それでも楽しんでいただけたら幸いです。
「ほーん、俺はE組か」
窓口でIDカードの個人認証を終え、自身のクラスを確認した男子生徒は、一人自分の家に帰るために、校門へと歩を進めた。
その男子生徒は、ガタイが良かった。先ほど、講堂で視線の集中砲火を受けた彼ほどではないものの、男子高校生としては立派すぎる程の体格を持っていた。短く切りそろえた茶髪と、ハーフやクォーターなのか少々日本人離れした容姿。気力に満ち溢れたような印象を与える男子だった。
その男子、西城レオンハルトは特に誰かといるということもなく、一人で講堂内をを歩いていた。
別に彼は、コミュニケーション能力に難があるわけではない。ただ、登校から入学式開始までの短い時間の中で、出会いに恵まれなかっただけなのだ。
(まぁ、こういうのは運だしな。クラスメイトと仲良くなればいいさ)
レオは早々に思考を切り替える。元々、こういったことをくよくよと考えるタチではないのだ。
「…………んおっ? なんだ、あの人だかり」
講堂から出ようとしたときに、ふと視界の隅に人だかりが見えた。結構な人数が集まっているようだ。
周囲の生徒は、一科生が多そうだ。レオは少々臆したものの、結局その人数に興味をひかれ、野次馬の中に入っていった。
「お兄様、その方たちは……?」
「こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ」
「そうですか。……早速、クラスメイトとデートですか?」
(なんか修羅場ってんな。というかあの女子、入学式で当時してた、主席の子じゃねぇか!?)
なかなかキャストの濃い修羅場のようだった。少し周りを見れば、生徒会長なんかもいる。レオはますます、騒動の中心にいるらしい、二科生の男子への興味が湧いてきていた。
とはいえ、レオはこういった恋愛沙汰に首を突っ込むつもりもなければ、野次馬をする気もない。事態の中心にいる面々の顔をそれとなしに覚えつつ、人ごみから出ていった。
(さて、特にすることもねぇな。突っ立っててもしょうがないし、とっとと家に帰るか)
外には、レオと同じように帰路につくのだろう、新入生たちがまばらに歩いていた。一科生・二科生が同じ道を歩いてはいるものの、その間に交流は発生していない。入学初日ですら、既に区分がされてしまっているのだろう。
(思ったより、溝は深いみたいだな。みんな仲良く、なんて理想が通用しないのは分かってる。けど、やっぱ気に入らねぇな……)
レオはその気性上、こういった差別などに反感を抱きがちであった。元からこうであると決めつけ、それに基づいて侮蔑するのがどうにも気に食わないのだ。
しかし、レオ一人がそんな考えを抱いたところで、この学校の流れが変わるわけでもない。せめて、一・二科生間で起こるいざこざに巻き込まれないことを、祈るのみだった。
そんな時、周囲にわずかなどよめきが起きる。
レオは反射的に後ろに振り向く。そこには、一人の巨漢が歩いていた。
高校生離れしたその肉体、レオすらも超えるその体躯は、道が小さくなったのかと錯覚するほどであった。そう、つい先ほど講堂で問題行為をしでかした、あの男子生徒が歩いていたのだ。
(うぉっ……。あいつは、さっきの筋肉野郎か)
レオは少々気圧されつつも、歩きながら彼を眺め続ける。見れば、やはりというかなんというか、周りからは遠巻きに見られるのみで、干渉されてはいないようだった。
それはそうだろう。講堂内の空気をガン無視した張本人だ。本人にどんな事情があったかはわからないものの、客観的に見れば厄ネタ以外の何物でもない。平穏な学校生活を望むのなら、関わらないのが得策だろう。
周囲からは、多少の陰口すら聞こえてくる。やれ、『筋肉つけると馬鹿になるの?』だの、『二科生は空気を読むこともできない』だの。それを直接言われないのは、やはりその容姿ゆえだろうか。
(ま、かわいそうだが、自業自得ってやつだわな。ご愁傷様。…………ん?)
レオも、周りに合わせて彼から視線を外し、距離をとろうとした。が、その直前、どこか違和感の残る光景が、視界の隅をかすめる。
男子生徒が校門へ向かう道から逸れ、見当違いな方向へと進んでいく。今日は入学式と個人用IDカードの交付以外に行事はないはずなので、待ち合わせなどがなければ、校門以外に向かう場所はないはずである。視線に耐え切れずに道を変えたのかと思ったが、入学式で今以上の視線に晒されて平然としてきた男だ。この程度で自分が行く道を変えるとも考えにくい。
そのまま目で追い続けると、頻繁に手元の端末を見ては、あたりを見渡しながら歩を進めていく。しかし、向かう方向は、校門とはまるで別方向である。なんというか、典型的な迷子に見えた。
(あれ、大丈夫なのか? 助けた方がいいんじゃ。いや、でも、俺がそこまでする義理は……)
周囲が、彼の様子に気づいているのかいないのか、分からない。しかし、誰一人として助けに入る様子はなかった。ある意味、当然と言ってもいい行動である。
レオも、周りの流れに乗っかって、彼のことを無視しようとし……。
「だぁっ、くそっ」
少々の悪態をつき、彼のもとへと向かっていった。
放っておけなかったとか、そういう理由もある。だがそれ以上に、見かけや周りの反応だけで物事を勝手に決めつけて、一方的に避けるのは自分の流儀に反すると感じただけだ。
「よぉ、道に迷ってんのか?」
「っ!?」
うろつく巨漢の背後から、レオは声をかける。巨漢は驚いたように肩を跳ね上げ、そのガタイに見合わぬ俊敏な動作で振り向いた。その顔には、背後のレオに気づいていなかったのか、驚愕の色がにじんでいる。しかし、すぐにその顔を、警戒からか、険しいものへと変えた。
「……何の用だ」
「その言い草はねぇだろ。困ってそうだから話しかけたっていうのによ」
「そうなのか。すまなかった」
(案外普通の奴、なのか?)
巨漢の受け答えに、レオは外見や行動とは異なり、まっとうな男子という印象を受ける。やはり、外部の情報だけで判断してはいけなかったな、と思いつつ、そのまま会話を続ける。
「いやいや、良いってことよ。で、見た感じ道に迷ってたぽいけど、なんかあったのか?」
「…………あぁ、まぁ、その」
「言いにくいようなことなのか? それなら無理しなくてもいいぞ?」
巨漢は、その威圧感ある顔を少し困ったように歪ませる。視線も、右に左に、あわただしく動いていた。レオは、突っ込んだ質問をしすぎたかと思いつつも、巨漢の返答を待つ。少しして、巨漢は口をわずかに開いた。
「……実演所区域に」
「あれ? 実演所でなんか行事ってあったか?」
「いや。個人用IDカードがあれば、入学初日からでも使用できるはずだからな。少し魔法の練習をしてから帰ろうかと」
「あ~、なるほど。やる気あるな」
レオが思っていた以上に、この生徒はやる気に満ち溢れているようだ。二科生とは思えないぐらいに、魔法へのモチベーションが高い。一科生の高慢さと同じぐらい、二科生の卑屈さにも悪感情を抱いていたレオにとって、目の前の巨漢はとても好感が持てる相手だった。
「ただ、見ての通り方向音痴なものでな」
「実演所までの道が分からなかった、ってことか」
「そういうことだ」
「マップ見てもわからないレベルって、相当な方向音痴なんだな」
「まぁ、確かにその通りなんだが……。普通、思っても初対面の相手に言う言葉か?」
「俺、オブラートとか苦手なんだよ。それにお前、そんなことを気にするようなタマじゃないだろ?」
「…………」
巨漢が押し黙る。どうやら反論はないようだ。レオは少し気分を良くしつつ、巨漢へと提案した。
「なら、俺が道案内してやるよ」
「っ、いいのか?」
「なぁに、困っているときはお互い様よ! 代わりと言っちゃなんだけど、俺もその魔法練習、一緒にやっていいか?」
「あぁ、かまわない。恩に着る」
「いいってことよ。そんじゃ、早速行こうか!」
そう言って、レオは巨漢が手に持っていた端末の画面を覗き見る。マップをあらかた記憶し、現在地と目的地の位置関係を把握すると、割り出したルートに沿って歩き始めた。その横に巨漢が並ぶ。
周りからは先ほどから、痛いほどに視線が、それも決してよくない類のものが突き刺さっているが、気にしない。レオは世間体よりも、この巨漢とのつながりの方が重要だと、貴重だと判断したのだ。
「そういや、自己紹介してなかったな。俺は西城レオンハルト。クラスはE組だ。レオでいいぜ」
「……俺は、遠塚一。同じ、E組だ」
「マジか! なら、明日からもよろしくな、ハジメ!」
「あぁ、こちらこそだ、レオ」
*****
やっと、やっと入学式が終わった……。
マジでしんどかった。後方から視線がグサグサ突き刺さってくる。入学式の途中で、生徒会長や新入生主席が出てきたときは、多少視線が減ってくれて助かったけどな。やっぱみんな、美少女が好きなんすねぇ。
そんなこんなで視線に晒され続けた結果、入学式が終わった後も、しばらくの間動けなかったしな。おかげさまで、個人用IDカードを受け取るのも、一番最後になってしまった。
まぁ、カードを受け取る順番で何かが変わるわけでもないし、どうでもいいっちゃいいんだが。
さて、この後は行事もないみたいだし、とっとと一人で帰るか。え? ボッチ? うるせぇ、陰キャなんて皆そんなもんだろ。
…………ん? なんだありゃ? 講堂の入り口にやけに大きな人だかりが……。近づかずに、ちょっと遠めから見てみるか。
騒動の中心にいるのは、男子一人に女子三人か。そのうち女子一人が一科生、それ以外の三人は二科生だ。周りの人だかりは、一科生が多いみたいだな。
というか、あの一科生の女子、新入生主席の子じゃないか? あんな美人さんはそうそういないし。それ以外の二人も、なかなかの美人さんだな。おっとり癒し系と、快活かわいい系でバランスもとれてる。ギャルゲーだったら、ヒロインの時点で結構評価高くなるんじゃないか?
それはそうと、そんな美少女たちに囲まれてる、あの二科生の男子は何者だ!? うらやましすぎるんだが!? モテる方法教えてくださいお願いします何でもしますからっ!
とりあえず、あいつは今後、心の中ではギャルゲ主人公って呼んでやるとしよう。絡む機会があれば、の話だけどな。
はぁ、俺もモテたいよ。欲を言えば美少女に、それも複数人から。年頃の男子たるもの、ハーレムへの期待は捨てきれないのだ。
このまま見てても嫉妬心が増えるだけだし、とっとと講堂を出て、帰らせてもらうとしよう。
講堂を出ると、やはりというかなんというか、周りからの視線がきついな。しかも、その視線に友好的なものは一切ないとかいうね。まぁ、自業自得といわれてしまえば、それまでなんだけどさ。入学式中よりは、幾分マシだ。我慢して帰るしかないか。
こういう、大勢の人が同じ目的地に向かっているのは好きだ。なんせ、道に迷わなくて済む。人の流れに身を任していれば、自動的に目的地にたどり着けるのだ。方向音痴の俺からすれば、これほどありがたいものはない。
……にしても、さすがにこの視線の雨は、精神面にくるな。さっきから、ちらほら陰口っぽい者も聞こえるし。せめて、本人に聞こえないように言えってんだ。俺の地獄耳、舐めてんとちゃうぞ? こちとら五感には自信があるからな?
別に今は、入学式の時と違って、この視線を受け続ける必要はない。この道から逸れて、人気のないところで時間を潰せば、このような視線に耐えずに済むだろう。
帰りまで道に迷うのは勘弁だと、視線に耐えて人の流れに乗っていたが、そろそろキツいな。俺のメンタル強度は、余程のことがない限り、豆腐で固定されている。こんな悪意に長時間晒されて、何も感じないというのは、さすがに無理というものだ。
よし。校門までの、貴重な道しるべを手放すのは惜しいが、ここは人の流れから外れさせてもらうとしよう。近くのトイレにでもこもって、端末に入ってる百合小説を読んでいれば、時間ぐらいいくらでも潰せる。新入生があらかた帰り終わった後に、一人悠々と帰ればいい。
道に迷うかもしれないが、その時はその時だ。もしかしたら、今朝みたいに誰かが、欲を言えば美少女が助けてくれるかもしれないし、なんとかなるだろう。
そうと決まれば、早速端末を開いてマップを確認だ。えっと、自分が今いるのは、……ここ、か? だとしたら最寄りのトイレは、こっち側の建物にあるっぽいな。じゃあ、ここにある道を行けば……、ってない!? おかしい。マップ上じゃここに道があるはずなのに、それっぽいのが全く見当たらない。あれ、反対側には道が。でも、講堂がある方向があっちだから、この方向に道はないはずで……。馬鹿な、マップと周りの道構成が、まるで違う。
やっぱりこれクソマップだ! 責任者出て来い! 小一時間クレーム入れてやるっ!
頼む―! 今朝みたいに手助けしてくれる美少女、来てくださーい!
「よぉ、道に迷ってんのか?」
「っ!?」
うおっ!? びっくりした! 急に後ろから話しかけてくんなよ、心臓に悪い!
なんなんだ。今朝の件といい、ここの生徒は
道に迷ってんのか、とか言って絡んできやがって。なんだぁ? 入学式の俺の行動に不満でも持ったんか? なら入学式前のタイミングで絡んで来いや! そしたら俺、喜んで後ろの席に戻ったっていうのに。
「……何の用だ」
「その言い草はねぇだろ。困ってそうだから話しかけたっていうのによ」
「そうなのか。すまなかった」
あれっ? やばい、普通にいい奴っぽい。絡んできたわけじゃなくて、俺のこと心配して話しかけてくれたっぽいぞ。
もしそうならありがたい。このクソマップのせいで、トイレへの行き方すらわからないんだ。
「いやいや、良いってことよ。で、見た感じ道に迷ってたぽいけど、なんかあったのか?」
いやー、実はトイレに行きたく……。
おおおおっとぉぉぉ!? 男子生徒の背後に、生徒会長さんの姿を確認! しかもこちらに気づいている模様!
生徒会長さんは、あんな戯言を口走った俺にも優しくしてくれた聖女! しかも、わざわざ話しかけてきたことから、ワンチャン、俺に気がある可能性すらある!
すなわち、現状俺が最も見栄を張りたい相手! ありていに言えば、彼女の前では格好つけたい!
そんな相手がみている前で、トイレに行きたいとか、口が裂けても言えるわけがない! ど、どうにかして別の場所を伝えなくては!
「…………あぁ、まぁ、その」
「言いにくいようなことなのか? それなら無理しなくてもいいぞ?」
そういうわけじゃないんだ! すまん男子生徒!
クッソ! どこだ? どこなら格好いい?
講堂に落とし物? だめだダサすぎる。
無難に校門? 道を外れる必要がない。
教室? 行ったところでどうする。
何か、何かないのかー---っ?
「……実演所区域に」
「あれ? 実演所でなんか行事ってあったか?」
「いや。個人用IDカードがあれば、入学初日からでも使用できるはずだからな。少し魔法の練習をしてから帰ろうかと」
「あ~、なるほど。やる気あるな」
これだっ! これなら、初日から魔法実習に個人的に取り組む、非常に意欲的な新入生としてとらえられるはず! 生徒会長からの好感度も、上がるんとちゃうか!?
「ただ、見ての通り方向音痴なものでな」
「実演所までの道が分からなかった、ってことか」
「そういうことだ」
「マップ見てもわからないレベルって、相当な方向音痴なんだな」
「まぁ、確かにその通りなんだが……。普通、思っても初対面の相手に言う言葉か?」
「俺、オブラートとか苦手なんだよ。それにお前、そんなことを気にするようなタマじゃないだろ?」
「…………」
そんなことねぇよ。普通に傷つくわ。こちとら、メンタル常時豆腐なんだぞ。外見で人を判断しないでくださーい。肉体の強度と、精神の強度は、比例しないんですー。
今だって、メンタル豆腐じゃなかったらちゃんと反論してたんだからな?
「なら、俺が道案内してやるよ」
「っ、いいのか?」
「なぁに、困っているときはお互い様よ! 代わりと言っちゃなんだけど、俺もその魔法練習、一緒にやっていいか?」
「あぁ、かまわない。恩に着る」
「いいってことよ。そんじゃ、早速行こうか!」
やっぱコイツ、めっちゃいい奴だ。見ず知らずどころか避けられてた俺に、わざわざ話しかけて、しかも道案内までしてくれるとか。
さらに、一緒に練習してくれる? お前、聖人かなにかなの?
俺が女子だったら、ギャルゲのヒロインよろしく、あっさり惚れるところだったぞ。俺がノンケでよかったな。
「そういや、自己紹介してなかったな。俺は西城レオンハルト。クラスはE組だ。レオでいいぜ」
「……俺は、遠塚一。同じ、E組だ」
おっ。クラスも同じなのか。こりゃ、良い奴と知り合えたな。高校ではボッチ生活をせずに済みそうだ。
「マジか! なら、明日からもよろしくな、ハジメ!」
「あぁ、こちらこそだ、レオ」
よっしゃ。そうと決まったら、実演所に向かうぞ。やましい理由で決まったとはいえ、練習して損はないしな。
というか、俺は筆記もそうだが実技もひどいからな。こまめに自主練しないと、授業内容においてかれる。
この後、みっちり二時間ほど実習してから、レオと一緒に帰路についた。
真由美(初日から個人練に行くなんて! 入学式の座席といい、彼は素晴らしいわ! 私の眼に狂いはなかったわね!)
服部(なんなんだ、あの新入生。二科生の分際で、やけに会長に気に入られてるし。許せん……!)
真由美からの、駒的な意味合いでの好感度を上げまくるオリ主。それに比例して、服部からの好感度が自動的に下がりまくる。
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