歌の彼方   作:脚絆

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"中"

 

そうして、視線をぶつけあううちに。

「おれが、絶対に……!!」

ルフィの強かったはずの目が、潤んで、潤んで。

「新時代に、連れていくから……だから!!!」

ぽろぽろ、ぽろぽろ、雫を溢して。

「それまで現実(ここ)にいろよ!!」

その顔は、涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。

 

いつか、どこかで。

こんな顔を、見た気がする。

こんな声を、聞いた気がする。

この涙は。この叫びは。

いつ、どこで―――

 

「どっかに行ったりすんなよ!!」

―――どこに行くの!?

 

「おれはお前がいねェと寂しい!!!」

―――なんでひとりにするの!?

 

「……!! いなくなるなよォ!! ウタ!!!」

―――シャンクスー!!! なんでだよォォー!!!

 

「あ」

涙が、こぼれる。

「あ、あ」

涙が、あふれる。

「あ、あ、あ」

涙が、止まらない。

いま私の目の前にいるのは。

 

あの日の私だ。

 

「わあああぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!」

私は大慌てで、涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら、力いっぱい、ルフィを抱きしめる。

「ルフィ!! ごめん!! ルフィ!! ごめんね!! ごめん!! ごめん!!

 ……ごめ゛ん゛……!!!」

泣きじゃくるルフィを胸に抱いて、謝って、謝り続ける。

ルフィがどんなに辛い気持ちで私に叫んでいたのか、やっとわかった。

ルフィがどんなに必死な思いで私を呼んでいたのか、ようやくわかった。

あの日の私と同じ思いで泣く男の子を、1秒でも早く安心させたくて、ただ抱きしめる。

「いなくなったりしないから!! どこにも行ったりしないから!!」

「ウタ……!!」

「ここにいる!! ここにいるからね!!! そばに、いるから……!!!」

「ウ゛ハ゛(ウタ)ァァァ~~~!!!!」

「わああぁぁぁぁ~~~~~ん!!!!」

あの日の私が欲しかった言葉を、言葉にしつくせないまま叫んで、泣いて、喚き続けて。

ふっと遠のいていく意識に、私はとっくに体力の限界だったのを思い出した。

 

「ウタ………!? おい、しっかりしろ!!」

「おいっ、お頭! ウタのやつ……!」

「どうした、ルウ!?」

「脈が」

「え……」

「ある」

「…………………………」

 

赤髪海賊団大幹部、ラッキー・ルウ。

船長以下幹部一同の無言の判決により、即刻袋叩きの刑に処される。

 

「……それで。どうする黄猿」

“赤髪のシャンクス”が黄猿を睨む。

「手を引くのか、それとも……」

覇王の風格を纏い、愛刀を手を添えるシャンクスに、黄猿は。

「……やめておこうかァ~~」

あっさり両手を掲げ、そのまま踵を返した。

「四皇本人に乗り込まれた時点で作戦は頓挫だねェ~~……全隊撤収させるよォ~~藤虎」

「了解しやした……全海兵! 民間人の保護を最優先に!」

将校たちへと指示を飛ばしながら、藤虎が耳打ちする。

「……こう言っちゃなんだが意外でしたね。黄猿さん、アンタなら仕掛けるかと」

「わっしも任務には忠実な方だけどねェ~~……」

ちらり、と一瞥する。

視線の先には涙と涎と鼻水にまみれた顔のまま抱き合う男女。

その姿に短く嘆息して。

「……“犬”も食わないよォ、ありゃあ~~……噛みつく気も失くすねェ~~」

「いやァ全く。ヤボな役周りでしたな、あっしらは……ふふ」

世界が滅ぶ瀬戸際だと言われてやって来たのに。

自分たちはいったい何を見せつけられたんだか。

“猿”は呆れ、“虎”は笑い。海軍の大将たちは引き上げていった。

 

 

静かに寝息をたてるウタを、ルフィは両腕でぎゅうと抱きしめる。

ウタはちゃんとここにいる。

それを確かめるように強く、消えてしまわないように優しく、何度も抱きしめる。

「薬の効果が出て寝てるだけだ。体内で解毒が済めば目を覚ます」

「……そっか。よかった」

シャンクスの言葉を聞いて、ようやく腕の力が抜けた。

「ありがとう、ルフィ。ウタがまた現実で生きようと思えたのは、お前のおかげだ」

「気にすんなよ。友達じゃねェか、ウタもシャンクスも」

「……ウタは、友達か」

「当たり前だろ!」

「いや、そうじゃなくてだな……まあいいか、お前らしい」

「?」

友達じゃないならどういうことだと首をかしげたが、ルフィもまあいいかと流す。

「しかしルフィ、強くなったなァお前!」

「ししし、まァな!!」

「ま、おれが今のお前くらいの歳の時はもっと強かったがな!」

「えー!? ホントか!?」

「……ああ!」

「そっか……ん? 今ちょっとウソっぽかったぞ?」

わはは、とシャンクスが笑う。

ししし、とルフィもつられて笑った。

「シャンクス、帽子はまだ返せねェ。いま返したら約束を守れてねェから」

「そうか」

「次に会う時は、この帽子がもっと似合う男になってる!」

「ああ、それでいい」

シャンクスは満足そうに頷くと、ばさりとマントを翻す。

「さて……懐かしい顔も見れたし、いい歌も聞けた。おれ達はもう行くよ、ルフィ」

「え!? 行くって……ウタはどうすんだよ!?」

「ん? ウタはお前が新時代に連れていくんだろう?」

「あ」

確かに言った。確かにそう言ったけど。

「いや、言ったけどよ!

 おれ、ウタをまたシャンクス達と離れ離れにするつもりで言ったわけじゃ……!!」

「ウタには社会勉強が必要だ。親のおれ達の船にまた乗せてもウタの世界は変わらない。

 ウタ自身が変われなければ、また今日みたいなことが起きる。

 お前の船から世界を見せてやってくれないか、ルフィ」

「それはいいけど! いいけどよ、シャンクス!!」

視線を落とし、眠るウタを見る。

この世の苦しみ全てから解放されたような、安心しきった寝顔。

「ウタは寂しがるぞ……?」

「……そうだな。そうだろうな……」

「シャンクスだってそうだろ!?」

ようやくまた会えたのに、また別れるなんて。

シャンクスが平気なはずがない。ウタが寂しくないはずがない。

どうしても納得できなくてルフィは食い下がる。

「なあ、シャンクス……」

「ウタに伝えておいてくれ。どんなに離れていても、お前はおれの娘だって」

「シャンクス!!」

「“麦わら”!!」

二つ名で呼ばれて、ルフィが押し黙る。

振り返ったその顔は、もう“故郷で出会った友達”の顔ではない。

海の皇帝たる四皇、大海賊“赤髪のシャンクス”の顔だった。

「おれの子を頼んだぜ」

“赤髪”が静かに笑う。

それを見て、“麦わらのルフィ”は力強くうなずいた。

「……わかった。任せとけ、“赤髪”!!」

見聞色を使わなくてもわかった。あの笑顔が強がりだってことくらい。

強がりだとわかってしまったから……ルフィはもう、何も言えなかった。

 

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