っているのです」
私が知っている限り今まで誰一人として艦娘の写真密売人は捕まっていない。奇跡的にこの写真が艦娘以外に流出したことはないけどいい加減関係者の1人くらい捕まえないと艦娘としての沽券に関わる。
「置き物連中の写真などいくらでも売らせてあげればいいではないですか。それくらいでしか役に立たないんですから」
“置き物”というのは陸上勤務の戦艦、空母、重巡洋艦に対する蔑称だ。この3つの艦種、特に戦艦と空母は訓練学校の成績によって海に出れるかどうかが決まる。成績が特別良くない限りは海軍に所属した状態で陸軍や空軍に出向しその後の艦娘としての人生を移動式の砲台や航空基地として過ごす。重巡洋艦はこの2つに比べるとマシだがそれでも半分近くは砲台や航空基地としての人生を過ごすと言われている。海に出て動き戦う事がなく、そもそも戦闘もほとんどなくただそこにいるだけ。故に海に出て戦う艦娘からは置き物と言われて蔑まれていた。
「校長がその言葉を言うのはあんまりよくないと思うぴょん」
卯月の指摘通りあまり言って良い言葉ではない。今後共闘する機会がないとも限らないし不和を生むような言動は避けるべきだ。
「……たしかに仮にも教育者としてこのような言葉を発するのは良くありませんでした」
「雪風も一度落ち着いて。報復は後でいくらでもできるから」
「安直な考えですけど現状犯人はは全員13班です。同じ班の夕立が無関係だとは考えにくいのです」
「あの夕立さんが関わっているとは考えにくいですが……」
「13班の4人中3人が問題を起こしているのよ」
どうして一次選考を通過したのかわからないくらい運動能力の低い巻雲、頭に血が上りやすく気に入らなければ誰が相手でも噛み付く狭霧、無駄に悪知恵の働く敷波という問題児だらけの13班にあって夕立は夕立特有の語尾が“ぽい”になる以外はあの班にしてはまともで成績も優秀な優等生だ。俄には信じ難いけど4人中3人が関わっていてもう1人が全くの無関係というのも考え難い話だろう。
「けどそうなるとあの夕立が戦艦とかの裸売っとるってことやろ?そんな事するかなぁ」
「普段は優等生だけど裏でギンバイしていたなんてよくある話ですよ。ねぇ、陽炎さん」
「そういえば陽炎も優秀だったのにお菓子大量に買い込んで持ち込んでたぴょん」
「捕まえるために部屋に入ったらお菓子に囲まれながら幸せそうにチョコレート頬張ってたわ」
「なんでそんな事覚えてるのよ!」
今まで誰にも言った事なかったのに黒潮達にバレたじゃない!
「陽炎後でチョコレートあげよか?」
「黒潮後で覚えてなさいよ」
親潮と雪風もそんな生暖かい目で見ないでよ。
「陽炎さんのようにいくら普段の成績や生活態度がよくても関係がありません。夕立さんを容疑者として注意深く観察してください。では会議を終わりましょう」
神通さんはそう宣言して職員室からでようとした所で足を止めて振り返った。
「忘れていました。それとは別に13班の敷波には今まで以上に厳しい指導をお願いしますね」
敷波、虎の尾を踏んだわね。
「任せてください!」
雪風もやる気満々だしよく見ると職員室中がやる気に満ち溢れているように見える。やっぱり間宮羊羹を盗まれた事にはみんな怒っていたみたいね。