【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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番外編 らーぜが来たっ!⑭

 

「させっ、かよ──!!」

 

 三宅が零してしまった球をすかさず拾い上げたのは他でもない、本田吾郎その人だった。

 

 彼がピッチングよろしく投げた豪速球は三橋の頬ぎりぎりをすり抜け、一塁へと飛んでいく。

 

「っ!」

 

 投げたはいいが、一塁手が捕れねば意味がない。それどころか、事実上の二塁打にされてしまうリスクだってある。

 しかしそこで、体格も精神的にも図抜けた寺門がその真価を発揮する。彼はぐっと下半身に力を込め、太腕ともどもグラブを突き出したのだ。

 

──バシィッ!

 

「く……っ!」

 

 その体格をもってしても、一瞬顔を歪めてしまう一瞬。しかし寺門はきっちりと踏ん張り、その球を受け止めてみせた。

 

「!あ……」

 

 三橋の目が見開かれる。と、同時に。

 

「──アウト!」

 

 

 *

 

 

 

「………」

 

 とぼとぼと──右腕を庇うようにしながら──戻ってくる相棒を、阿部は沈黙とともに迎えた。

 

「あ、阿部、くん……」

「………」

 

 怒られる、と思って……否、確信しているのだろうおどおどとした態度。投手の宝である腕を犠牲にした挙げ句、出塁もできなかった。結果だけ見れば、惨憺たるものと言うほかなかったけれど。

 

「……オレは別にバント得意じゃねえし、あれこれ論評はできない」

「え、あ……」

「栄口にでも訊け。じゃあな」

 

 そう言って、打席へ向かっていく。その背中を呆然と見送りながら、

 

(あ、阿部くん、やっぱり怒ってる〜……!)

 

 

──当然ながら阿部の言葉は、ただ怒りにおいて発せられたものではなくて。

 

「す、すごいよ三橋!」

「え、さ、栄口くん……?」

 

 まさしく阿部が指名した2番打者が、興奮気味に声をかけてきた。

 

「あの変化球相手に、きっちりバント決めるなんて!オレ、バントには自信あるけど、あの球打てる自信はなかったし……」

「で、でもオレ、け、結局アウトにな、なっちゃ……」

「──オレもだよ」

「!」

 

 彼らしからぬ静かな声をあげたのは、攻撃の要──田島悠一郎その人だった。

 

「オレも打てなかった。……悔しいし、まだまだって思うけど、結果が悪かったから全部ダメで、ムダだったとは思わない」

「………」

「ま、つまり何が言いたいかってーと……たまにはチョーシ乗ってもいいんだぜ、三橋!」

 

 三橋廉。中学時代に置かれていた状況からすっかり萎縮し通しの彼だけれども……今は間違いなく、最高の仲間といえる者たちに囲まれているのだった。

 

 

「それより三橋くん、腕は大丈夫?」

 

 女監督に問われ、三橋は慌てた様子でぶんぶんと頷いた。同時に、右腕を振りかぶるようなしぐさも。精一杯、まだ投げられるということをアピールしているのだろう。

 

(流石の執着ね……。とはいえ、まだ出番があるかどうか)

 

 このやりとりの間に、阿部は既にツーナッシングまで追い込まれている。100マイルとそこから発展した魔球(ジャイロフォーク)を出し抜くのに、正直なところ先ほどの三橋の打席がラストチャンスだったのだ。彼はバッティングセンスには欠けるものの、選球眼やいざというときの反射神経には目を瞠るものがある。

 

(ッ、投げらんなくなるリスク冒してあそこまでやったんだぞ……あの三橋が!)

 

 三橋の努力に応えてやりたい……いや、応えてやらねばならない。捕手はただ、投手に指示を出してその球を捕ってやれば良いというものではないのだから。

 

(打つ……!絶対に!!)

 

 歯を食いしばり、キッとマウンドを睨み据える阿部。それを全身で受け止めて、吾郎は笑った。

 

(へぇ、いいじゃん。クールぶったいけ好かねえヤツだと思ってたけど……ちゃんと仲間に報いようって気持ち、持ってんだな)

 

 ならば自分もそれに応えて、全力で投げ切るのみだ。──つまり、何も変わらないともいえる。

 

「ぅおぉぉぉ────ッ!!」

 

 雄叫びとともに、最後の一球のつもりで投じる。狙うコースは……ど真ん中。

 

(フォークか!?ッ、いや──)

 

 自分を、信じる。──このまま、全力で振る!

 

 

 そして誰もが、響き渡る音に息を呑んだ。

 

「────、」

「……ッ、」

 

 

「──ストライク、バッターアウト!」

 

 

 *

 

 

 

「っ!」

 

 ビュン、と泉孝介のバットが風を薙ぐ音。それが本来叩くべきだった白球はキャッチャーミットに納まり、この瞬間、西浦の敗北が確定した。

 

「ゲームセット!」

「っ、ちくしょう……!」

 

 悔しがる泉。1番打者として、お世辞にも良い仕事ができたとは言えなかった。たったの1点差──自分が活躍していれば、チームの勝利は勝ち取れたかもしれないというのに。

 

 皆でずらりと並び、最後の挨拶。10人と10人という、お互いほぼ最小限の人数。激戦の果て、彼らはひとりの例外なく疲弊しきっていた。全力を出し切る戦いだったのだ。

 

──ありがとうございましたっ!!

 

 礼を終え、あとは合同でのグラウンド整備。西浦側から積極的に申し出てくれたゆえ、吾郎たちはその好意に甘えた形だ。さして広くもない練習場だが、この少数精鋭?では時間も労力もかかるのだ。

 

「………」

 

 そんな中、片隅で体育座りをしている者がひとり。他でもない西浦のエースピッチャー、三橋廉……なのだが、魂の抜けたような表情は、とても同一人物とは思えないようなもので。

 

「おまえ、大丈夫か?」

「!」

 

 仲間たちのそれとは明らかに異なる、殆ど大人の男のものに近しい声色。びくっと肩を跳ねさせながら顔を上げると、そこには夢島のエースピッチャーと、その女房役の姿があって。

 

「なんだよ……そんなびっくりするこたぁないだろ?」

「いきなり声かけるからだよ……。それよりきみ、大丈夫かい?」

「ぇ、あ、だ、だい、だいじょ……」

 

 相変わらずの吃り癖。当初は色々な意味で大丈夫かと要らぬ心配をしたものだが、彼が9回を完投したのを目の当たりにした今、ふたりはその評価を改めていた。

 

「すげーじゃん、おまえ!9回投げきって、ウチの打線をあそこまで抑えたんだからな。あんな遅い球で!」

「あ、ぅ……」

 

 親しげに声をかけられ、肩まで組まれ、ただただ文字通り恐縮するしかない三橋。褒められている、というのはもちろんわかるのだが、それが悲しいかな自己評価に繋がらないのだった。

 

「おいあんた、三橋に何してんだ」

 

 そこに割り込んできたのが、保護者もとい女房役の阿部隆也であった。

 

「何って……せっかくだからお近づきになろうって思ったんだよ、良いピッチャーには目がないもんでね。何か文句ある?」

「大アリだね。三橋に余計な刺激、与えねーでもらいたいんすけど」

「〜〜っ、おまえはコイツのママか!?なら、おっぱいでもしゃぶらせてやったらどうだ?」

「なっ……ハァ!?」

 

 売り言葉に買い言葉、どんどん険悪になっていくふたり。流石に双方手を出すほど愚かではないが、一触即発──とはいえ、傍らには寿也も三橋もいるわけで。

 

「!?痛でっ!」

「吾郎くん、それ以上はいけない」

「あ、あああ阿部くん、お、オレなら大丈夫……だ、よ!」

「三橋……ちっ」

 

 舌打ちを零しつつ、そっぽを向く。これには寿也はもちろんのこと、見守っていた西浦・夢島の面々は揃って苦笑を浮かべた。このふたり、完全に水と油のようである。阿部は我が強い投手は嫌いだと日頃から公言しているような少年であるから、むしろ意気投合するほうが摩訶不思議ともいえるのだが。

 

「でも、きみも凄かったよ。投手は捕手のリードあってこそ真価を発揮できる、三橋くんのようなタイプなら尚更ね」

「……っす」

「あぁ……僕も謝らなきゃだね、打席じゃ失礼なことも言っちゃったし」

「別に……気にしちゃいねーっすよ。ささやき戦術なんてモンもあるくらいだし……バッターのときにやるのは普通じゃないかもしれないっすけど」

「はは……」

 

 これは一本取られたと苦笑しつつ、寿也は改めて投手ふたりを見遣った。飽きずにしつこく絡んでいる吾郎、三橋もそれで迷惑しているかといえばそうではない。吃りながら、ゆっくりではあるけれどコミュニケーションをとろうとしている。超高校級の投手を前にして、つい心が滾ってしまう。やはり彼も、根っからの投手なのだった。

 

「ったく、あのバカ……」

「………」

 

 呆れたように呟く阿部を横目で見つつ、寿也は思う。──率直に言って、彼らバッテリーの関係は歪だ。今のような主従関係は遠からず、本人らの意志とは関係なく崩壊に至るのではないだろうか。

 ただそれは、ふたりの訣別と同義ではない。三橋がひたむきに投げ続け、阿部がそれに応えようという気持ちをもち続けるならばきっと、彼らは次のステージに進むことができるだろう。

 

(そうなったら、次に相まみえるのはもっと広い球場かもしれないな)

 

 3年生と1年生、神奈川と埼玉──甲子園で、というわけにはいかないかもしれないけれど。

 しかし長い人生でいえば、お互いまだまだ道半ばであることに変わりはないのだから。

 

「……なんすか、さっきからジロジロと」

「!あぁ……ごめんね」

 

 視線に気づかれてしまったようだ。それにしても容赦のない物言いだと苦笑しつつ、

 

「案外、相棒(パートナー)を交換してみたら面白いかも、なんてね」

「ハァ!?」

 

 明快な反論の言葉もなく、ただ「ありえねぇ……」と洩らす阿部を見下ろしながら、寿也はくすくすと笑みを零すのだった。

 

 

 END

 




   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
西浦 0 2 2 1 0 0 0 0 0 5 7 0
夢島 0 1 0 1 3 0 0 1 ✕ 6 12 0 


西浦    打数 安打 打点 本塁打 打率
(中)泉    5  0  0   0   .000
(二)栄口   4  0  0   0   .000
(遊)巣山   3  2  0   0   .667   
(三)田島   4  2  2   1   .500  
(右)花井  4  1  0   0   .250  
(一)沖  2  0  0   0   .000   
(左)水谷    3  0  0   0   .000   
(投)三橋   3  0  0   0   .000  
(捕)阿部   4  2  3   1   .500
      32  7  5   2 .219

夢島    打数 安打 打点 本塁打 打率
(中)草野   5  3  0   0   .600
(遊)泉    4  3  1   0   .750    
(三)三宅   5  1  0   0   .200    
(補)佐藤   2  2  2   2  1.000  
(二)国分   3  1  2   0   .333  
(投)清水   1  0  0   0   .000   
[一][投]本田  1  1  1   0  1.000        
(一)[投]寺門  4  0  0   0   .000  
(左)丸山   4  0  0   0   .000             
(右)児玉   4  1  0   0   .250  
       33 12  6   2   .364


西浦※/以降は対寺門、\以降は対本田
(中)泉   ↓1遊直 ・  遊ゴ ・  中飛 \  三振 ・  三振
(二)栄口    二ゴ ・  凡打 /  左飛 \↓7三振
(遊)巣山    左2 ・↓3左安 /  左失 \  三振
(三)田島    中2 ・  中本②/  一直 \  三振
(右)花井  ↓2中安 ・  中飛 \↓5三振 ・↓8三振
(一)沖     三犠 ・  四球 \  三振 ・  三振
(左)水谷    四球 ・  二直 \  三振 ・  三振
(投)三橋    捕犠 ・  三振 \↓6三振 ・↓9投ゴ
(捕)阿部    右2②・↓4中本①\  三振 ・  三振


夢島     
(中)草野  ↓1三振 ・  捕安 ・  右2 ・  凡打 ・  捕安
(遊)泉     左飛 ・  左安 ・  中安 ・↓7中2 ・  投犠①   
(三)三宅    三振 ・  凡打 ・  捕邪 ・  中安 ・  三振   
(補)佐藤  ↓2中本①・↓4左本①・  四球 ・  四球    
(二)国分    四球 ・  一ゴ ・  中2②・  中飛
(投)清水    三併 
[一][投]本田         四球 ・  遊安①・  四球
(一)[投]寺門   飛球 ・  右飛 ・  右飛 ・  右飛
(左)丸山  ↓3三振 ・  二ゴ ・↓6凡打 ・↓8三振                
(右)児玉    三振 ・↓5三振 ・  凡打 ・  左2
    


   投手    回  打  振  球  責
西浦 三橋    9  39  7  5  6
夢島 清水  3.4 19  1  2  5
   寺門  0.6  3  0  0  0
   本田    5 15 14  0  0


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