【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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ナックル攻略指令2

 

 榎本のナックルを攻略すべく、吾郎と寿也を除く3年生組ではトリを務める児玉。皆を一瞬でも惚れ惚れとさせるようなセリフを吐き、その言葉通り見事なバッティングを……とはいかなかった、案の定。

 

「ぐううっ!」

「ストライク!」

 

 盛大に空振ったばかりか、姿勢を崩して尻もちをついてしまう児玉。「ああー……」と皆から諦めのため息がこぼれる。

 

(く、くっそー……球種はわかってんのに。情けねえ……)

 

 歯噛みするも、打開策が思い浮かぶわけでもない。このまま彼も三振して終わり──が既定路線かと思われたそのとき、思わぬところから彼の名が呼ばれた。

 

「児玉!……ちょっとこっち来い」

「!……本田?」

 

 審判役を務める吾郎に呼びかけられ、児玉は怪訝な面持ちながら彼に歩み寄った。途端、耳元に顔を近づけられる。

 

「ウゲッ、な、なんだよてめぇ!?」

「シャラップ!……球筋読もうとか考えねえで、いつも通りブン回してみろ」

「ハァ?」

「騙されたと思ってやってみろよ、元エース」

 

 ポンと肩を押され、バッターボックスに追いやられる。──いちいち言い草は気に食わないが、吾郎の助言が伊達や酔狂だったことは一度もない。

 

(しゃーねえ。言われた通りにしてみるか……)

 

 バットを長く持ち、「っしゃあー!」と気合を込めた一声を発する。マウンドの榎本は一瞬目を丸くしつつ、次いで思わず噴き出しそうになった。

 

(なにアドバイス受けたか知らねーけど……気合で打てるなら、厚木は常勝校なんて呼ばれやしないぜ)

 

 正直なところ、榎本自身も涼子の立てた目標を達成可能なものとは思っていなかった。如何に自分たちが思い上がっているか、まずは思い知らせてやることが必要だ。そのためにも、一周目は全員をことごとく打ち取るつもりでいた。

 まして末席の児玉などに自分の球が──決め球でなくても──打てるはずがない。プライドの裏返しゆえの、榎本の油断は間違いなくあって。

 

(読めねえモンは最初から読まねえ……。バカはバカなりに、ぶっ飛ばすしかねえってよ!!)

 

 とにかくバットに当てるのだと、児玉は全力全開でスイングを為した。およそ精密とはいえない一打は、しかし榎本の放ったボールを捉えた。

 

「!!」

「く、ぅおおおおおお──ッ!!」

 

 当てずっぽうでも、ようやく当てたのだ。ファールになどしてなるものか。大声とともに、児玉は力いっぱいバットを振り抜いた。

 

──がしゃん、と音をたてて、ボールがフェンスに衝突した。

 

「……ホームラン、だぜ」

 

 静かな声で、吾郎が宣告する。彼以外は皆、児玉当人さえも呆気にとられるばかりで。

 それでも本塁打扱いの一撃を放ったのだと自覚して、児玉はもう一度雄叫びをあげた。

 

「うおぉぉぉぉ、よっしゃあ──!!」

 

 

「児玉のやつ、なんで打てたんだ……?」

「……まぐれじゃないんすか?」

 

 身も蓋もないことをのたまう大河。とはいえ、皆がここまでがんばって打てなかったのも事実。単なるまぐれだけでは、説明しきれない。

 

「……もしかしたらだけど、」泉が口火を切る。「児玉の今のスイング、言っちゃナンだけど相当デタラメだった。そういう意味じゃナックルもデタラメな軌道を描く変化球だから、つまり──」

「──デタラメ同士、ハマったっちゅーんか?」

「有り体に言えばね」

 

 考えて打てない変化球なら、考えずに打てば良い。吾郎も大胆なアドバイスをしたものだと泉は思った。しかし万人がそれをやって上手くいくわけではない。──児玉と吾郎、実力は比べるべくもないが似ているのだ。根本的なプレイスタイルという意味では。

 

「へへへ、やったぜ。……まぐれだけどなっ」

 

 そんな呟きとともに戻ってきた児玉は、良くも悪くも何も考えていないようであるが。

 

「ハァ……とりあえずよくやったよ、児玉。大河、いける?」

「児玉先輩みたいにやるかはわかりませんけど、行ってきます」

「なっ……何だおめーら、その奥歯にモノが挟まったような感じは!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ児玉をスルーして、大河は打席に立った。

 

(さて……どうすっかな)

 

 児玉のやり方を真似すべきかどうか──思考を巡らせる大河。しかし次の瞬間、それを断ち切るような出来事が起こった。

 

「はは、ははは……」

「!」

 

 不意にマウンドから響く、かすかな笑い声。それは少しずつ鮮明に……やがて、狂気的な哄笑へと変わっていく。

 狂気──そう、そうとしか形容のしようがなかった。かっと見開かれた眦には、思わず裸足で逃げ出したくなるような悍ましさがあった。

 

「舐めるなよ……小僧どもォオオオオ!!」

「!?」

 

 怒声とともに榎本は一球を投じた。その激情を表すがごとく、ボールはあの掴みどころのないナックルではなく、どう見てもストレート。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に身体に力を込めて捕球する寿也だったが、あやうく後逸してしまうところだった。いやそんなことはどうでも良い、これは試合ではないのだから。

 

(い、いきなりストレート!?しかも、今のって……)

 

「……ジャイロ、ボール……」

 

 眉村の先代ともいえる、厚木学園の元エース。その称号はジャイロボールとともに引き継がれるのか。ともあれ流石に大河も手が出ず、腰が引けてしまっている。

 

「ちょっと、榎本くん何やってるの!?」

 

 これには慌てて涼子が駆け寄っていく。その叱責を受けて、息を荒らげていた榎本はハッと我に返ったようだった。

 

「どういうつもり、いきなりストレート投げるなんて!」

「……すいません。思いもよらぬところで打たれて、ちょっと熱くなっちゃいましたよ」

「そういう特訓でしょう……」

「そうでした。──佐藤くんを除けば一周したとこですし、ちょっとブレイクタイム入れさせてください。ナックルは普通より疲れるんでね」

 

 眉を顰める涼子だったが、後半部分については考慮しなければならない話ではある。ナックルは投手への負担の大きい球なのだ。

 飄々と去っていく榎本の姿を、夢島ナインは呆然と見送るほかなかった。とりわけ順番の真っ只中だった大河は、

 

「一周って……オレ、ナックル投げてもらってねーんだけど……」

「………」

 

 吾郎だけが、感情の読めない瞳でその背中を見送っていた。

 

 

 *

 

 

 

「やれやれ……まさかあんなところで熱くなっちまうとはなぁ」

 

 他人事のように呟きながら、アイスコーヒーを啜る私服姿の榎本。ちょっとブレイクタイムと言いつつ、それなりに長時間籠城するつもりであった。語った通り、ナックルは疲れるのだ。

 

(変わってねえってことか……俺も)

 

 思わず自嘲を洩らす。──と、静かだった店内が不意に騒がしくなった。顔を上げると同時に、視界の真ん中に大柄な人影が現れた。

 

「よっ、こんなとこにいたのか。探したぜィ、榎本パイセン?」

「!……本田、くん?」

 

 ユニフォーム姿のまま、こちらにずんずんと迫ってくる本田吾郎。彼らのホームグラウンドにほど近いこの店で、夢島野球部とわかる格好で現れたのだ。騒ぎになるに決まっている。

 

「すんませーん、俺にはコーラフロートで!あ、ゴチになりやーす」

「は?俺に奢れって?」

「俺財布持ってねーんすもん、慌てて追っかけてきたから♪」

 

 唖然とする榎本だったが……流石に同席した者に無銭飲食の咎を背負わせるわけにもいかず、コーラ一杯くらいなら……と受け入れるほかなかった。

 

「……で、何の用?男に追っかけられる趣味は俺、ないんだけど」

「俺だって男のケツ追っかけるシュミはねーよ。せっかくだから、ピッチャーの先輩とオハナシしようと思ってさ」

「………」

 

 早速運ばれてきたコーラフロートのアイスクリームを掬いながら、吾郎は単刀直入に切り出した。

 

「あんたさ、厚木(古巣)のことどう思ってんだ?」

「どうって、そりゃタイセツな母校に決まってんじゃん?」

「なら、どうしてその母校の敵に塩を送る真似すんだよ。……ま、俺らは助かるけどさ」

 

 何か裏があるのではないか──こと野球に関してはときに寿也以上に思慮深い吾郎は、どうしても彼を信用しきれずにいた。実はあの狡猾な女監督と繋がっているのではないか、とか。

 それを指摘すると、目を丸くした榎本が次いでブホっとコーヒーを噴き出した。

 

「ゲホ、ゴホっ!……ユニークな発想すんね、キミ」

「違うのか?」

「あのお嬢様がそんな搦め手使うかよ。県大の相手なんか眼中にねーんだから、表向きはな」

 

 総監督の娘という地位が、彼女にそのプライドを堅持させている。それゆえに、如何な相手校に対しても()()()()()を行うなどありえないのだ。

 榎本の返答には、静香との丁々発止の記憶も相俟って一定の説得力があった。──そして彼の意図は、吾郎の危惧とは寧ろ真逆ともいえた。

 

「タイセツな母校だからこそ、さ。ぬるま湯でサクッと優勝なんかしてほしくねーのよ、俺は」

 

 榎本の脳裏に、たった一年前の記憶が甦る。甲子園優勝までなんの障害もなく、あっけなく夏が終わってしまった。命じられたとおりに野球をして、気づいたら全国No.1投手などと呼ばれていた。

 そこにはなんの喜びも、誇りもなかったのだ。

 

「……I see、引く手あまただろうにプロ行かずに大学生やってんのはそういうことかよ」

「お、今のでわかる?流石、球速ナンバーワン。……ま、そういうこと。あのままプロになったところで、厚木ブランドが足枷になるだけだからな」

「ふん……あんたの考えはわかった。でもいいのかよ、厚木がウン年ぶりに県大で消えることになっても」

「やれるもんならやってみな。言っとくけど、後輩(あいつら)は近年じゃ最高クラスの仕上がりだって言われてる。……主に眉村効果だけどな」

「そこだよ。……眉村を打ち取れなきゃ、真に勝ったとはいえねえ」

「!……ふぅん」

 

(やっぱり眉村も倒す気なのか、こいつ)──吾郎の闘争心は本物だ。彼らが厚木学園を撃破する可能性など万に一つもないとは思う。しかしそれ即ち、可能性はゼロではないともいえるのだ。

 

「眉村を引きずり出したいなら、先発の阿久津を完膚なきまでに叩きのめすことだな。そこでお嬢がこれはヤバいと眉村を出してくるか……定石通り市原に継投させるか。ま、後者だろうけどな」

「……問題は、市原(そいつ)か」

「ああ、阿久津と違って奴は掴みどころがねーからな。対策のしようがない。ま、そっちは頑張れとしか言いようがないな」立ち上がり、「そろそろ戻るか。しょーがねえからここは奢ってやる、ひとつ……いやふたつ貸しだからな」

「ケチ臭……ゴホン、さ、サンキュー。……ところで、もうひとつ聞きたいんだけど」

「?」

 

 ふたたび疑るような視線を向けてくる吾郎。しかしそれは、先ほどとは性質の異なるもので。

 

「……涼子ちゃんとは、どういう関係なんだよ?」

「!」

 

 夢島の球速ナンバーワン投手が実はやきもち焼きなのだと知って、榎本は笑いを堪えきれなかった。

 

 

 

 

 

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