【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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いざ合宿!

 

 年が明けた。

 夢島ナインにとって、人生最初で最後の熱い夏が待ち受ける年。未だその萌芽も見えぬ白妙の季節の中で、彼らはその日のために練習を積み重ねていた。

 

「──ふっ!」

 

 マウンドに立ち、投球を試みる女性コーチ。その白魚のような手から放たれる魔球スライダーが、打者(バッター)に襲いかかる。

 

「でえぇいっ!!」

 

 勢いよくバットを振る三宅だが、ブン!と空を切る音が響いただけだった。ボールは既にキャッチャーミットに納まっていたので。

 

「振るのが遅い!スライダー来るってわかってるんだから、気ィ抜かないで!次!!」

「うぅ、スパルタやぁ……」

 

 トボトボと去っていく三宅。入れ替わりに呼ばれた丸山も「ビビらない!何年野球やってんの!」と叱られていた。

 

「はあぁ〜……本田のほうがよっぽど優しいで、アレ。かわいい顔してエグいわ、あの姉さん女房は」

「だぁれが姉さん女房だ!……涼子ちゃんは昔っから容赦ねえんだよ。手ぇ抜こうもんならすぐバレるしな」

「まあ全国目指す以上は、これくらいの指導は必然だとは思うけど……」

 

 気弱な丸山が音を上げてしまわないかというのは、正直言って不安材料だった。そこは同じクラスで主将(キャプテン)の国分がうまくフォローしているのだろうが。

 その国分が打席に入り、涼子のスライダーを見事に捉えているところだった。

 

「おぉ、流石だ……」

「さっすがキャプテン。泉も負けてられへんなぁ〜?」

「負けてないから。俺だってもう打てるし」

 

 存外に負けず嫌いな泉であった。

 

 

 *

 

 

 

「皆に提案したいことがあるの」

 

 練習終わり、整列した一同を前に涼子がそう告げた。

 

「クラブ活動としては皆よく頑張っているけれど、目標を考えたらもっと集中して取り組む必要があるわ。──というわけで、トレーニングキャンプを行いたいと思います!」

「と、とれーにんぐきゃんぷ?」

「合宿……ですか?」

 

 「日本ではそう言うのかしらね」と惚ける涼子。確かに部活といえば……というくらいには、ポピュラーな行事ではあるが。

 

「………」

 

 皆があまり芳しい反応を見せない理由は言うまでもあるまい。──各々事情があって、同好会程度なら……という者もいるのだ。そこをなんとか調整しつつ、綱渡りしながら部として活動している。それが実情だった。

 

「涼子ちゃん、全員が参加すんのは厳しいしそういうのは……」

「あら、別に全員が参加する必要はないわよ」

「!?」

 

 呆気にとられる一同を前に、事もなげな表情で涼子は続ける。

 

「出られない人にまで無理強いはしない。コーチャーとしてできるだけフォローもするわ。……でもチームメイトとの差が生まれて、試合で足を引っ張って、悔しい思いをするのは自分自身なのよ」

「……!」

 

 皆が息を呑む。──家庭の事情という最もままならないものを抱えている泉などはとりわけその言葉に打たれつつ……同時に、涼子の言葉は非の打ち所がない正論だとも感じていた。リトルシニアでも、練習に真面目に参加していない者は先を行く面々に突き放され、脱落していった。結果だけみれば、それと同じだ。

 

「さあ。Do you wanna do it or what(やるの?やらないの?)?」

「………」

 

 意を決したように一歩を踏み出したのは、我らが主将だった。

 

「っ、皆……僕は、やりたい……!」

「!」

「もし甲子園に行けたとしたって、本田におんぶに抱っこのままじゃ誇りになんて思えない……!もっと、強くなりたいんだ!」

「国分……」

「もちろん、行けない人には僕もできるだけフォローする。誰も置いていかれないように頑張るから……」

 

 過去のトラウマを想起しながらも、国分は懸命に己の心情を訴えた。あのときとは皆の熱量も、人間関係も異なる。今度こそ、もう一度。あのときのリベンジを──

 

「いいと思うよ、俺は」

「!、泉……!」

「思った通りに身体が動かないってのは、やっぱり悔しいからね」

「………」

「草野は、どう?」

 

 泉に次いで野球のみに専心できない事情を抱えているといえば、やはり草野だ。そもそも彼は陸上部が本業で、そちらを優先するとかねてから公言しているのだから。

 だが彼もこのチームで甲子園をめざすことには賛同して、これまで頑張ってきたことに違いはないのだ。

 

「……陸上部の予定表は、以前お渡ししたとおりです。重要な日程と被らないようにしていただければ、あとはこちらで陸上部の顧問と話し合います」

「じゃあ──」

「参加、したいと思っているよ」

 

 泉、そして草野。彼らが前向きに考えているとなれば、それがすべてだった。

 

「決まり……」

「で、ええんちゃうか?」

 

 皆の反応を見て、涼子はようやく笑みを浮かべた。

 

「ふふ…そう言ってくれると思ったわ。──ミスター南雲、場所の手配、お願いしますね♪」

「えぇー……はぁ、りょーかい……」

 

 楽だからいいんだけどと思いつつ、顧問なのに意思決定から完全に外されていることに不満を覚えないでもない南雲なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 合宿の日程は、2月上旬の三連休と決まった。合宿所は隣県の山中にある山荘で、付近に幾つか練習用のグラウンドがあるなど運動部のトレーニングキャンプ地として頻繁に利用されている場所でもあった。

 

「つまるところ、たまたまバッティングした強豪校と練習試合できるチャンスがあるってわけだ。うん」

「……何ひとりで喋ってんだ?」

「さぁ……。でも強豪とやれるチャンスがあるっていうのはありがたいね」

 

 部発足当初の江良高校に始まり、都合数校と練習試合を行ったが、結果はいずれも夢島高校の大勝だった。児玉や寺門を投手に置けば多少失点はするものの、それ以上に皆とにかく打つのだ。そうして塁が埋まったところで、吾郎や寿也がホームランを放ち大量得点。既にお決まりのパターンで、自信をつけるにはもってこいなのだがそろそろマンネリズムに陥っていることも事実なのだった。

 

「Sure……でも、普通の練習でもビシバシしごいてあげるから、楽しみにしててね♪」

「お、オーゥ……なんやワイ、急に帰りたなってきた……」

「なら歩いて帰れば?」

「ぐへぇっ」

「いつもながら容赦ないな泉……。それより丸山、大丈夫か?さっきから顔色が悪いが……」

 

 寺門の言葉に、皆の視線が最後列の丸山に集中する。元々常に何かに悩み苦しめられているような顔立ちで控えめにしている彼だが、確かに頬が青ざめているように見える。

 尋ねられた丸山は、口許を手で押さえながら蚊の鳴くような声で言った。

 

「……ぼ、ぼく、車苦手で……」

「……ま、まさか酔ったんか?」

 

 こくり。静かな首肯により、マイクロバスの車内は忽ち戦場と化した。

 

「だ、大丈夫?もちそう?」

「……ご、めん……うぷ、」

「うおぉぉい!!?」

「せ、先生!車停めてください!」

「はぁ!?と、止めるったってこんな道っぱたで……」

 

 狭い山道の真っ只中である。今のところは対向車も後続車もないとはいえ、せめて待避所でもないと事故の危険がある。まして生徒をいったん外に出すとなれば──

 しかしそんなことを言っていられないほど、事態は切迫していた。丸山の顔色はみるみるうちに悪化してゆき、"そのとき"が間近に迫っていることを報せていた。

 

「ティーチャー、早くうぅぅぅ〜〜っ!!」

 

 悲鳴じみた吾郎の声が響いたのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 *

 

 

 

 道中ひと騒動ありながらも、夢島組はどうにか目的地に到着した。車から降り、拠点となる山荘を見上げる。感想は、

 

「……なんか、ボロっちくねぇ……?」

 

 築半世紀近くは経過しているのではないかと思われる古ぼけた木造建築。見える箇所だけでもところどころに蜘蛛の巣が張っていて、既に人の手からは離れた地になりつつあるのではないかとさえ思わせる。

 

「こ、ここで2泊3日か……」

「贅沢は言えないけど……」

「そうそう、贅沢言うな〜」南雲が割り込んでくる。「ここがこの辺じゃ一番安かったんだよ。部になりたてのウチじゃろくに予算もないんだからな」

「………」

 

 懐事情の話になると、何も言えなくなってしまう高校生一同である。

 話題を変えようとするかのように、涼子が手を叩いた。

 

「はい、はい!割り当てた部屋に荷物を置いたら食堂に集合、軽く腹ごしらえしたら早速練習だからね」

「うぃ〜す……」

「丸山、ごはん食べられそう?」

「う、うん……すっきりしたからもう大丈夫……」

「ったくこっちまで酔いそうだったぜ」

「児玉くん!まだ初日だし、無理はしないようにね」

「ありがとう……」

 

 せっかくの合宿。四六時中一緒に生活して、文字通り同じ釜の飯を食べるのだ。もちろん各々の実力を高めることが主目的だが、結束をより固める端緒としなくてはならない。野球はチームプレーなのだから。

 

 

 *

 

 

 

 予告通り軽めの昼食を済ませたあと、彼らは練習を開始することとなった。

 

──のだが、

 

「残念ながら、今日はグラウンドが満杯で予約が取れませんでした!」

 

 あっけらかんとした南雲の言葉に、一瞬の静寂のあと「えぇーっ!!??」と一同が声を揃えた。

 

「な、なんじゃそりゃあ!?」

「それじゃ練習はどうするんですか!?」

「まぁ落ち着きたまえよ諸君。こうも考えられるだろう?いつも通りの練習なら学校でもできる、と」

「そんな身も蓋もない……」

「明日と明後日はちゃんと確保してあるから安心して」涼子が言う。「せっかく山に来たんだもの。今日は皆に山道マラソンをしてもらうわ」

 

 山道マラソン──細かい説明は不要だろう、読んで字の如くの行事である。

 

「技術ももちろん大事だけれど、あなたたちには9イニング……場合によっては延長戦を戦い抜くだけの体力を付けてもらわないといけないわ。実力が拮抗しているチーム同士なら、先に息切れを起こした方が負けるものなのよ」

「ま、それはそうだな」吾郎も同調する。「お前らが最後までガッチリ後ろを固めてくれてると思えりゃ、俺も安心して投げ抜けるってもんだ」

 

 吾郎の言葉に、皆の表情が引き締まる。──自らの企図した通りの効果が早速出たことを認めて、涼子は密かに笑った。

 吾郎の規格外のストレートは、確かに強力だ。並の打者ではバットに当てることすらできない。それ即ちグラウンドを固める野手たちに仕事が回ってこないということだ。しかし県内ベスト4の横浜帝仁に──コースが決まりきっていたとはいえ──吾郎の球をホームランにできる打者がいるのだから、それで満足していたら到底全国区で戦い抜くことなどできはしない。

 

 幸い皆、それを頭では理解している。──だから今度は、徹底的に身体に叩き込むのだ。

 

 

(皆、頑張って。ゴローを、日本一のピッチャーにしてあげて……)

 

 

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