【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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夢の舞台へ

 

 週明け、本田吾郎は珍しく緊張の面持ちで登校していた。

 

(トシと話すんだ、トシと……)

 

 家を出てからここに至るまで、何度も己に言い聞かせた。こんなことは今までにないことだった。県大決勝でも、甲子園でも──

 

(……オレも案外、臆病だな……)

 

 そんな自嘲の言葉すら洩れた矢先、廊下の先から見知った顔が三つ、歩いてきた。

 

「だからそれはツッコミやなくてただの罵倒やねんて!」

「罵倒されるようなことばっかしてるのはおまえだろ」

「ふたりとも、もうその辺に……ん?」

 

「よ、よぉ三人衆!相変わらず朝っぱらから楽しそーだな」

 

 一年前から変わらず痴話喧嘩を繰り広げる三遊間に、呆れる心身ともに大人な一塁手。鉄板のクラスメイトとの邂逅に、いっそ安心感すら覚える。

 

「今日、早いな。いつも遅刻ぎりぎりで駆け込んでくるのに」

「い、いやぁちょっとな……。──トシ、もう来てる?」

「佐藤なら、もうとっくに……あぁ」

 

 応じた泉は、その途中で合点がいったような表情を浮かべた。

 

「そろそろ決着(ケリ)、付ける気になった?」

「ケリっておまえ……まぁ、ずっとこのままってわけにはな」

「そうだな。うちのツートップが仲違いしたままってんじゃ、残り少ない高校生活を手放しにはエンジョイできない」

 

 吾郎は思わず瞠目した。心情はともかく、寺門が"エンジョイ"などと口に出して言うことは珍しいことだった。

 

「悪かったな……。ま、次会ったときには仲良しの最強バッテリーに戻ってっからよ!じゃあな!」

 

 そう言って、吾郎は全速力で教室に向かって走り出す。「いや廊下走んなやー!」という三宅の突っ込みを背に受けつつ。

 

「ったく、ホンマ世話の焼けるツートップやで」

「そうだな」

「それは確かに」

 

 しかし──これでようやく、落ち着いて卒業を待つことができる。3人は密かに笑いあった。

 

 

 *

 

 

 

 さて、教室へはそこからたった十数秒。つまり寿也との邂逅までも十数秒……かと言うと、そうではなくて。

 

(おはよう、寿也くん!……違ぇな。よぉトシくぅん!……こんな調子でいったらエルボーかまされてフィニッシュだぜ……)

 

 扉の前で、こんな調子で悩んでいたわけである。一般的な高校生としては大柄な彼がそんなふうに出入り口の一方を占拠していれば当然邪魔になるのだが、ひとり悶える姿にみな恐れをなして声をかけることができない。

 そうこうしているうちに、始業は刻々と近づいてくる。ここを逃せば、きちんと話すには昼休みを待たねばならない。心を決めた以上、午前いっぱいをこのまま過ごすなんて耐えられそうもないし、泉たちにも呆れられてしまう。

 

(……しっかりしろ本田吾郎!フツーに挨拶して、フツーに話せばいいだけだ。この1年、ずっとそうしてきたじゃねえか)

 

 ドンと己の胸を拳で叩いて──痛みに悶絶しかけた──、いよいよ教室へ足を踏み入れんとしたとき、

 

「……さっきから何してるの、そこで?」

「!!」

 

 教室内からぬっと顔を出したのは、まさしくお目当ての少年だった。夢島ナインいち整った、やや中性的で端正な顔立ち。それでいて今では、高校球児らしく鍛えられた身体つき。そこに甲子園出場の実績があるとなれば、彼は今、校内いちモテると言っても過言ではないのではないだろうか。

 そんな寿也の人生に、自分は消えない爪痕を残してしまった。──こうして仲違いしたまま終わりだなんて、赦されるわけがない。

 

「よ、よぅ、トシ……」

「……おはよう」

 

 最低限の礼儀からか挨拶は返ってくるが、それだけだ。僕から話すことなどもう何もないと言いたげなその態度。しかし、そうさせてしまったのは間違いなく自分だ。

 

「……少し、いいか?」

 

 いつになく真剣な吾郎の声に何かを感じ取ったのだろう、寿也は小さく頷いた。

 

 

 *

 

 

 

「で、話って何?」

「……おー。進路の、ことなんだけどさ」

 

 半ば予想はしていたのだろう、寿也の反応は実に淡々としたもので。ただ、眉間にほんのわずか、皺が寄るのを吾郎は見逃さなかった。

 

「おまえに怒られて、俺なりに考えた。日本でプレーするって、選択肢も含めて」

「………」

「……でもやっぱり、俺は自分の道を曲げられねえ。アメリカでまた、イチから、自分の力で上に登っていきたいんだ。許してくれとは、言わねえ。でも……わかってほしい、寿也」

 

 そう言い切って──小さく、頭を下げる。他人にこういう形で誠意を示すのは、まだ18歳にもならない吾郎には初めてのことだった。

 自らの足で歩き続けてきたこの幼なじみも、大人になろうとしている。その姿に内心驚きながらも、寿也は大きく息を吐いた。

 

「……わかってるよ、最初から」

「!」

「きみは、そういう人だから。いつだって人を巻き込んでおいて、ひとりでどんどん先へ進んでいってしまう。そういうきみに、どうしようもなく腹が立って……どうしようもなく、惹かれた」

「トシ……」

 

 顔を上げた吾郎は刹那、目を見開いていた。笑みを浮かべる寿也。しかしその翠がかった美しい瞳には薄い水の膜が張って、絶えず揺らめいている。──いつか見た景色。あれは……そう、幼き日の別れ際、指切りをかわしたときのことだ。あのときの寿也がちょうど、こんな表情を浮かべていた──

 

「舗装された順路を進もうとしていたら、きみとは永遠に道が交わらない。おじいちゃんやおばあちゃんを安心させてあげられるような人生は、きみを追い続けていたら永遠に手に入らないってことだ」

 

 自分を育ててくれた祖父母への、恩返し。寿也の人生の、大きな目的のひとつだった。

 僕は、きみとは違う──頭ではわかっているつもりだった事実を改めて突きつけられ、吾郎は言葉を詰まらせる。

 

「きみはそうやって、いつも僕に二者択一を迫るんだ……そのつもりがないから、なおさら性質が悪い」

「……わりィ……」

「謝らなくていいよ。……考えたんだ。どちらかしか選べないなら、僕が本当にやりたいのはどちらなのかって」

 

 その答を出すのに、時間は要らなかった。決断までは、今少しの時がかかったけれど。

 

「吾郎くん、僕、決めたよ。──きみと一緒に、アメリカへ行く」

「んな……っ!?」

 

 吾郎はふたたび言葉を失った。驚きのあまり、用意していたものが何も出てこなくなったと言うべきか。

 金魚のように口をはくはくさせる吾郎を見て、寿也は少しばかり溜飲が下がる思いだった。

 

「想像もしてなかった、ってリアクションだね。……それとも、迷惑?」

「迷惑なわけ……!そりゃ、おまえが一緒ならこんなに嬉しいことはねーけど……じいちゃん達のこと、いいのかよ……?」

 

 アメリカで一からトライアウトを受けるのは、日本の球団に指名で入るのとはまったく次元が異なる話だ。そもそもの滞在費用だって馬鹿にならないし、入団のハードルは尋常でなく高い。入団できたとて、マイナーリーグ……1Aからのスタートだ。争いに次ぐ争いの果てに、メジャーリーグは待ち受けている。

 寿也のもうひとつの目標──祖父母への恩返しは、到底かなわぬ夢へと墜ちてしまう。

 

「吾郎くんらしくないね、そんな気遣いをしてくれるなんて」

「おまえなぁ……!俺だって──」

「ちゃんと、おじいちゃん達とは話をしたよ。もちろん、諸手を挙げて賛成ってわけにはいかなかったけど……」

 

 無論、自分たちの経済的事情が理由ではない。寿也が見知らぬ土地で、何の保障もない状態で野球をする──日本から出たこともない祖父母が、6年間育てた愛しい孫を心配しないはずがないのだ。

 それでも彼らは何より、寿也の幸福を願っていて。──野球部への正式な参加を決めた1年前と同じように、最後はその背中を押してくれたのだった。

 

「僕はもう、決めたんだ。アメリカにでもどこにでも……とことん、きみについていくって」

「寿、也……」

 

 いつの間にか、すっかり立場が逆転していた。これは言わねばとばかりに、寿也は一歩を踏み込む。

 

「今度は僕が、約束するよ」

 

 "約束"──ふたりを十年越しに結びつけたもの。ならばこの先も、ずっと。

 寿也の覚悟をたがえず受け取って、吾郎もまた、肚を固めた。

 

「……言ったな、トシ」

「うん、言ったよ」

「後戻りはできねえぜ、わかってんな」

「わかってるさ」

 

 は、と、ようやく笑みが溢れた。

 

「なら……地獄の果てまで、オレについて来い!!」

「──ああ!」

 

 ぶつけ合った拳の痛みが、秋風のように心地よかった。

 

 

 *

 

 

 

 橙から白銀、そして桜へ。世界を染め上げる色とともに、季節もまた巡る。

 

「卒業おめでとうございます、先輩方!」

 

 暑く長い夏を支えてくれた1年生マネージャーからの祝福の言葉に、記章を胸に着けた3年生たちは──いつもの面々は鼻の下を伸ばしながら──口々に返礼の言葉を述べた。

 

「ありがとなぁ美穂ちゃーん。いろんなコに第2ボタンねだられたけど、やっぱり美穂ちゃんにそう言ってもらえるのがいちばん嬉しいわぁ、うへへへ」

「へへへへ」

「……おい」

 

 泉や草野など淡白組が白い目を向けるまでもなく、送り出す側の少年が冷たい表情で割って入った。

 

「他人様の彼女に色目使わないでくれます?」

「た、大河くん……色目なんて」

 

 ぽっと頬を赤く染める美穂。夏を経験したふたりだけの1年生同士、新生野球部を発展させるために二人三脚で頑張ってきた結果として、随分親しくなったようである。

 

「それ、オニイチャンの前でも言えるんかいな!?」

「別に……佐藤先輩公認ですし」

「き〜っ!」

「うるせえよ関西人、もう黙っとけ」

「フン、クリスマス前にフラれた甲斐性無しこそ黙っとれぃ!」

「なっ……何だとこのヤロー!!」

「何や!」

「お前らその辺にしとけよ、卒業取り消すぞ」

 

 顧問に脅しをかけられ、舌打ち混じりに不承不承黙り込むふたり。最後までこんなかと思いつつ、数日後にはこれも懐かしい思い出になるのだろうと大河は予感していた。

 

「じゃ、月並みですけど国分キャプテン、これを」

 

 そう言って一歩踏み出し、花束を差し出す大河。用意したのはなんと南雲先生その人だった。何だかんだ、唯一の大人である南雲のサポートがなければ、新生野球部は成り立たなかった。春には野球部も新入生も入り、本格的なチームが形成されていくだろう。彼の果たす役割は、ますます大きくなりそうだった。

 

「ありがとう大河、美穂ちゃん……それに、南雲先生も」

 

 万感の思いをたがえず受け取り、涙ぐむ国分。彼の泣き虫は、プロ入団を目前に控えてもそう簡単には治らないようだ。

 でも、それでいい。人はそう簡単には変わらない。──変わらない核があるからこそ、明日を見据えられる。

 

(本田、佐藤……お前らも、頑張れよ!)

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、空港。

 

「やっべえぇぇ、遅れる!乗り遅れる!!」

「もうっ、だから夜の便にしようって言ったのに!!」

「しょうがねーだろっ、卒業式終わりにダッシュで出れば間に合う計算だったんだよ!!」

「それが甘かったんだよ!!吾郎くんも僕も有名人なんだから!」

 

 同じ卒業生たちや在校生──主に女子──にも囲まれたし、それをどうにか突破して校外に出れば今度はマスコミの群れが待ち構えていた。新生野球部でありながらプロ野球選手をふたり……そしてそれ以上の実力を持ちながら、渡米しようという球児がふたり──これほどセンセーショナルな高校の卒業式に、彼らが目をつけないはずもなく。

 結局、困っているところを川瀬涼子と彼女の愛車に助けられ──ただいま、ようやく間に合うかどうか、というところなのだった。

 

「初っ端からこれじゃ、先が思いやられるよ……!」

「じゃあ、行くのやめるかぁ!?」

 

 売り言葉に買い言葉でそう返すと、不意に寿也が足を止めた。

 

「………」

「……と、トシ……くん?」

 

 しまった、言い過ぎたか?元はひとりで行くつもりであったとはいえ、今ではもう寿也なしの渡米は考えられなくなってしまっている。

 そんな吾郎の心配をよそに──寿也は、声をあげて笑い出した。

 

「はは、はははは!」

「お、おい」

「いや……ほんと、きみが一緒だと退屈しないや、吾郎くん」

 

 その言葉に吾郎は瞠目し──程なく、つられるようにして笑ってみせた。空港の真ん中で笑うふたりの青年の姿は人々には奇異に映ったけれど、他人の目など今はどうだって良かった。

 

「!やべ、アナウンス流れた!もうひとっ走りするぞトシ!!」

「うんっ!」

 

 ふたたび、走り出す。──この慌ただしくも賑やかな出立の先にはきっと、道なき道が待ち受けている。吾郎と再会する前の寿也には、想像もしなかったであろう険しく苦しい試練の日々が。

 でも、隣に彼がいるならば。たとえ転げ落ち、傷ついたとしても、何度だって立ち上がれる。そう、信じられるのだ。

 

(ありがとう、吾郎くん)

 

──僕に夢を叶えさせてくれて、本当にありがとう。

 

 

 感謝と歓喜とを胸のうちに秘めながら、寿也は相棒とともに駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 夢島ナイン 完

 

 

 




夢島ナイン、これにて完結です。
昨年初夏、およそ15年ぶりにMAJOR熱が再燃し、特に好きだった海堂編&夢島組をネタに何か書けないか……というところからこの作品がスタートしました。しかし原作は吾郎の成長物語の途中に過ぎないため、皆を主役級として活かすために必然的にIF物になり……元々そっちの方が得意分野だというのもありますが笑
事実上ゴロトシW主人公でしたが、やはり原作主人公の引力は強く……もう少し寿也視点に寄せたかったな、というのは反省点であります。逆に泉・三宅の喧嘩漫才とか、敵も味方もトップが女性という構図は我ながらおもしろかったんじゃないかなーと。泉といえば、作者の最推しキャラということもあって、事実上のNo.3としてだいぶ優遇してしまいました。こういう見た目は可愛いのにクールで毒舌なキャラってツボなんですよね。原作だとセレクション組として最初の方は多少目立ってましたが、三宅や寺門のようにドラマもなく、結果として吾郎との繋がりも薄く…地味にスタメンまで出世したのは、その辺の埋め合わせなのでは?と勘ぐってみたり。でも遊撃手という難しいポジションなので、経験者という設定になったのは必然だったとも思っています。遊撃手といえば、鎌実の三浦くんも作者お気に入りの(オリ)キャラです。というかイメージはモロに山本耕史さん演じる鎌倉殿の三浦義村でしたが笑
ともあれ野球素人の作者が右往左往しながら書いたものですので、見る人が見れば「オイオイ…」となるような展開もあったかと思いますが、比較的高い評価をいただけて大変励みになりました。1年間非常に楽しく書き切ることができました。
次回作は…とりあえずMAJORからはまた離れてしまうかと思いますが、何書くかは未定です。また特撮系に戻るかもしれないし……。

とりあえず本編は終わりますが、番外編で某野球漫画との交流試合を描きたいと思っていますので、もう暫くおつきあいいただけると幸いです。
それでは1年間、ありがとうございました!
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