BEAST HERO   作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない

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BEASTARS面白いなあ


レゴシ

中国・軽慶市から発信された発光する赤児が生まれたというニュース。以後各地で「超常」が発見され、原因も判然としないまま時は流れていた。そして、発火、浮遊、異形化──一人一人違う超常を、人類はやがて『個性』と呼ぶようになった。

 

「ふぅ〜、今日は暑いなあ」

 

朝の通勤時間。ひとりのサラリーマンが燦々と照らす太陽を見上げてそうぼやく。額に滲む汗を拭う彼の手の平には、電卓のボタンが現れている。

 

「僕の『個性』は、どうあがいても涼しくできないし…まあ、無い物ねだりしても仕方ないか」

 

彼の個性は、『電卓』。手のひらのボタンを操作する事でまんま電卓の様に扱う事が出来る。会社では確かに少しは使い勝手は良いが、この状況では何の役にも立たなかった。

諦めたサラリーマンは、ポケットからハンカチを取り出そうとする。しかし──。

 

「…あれ、無い。…しまったぁ、どこかで落としたか…!?」

 

今朝入れたはずのハンカチが見つからない。ならばと思い、他のポケットに手を入れるが、やはりそこには目当ての物が無かった。がくり、と項垂れる。

 

「はあ、しょうがないか──」

「あの」

 

肩を落として、足を進めようとしたその時、背後から低い声が聞こえてきた。それに反応し、振り返って──目を見開いた。

オオカミ。パッとみて、そんな感想が出た。

自分より一回りも大きな体躯。藍鼠色の体毛に身を包み、一重まぶたのぎょろりとした目でこちらを見下ろしている。しかし一番目に入るのが──その牙。鋭く、そして綺麗に並んだ牙を覗かせられると、自然と身がすくんだ。

 

「……な、何か、よう、ですか…?」

「………」

 

思わず怯えながらも、そう聞くサラリーマンをずっとその黒い目で見つめる。サラリーマンは、目の前の彼がもしや自分を狙う不審者では無いかと薄々感じ取っていた。

 

「あ、あの…お金なら、無いです…!だから、勘弁してください…!」

「────」

 

震えながらそう伝える。が、目の前の獣は離れるどころか近づいてくるでは無いか。サラリーマンは恐怖に体を震わせた。

 

(なんで近寄ってくるんだ!た、助けを呼ばないと!)

「だ、誰──ムグッ!?」

 

大声を上げようとしたその時、目の前の獣がその大きさからは想像もできない速さでサラリーマンの口を抑える。

 

(だれか、助けて…!ヒーロー!)

 

心の中で、必死に助けを求めるが──、ヒーローは来ず、目の前のオオカミが、押さえつけている手とは逆の方の手で、ポケットから何かを取り出し──。

 

 

 

「──あの、ハンカチ…落としましたよ」

 

「……ふえ?」

 

 

見覚えのあるハンカチを差し出してきた。それは、確かに自分のハンカチで──。

 

「ぼ、僕のだ…」

「駅で落としてました。すぐに渡そうとしたんですけど、通勤時間だったんで、人が多くて」

「あ、ありがとう……」

「はい。では」

 

そう言うと、オオカミは踵を返して歩いて行く。その背中を見て、サラリーマンはある事に気づく。

 

(……学生だったのか)

 

オオカミの特徴ばかりに気を取られていて、服装をよく見ていなかった。学生服をキッチリ着こなし、リュックを背負う彼を見て、サラリーマンは安堵と──罪悪感を覚えた。

 

(僕はなんて事を…彼はわざわざ駅から僕のためにこれを届けてくれたのに、僕は、僕は──)

 

何か一声掛けようとするも、その丸い背中はもう、人混みに紛れ込んで、ついに探すことはできなかった。

 

 

 

 

 

「えー、お前らも三年と言う事で!本格的に将来を考えて行く時期だ!!」

 

市立折寺中学校。その一教室にて、教師の大きな声が響き渡る。

 

「今から進路希望のアンケート配るが、皆…!──大体ヒーロー科志望だよね」

 

その言葉を皮切りに、生徒各々が、個性を発揮し、元気よく返事をする。それを見た教師はうんうん、と頷きながら、「でも校内では個性使用は禁止だからね」と注意する。

 

「……」

 

その中で、一人だけ個性をアピールしていない少年──緑谷出久は、俯きながらも手を上げていた。

彼は『無個性』。年々増えていく個性所持者の中でも、珍しく個性が発現しない例のひとりだった。

 

「せんせえ──!『皆』とか一緒くたにすんなよ!俺はこんな没個性どもと仲良く底辺なんぞ行かねえよ」

 

クラスの中心からそんな声が聞こえてくる。その声を発した生徒──爆豪勝己は、机の上に足を乗せ、侮蔑の表情を周りの生徒らに向けていた。

 

「あー、確か爆豪は…雄英校志望だったな」

 

その言葉に、クラスの中でざわめきが走る。雄英。数々のプロヒーロー達が進出し、設備も充実している。入学すれば間違いなく周りからは一目置かれるステータスとなる。

 

「お、おい…確か雄英って、今年偏差値79だぞ…!?倍率も毎度やべーんだろ!?」

「そのざわざわがモブたる所以だ!模試じゃA判定!俺はウチの中学唯一の雄英圏内!」

 

テンションが昂ったのか、机に飛び乗って高らかに演説をする爆豪。

 

「あのオールマイトをも超えて俺は唯一無二のトップヒーローとなり!必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!」

「あ、そういや──緑谷も雄英志望だったな」

 

その教師が呟いた言葉に、一瞬クラスに静寂が生まれ──。

どっ、と笑い声が巻き起こった。しかしそれは良いものではなく、むしろ失笑といったところか。

 

「はああ!?緑谷がぁ?無理っしょ!」

「勉強だけじゃヒーロー科は入れねえんだぞー!」

「おいこらデク!!」

「どわ!」

 

爆豪は新事実に苛立ち、緑谷の机を個性で爆破する。情けない声をあげて教室の隅に軽く吹っ飛ぶ緑谷。

 

「『没個性』どころか『無個性』のてめぇがぁ〜、なんで俺と同じ土俵に立てんだぁ!?」

「違う、かっちゃん、別に、張り合おうとかじゃ無いんだよ!──ただ、小さい頃の目標なんだ」

 

緑谷は俯きながらも、苦笑する。

 

「それに、やってみないとわかんないし……」

 

その言葉に、爆豪は心底馬鹿にする様な顔をして、声を上げる。

 

「何がやってみないとわかんねえだ!記念受験のつもり──」

「あ、あと──狩屋もだったな」

 

その言葉に、またもやクラス中の目線が一点に集中する。その中心に居た生徒──狩屋レゴシは、オオカミの耳を立て、読んでいた本を静かに閉じた。

 

「…か、狩屋も?」

「………」

「おいテメェ…クソ犬もかぁ!?」

 

爆豪が次なるターゲットに狙いを定めて、突撃しようとした時、レゴシが口を開いた。

 

「うん。だけど俺、ヒーロー科志望じゃない」

「……あァ?」

「経営科。俺が選んだのは、経営科…ですよね、先生」

「あ…そうだった、そうだった。狩屋はこのクラス唯一のヒーロー科以外の志望者なんだよな!」

 

その言葉に動きを止める爆豪。

 

「…はっ、何かと思えば裏方志望かよ、陰キャにはお似合いの将来だな!」

「…うん、俺に戦いは向いてないから。それに…支えたい人が居るんだ」

 

そこでレゴシは、ちらりと緑谷の方に視線を向ける。緑谷はそれを見て、自嘲する様に笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 

帰りのホームルームが終わり、各々が帰り支度をする中、緑谷に近づく影が。

 

「おい、デク。話はまだ済んでねえぞ」

「あっ、か、かっちゃん……」

 

緑谷が、いつもヒーローの情報をまとめたノートを取り上げ、爆豪は緑谷を睨みつける。

 

「一線級のトップヒーローは大抵学生時代から逸話を残してる…。俺ぁこの平凡な市立中学から初めて、唯一の!『雄英進学者』として箔をつけてーのさ、だからよ…」

 

にこやかに笑い、爆豪は──。

 

「雄英受けるな、ナードくん」

 

そんな身勝手な要望に、緑谷は反論しようとする。しかし、爆豪の個性は危険なものだ。彼の気を損ねては、どうなるか──。

 

「とりあえず、可能性は詰んどくかー」

「あ…待っ……!」

 

笑顔のまま、爆豪はヒーローノートに手を合わせて──。

 

「………」

「アア!?」

 

ひょい、と後ろから伸びてきた手がノートを救出する事によって、無残なノート爆殺事件は起こる事は無かった。

 

「テメェ…狩屋!」

「はい、出久」

「あ、ありがとう、レゴシ」

 

レゴシは、暴君から取り上げたノートを緑谷に渡し、頷いた。その自分を気に留めていない行動に、爆豪の頭に一気に血が上る。

 

「おい腑抜け陰キャ、無視たぁいい度胸だなぁ?」

「ふ、腑抜け」

 

身も蓋もない蔑称に心を痛めるレゴシ。

 

「テメェも一応裏方とは言え雄英志望だったな、よし、お前も受けんな」

「お、おい爆豪!狩屋はヤバいって!」

「うるせえぞモブが。黙って俺の来た道這ってれば良いんだよ」

「──あのさ」

 

ぎょろ、とした目でレゴシは爆豪を見つめる。そして、ゆっくりと指を差した。その指先を見た周囲の生徒らは背筋に氷を入れられた気分になる。

その原因は──爪だ。レゴシのオオカミの爪が、どうしても凶器にしか見えない。それは爆豪も例外ではなく、自分に指されているのは指だと目で認識していても、頭の中ではその本能がヤバいと叫んでいた。

 

「唯一無二のトップヒーローになる…って言ってたよね」

「それがどしたァ」

「君の言う、箔をつけるって話──それ、唯一無二なの?」

「──は?」

「言ってたよね。トップヒーローは大抵学生時代から逸話を残してるって。君──それを真似して、なぞって行動してるだけなんじゃ…?」

「おい…クソ犬……!いい加減に……!!」

 

 

「怖いだけなんでしょ。出久が」

「え…?」

「────!!」

 

 

その瞬間、爆豪は手のひらをレゴシに向け、『個性』を発動。慌ててレゴシは、自分の腕でその爆発を防ぐ。しかしあまりの威力に勢いよく吹っ飛ばされ、自分を受け止めたロッカーをへしゃげてしまった。

 

「殺してやる…!テメェ!!」

「おいやめろ爆豪!先生が見てる…!」

「〜〜〜ックソがッ!!」

 

流石の爆豪も、教師の前では傷害事件は起こしたく無かったのか(これを起きてないと言うには少し疑問だが)、肩を怒らせ取り巻きと共に教室を出て行った。

 

「──はっ!レ、レゴシ!大丈夫!?」

「う、うん…なんとか…」

 

毛がちょっとコゲちゃったなぁ…と思いながらも立ち上がるレゴシに、緑谷は肩を貸す。

 

「ごめん…僕がいいように言われてるから…!」

「気にしないで。それよりノートは…」

「あ、うん…無事だよ」

「ならよかった。じゃ、帰ろ」

 

何事もなかったかのようにレゴシはリュックを背負う。緑谷もそれを見て、リュックの中にノートを入れようとしたその時──。

 

「…おい、見たかよ今の?」

「ああ、爆豪のマジギレの爆発受けても、ほとんどノーダメ…化けもんじゃねえか」

「もしかして、爆豪くんの内申を落とすためにわざと怒らせたんじゃない…?緑谷くんが雄英に行けるなんて、本当は思ってないんでしょ…」

「怖…やっぱ何考えてるか分かんねえな、狩屋は」

 

「ッ!違う!レゴシがそんな事するわけないだろ──!!」

「出久」

 

思わず叫ぶ緑谷の肩に、レゴシは静かに肩を置き、頭を横に振った。

 

「良いんだ」

「…良くない!だって、君は何も悪いことは──!」

「良いんだ。嫌われるのも、怖がられるのも…慣れてるから」

「──ッ!!」

「行こう」

 

緑谷はまだ何か言いたげだったが、しぶしぶそれを諦めてレゴシの後に続いた。

 

 

 

 

 

 

「レゴシはいつもそうだ!自分の事を考えないで!もう少し自分を大事にしようよ!」

「それ、出久だけには言われたくないよ…」

「んんん………!!」

 

頭を抱えて唸る緑谷に、優しげな目を向けながら苦笑するレゴシ。二人は先ほどとは打って変わって穏やかに下校をしていた。

 

「それに、出久が何とかするんでしょ?」

「う…うん、それは、勿論…。ヒーローになって、君の良さを知って貰うんだ!」

「うーん…まあ、気長に待ってるよ」

「僕は本気だからね!?」

「分かってるって。だから俺も雄英の経営科で、出久を本気で支えようとしてる」

 

この二人は幼馴染だ。幼稚園の頃、公園でばったり知り合って、そこから仲良くなった。そして小学生の頃、二人はとある約束をした。

 

「僕がヒーローになって!」

「俺が事務所で働く」

 

ヒーローに強い憧れを持った出久は、夢であるトップヒーローに。そして、争いを好まない性格のレゴシは、裏で出久を支えれるように。

二人は、その約束を果たすため日々を生きていた。

 

「でも…」

「大丈夫。周りの事は気にしなくて良い。出久は出久らしく、ありのままで良いんだよ」

「レゴシ…。──うん!そうだよね!周りは気にしないで、前だけ向いて!」

「うん。…うん?────臭っさ!出久!!」

 

突如レゴシが緑谷を抱えて横に飛び退く。何があったのかわからない緑谷は、抱えられたまま後ろを見て──驚愕した。

 

 

「なああんで分かったァ…!?Mサイズと、XLの、上質な隠れミノォ…!」

 

 

ヘドロのような物が、マンホールから噴き出ていた。そのヘドロには大きな目玉二つがあり、それらがぎろ、と二人を見つめた。敵だ。

 

「うわ…!」

「う…、は、鼻が…!」

 

緑谷は初めて実感する敵のプレッシャーに身がすくみ、レゴシはヘドロの強烈な臭いに顔を顰めた。

 

「君たちは俺のヒーローだぁ…と、いっても…そっちのオオカミくんの方が良さそうだなぁ。当たり引いたかも」

(当たり…?待て、──さっき、僕たちを取り込もうとしたって事は…取り込んだ人を、乗っ取れるのか…!)

「──出久、走れる?」

「は、は、走れる…」

(嘘つけえええ!)

 

レゴシは心の中でそう突っ込んだ。どう考えても嘘である。足が生まれたての子鹿みたいにプルプル震えており、いかにも走れませんよと足が訴えているようだった。

 

「ひひ、でもお友達から狙っちゃおっかな!」

「──出久っ!!」

「──あ」

 

ヘドロが波打ちながら緑谷に襲い掛かる。

 

(嫌だ、嫌だ!死にたくない…僕は、まだ!)

 

 

 

「もう大丈夫だ、少年達」

 

 

突如、緑谷でもレゴシでもヘドロでもない、第三者の力強い声が響く。

 

(ま、まさか────)

 

そして、緑谷とヘドロの間に、筋骨隆々な男が現れる。緑谷はそのシルエットに、見覚えがあった。それは動画上で、何度も見た──。

 

 

「私が、来た!」

 

 

「オール…マイト…!?」

 

 

 

ナンバーワンヒーロー、『オールマイト』だった。

オールマイトはヘドロに向かって、腕を引き絞り、それを思い切り突き出す。

 

「TEXAS──SMASH!!」

 

その風圧で、ヘドロは吹き飛び、辺り一面に粘度を保った音と共に広がり散った。

 

「そい確保!」

 

目にも止まらぬスピードでペットボトルにヘドロを詰めていくオールマイト。レゴシはそんなので良いの?と白い目を向けるが、緑谷はそんなヒーローを、キラキラとした目で見つめていた。

 

 

 

 

 

「いやあ、悪かった!敵退治に巻き込んでしまったよ!いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと慣れない土地で浮かれちゃったかな!?HAHAHA!!」

 

(ほ、本物…!本物だ!生だとやっぱり、画風が全然違う…!!)

「もとの飲み物、捨てちゃったんですか?」

「ノンノン、ウルフボーイ!爆速で飲み干したよ!おかげで今猛烈にトイレが行きたいネッ!」

 

そういうと、オールマイトは飛び立とうとする。

 

「あ、サイン!そ、そだ、このノートに…書いてるー!!」

「いつのまに…」

「じゃ、私はこいつを警察に届けるので!液晶越しにまた会おう!!」

 

そうして──オールマイトは、爆風と共に立ち去った。…喧騒が嘘のように静かに収まり、レゴシはひとまず息を吐く。

 

「すごかったね…出久の憧れ。ぶわーって感じで」

「………」

「トップヒーローになったらあんな画風になるのか。俺ヒーローとか興味ないから分かんなかったや」

「………」

「ま、良い経験になったと思って。サインも貰ったし。帰ろっ………あれ」

 

そこでレゴシは、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「出久…?」

 

 

 

 

 

 

 

(出久…昔から変な所で行動力あるからなあ)

 

レゴシは帰路を一人で歩く。おそらく幼馴染はオールマイトについて行ったのだろう。そういう無茶をするやつなのだ。そこはどうしても変わらない物だろう。

まあもしもの事があっても、側には自分より心強いプロヒーローが居る。大丈夫であろう。そんなことを考えているうちに自宅へ辿り着いた。

 

「ただいま」

「おかえり、レゴシ。何か良いことでもあったの?」

「え」

「しっぽ。揺れてるわよ?」

 

母の指摘に視線を向けると、確かに自分の尻尾がふぁさふぁさと揺れていた。

 

「この癖はどうしようもないなぁ…」

「ふふ、で?何があったの?」

 

母がお茶を飲みながら、レゴシに笑いかける。

 

「うん、オールマイトに会ったんだ」

「ブーーーーーッ」

「母さんっ!?」

「嘘、え!?お、オールマイト!?」

 

まさか自分の息子からビッグネームが聞けるとは思わず、茶を吹き出す。レゴシは優しく母の背中をさすった。

 

「な、なんで…!?」

「え?あ、え、えっと、ほ、本当に偶然…」

「凄いじゃない!サイン貰った!?」

「いや、俺は貰ってない…出久は貰ってたけど…」

「もったいない〜!トップヒーローよトップヒーロー!お父さんにも言わなきゃ!」

「そんなすごいんだ…。ちょっと調べてみようかな」

 

そう言って、未だ驚愕の顔を浮かべる母をよそに、レゴシは自室へと戻る。

 

(……母さん、すごい喜んでたな…個性出てたし)

 

興奮していた母からは、涼しい風がそよいでいた。それほど喜ばしいことだったのだろう。おそらく似たような性格の父も、温かい風を吹かせるだろう。

 

(でも…よかった。少しでも、喜んでくれるなら…)

 

レゴシは自分の爪を見る。鋭く尖った爪。異形の姿。母の涼風、父の温風。それらとは全く違う別物。本人達からは言われていないが、レゴシはとうの昔に見当はついていた。

 

 

(今日も、実の息子っぽくなれたかな…?)

 

 

自分は、彼女らの本当の子供ではないと。

 

 

 

 

 

 

普段着に着替え、レゴシはリビングに戻る。キッチンで母は調味料を探しており、テレビはつけたままだった。

 

(……何で、俺なんかを引き入れたんだろ)

 

ぼんやりと、その姿を見て考える。メリットなんか無いはずだ。得体の知れない子供を育てる事に。自分の外見が原因の近所トラブルだって多くあった。何か考えがあるのか…?

 

「レゴシー、今暇?」

「…ん、うん」

「じゃあ、スーパーでおしょうゆ買ってきてくれない?お釣りあげるから!」

「ほんと?行くよ」

 

思考の波に揉まれていたレゴシを引き上げたのは、おつかいという任務であった。レゴシは代金を貰い、靴を履く。

 

「気をつけてね、行ってらっしゃい」

「……」

(なんで──)

「レゴシ?」

 

なぜ俺を息子にしたのか。そう口に出そうとした。しかし、母のその目を見ると、何も言えなくなる。いつも気になるが、いつも聞き出せない。レゴシは薄く笑みを浮かべた。

 

「行ってきます」

(俺は失いたくないんだろう。得てもいないくせに)

 

笑顔で、母は見送った。

 

 

 

 

 

スーパーに行く途中、人だかりが出来ていた。レゴシはピンと耳を立てる。

 

「おい、見ろよあれ!もしかして大物敵じゃね!?」

(…なんだ、敵騒動か)

 

途端に興味がなくなった。レゴシは敵退治というものが嫌いだ。世間は敵を捕まえたヒーローを讃えるだろう、誰もがヒーローに憧れる…。レゴシの周囲も間違いなくそうだ。しかし、レゴシは考えてしまう。

 

(もし──、もし、やむを得ない理由で敵になった人が居るのだったら──本当の敵はどっちなんだ?)

 

「うわー、めっちゃ強そう!爆発してんじゃん、あの敵!」

「シンリンカムイが近づかねえってそういうことか…!くぅ〜!活躍見れると思ったのになぁ〜!」

「しかも姿はヘドロみてえな物流系ときた。これは並大抵のヒーローじゃ勝てねえぞ…!」

「ヒーローがんばれー!」

 

(………ん?)

 

そこでレゴシは首を捻る。爆破……ヘドロ……爆破…ヘドロ…乗っ取り……敵……。

 

「す、すみません、ちょっと通してくれませんか…?」

「ん?う、うお…怖」

 

人混みをかき分け、その中心にいる光景を見る。そこには──。

 

 

 

「こぉんのおおおおおおお!!!」

 

 

 

ヘドロに取り込まれた、爆豪がそこに居た。

 

(嘘でしょー!?)

 

口をあんぐりと開けるレゴシ。すると、目の前に居るヒーロー二人の会話が聞こえてきた。

 

「く…彼の個性が強烈すぎて、近づけない…」

「悪りぃが、ちょっと待ってて貰うしかねえな…!」

「あ、あの!」

 

思わず声をかけていた。ヒーロー二人は、レゴシを見て思わず警戒体制をとってしまう。しかし、すぐに元の様子に戻った。

 

「あ、ああ…どうしたんだい」

「あ、あの子、俺の友達なんです。は、早く助けてあげて…!」

「──それができねぇんだ」

「……え?」

 

その言葉に呆然とする。

 

「俺の個性はアレとは相性が悪いからなぁ。ったく、困ったもんさ」

「厄介な子を人質に取ってくれたな…」

 

(な、なんでそんなに…あっさりしてるんだ…?)

 

幼馴染の話とまるで違う。ヒーローはいつも命懸け。そんな話を聞かされた。なのに今、このヒーロー達は何故そんなに悠長にしていられるんだ。

レゴシは振り返って、ギャラリー達を見まわす。

 

「わはー、爽快だなあ」 「おい、まだ来ねえのかよヒーローは!早く見てぇって!」

  「カムイさまぁ!頑張って!」 

 「マウントレディー!踏みつけだ踏みつけ!ついでに俺もー!」 「うわ、マジで被害やばいな…良かった、俺関わってなくて」

 

 

(────なんだ、これ)

 

こんなの、こんなの──ただの演劇じゃ無いか。救うはずのヒーローが、救うヒーローを待って。それを楽しみに観客が集まる。

 

(爆豪…!)

 

正直、今までの事は許せない。幼馴染の夢をバカにして、嘲笑って、コケにして。顔を見るたび不快になるだけだった。だけど──。

 

(かわいそうじゃないか……)

 

分かっていた事だ。人は、自分を守るためならどこまでも残酷になれる。見るものを恐怖させる外見をしたレゴシを、遠ざけて。軽い言葉で、突き飛ばして。レゴシは小さな頃からそれをされてきた。

でも爆豪は違う。爆豪は小さな頃から、周りに恵まれてきた。そんな彼が、今、人の悪意に晒されようとしている。その事実が、レゴシの心にすとん、と落ちた。

 

「だがもう少しで対応できるヒーローが来るだろ。俺らはこの場を────」

 

その時、プロヒーロー二人、その近くにいた観客。そして──トゥルーフォームのオールマイトは、全身に怖気が走るのを感じた。それは、理屈では説明できない…本能で、感じていた。

ばっ、と一斉に()()を見る。そこに居る、()()を。

 

 

 

「ゥゥゥゥゥ゛ヴぅ゛ぅ゛ゥ゛………!」

 

 

 

地の底から聞こえるような唸り声を上げ、歯を剥き出しにし、毛を逆立てさせ、目を吊り上げる。そこには、一匹の怒れる獣が居た。周りの観客は、恐怖の色で染まっており、ヒーロー二人も、突如目の前に現れた怪物に、身動きが取れないでいた。

 

「あの少年は──!」

 

ゆっくりとレゴシが周りを見渡す。

 

(何か、何かできる事は──!)

 

視点をぐるぐる動かしていく。シンリンカムイ。要らない。消火しているヒーロー。要らない。マウントレディー。要らない。緑色のもじゃもじゃ…。

 

「出久!?」

 

幼馴染が突如民衆から飛び出していた。それを見たレゴシは、緊迫した状態で──笑っていた。

 

(そうだ、君はどんな人でも、どんな状況でも、泣いてる人を見捨てない…。本当の──!)

 

「──ッ!」

「あ、あ、おい!」

 

レゴシは走り出す。忌み嫌っているハイイロオオカミの力を活かして、力一杯走り出す。途中で何度もつまづきそうになるも、決して止まらない。未来の相棒が、勇気を出したのだから…支える者が頼りなくては、話にならない!

 

「ごめんなさい!後でお金払います!!」

「な、何あんた──ちょっ!」

 

レゴシはスーパーに飛び込み、小麦粉のパックを握ってまた飛び出した。

 

(俺に出来ることはこれくらいしか無い…!だけど、救うのは、俺じゃ無いから──!)

 

そのまま観衆を飛び超え──出久の元へ小麦粉をぶちまけた。

 

「うわっ!…レゴシ!」

「行け!ヒーロー!」

「──!うん!うおおおお!!」

 

倒れ込みながらも吠えるレゴシに驚く出久だったが、すぐにレゴシの意図を察し──小麦粉を被った状態で、思い切りヘドロに殴りかかった。

 

「痛って!クソ、小麦粉かよ!」

(水分取られて、取り込めねえ!!)

「わあああああ!!」

 

涙目になりながらも我武者羅に殴りかかる緑谷を、まだ意識があったのか爆豪が理解出来ないという風に見つめる。

 

「なんで、てめえが…!」

 

「君が!救けを求める顔してた──!」

 

「良い加減にしろよ、このクソガキが──!」

 

ヘドロの敵が、爆豪の手のひらを緑谷に向ける。超至近距離の爆破。緑谷は息を呑んだ。

 

「良いのか!粉塵爆発でお前も巻き添えだ!!」

「何ぃ…!?」

 

しかし、倒れ込んだレゴシのその一声で、一瞬その動きを止める。その僅かな隙を、オールマイトは見逃さなかった。

 

「君を諭しておいて…自分が実践しないなんて…!プロはいつだって、命懸け!!」

 

爆豪に纏わりつく、ヘドロ男。そいつが最後に見た光景は──自身に迫り来る、正義のヒーローだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒動の後、レゴシ達は怒られた。素人が口を出すなと。危険を冒す必要は無かったと。追加でレゴシはスーパーのおばちゃんに死ぬほど怒られた。

 

(出久は先に帰ったのだろうか…)

 

レゴシは小麦粉だらけの頭を掻きながら、幼馴染の心配をする。

 

「……ん?」

 

家までの途中の道、どこからか話し声が聞こえてきた。どうやら、次の曲がり角の向こうで誰かが話しているようだった。

 

(この声…出久と、オールマイト?)

 

思わぬ展開に、レゴシはしゃがんで聞き耳を立てる。そこから聞こえてきたのは。

 

 

「──君は、ヒーローになれる」

 

(………あ)

 

 

幼馴染の憧れの人からの、シンプルな賞賛だった。それを聞いたレゴシは、全身の力が抜けたようにずり落ちた。

出久が?あの馬鹿にされてた出久が?ナンバーワンヒーローに、認められた…!

 

(やった…!)

 

レゴシは小さくガッツポーズする。ようやく彼が前に進んでくれる。それだけで、レゴシは幸せだった。

 

 

 

 

 

 

レゴシは迂回しながら帰っていく。何だか今は、歩きたい気分だった。

 

(出久が、『個性』を貰えるなんて…)

 

しっかり最後まで盗み聞きした話によると、オールマイトの個性は力を蓄え、譲渡する個性。出久はオールマイトの後継者に選ばれたのだ。

レゴシは、嬉しかった。緑谷が、無個性じゃなくなる事が。そして──緑谷に、もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……俺は、ここまで残酷になれたのか)

 

幼い頃、緑谷に聞いたことがあった。足の小指の関節──個性持ちは、それが無いらしい。使わない部分を切り捨てて、個性という新しい力を身につけたと言われるそうだ。

逆に、無個性は関節が二節ある。その話を聞いて、レゴシは何となしに自分の小指を触った。

 

()()()のだ。関節が。ぎくりとした。そしてどこか、納得する部分があった。

同年代の異形型の個性持ちは、例えばイヌであれば、イヌっ()()事ができる。あくまでもそのモチーフに則ったものなのだが、レゴシの能力は、あまりにも動物側に寄りすぎている。むしろ、動物に人を少し混ぜた──オオカミが、ヒトっぽいといえばしっくりきた。

つまり。レゴシの姿は、『個性』ではなく、そういう生き物として生まれただけ──。

それを知った時、緑谷に申し訳なかった。ヒーローを目指さない俺がこんな力を持って、ヒーローを目指す彼がその力を持っていない事に、途方もない罪悪感を感じていた。その罪悪感を感じる事にも、また罪悪感を感じていた。

 

(出久。君は、こんな怪物でも、まだ相棒と言ってくれるのかな)

 

満月の光に照らされて、夜の街が露わになる。その町の片隅──。憐れな人狼が、空を見上げてつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、本当に──生きにくい世の中だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ただいま」

「おかえりー!おしょうゆあった!?」

「あ゛」




こんな壮大な事言ったり怪しそーな伏線とか張ってますけど多分続かない。
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