【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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帝仁戦決着

 

 9回表、夢島学園高校の攻撃。果たして丸山は三振に打ち取られ、寿也は葦原のスライダーを捉えたものの外野フライに終わってしまう。

 

「ツーアウトか……」

 

 ベンチで皆が唸る。やはり現実はそう、甘くはない。ツーアウト3点差、ランナーなしという状況は、もはや勝利の芽などないように思われるが。

 

(まだ誰もあきらめてない。ここからだ……!)

 

『1番センター、草野くん』

「草野っ、今度こそお前の足を見せてやれー!」

 

 吾郎の激励に小さく頷き、打席に立つ。バットを構えながら、彼は一年半前のことを思い出していた。

 

 

『……野球同好会?』

『うん。草野も良かったらどう?野球、面白いよ!』

 

 たまたま席が前後になった国分から、そう声をかけられた。ただそれだけのことだった。既に中学から引き続き陸上部への入部を決めていた草野だったが、兼部が認められていること、同好会の練習が時々しかないことから気軽に入会を決めた。何より国分の熱意に、わずかながらでも心動かされたのだ。

 

(これから先、甲子園を目指すとして……どこまで付き合えるかなんてわからない)

 

 練習はもちろんのこと、公式試合と記録会がバッティングしてしまうことだってあるかもしれない。そのとき自分は後者を優先すると決めている。あくまで本業は陸上部なのだから。

 

──だから、先のことは考えない。今この瞬間、皆と一緒に勝利を掴み取る。それだけだ。

 

「──っ!」

 

 一球目、見送ってストライク。二球目、勢いよくバットを振るが空振り、ストライクツー。

 

「くっ……」

 

 歯噛みしつつも、バットを構え直す草野。そんな打者の背中を横目に見ながら、柿本は一球外すようサインを出した。

 

(あとストライクひとつで終わりだ。ここは慎重に……)

 

 頷き、投球に入る葦原。明らかに外すつもりの一球──しかし9イニングを投げきった彼の疲労は、確実に蓄積していたらしい。指先を滑った白球は、ストライクゾーンに入る形で高く浮いた。

 

「!!」

 

 これだ!直感とともに、草野は勢いよくバットを振り抜いた。

 

──かあんっ

 

 真芯に捉えたはずだったが、やはり野球経験の浅い草野には荷が重かったらしい。一度地面に叩きつけられたボールは、二・三塁間を転がっていく。

 

「ショートゴロ……!」

「っ草野走れぇ!!」

 

 全力で走る草野。一塁しか見ていない彼の背後で、遊撃手の葉柴が既に送球動作に入っている。草野はそのまま、ダイヤモンドめがけて飛び込んだ──

 

「──、」

 

 

「セーフ!セーフっ!!」

 

 塁審の声が響く。櫻内の捕球よりコンマ数秒、草野の接触が早かった。野球では珍しくないことだが、ただそれだけが彼らの生命をつないだ。

 

「よっしゃあ!」

「ナイス陸上部〜!!」

 

 皆の歓声に、立ち上がった草野が手を挙げて応える。彼にとってはこの試合、最初で最後の出塁だった。

 

『2番ショート、泉くん』

「………」

 

 熱狂とは一見無縁に見える冷静な面持ちで、泉がバッターボックスに立つ。もはや微塵も油断などない柿本は、葦原の調子を心配していた。

 

(このチビ、何度もヒット出してるからな……。ブランクはあっても、シニア経験者だ)

 

 見かけどおり腕力はないようだから本塁打の心配はないだろうが、またヒットを出されてしまうかもしれない。柿本はやや外したコースを要求することにしたが、それが災いしてしまった。

 

「ボール!フォアボール!」

 

 ストライクゾーンに入るボールはことごとくカットされた挙げ句、フォアボールで出塁させてしまう。

 

「ッ、はぁ……はぁ……くそっ」

(落ち着け葦原……!立て直せ!)

 

 しかし精神的なものは兎も角、肉体の疲労はどうにもならない。浅い呼吸を繰り返す投手の前に、この回5人目の打者が現れる。

 

『3番セカンド、国分くん』

 

 捕手から負傷により右翼手、さらに続いて負傷してしまった児玉に外野を譲って本職である二塁手と、目まぐるしくポジションを変えた主将。泉とは対照的に、やや硬い所作でバットを握っている。ただ彼には一時的なりとも致命的な弱点が生まれてしまっていることは、既に帝仁側にも知られている。

 

(こいつは手首を怪我してまともにバットを振れない。多少コースが甘くてもストライクをとれ)

 

 疲弊している葦原にも御せる相手だ。柿本がそう考えたのは油断でもなんでもなく事実そのもので、懸命にバットを振るう国分だがことごとく空振ってしまう。そもそも手首の痛みでまともなスイングになっていないのだから無理もない。

 

「ストライィク!!」

「ッ、うぅ……」

 

 じくじくと痛む右手首を、口惜しげに睨む国分。──絶対に勝つ。主将としてそう言い切った張本人がこれでは、チームの皆に申し訳が立たない。

 見かねた吾郎がベンチから声をかけようとするが、それに先んじる者がいた。

 

「国分〜っ!空回ってんじゃねえ!!」

「!」

 

 バッターボックスまではっきり聞こえる大声でそう言ったのは他でもない、児玉だった。皆の視線が集中する中、彼は続ける。

 

「勝つんだろ!だったら今、てめぇにできることをやれ!!」

「……!」

 

 今の自分に、できること。国分は目を瞬かせたあと、ふたたび己の手を見下ろした。

 そして意を決したように、バットを構え直す。

 

(っ、今さら何しても──)

 

「──ムダ、なんだよっ!!」

 

 葦原の全力投球。コースは甘くてもストライクさえとればいいという考えから放たれたそれは、奇しくも児玉が捕手をしていたときの吾郎と同じ、ど真ん中への直球だった。

 むろんそれでも今の国分では、バットに当てるのが精一杯だっただろう。しかし彼は次の瞬間、バットを水平に構えていた。

 

「!!」

 

 コォん、と軽快な音が響き、ボールが三塁方向へ転がっていく。同時に国分自身も含めた走者たちが、一斉に次の塁めがけて走り出した。

 

「っ、ツーアウトからセーフティバントかよ!」

 

 破れかぶれにも程があると思いつつ、慌ててボールを捕る柿本。国分さえアウトにしてしまえばと、他の走者には目もくれず一塁へ送球を試みる。

 

「──うおぉぉぉっ!!」

 

 ぎりぎり間に合わない……!でも間に合わせるしかないのだ。国分は雄叫びをあげて、ホームへと飛び込んだ──

 

「……!」

「国分……」

 

 土埃でベンチからは状況がよく見えない。国分はどうなった?間に合ったのか?

 皆が固唾を呑んで見守る中、砂塵が晴れていく。果たして国分の手も、捕球した櫻内の足もダイヤモンドに触れていて、これは──

 

 

「セーフ!!」

 

 塁審の自信に満ちた声が響き渡る。──勝ったのだ、賭けに。

 

「うおぉぉぉぉ!!やった、やったでぇ!!」

「ツーアウト満塁……!」

 

 ぶり返した手首の痛みのために、国分はすぐに立ち上がることができない。──そんな彼に手を差し伸べたのは、櫻内だった。

 

「大丈夫か?」

「!、あ……はい。ありがとう、ございます」

「敬語はいらない。同学年だろう」

 

 それもそうだ。相手がプロ顔負けの体格なので、どうしても自然と敬語が出てしまうのだった。

 

「お前たちの一発逆転の条件が揃っちまった。うちをここまで追い込むとは大したもんだ」

「そんな……」

「──だが、まだ終わっちゃいない」

 

「あのエースを打ち取って、最後に笑うのは俺たちだ」

 

 

『4番ピッチャー、本田くん』

 

 いよいよ文字通りの真打が打席に立つ。他とは比較にならないアスリートとして完成された体躯には、己が積み上げてきたものに対する自信が漲っている。

 

(勝負……するよな、葦原)

 

 訊くまでもないことだった。敗けたら終わりの公式戦なら兎も角、これは練習試合だ。投手として、この強力なライバルに負けたくないというプライドを、尊重させてやっても良いはずだ。

 念の為ベンチに視線を送ると、若松は柿本の意図を察したようにひとつ頷くだけだった。

 

(よし……!全力で投げ込んでこい、葦原!)

 

 サインは出さず、ただミットを突きだすように構える。葦原は呼吸を整え、まず一球投げ込んだ。

 

「ストライィク!!」

「………」

 

 ストレートを見送り、一球。吾郎は絶好球以外打つ気がないことは明らかだった。もう一球低めを投げるとバットを振ったが、これはファウルゾーンを越えた。

 ギリリと歯を食いしばりながら、葦原は両腕を大きく振りかぶる。結果的にツーストライクまではとった。切札の投球で、一気に打ち取る──!

 

「──ぉおおおおおおおっ!!」

 

 葦原が雄叫びをあげたのは、いつぶりだったか。いずれにせよ放られた白球は、美しい弧を描きながらキャッチャーミットに吸い込まれていく。最近では最も精度の高い、必殺スライダー。柿本はそう確信していた。

 しかし、

 

(待ってたぜ、この球を!!)

 

 刹那、吾郎の確信に満ちたスイングが炸裂した。

 

 

「え、」

「あ──」

 

 ぽかんとした表情の南雲のすぐ傍らにボールが落下してきたのは、それから数秒後のことで。

 

「ほ、」

「満塁……ホームラン……」

 

 もはや歓声も出なかった。現実感のない歓喜に、双方のベンチが呆然としている。ただ走者たちは、審判から促されてダイヤモンドを廻りはじめた。

 

 ひとり涼しい表情を浮かべる吾郎。その眼前にある国分の背中は、何かを堪えるように震え続けていた。

 

 

 *

 

 

 

 その後の上位打線から始まる帝仁側の攻撃は、しかし吾郎の緩急を付けたピッチングにより完璧に抑え込まれた。

 走者を出すこともないままツーアウト、ツーストライク。いよいよ最後の一球となるか。

 

「──ぉおおおおおおッ!!」

 

 ここに来て衰えるどころかさらに球威を増す吾郎の投球。3番打者・麻柄が喰らいつこうとバットを振り抜くが、100マイルを越える全力ストレートを捉えることは、ついぞできぬまま。

 

「──ストライィク、バッターアウト!!」

 

 ゲーム、セット。点数は6vs5──言うまでもなく上回ったのは、夢島高校だった。

 

「お、俺たちがベスト4相手に……」

「勝ったんか、ほんまに……?」

「っ、勝ったんだよ!本当の本当に!!」

 

 未だ現実感がない。しかし現実そのものだ。そしてそれは、彼らが全国制覇への端緒を開いたことを表してもいた。

 

「……ふー」

 

 大きく肩で息をする吾郎。緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが襲ってくる。そんな彼に、そっと女房役が歩み寄った。

 

「吾郎くん、ナイスピッチ」

「!、トシ……」

 

 むっつりした表情のまま、寿也はそっと右手を掲げた。目を丸くした吾郎だったが、やがて笑みを浮かべてそれに応じる。パン、と、軽快な音が響いた。

 

 

 *

 

 

 

「一同、礼!」

 

──ありがとうございました!!

 

 互いに一礼し、試合におけるすべての行程が終了した。あとはグラウンドの整地を合同で行う、といったところで、不意に葦原が吾郎に話しかけた。

 

「……最後のスライダー、俺なりに最高の一球のつもりだった」

「!」

「それを打たれちまったら、もう完敗だ」

 

 認めざるをえなかった。この男は、自分よりすぐれた投手であり、打者でもあるのだと。そんな相手は今まで、県トップの厚木高校の投手たちくらいしかいなかった。

 

「おまえみたいなピッチャーが、なんで無名の……同好会なんかにいるんだ」

「……そうさなぁ」少し考えたあと、「強ぇ奴らとは、本場(アメリカ)で散々一緒にやってきたからな。自分の実力がどこまで通用するのか、試してみたくなったのさ」

「アメリカで……?──なるほど、そういうことかよ……」

 

 高2で100マイルのストレートを放つような投手がまったくの無名であったのも、日本でプレーしたことがないというなら合点がいく。自分は井の中の蛙だったのだと、葦原は自嘲した。

 

「それに、夢島(うち)は案外できるチームだぜ。……来年の夏、楽しみにしときなよ。あんたらにも、他の強ぇチームにも勝って、俺らは甲子園に行く」

「……そうか。負けないからな」

 

 フッと笑って、葦原はベンチへと戻っていった。仲間たちとともに。

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