ソレの報告を受けたのはつい先ほど、珊瑚宮心海から緊急の電話が掛かってきたことだった。雷電眞の元に電話を掛けてくる人物は限られているが、その中でも心海から掛かってくることは珍しい方である。眞から心海に掛けることは多々あるが、今は依頼した案件も特にないので、尚更のことであった。
「心海さん?一体何用でしょうか」
『急ぎの連絡です!あいつが・・・獣域ハウンドが確認されました!』
「なっ!?カーンルイアの獣がなぜ・・・いえ、それよりも場所を教えてください。至急向かいます」
『空さんの方に場所を送りました。現場には私の部下が数名いますが、二人重傷で現在撤退中。今は持ちこたえていますが、できるだけ早くお願いします・・・!』
電話先から焦った声で繋いできている心海の心境は穏やかではないだろう。
獣域ハウンド、それはテイワット大陸にて稲妻という国を襲った災害であり、そして大きな爪痕と残党を残した神なき国の獣。それがなぜテイワットではないこの世界に現れたのかは分からないが、少なくとも危険な存在が牙を向いていると言うことだけは明らかだった。
送られてきた場所を確認すれば、確かにそこまで離れた場所ではない。だが、今から走って向かうには少々骨が折れる距離であり、なおかつ車などの交通手段が使えなさそうな山の中だった。
このままでは間に合わない可能性がある、そう判断した眞は己の術式を起動しながらも双子に指示を出す。
「二人とも、私と影で先行します。あなたたちは撤退中の重傷者の援護と場合によっては治療をお願いします」
「わかりました」
「うん、眞も気をつけて」
バチッ、と電気の弾ける音とともに一瞬で眞の姿が見えなくなる。術式で強化した身体能力ですぐさま移動したのだろう。
その後を追うように空と蛍の二人も駆け出した。
▼▼▼
黒く鋭い爪が頬を掠める。僅かに切れた傷が燃えるように痛み、それは全身の呪力を食い荒らすかのように広がっていく。
だがそれで動きを止めればあっという間に喰われてしまう。痛みを訴える体を無理矢理動かし、ゴローは群れて襲ってくる獣域ハウンドの猛攻を去なしていた。
共に調査に来ていた部下は獣域ハウンドにやられ重傷を負い、今はほかの部下と共に撤退中。すぐに心海にも連絡を入れ、今援軍が向かっているとのことであったが、ゴロー一人では耐えられるか怪しい具合になってきていた。
「クソッ・・・獣域ハウンドがなぜこの世界に!」
右へ左へとステップを踏んで爪の範囲から逃れつつ、ゴローは悪態をついた。
自らの得物である弓を構えて距離をとっても、ハウンドは空間を飛んで近づき、襲ってくる。遠距離から攻撃するゴローからすれば相性が悪い上に、今までの戦闘で大分消耗した今となっては時間稼ぎがせいぜいと言ったところまで差し迫っていた。
おそらくあと三回ほど攻撃を受ければ、呪力をすべて食い荒らされて動けなくなる。そうなればハウンドの格好の餌食となって無残な状態にされるだろう。なんとしてでも生き延びる、そうしなければ心海に向ける顔がないと自身を鼓舞する。
残る獣域ハウンドは四体、内二体はそれなりにダメージを与えた。問題はまだ手を出し切れていない無傷な二体である。仕留めるのは難しい為、心海の言う援軍を頼るしか道はない。
「稲妻だけならず、この地でも民に襲いかかるとは・・・!」
噛みついてくるハウンドを蹴り飛ばし、追撃をしてくるもう一体を弓で牽制する。空間を飛んでくる僅かな隙に息を整え、次に逃げるべき道を探す。
だがそこでゴローは気がついた、今目の前にいる獣達が己を嵌めようとしていることに。
──逃げ道が限られ、死角の多い場所に追い込まれていた。
「しまっ──!」
死角から襲ってきた「五体目」の獣域ハウンドがゴローの腕に噛みついた。
噛まれた傷口から焼けるような痛みと共に、呪力がごっそりと持って行かれる。ゴローはすぐにハウンドを地面に叩きつけ、噛まれていない方の手でその頭を叩き潰した。靄となって消えたハウンドだが、ゴローは致命的な一撃を受けてしまい、まともに動けなくなってしまった。
地面に膝をつき、荒く息をする度に全身を焼くような痛みが走る。死角から現れた一体は倒したが、目の前にはまだ四体残っている。
援軍の気配はまだない。もはやこれまでか、と意識を手放しかけたその時。轟音と共に視界を覆い尽くす極雷が奔った。
「──二度も、カーンルイアの獣に奪われる愚行など、犯すわけにはいきません」
『よく耐えました、珊瑚宮の。後のことは私たちが担います』
テイワットにて、雷神として君臨していたその稲光と後ろ姿を見て、ゴローは安堵の息と共に意識を手放した。
▼▼▼
「・・・ハウンドはカーンルイアの獣だけど、多分これは限りなく近い別の何か。次元の狭間に落ちてないのが証拠だよ」
「陰獣が、何をきっかけに現れたのか。どうやら調べる必要がありそうですね」
ハウンドを討伐した眞と影に合流した空と蛍は、現場に残った残穢を見て違和感を感じていた。そしてかつてカーンルイアの末裔と共に行動していた蛍がしっかりと見たところ「違う」という結論が出た。
「これは獣域ハウンドを模して作った人工的な呪霊、だと思う。自然発生するような奴じゃないし、ゴロー達は複数のハウンドもどきを戦ったって言ってたから」
「・・・私たちが相手をしたのは一番下の陰獣でした。黄金巨獣クラスのであれば、ここら辺は更地になっているでしょう」
「多分だけど、大きいのを作るのにはかなりのリスクも出てくるはず。ハウンド自体は元々【神を殺す】事を念頭に置いた獣だったから」
『・・・作った呪詛師にも、襲いかかる可能性があると言うことですか』
「もしくは、これはまさしく逃げ出してきたのかも知れない。作ったのは偶然だとしても、ハウンドはそう簡単に制御できないから」
「・・・蛍」
「分かってる、お兄ちゃん。今はもう違うから、大丈夫。眞達とも一緒にいるから、尚更だよ」
かつてのことを思い出し、複雑な心境の空であるが蛍は大丈夫だと言い切る。その言葉に嘘はないと判断した空は、改めて眞と影の方を向く。
「眞さん、多分これは俺たちだけ駄目な事。協力しないと、テイワットの時と同じ未来を辿るかも知れない」
「・・・えぇ。かつての私が命を落とした元凶たる獣です。事の重大さは誰よりも理解していますよ。珊瑚宮と神里にはすでに連絡しています。あとは──」
「わーお、これはこれは。ずいぶん厄介なのを見つけたね、眞」
突如として空中から声を掛けられ、空と蛍は警戒していた。だが、分かっていた眞は呆れた声で声の主を見る。
「五条の坊、この件に関してはあなたにも協力して貰いたい。口頭でも言いましたが、この獣はあなたでも手を焼くことでしょう」
「そうだね、これは厄介そうな気配がするよ。こいつらは呪術界だけじゃなくて、非術師も危険に晒される」
空中から降りてきた白髪と目隠しをした男、五条悟は残った残穢を見て顔を顰める。おそらく見えた術式の痕跡に気づいたのだろう。
「呪力があればそれを起点に、なければそのまま食い荒らす・・・しかも無限があっても関係無しに来るとなれば、これはもう天災の類いだよ」
「それを何者かが生み出した可能性があります」
「益々厄介だね。分かった、これは僕個人じゃなくて【五条家】としても対応する」
事の重大さを理解した五条はおとなしく協力を確約した。眞もそれで納得したのか、何も言わなかった。
こうして、獣域ハウンドを産みだした何者かを探す任務が始まったのであった。
ハウンドマジで許さねえ