【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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17話目にして女性キャラ初登場の巻


高嶺の桃子さん

 

 "9人目"佐藤寿也の承諾も得、野球同好会は晴れて部への昇格を決定した。

 主将である国分篤は設立届を書き終え、笑みを浮かべた。海の向こうからとんだ風雲児が現れてはや二ヶ月、とんだ災難もあったが皆で力を合わせて乗り越えることもできた。何より県ベスト4の横浜帝仁高校相手にからくもながら勝利したのだ。これからの努力次第では甲子園に行けるかもと、半ば本気でそう思えるようになっていた。

 

 ある一ヶ所を除いて国分の字で埋まったプリントを手に教室を出る。と、廊下で待ち受ける二人組の姿があった。

 

「それ出しに行くのか、国分?」

「あ……本田、佐藤!」

 

 野球同好会に変革をもたらした剛腕投手と、紆余曲折を経て正捕手を務めることになった元リトルリーガー。好対照のバッテリーのもとに、主将は駆け寄った。

 

「どうしたの、こんなところで?」

「泉くんたちと話してたんだよ。届出に行くのに、B組からも代表を出そうって」

「どうせなら皆で行こうっつったんだけど、ぞろぞろ大人数で行ったらヘンに思われるってよー」

「そりゃそうだよ。言っておくけど、僕も吾郎くんが先走って余計なことをしないように見張りで行くんだからね」

「そ、そんなぁ〜……あんまりだぜ寿ク〜ン」

 

 漫才のようなやりとりに、くすりと笑みがこぼれる。こういうのは泉と三宅の専売特許だと思っていたが、彼らも似通ったタイプのようだ。吾郎はともかく彼と距離を置こうとしていた寿也が屈託のない姿を見せてくれるのは、国分にとっても嬉しいことだった。

 

「じゃあ一緒に行こうか。本田の監視よろしくね、佐藤」

「任せてよ」

「キャプテンまでぇ……」

 

 和気藹々と職員室へ向かう三人。数分後には野球部発足が正式に決まる──誰もがそう信じて疑わなかった。

 

 

「すまん、無理」

 

──極めてあっさりした南雲の拒否に遭うまでは。

 

「は……はあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 「なんでだよ!?」と喰ってかかる吾郎。いつか見たような光景だと国分は思ったが、彼を制止する余裕は国分にもなかった。

 

「約束だったじゃねーかよ!!帝仁に勝ったら部にしてくれるって!!」

「いやそんな約束してねーよ。廃止を取り消してもらえるよう頼んでやるとは言ったけど」

 

 確かにそれはそうだ。ただ形だけとはいえ同好会の顧問だったのだから、そのまま継続してもらえるものだと信じて疑わなかったのだ。既に同好会として存在している以上、設立届の提出はセレモニーでしかない。しかしセレモニーでもそういう手続きが存在する事実を、小狡い大人は突いた。

 

「……なんとかお願いできませんか?僕らが帝仁にも勝てるだけの地力があるってことは、この前お見せしたはずです」

 

 こんなときでも冷静な寿也が慇懃な、しかし有無を言わせぬ口調で言い募る。実際には吾郎の功績が大きいのは言うまでもないのだが、全員がひとつずつは貢献しての勝利だったことは間違いなかった。

 

「そう言われてもなー……。俺、年老いた母親と二人暮らしでさぁ、部活の顧問はちょっと厳しーの。同好会のときは大してやることなかったからなんとかなったけど」

「………」

「つーわけで他を当たってくれ。あ、今はみんな三者面談の準備で忙しいから、それが終わったあとにしとけよ」

 

 そう言ってシッシっと追い払うようなしぐさをする。これには温厚(?)な吾郎もぷつんと切れた。

 

「こんのヤロォ……!ティーチャーだと思って大人しくしてりゃあ!!」

「ちょっ、本田ぁ!!」

「やっぱりこうなる……!」

 

 こんなことになるならこの場に連れてくるべきではなかったと、エースを制止しながら思う主将と女房役なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 徐々に定例開催となっている9人だけの会合は、以上のことから重たい報告となった。

 

「……まぁあの人のことだし、すんなり行かないんじゃないかって気はしてたよ」

 

 クールでドライな泉祐一の言葉が、すべてを物語っているわけであるが。

 

「ちっくしょぅ……なんであんなやつがティーチャーやってんだよ」

「まぁ授業は上手いからなぁ、あのセンセ。殆ど授業中寝とるエース様にはわからんやろうけど」

「うぐっ……」

「しかしどうする?再三説得するにしても、家庭の事情を持ち出されてしまうと……」

「それだって本当かは怪しいもんだけどな」

「この際本当かどうかは問題じゃないよ、吾郎くん」寿也が言う。「南雲先生がそう言っていて、学校がそれを追認してるなら、僕らにはもう手の出しようがない」

 

 唸りつつ、吾郎は頭を掻いた。せっかく9人の気持ちが揃ったのだ、一刻も早く本格的な練習に取り組みたい。夏まで半年以上あるとはいえ、目標を考えればそれは決して長い猶予ではないのだ。

 

「どうする、主将(キャプテン)?」

「……三者面談で皆忙しいって釘刺されちゃったしなぁ。それが終わったら教頭先生にでも相談してみるよ」

「あと半月はこの調子、か……」

 

 いやそのあとだって、新たな顧問が見つかるかどうかは微妙な情勢だ。殆どの教師が既になんらかの部活動ないし同好会の顧問を務めている。生徒とは掛け持ちの意味が根本的に異なる以上、首を縦に振ってもらえるか、どうか。

 

「ところでよ……」

 

 皆で悩んでいると、ふいに吾郎が神妙な表情で切り出した。

 

「……サンシャメンダンって、何?」

 

 

 皆、盛大にずっこけた。

 

 

 *

 

 

 

 さて、懸命なる読者諸兄には今さら説明の必要などないと思うが、三者面談とは高校生にとって今後学生生活を営むうえで(一応)重大な行事である。三者とは本人、担任──そして保護者のいずれか、というのが一般的な形態なのは言うまでもない。色々と個性を出すことに腐心しながらも根本的な平凡さの抜けない夢島高校も当然、その例には洩れないのだった。

 

「はぁ〜あ……」

 

 通常より早い放課後、書類とともに職員室を出た南雲は人目を憚りつつもため息をついた。三者面談という行事自体彼にとっては面倒なのだが、今日はとある厄介な生徒が番に入っているからだ。

 

(本田吾郎……)

 

 二学期の初め、彗星のごとく転入してきたアメリカからの帰国子女。と同時に、本校の野球同好会を甲子園で優勝させようなどと本気でのたまう風雲児でもある。その野望に巻き込まれまいとあれこれ抵抗しているところなのだが、よりによって今日はその保護者とも対峙しなければならないのだ。息子の夢を強烈に後押しするモンペ……もとい熱い母親だったら実に厄介である。如何に無難に、のらりくらりと乗り切るか。そんなことばかりを考えては嘆息する南雲であった。

 と──玄関付近に差し掛かったとき、きょろきょろと不安そうに辺りを見回している女性の姿があった。年頃は南雲と同じ、三十代に差し掛かったところだろうか。いや年代はさしたる問題ではない。彼女、彼女はとても──

 

(び、美人だ……!)

 

 電光が閃いたかのような衝撃を、南雲は味わっていた。気持ち髪型を整え直しながらふたたび歩き出した。保護者にしては明らかに年若い女性が何故ここに、などという疑問は思い浮かびもしない。

 と、女性はこちらに気づいたのか、心細げな表情に安堵を浮かべた。

 

「あの、すみません」

「!?は、はい!」

「2年生の教室に行きたいんですけど、行き方がよくわからなくて……。日本の学校って、久しぶりなもので」

「あ、あぁ、それなら案内しますよ!私、2年生の担任なもので!」

「あら、そうなんですか?ありがとうございます」恭しく一礼しつつ、「ひょっとして、南雲先生でいらっしゃいますか?」

「え、えぇ、そうですけど……」

「やっぱり!息子がこの秋からお世話になってます」

「息子……さん?」

 

 受け持ちの男子生徒のうち、誰かの母親だというのか。しかしこんな若い女性が……と思ったところで、ふいに手許の資料が目に入った。──本田吾郎の、家族構成の欄。

 それと同時に、女性は名乗った。

 

「本田吾郎の母です。本日はよろしくお願いします」

 

 天使のような微笑──南雲の目にはそう映った──とともに、本田桃子はもう一度頭を下げた。

 

 

 *

 

 

 

 一目惚れした女性が、生徒の母親だった。まだぎりぎり若手と言っていい高校教師の南雲にとって、予想だにしない事態であった。

 いったんは落胆した南雲であったが、保護者……つまり人妻であることを差し引いても桃子は好みのタイプど真ん中であった。帝仁の櫻内がホームランにしたアレ以上のど真ん中である。

 

「9月から吾郎がお世話になっています。……吾郎はご迷惑をおかけしてませんか?母親の私が言うのもなんですが、ああいう子なので……」

「へ、え、ええ!吾郎くんはたいへんよくできた子ですよ!なんたって廃止寸前の野球同好会を率いて県ベスト4の学校に勝っちゃうくらいですからねぇ」

 

 自分で言っていてなんとも言えない気分になる。そのことを面倒に思っているなどとは、好みの女性(吾郎の母親)の前では口が裂けても言えそうになかった。

 

「そう、そうなんです。あの子昔から無茶なことばかりで……我が子ながらすごいとも思うんですけど、やっぱり心配で。でも応援したい気持ちもあって……」

「わ、わかりますよ!」

「ありがとうございます。──先生は野球同好会の顧問もされてるとか?」

「え、ええ」

 

 ふいに桃子が足を止まる。つられて南雲も立ち止まった。

 

「吾郎のこと、これからもどうかよろしくお願いします」

「……!」

 

 二度目の衝撃が、南雲を襲った。

 

 

 間もなく教室に到着すると、そこには既に吾郎の姿があった。「遅ぇよ母さ……」と途中まで言いかけたところで、南雲の姿を認めて目を見開く。

 

「あれ、先生も一緒?」

「お、おぅ。たまたま昇降口でな」

「もう吾郎、迎えに来てって言ったじゃない!」

「ヤダよこっぱずかしい」

 

 「かわいくないんだから」とむくれる桃子。高校生の母親としてはやや年甲斐のない振る舞いなのだが、そんな姿にすら鼻を伸ばしてしまう南雲だった。

 

「それは置いといて吾郎、担任の先生が顧問だなんてよかったじゃない。しかもすごく応援してくださってて、感謝しなきゃだめよ」

「へ?お、応援?」

「そうですとも!」何故か胸を張り、「この南雲が必ず、吾郎くん達を甲子園へ連れていきますから!」

「………」

 

 

「……どゆこと?」

 

 唖然とする吾郎。──南雲が設立届の顧問欄に署名したのは、この翌日のことであった。

 

 

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