魔法科高校生の勘違い   作:和菓子工房

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第五話です。今回はちょっと短めですね。
楽しんでいただければ幸いです。


二日目②

(くそっ、いったい何なんだアイツは! 二科生のくせに!)

 

 窓越しの夕日を浴びながら、人気のない廊下を一人歩く森崎駿は、苛立ちの最中にいた。

 その苛立ちの原因は、入学初日から一科生のプライドを傷つけまくる、巨漢の二科生にあった。

 

 プライドの高い駿からすれば、入学式で一科生に交じり前方に座っていたことすら、極刑に値するレベルなのだが、奴は昨日のみならず今日も一科生の自尊心を刺激しまくったのだ。

 

 例えば、食堂で席を譲るように言っても、それを聞かないどころか無視したり。演習所で見学しているときも、周りの空気など微塵も読まず、最前線に陣取ったり。

 自分が気になっている女子生徒、司波深雪と交流していたり。

 

 そして、なによりも駿のプライドを逆なでしたのが、すれ違いざまにふと耳に入ったある一言だった。彼らの会話の流れまでは聞き取れなかったものの、その一言だけは、やけに鮮明に聞き取れたのだ。

 

 

 

『別に、現時点で一科生と二科生に大差はないだろう。遠慮する理由がない』

 

 

 あの場でCADを抜かなかったのは、自分のことながらよく冷静に判断したものだと思う。それほどに、気を抜けば暴力的な手段に移ってしまいそうなほどに、その言葉は駿の機嫌を害したのだった。

 

(なにが、大差がないだ! 成績で僕に負けている、劣等生の分際で!)

 

 自分が直接言われたわけではないが、それでも駿が巨漢に嫌悪感を抱いた。

 

(大差がない? つまり何だ? 僕のこれまでの努力は、とるに足らないものだって言いたいのかっ!?)

 

 駿がここまで苛立っているのには、高校入学までの彼の過去に原因があった。

 

 森崎駿は、百家の分家に含まれる森崎家、代々魔法を用いたボディーガードを生業としてきた森崎家の長男だ。それ故に、物心ついたころから魔法に触れ、魔法を用いた実践的な訓練を積んできた。

 さらに言えば、百家や十師族と幼いころから交流する機会があり、そのたびに生まれ持った魔法力の差を見せつけられてきた。演算規模や干渉強度では大差をつけられ、唯一の取柄である処理速度でも十師族には惜敗する。そんな目に見えた差を幼いころから突き付けられ、それでも心折れることなく、努力を重ねてきた。

 そんな駿にとって、第一高校に一科生として、それも男子内首位で入学するというのは、生まれて初めて手に入れた、目に見える成果だったのだ。

 

 それを侮辱してきたその巨漢は、たとえ本人に侮辱の意がなかったとしても、駿の中で許すことのできぬ相手となったのだ。

 

 

(とにかく、今後もアイツが僕の前でやらかそうものなら、絶対に模擬戦を申し込んでやる!)

 

 模擬戦から逃げるなら、それでよし。所詮、口先だけの男だったということだ。

 模擬戦を受けるのなら、魔法戦で圧倒し、相手との格の違いを見せつける。そうすれば、あの巨漢も舐めた態度をとれなくなるだろう。

 

 

 今後の巨漢への対処を考えながら、廊下を進む。教室に忘れ物をしてしまった駿は、一緒に校内をめぐっていたメンバーとはいったん分かれ、一人この校舎へと来ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時、ふと目の前に生徒が現れた。見覚えのある後ろ姿、というか、どう足掻いても忘れようがないほどの、特徴的な体躯をしていた。

 

 そう。駿が目の敵にしている巨漢が、こちらに背を向けて現れたのだ。

 

 なぜここに?

 どんな用で?

 こちらには気づいてないのか?

 

 駿の頭の中で、様々な疑問が渦巻く。が、それらの疑問は次の瞬間に消し飛ぶ。

 

(あいつ……、魔法を使いやがった!)

 

 巨漢は立ち止まり、あたりを見渡したかと思うと、手元のCADを操作し移動魔法を使用した。

 校内での魔法の行使は、一部の生徒を除いて、基本的に禁止されている。魔法とは強大な力であり、使いようによっては相手に重傷、最悪の場合致命傷を負わせる可能性があるからだ。特に、魔法は術者の精神状態に大きく左右されるため、確実性がない。

 巨漢が使用したのは、術者本人をすべるように移動させる、基礎的かつ単純な魔法だ。誰かに危害を加える可能性は皆無といってもいい。しかし、それでも規則で禁止されていることには違いない。目の前の巨漢は明らかに、校則違反をしていたのだ。

 

(これは明らかな校則違反! 相手は僕に気づいていないみたいだし、このまま後をつけて、もっと大きな校則違反の証拠をつかんでやる! それを報告すれば、奴はこの学校にいられなくなるだろうな!)

 

 巨漢の素振りから、人に見られることを警戒していると踏んだ駿は、後をつけて決定的な校則違反の証拠を入手し、巨漢を退学に追い込もうと考える。

 事実、魔法の無許可使用を報告するだけで、巨漢は厳罰、下手すれば停学処分に追い込まれるだろう。

 ならば、それ以上の違反行為を暴けば、ほぼ確実に退学処分を受けることになる。駿の作戦は決して誤ったものではなかった。

 

 巨漢は、既に周りに気を配る余裕もないのか、廊下を移動魔法で駆け抜けている。手元には端末を持ち、何かを凝視しているようだった。

 ますます怪しい。駿は巨漢への疑いを強め、気づかれないような距離を保ちながら、その後を追う。

 

 

 追跡すること、おおよそ一分くらいだろうか。巨漢は、一つの部屋に急いで入る。かなり切羽詰まった表情であり、部屋に入るときに周囲を警戒する素振りすら見せなかった。

 駿は嬉々としてその部屋に近づいていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、部屋から鳴り響いた爆音に鼓膜を持っていかれ、一拍おいて漂ってきた悪臭に嗅覚を破壊された。

 

「ぐあぁっ!」

 

 悲鳴を上げながら、転がるようにその部屋から離れる。

 完全に自分が追い詰める側だと思っていた駿にとって、この聴覚嗅覚同時攻撃は奇襲そのものであり、虚を突かれた結果、無様に後退せざるを得なかった。

 

(なんだ!? いったい何が起こった!? あの巨漢は、あの部屋の中で一体何をしたんだ!?)

 

 突然の事態に、思考が疑問で埋め尽くされる。

 わからないこと尽くしだ。巨漢が慌てていた理由も、巨漢が入った部屋も、巨漢が部屋の中で行ったこともわからない。それどころか、巨漢の名前すらわからない始末だ。

 

 思考をが止まった駿は、しかし本能を以て、これは自分が首を突っ込んではいけない事態だと判断した。

 そのとっさの判断に従い、目の前の部屋から離れるために駆け出した。

 

(くそっ! あの巨漢め、覚えていろ! いつか必ず、お前のことを暴いてやる!)

 

 駿は、巨漢へのリベンジをひそかに決意しながら、その場を去った。

 

 

 

*****

 

 

 いや~。今日の午後は大変だったな。

 

 工房を満喫したのち、幹比古を連れてレオたちと合流したんだ。それで、食堂で昼食をとった後、演習所に行って三年A組の実習を見学しに行こうって話になった。

 ただ、案の定観客席は混んでいてな。とてもじゃないけど、最前線で見れそうな雰囲気じゃなかった。というか、二科生は遠慮するみたいな風潮ができていた。

 

 しょうがないから後ろの方から見れる場所探すか、なんて思ってたんだが、俺が仲良くなった連中はなかなか血の気が多いみたいでさ。

 俺とレオの筋肉コンビで、人ごみを無理やりに裂きながら、最前列に向かったんだ。当然周りからとんでもない目で見られたけど、俺以外はみんな視線なんぞ知らんって感じで、平然としてたな。いや、幹比古と美月ちゃんはビクビクしてたか。案外この二人、お似合いかもしれんな。俺はノマカプもいけるクチだから、そういうのは大歓迎だ。

 

 まぁ、そんなに視線を浴びせられた状態で、まともに見学できるわけもなく、三年A組の実習も軽く見るぐらいで終わってしまった。はぁ、せめて生徒会長の実技ぐらいは、しっかりと見たかったんだけどなぁ。

 

 生徒会長のことは昨日の件もあって、入学二日目にして結構意識しているのだ。え? チョロすぎ? オタクなんて皆そんなもんやろ、多分。

 そんな俺の邪な感情が顔に出ていたのか、レオに『生徒会長狙ってる人、一科生にも結構多いし厳しくないか?』などといわれてしまった。

 まぁ、『別に、現時点で一科生と二科生に大差はないだろう。遠慮する理由がない』って返してやったけどな!

 

 

 

 

 とまぁ、一緒に行動した奴らが結構図太かったせいで、なかなか意に悪い午後を過ごす羽目になったのだった。楽しかったからいいけどな。

 

 で、俺は今、人影のない校舎内を一人歩いている。

 なぜかって? 決まっているだろう……

 

 

 

 

 

 トイレに行きたいからだ!!

 

 そう! 今、俺は猛烈に腹の調子が悪いのだ! 個室に駆け込みたいのだ!

 だというのに、校舎内を探せど探せどトイレの一つも出てこない。マップには、一つの階に必ず一か所はトイレがあると書いているのに、まるで見当たらない。

 この学校、いったいどこにマップ制作を発注しているんだ? こんな欠陥品しか作らん業者とか、すぐに契約切った方がいいだろ。

 

 レオたちに腹の事情を伝えて、先に行ってもらってから、かれこれ三十分ほど経過している。当初は余裕のあった俺の肛門も、そろそろ限界が近づいてきている。膀胱も、状況としては同じようなものだ。

 正直、直接刺激が加えられようものようものなら、即座に決壊してしまうくらいにはぎりぎりの状況なのだ。

 

 一歩、また一歩と、慎重に歩を進めていくが、トイレが見つかる気配はない。このままでは遠くない未来、俺の制服のズボンには、謎のシミと茶色の汚れが広がることになるだろう。

 いや、被害がそれだけで済めばまだマシな方だ。下手すれば廊下に、物的証拠を残しかねん。そんな事態だけでは何としてでも避けなければいけない。

 

 しかし、誰かにトイレの場所を聞くにしても、周りに人がいないのではどうしようもない。クソマップは頼りにならず、道案内してくれそうな人もいない。万事休すだ。

 

 

 

 

 

 

 ……とうとう、限界が来てしまったようだ。

 自分の体とは、生まれてきてからの長い付き合いだ。だからこそ、分かる。分かってしまう。

 あと一歩でも踏み出そうものなら、俺の腰回りはその振動に耐え切れず、生理現象を起こしてしまうだろう。

 

 やるしか、ないか。

 この30分間、常に頭の片隅でちらついていた、禁忌の方法。これが誰かに知られてしまえば、停学は免れないだろう。リスクは大きい。

 だが! 羞恥心に耐え切れず、自主退学するよりはマシだ!!

 

 

 

 

 『魔法』を、使わせてもらおう!

 CADを操作する。使用するのは、一般的な移動魔法。

 動き出しを加速系統にし、一定速度に達してから移動系統に切り替えることによって、術者への肉体的負担を減らした今の俺にうってつけの魔法だ!

 

 俺の体が、ひとりでに動き出す。両足が動いていないにもかかわらず、まるで廊下をすべるように移動する。

 廊下の凹凸によって多少の振動が与えられるものの、歩行に比べればその刺激はあまりにも小さい。

 いける! これなら耐えきれる!

 

 

 極限状態に置かれながらも、魔法を行使し続けること、おおよそ一分。研ぎ澄まされた俺の知覚能力は、ついにトイレを見つけた。

 俺はトイレの扉を開き、個室に駆け込んで……

 

 

 

 

 ため込んだものを、洋式便器へと吐き出した。

 その勢いはすさまじく、とてつもない音量と悪臭が、同時に放たれた。だがそんなもの、今の俺にとっては些事だ。

 

 己の尊厳を守ることができたという、安心感。困難な目標を成し遂げた、達成感。生理的欲求を吐き出せたという、快感。

 それらに酔いしれていた俺にとって、生じた被害はもはや気にすることではなかった。

 

 

 

 

 どれほどの時間、個室で悦に浸っていただろうか。正気に戻った俺は、手早く後処理をして、レオたちのもとへと向かっていった。




ちなみに、このトイレ尾行事件が起こっている間に、校門でのいざこざは一通り片付いています。なので、森崎は主人公組からの好感度や、生徒会長・風紀委員長からの評価を下げずにすみました。


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