【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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眉村って赤ちゃんのときからあんな感じなんですかね



眉村が来る

 

 試合というものがゼロサムゲームである以上、一方に歓喜が降ればもう一方は屈辱に塗れる。ここまでは順風満帆にやってきた市原の表情からも、流石に笑顔が消えていた。

 

「これで、延長戦は確定ね。このまま連打を浴びなければだけど」

「………」

「……残念だったわね。あの子のこと、楽にさせてあげられなくて」

 

 感情を完全に抑え込んでいる様子だった静香が、その言葉に反応を見せるのを泰造は見逃さなかった。満身創痍で、それでもマウンドを降りようとはしない吾郎の姿──かつて幼い身の上だった兄妹が見た長兄が、15年越しにこの地に甦ったかのようだった。

 

「関係ないわ」

 

 それでも静香は、そう強弁した。己の中に確実に芽生えつつある感情を、切って捨てるかのように。

 

 

 *

 

 

 

 ここ一番というところでホームランを打たれたのは、基本的には図太い市原に少なからず動揺を与えたらしい。

 続く丸山を四球で出塁させてしまい、さらに、

 

「っ!」

 

 打ち取るつもりで投げた球が、雨で滑って高く浮いた直球になってしまう。それを寺門は見逃さなかった。

 

(これだっ!)

 

 かぁんっ!といい音をたて、ボールが左中間に叩きつけられる。──こうして下位打線のふたりで、塁が二つ埋まった。

 

「いけるぞ……!」

「サヨナラのチャンスやぁ!」

 

 「ワイがさっき打てとけばな〜……」と、喜びつつも地団駄を踏む三宅。この回トップバッターがそうなら、二番手のそれはさらに強烈だった。

 

(そうだ。三宅か僕か出塁していれば、さっきの一発でサヨナラにできていたんだ)

 

 そうすれば少なくともこの試合、これ以上吾郎に負担をかけることもなかった。吾郎を思いやっているつもりで、かえって彼を苦しませている。その事実は、寿也を愕然とさせた。

 

「……ごめん、吾郎くん……」

「……トシ?」

 

 漏れ出た謝罪の言葉は、はっきり届いていた。怪訝な表情を浮かべて振り向く吾郎だったが──刹那、会場にアナウンスが響き渡った。

 

『厚木学園高校、選手交代をお知らせします』

「ッ!?」

「えっ……」

 

 その声ひとつで、ベンチ内が途端にざわめく。まさか──

 

『ピッチャー、市原くんに代わりまして──』

 

 ブルペンに続く扉が、ズズ、と音をたてて開いていく。その暗闇の中から姿を現す、鋭い顔立ちの青年の姿。

 

『──眉村くん』

 

(ついに出てきたか、眉村……!)

 

 尻に火がついた厚木学園が、いよいよ切り札を投入してきた。せっかくの逆転勝利のチャンスが、ふたたびピンチへと変わってしまうかもしれない。その可能性を感じながらも、疲労困憊であるはずの吾郎はたしかな興奮を覚えていた。

 

 

──とはいえエースの主観がどうであれ、打席に立つ元エースには堪ったものではない。

 

「ぅおっ!?」

「ストライィク!!」

 

 吾郎のそれにも劣らぬ球速と球威を兼ね備えた速球を前に、明らかにストライクであるにもかかわらず手が出ない児玉。皆から「打てー!!」「手ぇ出せー!」と叱咤激励が飛ぶが、

 

(き、気合でどーにかなる球じゃねーだろぉ……!)

 

 弱気になりかける児玉だが、これではいけないと首を振る。

 

(本田の球ならさんっざん見てきた……!アレと同じタイミングで振るだけなら……いけるッ)

 

 二球目。低めに入ってきた直球めがけて、児玉は力いっぱいスイングを仕掛けた。あいにく盛大にすかしてしまい、紛うことなき空振りをとられてしまうのだが。

 

「いいぞ、児玉!」

「当たるぞ!!」

 

(当たる……当たる!)

 

 次こそはと、力を込める児玉。続く三球目、外してくるか、それとも──

 

(──入る!!)

 

 高めに浮いた一球。これならばと、児玉はもう一度スイングを敢行した。タイミングは修正できている。これならば──

 

──刹那、児玉の耳は、先ほどまでとは異なる"音"を聴いた。

 

(ちっ、違ぇ!!)

 

 速球じゃない!本能的にそう悟った児玉だったが、遅きに失したと言うほかない。

 

「──ストライィク、バッターアウト!」

「っく……!」

 

 結局、三振に終わってしまった。トボトボとベンチへ戻っていく児玉だが、彼なりに頑張りはした。見ていればそれもわかるので、ともに帰る寺門と丸山も彼を責めはしない。

 しかし過程がどうあれ、結果は凡退である。攻守交代──延長戦突入だ。夢島ナインにとって、さらなる苦境が始まることに間違いはなかった。

 

 

 *

 

 

 

『10回表、厚木学園高校の攻撃──』

 

『──9番、ピッチャー眉村くん。背番号、1』

 

 マウンドの主が入れ替わるということは当然、打撃においても眉村が代わるということである。ここまでは取り立てて意識する必要もなかった9番だが、

 

「ここで眉村……きちぃな」

 

 ベンチで見守る大河が思わずそう呟く程度には、眉村は打者としても強敵だった。記録(スコア)や映像を見ればそれは明らかであったし──彼は伝聞としてしか知らないが、半年前の練習試合のときも吾郎のジャイロボールを本塁打にしている。あのときより強化された──それはお互い様だし、疲弊した吾郎は数球に一球、意図しない棒球を投じてしまっている。

 8回までとは違う。勝ち越され、裏で追いつけなければ、その時点で敗北は必至なのだ。

 

 夢島ナインに、勝ち筋が残っているか否か。それも、吾郎の投球次第だが──

 

──初球、

 

「ストライィク!」

 

 インハイに入った球を、悠々と見送る眉村。姓に反してと言うべきか眉ひとつ動かさない彼の姿は、ワンストライクと引き換えにするにはあまりに不気味であった。

 

(今のは問題ない球だった……。でもそれだって、眉村は捉えたことがあるんだ。少しでも粘られたら、もう──)

 

 弱気になりかかる己の心を、寿也は懸命に諌めた。前の回、それで結果的に勝利を逃したではないか。迷いは戦いを長引かせ、かえって吾郎を苦しめる──

 続く2球目。ここで眉村はバットを振った。小気味良い音とともに、打球が大きく飛んでいく。

 

「ファール!」

「!……っ、」

 

 びく、と肩を揺らしたあと、大きく息を吐く吾郎。精神面ではまったく揺らぎのないように見える彼だが、肉体が疲弊しているだけ神経も過敏になっているようだった。引きずらなければ良いがと、誰しもが思う。

 その懸念は、現実のものとなってしまった。続く3球目から、吾郎は普段のコントロールが嘘のようにストライクを入れられなくなってしまったのだ。ボール、ボールツー、ボールスリーと、審判の声が無慈悲に響く。

 そして、

 

「〜〜っ、ちくしょおぉっ!!」

 

 己を奮い立たせるように叫び一球を投じた吾郎だったが、これも上に大きく外れてしまう。ついに四球が宣告され、眉村は無表情のまま塁に出た。

 

「あぁ、先頭が……」

「……ホームランかまされるよりかは、マシかもしんねぇけど」

「っつっても、ここから上位打線だからなー……」

 

(いよいよヤバいか)──その感触は、顧問(南雲)控え野手兼投手(大河)も共有していた。共有しているからこそ、あえて口には出さないのだ。それが現実になってほしくないという思いもまた同じ。

 当初は野球なんてという思いでいた彼らも、気づけばその虜になっていた。

 

 

 *

 

 

 

 続く矢尾板がバントを決めたのは、それからすぐのことだった。すぐさま処理にかかる寿也だが、その人並み外れた俊足を捉えきれずセーフティにされてしまう。

 

『2番、セカンド渡嘉敷くん。背番号、4』

 

 ここも、確実にバントで来る──分かっていても、吾郎たちには防ぐ手立てがない。矢尾板ほどの足はない──十分速いが──渡嘉敷をなんとかアウトにするのが精々だ。

 ワンナウト二・三塁、大量得点もありうる状況。ここで現れるは、最も小さき厚木ナインのリーダー。

 

『3番、キャッチャー小森くん。背番号、2』

 

 誰よりも真剣な表情を浮かべ、打席に入る小森。彼はちらりとベンチに目をやった。こちらを睨むように、じっと見入っている女監督。彼女はあまり露骨に口に出したりはしないけれど、眉村まで出さざるをえなかったことに忸怩たる思いもあろう。

 その点については、小森も同感である。この試合で阿久津は──内外問わず──評価を大きく下げることになったし、市原もそれなりの球数を投げさせられた。甲子園における戦略も、再考を迫られるであろう。

 

──無論その憂慮も、この試合における勝利が大前提である。この回までで終わらせて、傷口をこれ以上拡げないことだ。それは自分たちのためにも、吾郎のためにもなる。

 

「っ!」

 

 そんなもの余計なお世話だとばかりに、吾郎は全力投球を仕掛けた。相棒(眉村)と同様、初球は見逃す小森。

 

(こんな状態で、よくこれだけの球を……)

 

 顔を歪め、肘を庇うようなそぶりを見せる吾郎。肉体的な限界には、既に達しつつある。あとはその鋼の精神がいつまでもつか。

 残酷だが──それを叩き折ることが、自分の役割だ。

 

──かぁんっ!

 

 二球目を躊躇なく、小森は捉えた。レフト線ぎりぎりに飛んでいく打球。切れるか?──いや、

 

「っ!!」

 

 丸山が半ば強引に飛び込み、フィールドを転がる。そのグラブの中には、落下球がしかと捉えられていて。

 

「アウトォ!!」

「──!」

 

 丸山の奮闘により、小森のそれを飛球とすることはできた。しかしそれと同時に、眉村と渡嘉敷が各々の塁を発っていて──

 

「丸山、急げ!」

「く……っ!」

 

 草野が駆けつけてカバーするにも遠い。丸山自ら起き上がり、強肩を恃んで送球するしかないのだが。

 

「………」

 

 相変わらずの鉄面皮のまま、眉村は悠々と本塁へ足を踏み入れた。続く渡嘉敷を三塁にとどめることができたのは、不幸中の幸いだったが。

 

(勝ち越されちまった……また)

 

 9回と同じ状況だが、あのあと同点に追いつけたのは我らが主将のある種"火事場の馬鹿力"のようなもので。しかも今の投手は眉村だ。──果たして、たとえ1点であっても返せるのか。半年前は、ようやく1ヒットが精々だったというのに。

 

 いや……1点では、済まないかもしれない。

 

「犠牲フライか。おまえじゃなけりゃ、十分な成果だがな」

 

 すれ違いざま薬師寺に囁かれ、小森は足を止めた。

 

「なんで棒球が来るまで粘らなかった?」

「……本田くんをそこまで追い込む必要もないと思ったんだ。2点入れれば、間違いなく勝てるからね」

「2点、か」不敵に笑う薬師寺。「他の連中は知らねぇが、俺までなら3点とれる」

「!……そうだね。頼むよ、4番!」

 

 その言葉の意味をいちいち考えるまでもない。小森もまた笑みを浮かべ、彼にあとを託すのだった。

 

 

 




今年から10回でタイブレーク開始になりましたが、本作では従来通り13回からにしています。
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