【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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相棒

 

 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

 いつものように家族に送り出され、修学旅行で二日間家を空けた。ただそれだけだった。

 

 それが家族との今生の別れになるとは、思ってもみなくて。

 

 

──母さん、父さん……!美穂!皆、どこに行っちゃったんだよ……!

 

 

 野球をやめたのは、そのすぐ後だった。

 

 

 *

 

 

 

「横浜リトルの、4番キャッチャー……!?」

 

 寿也の語ったかつての肩書に、皆が驚くのも無理はなかった。彼はそんなそぶり、ただの一度も見せたことはなかったのだから。

 

「……気づかなかった」

「そうだろうね。僕がスタメンだったのは短い間で、その間に横須賀リトルと試合したことはなかったし」

 

 寿也の側も泉のことは知らなくて、もしかするとニアミスだったのかもと内心思っていたのだ。

 

「……この際、なんで黙ってたかは訊かねえ」搾り出すように、吾郎。「リトルでキャッチャーやってたっつっても、ブランクがあるだろ。……捕れるのか?」

「捕るさ」即答する。「ブランクはあっても、身体は覚えてる。これでも一応、リトルの監督におまえはプロを目指せるとまで言ってもらったんだ」

 

 無論、それは過去の話。才能はあったとしても即戦力になるかどうかは別に決まっている──ただ、そんな理屈よりも吾郎は幼なじみの心根を信じることにした。

 

「……わかった。頼むぜ、トシ!」

 

 

 *

 

 

 

 夢島側の得点ならず、3点ビハインドのまま迎えた終盤戦。またポジションを入れ替えて守備についた夢島ナインを見て、彼らの"一応"顧問である南雲は苛立たしげに貧乏揺すりをしていた。

 

(こいつらまだやる気なのかよ!?ふたりも怪我人出しといて……)

 

 南雲は唖然とした。顧問の権限でストップを掛けようかと腰を浮かしたものの、吾郎のひと睨みに強烈なプレッシャーを受けてすごすごと座り直すありさまだった。

 また帝仁側も、猫の目のようにくるくる変わる捕手を見て失笑ぎみだった。

 

「あのピッチャー、女房潰しすぎだろ……DV夫かよ」

「無理もないけどなー」

「監督、うちの1年でも貸してやったほうがいいんじゃないすか?」

「……まぁ、すこし様子を見よう」

 

 投球練習を見る限り、三代目捕手はそつのない捕球ぶりを見せている。先ほど野手をしていたときもそうだが、若松の目には素人に見えなかったのだ。伊達に長年帝仁の顧問はやっていない。

 

 

『3番レフト、麻柄くん』

 

 先ほど吾郎からツーベースヒットを放った麻柄が打席に入る。冷静な面立ちの裏で、彼は今度こそ自らがホームランを打ってやると意気込んでいた。

 ワインドアップの態勢から、投球へと移らんとしている豪速球投手。ならばコースはど真ん中。わかっていれば、たとえ砲弾のような球だろうと──!

 

 初球から全力でバットを振るう麻柄。しかし彼がミートした瞬間の爽快な感触を味わうことは、なかった。

 

「ストライィク!!」

「な……!?」

 

 内角低め、想定していたコースとはまったく違っていて。

 

「ど、ど真ん中じゃない……!?」

 

 驚きに包まれる帝仁ベンチ。一方で夢島の野手たちは、思わずガッツポーズをとっていた。

 

「よっしゃ、やってやったで!」

「その調子だ本田、佐藤!」

 

 背後からの声援に笑みを浮かべつつ、相棒を見やる吾郎。対する寿也は落ち着いた面持ちのまま、彼にボールを投げ返した。

 

「うぉっ!……な、なんかビジネスライクだなァ」

「………」

 

 米国時代、色々な捕手と組んできた吾郎としては、それならそれでやりようはあるのだが。

 

──復活した精密機械ぶりに動揺した麻柄はそのまま三振に打ち取られ、ワンナウト。ここで帝仁一の強打者がふたたび打席に立つ。

 

『4番ファースト、櫻内くん』

「………」

 

 先ほどのホームランは当然、寿也も眼前で目の当たりにしている。ここを乗り切れなければ、夢島側にもはや勝ち目はないだろう。

 少し考えて、寿也はタイムをとった。マウンドに駆け寄っていく。

 

「どした、トシ?」

「吾郎くん。元本職として一応言っておくけど、敬遠って手もあるよ。次の5、6番を打ち取ればいいんだから」

「……ふぅん。お前なりに考えてくれてるってわけか」

「それがキャッチャーの仕事だからね」

 

 その言葉に頬を緩める吾郎。寿也の気持ちは純粋に嬉しい。けれど、それが彼の提案を受け入れることとイコールにはならない。

 

「敬遠はしない。俺の100%なら絶対に打ち取れる」

「……確信があるんだね?」

「おう」

 

 じっと観察するような目を向けてきた寿也だったが、吾郎の心中を察したのかはっきりと頷いた。そしてキャッチャーズボックスへ戻っていく。

 一礼して座り直したところで、不意に打者が口を開いた。

 

「おまえが捕手の真打というわけか。どうして今まで出てこなかった?」

「!、……真打なんて。僕はただの助っ人ですから」

「そうか、まあなんでもいい。──奴の全力を今度こそ打てるならな」

 

 先ほどの結果に、櫻内は満足していない。コースのわかりきったストレートなど、何キロ出ていようと打てるに決まっているのだ。もう一度ホームランを打ち、完膚なきまでの勝利を掴み取る。今の彼は、それしか頭になかった。

 

「──お、りゃあッ!!」

 

 全力ストレート。球種はそれしかないとわかりきっている。コースがどこであろうと、真芯に捉えるのみ──!

 

 ──捉えた!

 

「!!」

 

 高く上がったボールはバックネットに吸い込まれた。どきりとする夢島ナイン。しかし判定は、

 

「ファール!」

「……むぅ」

 

 捉えた……つもりだった。しかしボールの想像以上の重さと微妙なコースのズレにしてやられたか。

 眉を顰める櫻内に対して、吾郎は笑みを浮かべていた。但し、頬には冷たいものが流れていたが。

 

「ったく……怖ぇバッターだぜ」

「………」

 

 二球目。今度は軽く外れてボール。そのあともファール、ファール、ボール、ファール、ボールと続き、遂にフルカウントに至った。

 

(これだけコースを選んでも、合わせられてきてる……)

 

 櫻内の逞しい背中を睨みつつ、寿也は必死に頭に巡らせた。そして、構えたミットの下でサインを出す。吾郎は小さく頷き、投球動作に入った。

 

(本田……)

(頼むで……!)

(そいつを、打ち取ってくれ……!)

 

 皆の願いを文字通り背に受けて──吾郎は、櫻内に対するラストボールを放った。

 

「────っ!!」

 

 そして櫻内のバットが、白球を捉えた。

 

「……!」

「あぁ……!」

 

 高く弧を描いて飛んでいく打球。先のホームランの記憶が甦り、皆の足が一瞬硬直する。

 しかし寿也は、瞬時に叫んでいた。

 

「レフト──っ!!」

「!」

 

 捕手の叫びにはっと我に返った丸山が、打球を追って走り出す。決して足が速いとはいえない彼だが、それでもその表情には鬼気迫るものが浮かんでいた。

 

(僕だって、野球同好会の一員なんだ……!)

 

 結果がどうなるにしろ、何の役にも立てないまま終わりたくはない。葦原の球を打つことは、今の自分には困難だろう。ならばせめて、左翼手という与えられた役割だけは。

 

 ボールが遂に重力に引っ張られ、楕円を描くように落下を開始する。刹那、丸山は勢いよく草地に飛び込んでいた。

 

「──!」

 

 グローブを突き出した態勢のまま、うつぶせに倒れ込む丸山。皆が固唾を呑んで見守る中で、彼はおもむろに左手を掲げ──

 

──そこには、白球が納まっていた。

 

 

「アウト──ッ!!」

 

 うおぉぉぉぉ、と、グラウンドに歓声が上がった。

 

「丸山ァ、ナイスキャッチ!!」

 

 草野の手を借りて立ち上がりながら、丸山ははにかむような笑みを浮かべて応えた。

 

 

 *

 

 

 

 続く5番打者・菜畑を三振に抑えて7回は終了、8回は双方動きのないまま過ぎた。

 

 いよいよ9回。延長はない。泣いても笑っても最後のイニングを前に、帝仁、夢島双方が円陣を組んでいた。

 

「お前ら、正直言って彼らを舐めていただろう?」

 

 若松監督の言葉に、選手たちがどきりとする。若松は笑みを浮かべた。

 

「気にするな、俺もそうだった。……だが未だにそれを引きずっている奴はいない。そうだな?」

「──はい」

 

 葦原と櫻内が真っ先に頷き、顔を見合わせる。彼らは既に、個々人としての勝負には敗北を喫したと自覚している。他の面々もまた、彼らに続いた。

 満足げに彼らを見回しつつ、若松は続ける。

 

「このリード、全力で守り抜け。それが彼ら、夢島ナインへの礼儀だ」

「はい!!」

 

 今度は全員の声が揃った。

 

 

 一方、その夢島ナイン。

 

「……本田だけじゃない、皆よくやったよ。僕みたいな頼りない主将にここまでついてきてくれて、本当にありがとう」

「国分……」

 

 国分の男らしくも幼さの残る顔立ちに、晴れやかなものが浮かぶ。よもや勝負をあきらめてしまったのか──そう思われた矢先、彼の太い眉がきりりと上がった。

 

「でもここまで来たら、絶対に勝ちたい……!僕はそう思う!」

 

 相手の最強打者・櫻内を倒したのだ。夢島ナインの未来を明るく照らすような勝利。ならばその未来を、なんとしても守り抜かねばならない。その想いは、今や国分の独り相撲などではないはずだ。

 

「勝ちたいじゃねえ、勝つんだ。俺たち9人の力で」

 

 そう言ってくれるエースが、今はこのチームにいる。

 

「せやな……!なんかやれる気がしてきたでぇ、ワイ!」

「だからやれる気じゃなくて、やるんだってば」

 

 三宅と泉のいつものやりとりに軽く和まされつつ、国分は右手を差し出した。彼の意図を即座に理解した吾郎がその上に手を重ねる。皆もそれに続いた。最後に残ったのは、ふたり。

 

「児玉、佐藤」

「……フン」

「………」

 

 鼻を鳴らしつつも、児玉。そして寿也は渋い表情のままだが、最後に手を重ねた。

 様々な感情が入り乱れながらも、彼らの勝利への渇望、それだけはひとつであることに間違いはなかった。

 

 

 

 

 

 

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