もうちっとだけ続くんじゃ
──神奈川代表の任を背負って、夢島ナインは甲子園大会に臨んだ。
幸いにして……と言うべきか、吾郎の肘の故障は一時的なもので。その原因となったジャイロフォークは封印することになったものの、それでも彼の剛速球をまともに捉えられる者は数えるほどしか存在しない。
つまりは……そういうことだ。
*
「いやー、まさかワイらがあそこまで行けるとはなぁー!」
教室内に、甲子園所在地でもある大阪出身の少年の陽気な声が響く。──2学期が始まってからこっち、彼はずっとこんな調子であった。
「いつまで言ってんだよ、それ」
「だってなぁ」
「過去の栄光に浸るのもいいが、俺達にはもっと気にしなきゃならんことがあるだろう。卒業まで、半年しかないんだぞ」
甲子園で名を挙げた球児たちといえども、卒業を間近に控えた高校生であるという事実は変わらない。皆、そろそろ進路を考えるべきときが近づいているのだ。
「き〜っ、考えへんようにしとったことを……!」
「いや考えろよ」
「っ、そーいうオマエはどうするつもりやねん、泉!」
絡み返された泉はというと、どこか恥ずかしげに頬を掻いた。
「……まあ、俺はもう決めてんだよね」
「!もしかして、」
「うん。──志望届、出すことにした」
プロ野球志望届──読んで字の如く、細かく説明する必要はあるまい。自らの意志でこれを提出した者だけが、球団による候補者選抜──ドラフト会議に参加する資格を得る。
無論、実力のない者、前途に望みのない者が名乗りを挙げたところで、球団に顧みられることはない。──夏大をはじめ、高校野球においてそれに相応しい実績を挙げた者だけが、プロになれる。
「そうか……。確かにおまえは、守備でも攻撃でもうちの要だったものな」
「まあ、バッテリーの陰に隠れちゃいるけどね」
「ちっこいからか?──ぐへっ!?」
揶揄を予知していたかのように、すかさず肘打ちを入れる。三年間ですっかり慣れ親しんだこの光景も、あと半年……否、登校日を考えれば五ヶ月もないか。
そう考えると、このある意味平和な光景にも一抹の寂しさを覚える寺門であった。
*
ドラフト会議出席の資格を得たのは、泉ひとりではなかった。
「じゃ、じゃあ、国分も出したんか?プロ志望届……」
昼休み──なんとはなしに集まった夢島ナインの前で、我らが主将はその事実を告白したのだった。
「うん。正直、本田たちの威を買ってると言われてもしかたないと思うけど……やっぱり、夢だったから」
「それは俺にも刺さってくるんだけど?」
「!い、いや、そんなつもりじゃ!ていうか泉は、僕より巧いし……」
常々言われている。たった10人の新設校であそこまで行けたのは、アメリカ帰りの剛腕投手とそれを御しきれる影の天才捕手のコンビのおかげだと。
「陰口叩かれるのはもう割り切るしかないし……プロに評価してもらえるかどうかも、正直わからない。でも、挑戦してみたいんだ──何度でも」
今回のドラフトでだめなら、大学……それでもなら、社会人。チャンスがある限り、挑戦し続ける。沢山の回り道をしてきたという自覚はある国分だが、であればこそもう二度と諦めないという覚悟を決めていたのだった。
「チビ2人はさっすがやなぁ〜……ワイは大学入っても続けよくらいにしか思っとらんかったわ──オマエらは?」
話を振られた丸山と草野は、
「僕は……大学ではやらない、かな」
「俺もだ。陸上で推薦を貰えることになってるんでね」
「そうなのか……勿体ない気もするが」
「あ、で、でも、何かの形で続けたいとは思ってるよ!体育会じゃなくても、サークルとかあるし」
草野にしても、完全に離れるつもりはなかった。なんらかの形で続けられれば──結局ふたりとも、野球の魅力にすっかり取り憑かれてしまっているのだった。
「なんだよおめーら、人が遅れて来てみりゃおもしれー話してんじゃねえか」
「あ、児玉」
「ん?ギプス取れたんだ」
「まーな。ったく、不便極まりねー日々だったぜ」
と言いつつ、どこか誇らしげな児玉少年。厚木戦では攻守ともども、ここ一番で大戦果を挙げたのだ。肝心の甲子園で一度もフィールドに出られなかったのは口惜しいが、そのぶん部内外で英雄と持て囃されるという褒章を得ることができた。
いや……それだけなら皆、当然の権利と受け止められたのだが。
「……で、うまく行っとるんか?マナちゃんとは」
「うへへへへ、ま〜な」
「駄洒落かよ」
「はぁ……」
(まさか、彼女持ち第二号が児玉になるとは……)
そう──児玉憲太郎、2学期開始早々、1学年下の女子生徒とお付き合いを始めていたのだった。当初から涼子と"いい感じ"だった吾郎を除けば、野球部で初めての快挙ともいえる。尤もモテるという意味では寿也や泉のほうが圧倒的に上だが、彼らは色恋への感心が薄いほうだった。
「始業式の日、校舎裏に呼び出されてよー。まさかと思って行ったら、告白されちまったわけよ」
「何度も聞いたよその話……」
「だいぶユニークな感性をお持ちっすね、その人」
「どーいう意味だコラ。つーか大河、そーいうてめぇはどうなんだよ」
「何がっすか」
「決まってんだろ、美穂ちゃんだよ美穂ちゃん」
その名が出たことになんとも言えない反応を示したのは、大河より先輩組のほうだった。この場に名の挙がった少女の実兄が不在であることに思い至って、皆、ひとまず胸を撫でおろしたが。
「べ……別になんもないっすけど。ただのマネージャーと、暫定キャプテンです」
「ホンマかいな?」
「ほっといてやれよ……。っていうか大河、暫定キャプテンって」
「だって正規部員、ボクしかいないし。……まぁ、入りたいって言ってくれてるヤツはいますけど、みんな素人だし」
国分たちが引退すれば、選手としての部員は自分ひとり──最初からわかっていたことではある。ただ負傷した児玉の代わりに甲子園の大地に立った今、もう一度そこに行きたいという欲求が彼の心には芽生えていて。
「別に肩書はどうでもいいんで、国分先輩みたいな奇特な人がいれば喜んで譲りますけど……ま、しばらくはこのまま頑張りますよ」
「き、奇特……」肩を落としつつ、「いちおう言っておくけど、僕は大河が適任だと思って後を託したんだからね!人に譲るなとは言わないけど、暫定だなんて思わないで、あと2年頑張ってよ」
「……っす」
はにかみつつ、頷く大河。彼がいなければ夢島ナインは県大会の途上で終わっていたのだ。その生意気さも含めて皆、彼のことが大好きだった。
「ボクなんかのことより……大丈夫なんすか、あの人たち」
「!………」
不意に洩れたひと言に、空気が変わった。"あの人たち"──つまり、この場にいないふたり。
「あいつらの間のことは……正直見守るしかないんだよ、俺たちも」
「幼なじみだからな──本田と、佐藤は」
本田吾郎と、佐藤寿也。絶対的エースと扇の要たる指揮官として名を馳せたふたりは今……こういった場に呼べないほどの、溝が生まれていたのだった。
*
彼らが甲子園から帰還し、2学期を迎えたばかりの頃に時は遡る。
夢島ナインの中でもとりわけ名声を挙げたふたりである。当然プロになるものだと皆思っていたし、少なくとも寿也はそのつもりでいたように思う。──類推なのは、出場中はあえて
事が終わって解禁された途端、とんでもない爆弾を抱えていたことが判明したのだ──この1年、良くも悪くも嵐を巻き起こしてきた男が。
「卒業したら?アメリカ戻って、トライアウト受けるつもりだぜ」
──本田吾郎らしい。泉たちチームメイトにしてみれば、驚きの中でそう受け止められなくもない言葉だった。高校野球で名を挙げてプロに行くという順当なコースを辿る少年なら、そもそもこの夢島学園には姿を現していないのだから。
しかし──もともと吾郎との関係が強固なだけに、大きなショックを受けたのが寿也だった。
「そんなの……聞いてないよ」
搾り出すようにそう言った寿也に対する吾郎の返答は、「そりゃ、言ってねぇし」というもので。
決して悪意があっての物言いではない。寿也の返答が抑制されたものであっただけに、吾郎はその裏の感情に気づくことができなかったのだ。
結果としてその日──彼らは、大喧嘩をした。
「──じゃあお兄ちゃん、それから本田先輩とひと言も喋ってないの?」
美穂の問いかけに、ボール磨きを続けながら「……らしい」と頷く大河。寿也の──故あって長らく離れ離れになっていた──妹にこのような話をするのは気が引けたが、当初の入部動機はどうあれ彼女はもう野球部の立派なマネージャーである。児玉の言うようなことは……まあ置いておくにしても、信頼の置ける重要なパートナーであることは間違いなかった。
「ま、おまえの兄貴が怒るのも当然だと思うけどな。あれだけ相棒だ恋女房だ言っといて、また日本から離れるってひとりで決めちまったわけだし」
5歳のときとは違う。自分で決めて、ふたたび去ろうというのだ。検討段階で相談があれば、まだ寿也の反応も違っただろうけれど──
(……いや。検討なんて言葉はアタマにないんだろうな、あのおっさん)
即断即決。振り回されるほうは堪ったものではないが……同時に、不思議と喰らいついていきたいとも思ってしまう。その魔力があるから自分が今ここにいるのだとも、大河は自覚していた。
「でも……そんなことやってたら、あっという間に卒業になっちゃうよ」
「……そうだな」
状況を変えるには、どちらかが折れるしかない。しかし吾郎が、己の行く道を変えるはずもなくて──
ならば寿也のとる道がひとつしかないのだと、このときは誰もが思っていた。彼がまさか
前回載せるの忘れてました…vs厚木のスコア表です↓
いつもながらがっつりずれてるのは仕様
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 R H E
厚木 0 0 1 1 3 0 0 0 3 1 0 3 12 18 0
夢島 1 0 6 0 0 0 0 0 1 1 0 4 13 20 0
厚木 打数 安打 打点 本塁打 打率
(右)矢尾板 7 3 0 0 .429
(二)渡嘉敷 3 2 0 0 .667
(補)小森 6 4 7 2 .667
(三)薬師寺 7 4 3 1 .571
(一)大場 6 2 0 0 .333
(左)石松 4 1 1 0 .250
(遊)関 3 0 0 0 .000
(中)原田 5 1 1 0 .200
(投)阿久津 1 0 0 0 .000
市原 3 0 0 0 .000
眉村 1 1 0 0 1.000
46 18 12 3 .391
夢島 打数 安打 打点 本塁打 打率
(中)草野 6 4 0 0 .667
(遊)泉 5 3 0 0 .600
(三)三宅 7 2 2 0 .286
(補)佐藤 7 4 5 1 .571
(二)国分 5 3 1 1 .600
(左)丸山 3 0 0 0 .000
(一)寺門 6 2 1 1 .333
(右)児玉 5 1 4 1 .200
[打]清水 0 0 0 0 ―
(投)本田 6 1 0 0 .167
50 20 13 4 .400
厚木
(右)矢尾板 ↓1三振 ・ 遊安 ・↓5三振 ・ 安打 ・ 三振 ・ 捕安 ・ 三飛
(二)渡嘉敷 三振 ・ 一犠 ・ 三安 ・ 犠打 ・↓9左安 ・ 犠打 ・ 犠打
(補)小森 三安 ・ 振逃①・ 中安 ・ 凡打 ・ 中本②・ 左犠①・中本③
(三)薬師寺 中2 ・ 三振 ・ 中本③・↓7安打 ・ 左2 ・ 三振 ・ 右飛
(一)大場 左飛 ・ 飛球 ・ 左安 ・ 凡打 ・ 中安 ・↓11凡打
(左)石松 ↓2三振 ・↓4投安 ・ 四球 ・ 三振 ・ 一犠①・ 凡打
(遊)関 三振 ・ 捕犠 ・ 一犠 ・ 三振 ・ 一犠 ・ 三振
(中)原田 三振 ・ 中犠①・ 三振 ・↓8凡打 ・ 遊ゴ ・↓12投安
(投)阿久津 ↓3三振
[投]市原 三振 ・↓6三振 ・ 凡打
[投]眉村 ・↓10四球 ・ 右安
夢島※/以降は対市原、対眉村
(中)草野 ↓1投ゴ ・↓3三安 /↓4捕安 ・ 凡打 ・ 投安 / 捕犠 ・ 三安
(遊)泉 中安 ・ 犠打 / 犠打 ・ 安打 ・ 右ゴ / 投ゴ ・ 三安
(三)三宅 右飛 ・ 右安①/ 捕邪 ・ 凡打 ・↓9凡打 / 中安①・ 中飛
(補)佐藤 左2①・ 安打 / 左飛 ・↓7安打 ・ 三振 / 投直 ・満本④
(二)国分 四球 ・ 安打 /↓5安打 ・ 凡打 ・ 右本①/↓11三振
(左)丸山 三振 ・ 投ゴ / 犠打 ・ 犠打 ・ 四球 / 三振
(一)寺門 ↓2右飛 ・ 中安①/ 右飛 ・ 凡打 ・ 中安 / 三振
(右)児玉 三振 ・ 満本④/ 二ゴ ・↓8三振 / 三振
[打]清水 ↓12死球
(投)本田 右飛 / 中飛 ・↓6凡打 ・ 三振 /↓10中安 ・ 三振
投手 回 打 振 球 責
厚木 阿久津 2.9 17 2 1 7
市原 6 26 3 1 1
眉村 3.1 14 6 0 5
夢島 本田 12 58 15 2 12