【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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番外編 らーぜが来たっ!⑫

 

 吾郎が登板し、唯一対抗しうると目された田島があえなく打ち取られた。

 

──その時点で事実上、勝敗は決していた。

 

 

「ふ──っ!」

 

──かぁんっ!

 

 既に三橋の球を見切った泉が内野を抜く二塁打を放ち、続く三宅も。

 

(最後までやられっぱなしじゃ、3番のカッコつかんやろ──!!)

 

 最後の打席となるかもしれないここで意地を見せ、左中間に落ちるヒット。

 

(くそ、上位打線とはいえ連続安打か……)

 

 既に同点まで追いつかれている。加えて、田島さえ三振にとられるエースピッチャーの猛威。

 バットが当たらないのでは、失策によるチャンスも訪れようがない。──正直なところ、勝利はもはや望みがたいのだ。

 

 そうだとしても、絶対に敗けたくはない。イコール、1点もやるわけにはいかない。

 

「……ボール、フォア!」

「………」

 

 もう当たり前のように寿也を敬遠し、ノーアウト満塁で国分と勝負をする。先ほどは奇策によって2点をもぎ取られ、彼も侮れない打者であることは間違いない。

 

(ここでホームゲッツーとれりゃ、1点もやらずに次も敬遠できる……!全開で来いよ、三橋)

 

 口には出さずとも、阿部の言わんとすることは三橋にもわかった。

 

(ホームゲッツー、狙う……。リスクは、あるけど……)

 

 抜かれたら1点では済まないかもしれない。それでも1点もやりたくない以上は、ハイリスクハイリターンの作戦に賭けるしかないのだった。

 

「っ!」

「ストライク!」

 

 初球は、空振り。草野や泉とは異なり、彼はまだ三橋の球を捉えきってはいない。

 ただ、彼らの狙いは読めていた。

 

(三振より、打たせてホームゲッツー狙いだろうな……。さっきはありえないやり方で打ったとはいえ、やっぱり本田は敬遠したいだろうし)

 

 もちろんそれを真正面から打ち破れれば言うことはないが……確実に狙うべきは、とにかく外野へと飛ばすこと。

 

「ファール!」

(犠牲フライでいい。ハデなプレーは本田や佐藤に任せて……僕はとにかく、1点を積む!)

 

 そうこうしているうち、ウエストが挟まれる。セオリー通りなら次、決めにくる──

 

「──ッ」

 

 来た。

 

「!!」

 

──かぁんっ!

 

 意地でも内野に落とすものかと、意図して弾道を高く上げる。果たしてその目論みは果たせたものの、体格に恵まれていないという事実がそれを打ち消した。

 

(思ったより浅い……!けどあれなら、落ち──)

 

 多少浅かろうと、外野に落ちれば泉の足で1点は取れる。己も生き残れれば、満塁継続で相手の敬遠も封じられる!

 しかしここで動きを見せたのは、()()()()()()泉のほうだった。

 

「〜〜ッ、おぉぉぉっ!」

 

 雄叫びとともにボールへ駆け込んできたのは、外野の中心を守る西浦の泉──泉孝介。夢島の泉に勝るとも劣らぬ敏捷性と勇気とで、今にも接地しようとしているボールへと飛び込んだのだ。

 

──突き出したグラブが、思いもかけず白球を捉えた。

 

「アウト!」

「っ!」

 

 ファインプレー。しかし態勢が大きく崩れている以上、このチャンスを活かさない手はない。三塁を蹴り、泉祐一は走り出した。

 

(二遊間からは遠い……!これなら、いける!)

 

 そう思ったのは彼だけではない。西浦勢の()()も、結局1点は免れないのかと臍を噛んでいた。

 しかし、

 

「泉、こっちだ!」

「!」

 

 起き上がろうとする泉孝介の背後からかかる声。首だけ傾ければ、彼らのキャプテンが走り込んできていた。

 

(花井!?でも──)

 

 ここから後方へ投げて、そこからホームへ……果たして間に合うかどうか。

 迷う泉だったが、その迷いがコンマ数秒でも続けば命取りになる。何より他に、疾走する走者を止める手立てがなかった。

 

「っ!」

 

 結局、そのまま花井にボールを投げ渡した。そしてすかさず、本塁へ。──先に述べたとおり、彼は三橋に次ぐ投手も務めている。球速でいえば三橋よりずっと上、1年生としては申し分ないレベルだ。

 つまり──その肩の強さは、西浦ナインの中でもトップクラス。

 

「おぉぉぉ──ッ!!」

 

 雄叫びとともに投じられた球は、走者の想定を超えるスピードでホームへと迫っている。走者こと泉は元々大きな猫目をさらに見開いて速度を上げようと試みたが、もとより全力疾走なのだ。やれることがあるとすれば、

 

「泉っ、スライだ!!」

「っ!」

 

 言われるまでもなく、泉は既にスライディングの姿勢に入っていた。その足がベースにかかろうとすると同時に、阿部がボールを捉える。──ふたりが衝突し、大きな砂塵が舞い上がった。

 

「泉!」

「あ、阿部、くん……!」

 

 年齢差があるとはいえ、ふたりの体格はさほど変わりない。負傷のリスクはいずれにも考えられ、両チームが固唾を呑んだ。

 結果は、

 

「……アウト!」

 

 泉の足は、あと数ミリのところでベースに届いていなかった。口惜しげに歯を食いしばる彼に対し、阿部はほ、と息をつきながら身を起こす。リスクを覚悟で止めにかかった甲斐があったというものだ。

 

(これで塁がひとつ空いた……。ツーアウトにもできたし、もっぺん敬遠して、7番で勝負だ)

 

『6番、ピッチャー本田くん』

「………」

 

 もはや一礼もない。つまらなさそうに唇を尖らせつつ、また何かを狙っている可能性だってある。

 

(敬遠だからって気は抜けねえ。気をつけろよ、三橋)

 

 ただ、この打席は何事もなく終わった。流石に同じ手(無理矢理なバント)は使えないし、それ以上の手を思いつかなかった。続く寺門が打ってくれれば、このナマイキな捕手の鼻をあかしてやることもできるのだが。

 とはいえ、

 

「っ!」

 

──かぁんっ!

 

 これまでに続いて良い当たりを飛ばす寺門だが、細かい技巧に欠けるバッティングを利用され、またしても右飛(ライトフライ)に終わってしまう。これでツーアウトでなかったら、二・三塁走者のタッチアップという果実を残すこともできる飛距離なのだが。

 

(っ、あと一歩が足りん……。まだまだ実力不足、か)

 

 せっかく体格に恵まれたのだ。やれること、やるべきことはいくらでもあるはずだと、寺門は己に言い聞かせるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 続く8回──2巡目ということで"表向きは"打つぞ打つぞと気合を入れて臨む花井であったが、結果は見えていて。

 

「──ストライク、バッターアウト!」

「〜〜っ!」

 

 ギリギリと歯を食いしばりつつ、ベンチへ戻る花井。せめて田島を打ち取った、あの変化球を引き出したかったのに──結果はストレートで、三球三振だ。

 

(くっそー……やっぱりオレは、田島に及ばないってことかよ……!)

 

 この結果について、田島は何も言わない。自分に打てなかったものを、花井がどうして打てようか──そんな心の声が聞こえた気がして、悶々とするほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 当然のように三者三振を勝ち取り、ふたたび夢島ナインの攻撃。三橋はその細い体躯と柔弱な態度に反し、ここでも粘りのピッチングを見せた。

 

「ストライク、バッターアウト!」

(うぅ〜、ダメだ……。全然打てないよ〜っ)

 

 こんな遅い球なのに──それだけ三橋が侮れない投手であるということの証左なのだが、自分に自信のない丸山はずうんと落ち込む羽目になるのだった。

 

『9番ライト、児玉くん』

「っしゃあ!」

 

 一方の児玉は態度こそ対照的であったが、成績面では似たりよったりである。丸山は状況に応じて犠打で地道に貢献しているのに対し、彼は完全にストリームストッパーであるのだが。

 とはいえ流石に、彼も焦っていた。延長がない以上ほぼ間違いなく、これが最後の打席になる。

 

(オレぁここまで、チームになんの貢献もしてねー……。相手は意地でも1点もよこさねえつもりだけどよ──)

 

 だからといって、このまま引き分けに甘んじて良いものか。西浦はたしかに良いチームだが、規格外の化け物が何人もいるというわけではない。──自分たちが最終的に踏み越えねばならないのは、そういうチームなのだ。

 

「っおぉ!」

「ストライク!」

 

 気合を込めてバットを振るも、無慈悲な空回りの果て──既にカウントはツーナッシング。

 

「……厳しいな。きっと児玉相手には、ウエストも挟まずに決めにくる」

 

 センスの問題もあるが、児玉の大雑把だが力強いバッティングは三橋の針の穴に糸を通すような投球と相性が悪いのだ。大雑把というわけではないが、寺門もそのせいでいつもほどの成績が出ていない。

 

「このままツーアウトになったら、また1点も怪しくなるんじゃないすか?草野先輩と泉先輩は打てたとしても──」

 

 そこで言葉を区切って、ちらりと傍らに目をやる大河。傍らと言っても二、三人はそこに座っているのだけれども、彼の視線が向かっている先は明らかで。

 

「なっ……何を見とんねん!?」

「………」

「大丈夫。言いたいことはわかるよ、大河」

「くぉらおチビ!!」

 

 憤慨する三宅だったが……クリーンナップとして不適格ではないにしても、有り体に言っていまいちパッとしないというのは皆の総意であった。

 閑話休題。

 

「っ!」

 

 これで打ち取るつもりで、三橋は3球目を投じていた。ここを乗り切ってもまだ2アウト──プラス上位打線を攻略しなければ、無得点に抑えるのは不可能なのだ。

 ヒトの心はどうしても、緊張しっぱなしではいられない。このあとにその局面が待っていると思えば、本人がまったく意識しないところでわずかな弛みが出てしまう。むろん、児玉にそれを見抜く眼が備わっているわけではない。

 

 ただ──いつ何時でもがむしゃらな彼の姿勢が、勝利の女神に通じたと言うよりほかになかった。

 

「ぬぅおぉぉぉーっ!!」

 

──かぁんっ!!

 

 ひときわ激しい打突音が響き渡る。それ以外にはまるで、時が止まったかのような静寂が場を包んでいた。

 とはいえそれも一瞬のこと──次の瞬間には、左中間のふたりがボールを追って走っていく。

 

「児玉が……打った!」

「打ったんだっ、走れ走れ!!」

 

 本塁打には……ならない。しかし外野手らが地面に落下させずに捕球できるようなボールでもない。あとは二塁までいけるか、どうか。

 むろん、一塁にとどまるという選択肢もあった。しかしこの好機を捨ててなるものかとばかり、彼は躊躇なく走ったのだ。

 

(ここで二塁まで行けりゃ、1点は間違いなくなる!)

 

 ぎりぎりの勝負、望むところだ。仲間たちの声も今は、それを後押ししている──

 

「うぉおおおおお────ッ!!」

 

 そして最後には、ベースへと全身で飛び込んだ──

 

「……セーフ!」

「っしゃあぁ!!」

 

 ユニフォームを土埃まみれにしながらも、二塁に立った児玉は勝利の雄叫びをあげたのだった。

 

 

 

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