寿くんと国分はあとから本職になる予定(ネタバレ)
至って型通りの始業式も終わり、昼前には放課となった。そこから部活へ行く者、駄弁りながら帰宅の途につく者──寿也は一応前者にあたるはずだったのだが、想定外の出来事によって今、学園中を歩き回る羽目になっていた。"アメリカ帰りの転入生"を連れて。
「サンキューなぁ、トシ……寿クン。ドーコーカイ?っての、あったんだろ?」
「うんまぁ……それもあるんだけど。大丈夫だよ、三宅くんの用事は夕方でもどうにかなるし」
「?ふーん……」
鼻を鳴らす吾郎。体格もそうだが、流石に雰囲気も大きく変わったように思う。同年代と比べても大人びた振る舞いは、アメリカでの生活で自然と身についたものだろうか。整った顔立ちも相まって、女子たちがきゃあきゃあ言うのもわかる気がする。
「にしてもおまえ、野球続けてたんだな。ドーコーカイって、要するにベースボールチームだろ?」
「……まぁ、ね。吾郎くんは?」
「俺も向こうでぼちぼちな」
まったく野球から遠ざかっているわけでないのは事実だ。──しかし同好会に籍を置いているだけの状態を、果たして"続けている"と形容してよいものかどうか。しかしそれはお互い様かもしれない。ぼちぼち、と言葉少なに答えた吾郎だって、もしかすると野球への熱は冷めてしまっているのかもしれない。体格はアスリートそのものだが、アメリカで他のスポーツに出会っていたって不思議ではないのだ。5歳から16歳という期間は、人を変えるには十分すぎる。
だから仮にそうであったとしても、寿也は失望するつもりなどなかった。幼い日の無邪気な約束など、懐かしい思い出でしかない。幼稚園児同士が簡単に結婚を口にするのと似たようなものだ。
「──これでだいたい、主要なところは見終わったかな。あとは聞いておきたいこととかある?」
「ん、んー……そうだな」少し考え込んだあと、「そのドーコーカイってのは、どこで練習やってんの?」
「え、あぁ、グラウンドの端っこだけど……」
「ふぅん。じゃ、そこに連れてってくれや」
「いいけど……どうして?」
踵を返しかけていた吾郎が、首のみ傾けてこちらを見た。
「決まってんだろ。──入るんだよ、ココのベースボールチームに」
*
「はあぁ……ったく、あの転入生のせいでワイのカンペキな計画がパーやでホンマ」
ため息混じりにそんなことをのたまう大阪出身のクラスメイトに対し、泉は冷ややかな視線を向けた。
「何言ってんだか……。そもそも完璧な計画は夏休み始まった時点で立てときなよ」
「正論言うなや!グサッと来るわ……」
三宅があからさまに胸を押さえていると、ユニフォーム姿の小柄な少年が駆け寄ってきた。
「泉、三宅!もう練習始めるよ」
「あぁごめん、
主将と呼ばれた少年は、はは、と力ない笑みを浮かべた。背丈は泉とそう変わらないくらいだが、短く切り揃えられた頭髪、きりりとした太い眉など、球児らしい特徴は兼ね備えている。くりくりした眼力の漲った瞳は、典型的な熱血漢であることを如実に示していた。
「そういえば今日、佐藤も来るって言ってたけど……」
「あぁほら、例の転入生の案内してて……あ、噂をすれば」
泉が見遣った先から歩いてきたのは、寿也──と。
「よぉー、ユーたちがベースボールチームの諸君?」
「……なんなの吾郎くん、そのえせアメリカ人みたいな口調」
「いーだろ、帰国子女っぽくてよ」
帰国子女というか某タレントの如し、なのだが、吾郎は当然その存在を知らなかった。
閑話休題。
「皆、遅くなってごめん」
「ううん、来てくれてありがとう。えっと、その人が……?」
「あぁ……紹介するよ、転入生の本田吾郎くん」
「ナイストゥーミーチュー……じゃねーのもふたりいるけど」
「……何しに来たんや、転入生?」
遺恨(?)のある三宅がつっけんどんに訊くと、寿也が代わりに答えた。
「実は……彼も入会したいって」
「えっ、うちに!?」
目を輝かせたキャプテンは、駆け寄ると同時に吾郎の手を握った。
「うぉ!?」
「嬉しいよ……!これでやっと9人揃う!相手チームから人借りなくても、自分たちだけで試合できるんだ!」
「え、9人揃ってねーの?」
「ああ!今なら即スタメンだよ!ポジションはどこやりたい!?」
犬だったら尻尾をちぎれんばかりに振り回していそうな興奮ぶりに、チームメイトが「国分、」と彼の名を呼んだ。
「あ……ご、ごめん。僕は国分篤、野球同好会の会長です。よろしく、本田くん」
「ヨロシク。俺のことは呼び捨てでいいぜ、アメリカじゃずっとそうだったしな」
「わかった。じゃ、皆のところに案内するよ!」
「二学期初っ端から幸先いいぞぉ……!」と独り言を呟きながら、国分は先んじて駆け出していく。傍から見れば滑稽なほどの喜びようだが、一年半前のことを知っている寿也たちからすれば無理もないことだった。8人を集めるために、国分は相当な苦労をしてきたのだから。
*
果たして国分に案内されたグラウンドの隅には、四人の少年たちの姿があった。寺門を除く三人は当初、見慣れぬ吾郎の姿に胡乱な表情を浮かべていたが。
「じゃあ自己紹介ってことで改めて……。国分篤、ポジションは……中学まで本職は
「──児玉憲太郎。ポジションは
逆立った髪の目つきの悪い少年がそう名乗ると、隣に立つ面長の少年がふ、と鼻を鳴らした。
「君はエースだったのか?知らなかったな」
「あ゛ぁ!?ケンカ売ってんのか、草野!!」
「売ってない。……草野秀明、ポジションは特に決まってないが、外野に入ることが多い。足には自信があるんでね」
「あ、草野は陸上部に所属してるんだ」国分が補足する。「短距離走の選手としてもエース級なんだよ」
「それほどでもない」と言いつつ、草野少年はどこか誇らしげである。先ほど一触即発だった児玉はけ、と吐き捨てているが。
続いて、糸目のおどおどした少年が「丸山智、です。僕も外野……かな」と小さな声で名乗った。
「僕ら四人が隣のA組なんだ。わからないこととかあったら、気軽に呼びに来てくれていいからね!」
「へぇ……つーことは全員、二年生?」
「あ、ああ……うん、まぁ。──B組の皆も、一応自己紹介しとく?」
「せやな、そうするわ」三宅が前に出、「ワイは三宅陽介。ポジションは
「ふぅん。なんか喋り方ヘンだな、あんた」
「なっっっっっ!!大阪バカにしとんのか!?」
「ヘンなのは喋りだけじゃないから安心していいよ」
「……い、泉ぃ〜〜」
気心の知れたクラスメイト兼チームメイトに突き放され、意気消沈する浪速ボーイであった。
「僕は泉祐一、ポジションは
「内野に飛んできた球はたいがいなんとかしてくれるもんなぁ。ちっこすぎてたまにどこいるかわからんくなるけど……痛でっ!?」
反撃を試みた三宅が脇腹に痛烈な肘打ちを浴びたところで、泉と対照的に背も体格も大きい寺門が名乗った。
「寺門健一、ポジションは
「ふぅん……。──寿クン、おまえは?」
「え?」
「ポジションだよ。どこやってんの?」
「ああ……僕はまあ、そのときによって色々かな。ほとんど助っ人みたいなものだから」
こうして練習に顔を出すの自体、珍しいことなのだ。尤も寿也が学業に心血を注いでいることは皆知っているし、それで反感をもつ者もいない。人数が足りていない中、試合にだけでも参加してくれる存在は貴重なのだから。
吾郎は一瞬目を伏せるような仕草を見せたが、「あっそ」と呟いただけだった。
「それでもう一度訊くけど、本田は希望のポジションある?」
「んー……そうだな。ま、今日の練習見学させてもらって考えるわ」
「なんやジブン、消極的やのぉ。ホンマにやる気あるんかぁ?」
「三宅!……そ、それなら早速練習始めようか!三時にはカバディ同好会にここ明け渡さないといけないし」
野球同好会、なかなかシビアな立場だった。
*
走り込みと準備運動を軽く済ませ、野手組がグローブを持って集まってくる。主将の国分だけはバットを持っているあたり、どうやらノック練習をするようだった。
「よし、行くぞ!」
宣言と同時に、国分がボールを打ち込む。びゅん、と風を切るようにして低空を飛ぶ一球は、グラブに吸い込まれ──なかった。
「うわぁっ」
情けない声をあげながら、丸山が球を追っていく。国分はその動作に特に何も言うことなく、「よし次!」と告げる。彼がとりわけ下手なのではなく、全体としてこんなものなのだ。熟れた動きをしているのは野球経験のある泉くらいで、あとは皆おっかなびっくりという様相である。普段あまり練習に参加していない寿也は、その中ではついていけているほうだったが。
「ナイス佐藤!」
「はは……これなら一応、役に立つかな?」
そんなやりとりをしていると、壁当てをしていた児玉が国分を呼んだ。そろそろ本気で投げたいらしい。
皆に素振りをするよう指示すると、国分はキャッチャーミットを着けて壁の前にしゃがんだ。相対する児玉が、不意にニヤリと笑う。
「見てな転入生、オレのピッチングをよぉ!」
そう宣言した直後、ワインドアップから勢いよく右腕を振りかぶる。手を離れた一球は、スパン!という小気味よい音とともにミットへ吸い込まれていった。
「いいぞ児玉!球走ってるよ!」
そう言ってボールを投げ返す国分。得意満面にそれを受け取りつつ、児玉は見学中の転入生を見遣った。彼はへらりとした笑みを浮かべ、パチパチと手を叩いている。
「へぇ、すげーすげー」
どこか空々しく響く称賛の言葉。むっとした児玉はますます熱を込めて投球するが、吾郎の反応が変わることはついぞなかった。
*
「──国分。悪いけど、そろそろ陸上部のほうに行かないと」
草野の言葉に、国分は校舎の時計を仰ぎ見た。短針がちょうど2と3の間を指している。
「ワイも佐藤と用事あんねん。な、佐藤?」
「え、あぁ、うん」
「俺も弟が学童で待ってるから、迎えに行かないと」
「そ、そっか。じゃあ少し早いけど、今日はここまでにしよう!」
終了を告げた国分は、その足で吾郎のもとに駆け寄った。
「本田、どうだった?」
「ん?んー……いつもこんな感じで練習してんのか?」
「ああ。平日は火曜と金曜の週2回、土日の午前午後どこかを隔週で……って感じかな」
「それだけなのか?」
「まあ、各々の都合とか、他の部や同好会との兼ね合いもあるからさ……」
「そーかい。で、ポジションのことだけどよ──」
その瞬間、今までどこか気のない様子だった吾郎の目つきが鋭くなった。
「この分ならエースで四番、俺が引き受けるしかなさそーだな」
「……え?」
そのひと言は特別大声で発せられたわけではなかったけれど、不思議とグラウンドの片隅にはっきりと響いた。間近で聞かされた国分はおろか、既に撤収準備を始めていた他の面々にも。
「──おい転入生、ナニ生意気言ってやがんだ!?」
食ってかかったのは、言うまでもなくエースで四番を自認している児玉だった。体格だけで言えば吾郎にもひけをとらない彼が短気を起こせば、それだけで場の空気が緊迫したものになる。果敢にも国分が間に割って入った。
「よ、よせよ児玉!本田も、いきなり何言って──」
「いきなりじゃなかったら良かったか?」
「そういう問題じゃ……」
口ごもる国分に対し、不敵な笑みを浮かべて吾郎は続ける。
「ドーコーカイってのがガツガツやるチームじゃねーってのは見ててわかったけどよ、試合で勝てるに越したこたねーだろ。……俺なら、勝たせてやれるぜ?」
「〜〜ッ、随分な自信じゃねえか……」
青筋を立てながらも、児玉は吾郎の言い分を理解したようだった。──無論それは、はいそうですかと自らの立場を譲ることと同義ではない。吾郎は未だ、何も見せてはいないのだから。
「ま、口でああだこうだ言ってもー納得できるわきゃねえよな。つーわけで、勝負といこうぜ」
「勝負だぁ?」
「お互いに十球投げて、多く打ったほうの勝ち……どうだ?」
どのみち野球同好会に与えられたスペースでは、凝った勝負などできようはずもない。それはいいと、児玉は笑みを浮かべた。
「上ッ等じゃねえか……。──おい国分っ、マスク被れ!」
「何勝手に話進めてんだよ!?僕はいいなんてひと言も……」
「……やるしかないんじゃないか、キャプテン?」
「っ、寺門まで……」
「児玉はこうなったら止まらんだろ」と、寺門。──児玉といちばん親しいのは、クラスが同じで座席も前後同士の国分なのだ。その性質は、彼自身がいちばんよくわかっている。
「なんや、面白うなってきましたで〜」
「………」
渋々用具を取りに行く国分の背中を眺めつつにやつく三宅の隣で、寿也はえも言われぬ表情を浮かべるほかなかった。