自分でもびっくりするくらい、ぱっちりと目が覚めた。
「ここ……私の部屋?」
「ウタ! 目を覚ましたのか!!」
ベッドから起き上がった私に、ゴードンが大慌てで駆け寄る。
「身体はどうだ!? 痛むところは!? 熱は!? 痺れは!? ああ、あと、あと……」
「ゴードン、落ち着いて! 大丈夫、なんともないから!」
「あ、ああ、すまない、いやしかし……」
ゴードンがあんまり大慌てするものだから、なんだかおかしくって笑ってしまった。
「ありがとう、ゴードン。……ごめんなさい、迷惑かけて」
「……いいよ。いいんだ。また君とこうして話ができる、それだけで私は嬉しい」
ゴードンの大きな手が、そっと私の手を包む。
12年間、ずっと私を励ましてくれた手。
顔は怖いけど、不器用で優しい。もうひとりの私のお父さん。
……照れくさくって、とても言えないけれど。
「ルフィは?」
「彼らもこの屋敷にいる。呼んでこようか」
「ううん、あとでいい」
「そうかい? 君が仲間に来るのを心待ちにしていたが」
「え?」
寝耳に水の話で思わず聞き返す。
「ルフィが、私を……?」
「ああ。仲間が増えるのをみな楽しみにしていたよ」
「私が、ルフィ達と……」
ルフィ達との冒険を頭に思い描いて、不思議と心が躍った。
もしそうできたら、どんなに楽しいだろう。どんなに素敵だろう。
ルフィ達と一緒に、海へ出られたら……
そこで、はっと気付く。
「ねえゴードン、シャンクスは……!?」
ゴードンの返事を聞く前に答えはわかった。
部屋の窓から海が見えた。エレジアの岸を離れる一隻の船が見えた。
あの帆を、あの船首を、あの船を、私が見間違えるはずもない。
赤髪海賊団海賊船、レッド・フォース号。
「…………!!!」
「ウタ……違うんだ、聞いてくれ! 彼らは最後まで君を気にかけて……!!」
また置いて行かれた。
また黙って行ってしまった。
あの日と同じ別れ方に、心がささくれだつのを感じる。
でも今の私は、あの日とは違う。
「ゴードン! 音響の準備して!!」
「ウタ……!?」
「島中のスピーカー全部使うよ!! 急いで!!」
今の私は、この声を届けられる。
エレジアの景色が遠のいていく。
2度目の景色。2度目の別れ。
2度と味わいたくなかった感情がシャンクスの胸で渦を巻く。
「ホントによかったのか、お頭」
「よかったに決まってるだろ、ベック」
右腕である副船長ベックマンの言葉に大仰な手ぶりで返す。
「見ろよこの船を、いまやオッサンだらけだぞ。
もうウタとは話の合わねェやつの方が多い。若いルフィ達と一緒の方がさ、楽しくやれるさ」
そういって、シャンクスはわははと笑う。
大して暑くもないエレジアの気候帯で汗を滲ませる船長を見て、ベックマンは嘆息混じりにタバコに火をつけ―――
<< シ ャ ン ク ス の バ カ ー ! ! ! >>
全世界に聞こえそうな大音響が轟いて、思わずタバコを落とした。
「え……!? ウタ!?」
聞き間違えるはずもない我が子の声にシャンクスが船尾に走った。
海が震え、魚が逃げ出すほどの大音量でエレジアからウタの声が響く。
<<なんでまた勝手に行くの!! アホ―!!!>>
<<シャンクスのアホ―――!!!>>
<<ヤソップのアホ――――!!!>>
<<ちょっとルフィうるさい!! 長鼻くんも!!>>
<<え? シャンクスにアホって言ってやるんじゃねェのか?>>
<<おれは実の息子をほったらかす父親にアホと言ってやりてェ!!
息子より娘の方が可愛いか!! グレるぞチキショー!!>>
<<それまたの機会にしてくれる!? 今は私の番!!>>
大海原に響くわちゃわちゃとしたやり取り。
いつの間にかレッド・フォース号のクルーみんなが甲板に集まっていた。
見計らったように、またウタの声が響き渡る。
<<12年前のあの時!! シャンクスにそばにいてほしかった!!>>
<<もっとみんなと一緒にいたかった!! もっとみんなと歌いたかった!!>>
<<黙って行ったりしないでよー―――!!!>>
涙混じりに叫びきり、息を切らしたウタは呼吸を整えるとまた大きく息を吸い込んで。
<<私……ルフィと一緒に行くよ!!>>
<<会いに行くよ!! 今度は、私がみんなに会いに行く!!>>
<<どんなに離れてても、なにがあっても!! シャンクスは……みんなは、私の!!>>
<<大好きな家族だから!!!>>
そうしてはじまる、聞きなれたメロディ。
楽しいときの冒険の歌。
辛いときの励ましの歌。
海賊達のための歌。
「……『ビンクスの酒』……」
エレジアの島から大海原に贈られる、陽気な大合唱。
ウタとルフィとウソップと。麦わらの一味のみんなに、ゴードンまで。
12年前にはなかった歌声が海賊たちの船出を見送る。
<<みんな待っててね!! 私、必ずまた!! この歌を届けに行くから!!!>>
エレジアは島影も見えなくなった。
歌声は遥か遠く、海に残ったのは潮騒の音だけ。
ただし、このレッド・フォース号の甲板には。
歌声の代わりに、鼻水をすする音が残っていた。
「帽子……返して貰ってた方がよかったんじゃねェか? お頭」
「ほっとけ、バカヤロウ……!」
新世界に名だたる海の皇帝、四皇“赤髪のシャンクス”。
それが前髪を引っ張って泣きべそを隠す姿に、ベックマンは目尻に涙を浮かべて笑った。
エレジアは島影も見えなくなった。
私はサウザンド・サニー号の甲板芝生を踏みしめて、全身に潮風を浴びる。
海の香り、潮風の手触り。なにもかも懐かしい。
海賊としてのカンを取り戻すにはまだまだかかりそうだ。
「これが私の旅の第一歩」
この先の冒険で、苦しいことがたくさん待ち受けているだろう。
辛い出来事を、いくつも目の当たりにするだろう。
だけど、それでも、もう少しだけ。
現実(ここ)で生きてみようと思う。
現実(ここ)を旅してみようと思う。
また家族に会える日を夢見ながら。親友の夢を見守りながら。
世界の続きを歌おうと思う。
「よーし! みんな、リクエストあるー? なんでも歌っちゃうよー!」
「よっ、待ってました! 世界の歌姫ー!!」
「ヨホホホ、耳が幸せになりますねー! 私! 耳ないんですけどー!」
「おれァ君がいてくれるだけで幸せだぜェー! ウタちゅわぁーん!!」
「サンジくん、歌ってる最中までそのテンションはやめてね」
「よし! おれも歌うぞー!!」
「えー!? ルフィが!? やめてよ音痴じゃん!!」
「音痴じゃねェよ!! ウタにだって負けてねェ!!」
「ウソ、カラオケ対決で一度も勝ったことないでしょ」
「あれはルウやシャンクスが審査員だったからだ! コーセーな審査ならおれが勝ってた!!」
「出た! 負け惜しみー」
「負け惜しみじゃねェー!!」
海原に響いていく喧騒と潮騒、そして歌声。
船を運ぶ風のゆくえは、まだ誰も知らない。
fin.