世界の続きを私は歌う。
明日の私は歌えるだろうか。
歌に救われることもなく。
魔王に滅ぼされることもなく。
昨日と変わらないままの世界の続きを。
明日の私は歌えるだろうか。
「ウタ! ……ウタ!!」
シャンクスが私を呼ぶ声が聞こえる。
「魔王の力は消えた! みんな解放された! あとはお前が助かるだけなんだ!!」
「………」
「この薬を飲め!! 頼む、ウタ!!」
シャンクスが私の手に封を切った薬瓶を握らせる。
これを飲めば毒は解ける。命が助かる。
その代わり。
明日もこの世界にいなくちゃいけない。
「…………!!」
私は耐えられなくなって、薬瓶を投げ捨てる。
それをとっさに取ろうとしたシャンクスの手が空を切って、安堵した。
なのに。
まるでゴムみたいに伸びてきた手が瓶を掴んで、私の口にねじ込んだ。
「むぐぅっ!!?」
口いっぱいに広がる薬の苦味。反射的に飲みこんでしまった薬液が喉を熱くする。
「けほ、けほっ………え!?」
せき込みながら顔を上げて、信じられないものを見た。
ルフィが立っていた。
信じられなかった。
私も、シャンクスも、赤髪海賊団のみんなも、一様に同じ面持ちで見ていた。
たった今まで眠っていたのに。心はウタワールドにいたはずなのに。こんなに早く目を覚ますはずないのに。
それでも、ルフィは立っていた。
「ハァ、ハァ……ウタ……なにしてんだよ、お前……!」
「…………!!」
ルフィの目に、一瞬、目をそらしてしまう。
けどすぐに声を張り上げて、負けじと叫び返す。
「なにしてんのは、ルフィの方でしょ!! 勝手なことしないでよ!!
私は、もういいんだよ!!」
「もういいってなんだよ!! まだなにも済んでねェ!!」
「いいんだよぉっ!!!」
ライブでも出したことがないくらいの声で、ルフィの言葉を遮る。
「もし明日を生きられても……私はいつかきっと、今日と同じことをする。
そのときルフィはどうするの?」
「……また、お前を止める……!!」
「なら私は……また、負けちゃうんだろうね。私の新時代を望むのは……私ひとりだけだから」
子供の頃に夢見た新時代。苦しみも悲しみもなく、平和で楽しい時間がずっと続く世界。
そんな時代が本当に訪れたら、みんなが幸せになると思った。
こんな時代で生きている人々は、みんなが望んでいると思った。
それを叶えれば、私の罪も救われると思った。
だけど、現実は違った。
「……もう、いいんだ。もういい。私の新時代が望まれないなら……現実が変わらないのなら。
私はもう、現実(ここ)にいたくない」
「ウタ……」
……私の肩を抱くシャンクスの手が震えているのを感じる。
12年前に別れたあの日、私は確かにシャンクスを嫌いになった。
だけど、好きだと思い出してしまった。エレジアに起きた真実とともに。
私にはシャンクスを好きでいる資格はない。
私にはシャンクスを嫌う資格さえない。
なのにずっと待っていた。ずっと期待していた。
―――今も愛してくれているんじゃないか、と。
その答えを、シャンクスの手のひらから感じる。
嬉しい。申し訳ない。泣き喚きたい。
ルフィより、私の方がよっぽど勝手だ。
「ウタ」
ぽつりとルフィが口を開く。
「お前は、お前が作ろうとした、あの世界の方がいいんだな」
「うん」
「お前は、この世界がイヤなんだな」
「……うん」
「だったら」
ぐい、と麦わら帽子のつばを上げる。
「お前は、おれの作る“新時代”に連れてく」
「……え?」
私はぽかんとして、一瞬、言葉を失った。
「違う……ルフィ、違うよ、私は、そうじゃなくて」
「うるせェ! おれはそんなの聞かねェ!! 無理矢理にでも連れてくからな!!」
「なに、それ……」
あんまりだと思った。
私は苦しいのに、辛いのに、もう現実(ここ)から去ってしまいたいのに。
それを知ったことじゃないと言うルフィに、カッと血が上った。
「なにそれ!! 昔っからそう!! できもしないくせに勝手なこと言って!!!」
「できる!! おれは海賊王になる男だ!!!」
「関係ないじゃん!!!」
「ある!!!」
「私はもうここにいたくないんだってば!!」
「だからおれの新時代に来ればいいって言ってんじゃねェか!!!」
「そういうことじゃない!!」
なんでわかってくれないの。
なんて言えばわかってくれるの。
なんで私を引き止めようとするの。
「いっつもワガママばっかり!! 私の言うこと聞いてよ!!」
「お前の方がワガママだろ!! おれの言うこと聞けェ!!」
もう埒が明かない。
ルフィは私の気持ちをなんにもわかってくれない。
ルフィの気持ちが、なんにもわからない。
「ウタ!!」
シャンクスの手から奪い取るように、ルフィの手が私の肩を掴んだ。
怒ったのだろうか。殴るのだろうか。
……ルフィはそんなことしない。
ただ、その目でまっすぐに私を見る。
「お前はおれが新時代に連れていく!!」
力強い言葉。力強い眼差し。昔よりずっと強くなった、男の人の顔。
その目に負けたくなくて、私もまっすぐ睨み返した。