【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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ここで二度目の謝罪をいたします。


米倉、ごめん。


ボーイズ・オン・ザ・ラン2

 

 最後尾の寿也たち三人を除く面々の間にも、差が生まれつつあった。

 

「さすが草野、陸上部なだけあるね」

 

 未だ余裕を残した泉の言葉に、隣を走る草野はふ、と笑った。

 

「僕の専門は短距離走だから、長距離は得意じゃないんだけどね。泉こそ、大したものじゃないか」

「どうも」

 

 とはいえスタミナの面では課題があると、リトルシニア時代もずっと指摘され続けてきた泉である。そこをクリアできなければ一流の遊撃手(ショート)にはなれない、とも。

 このチームでは間違いなく、自分が守備の要なのだ。体力も技術も、パワーもスピードも、すべてを磨き抜かなければ。普段決して表には出さない、泉の密かな決意だった。

 

「しかし本田にはいっこうに追いつけないな。どれだけ先に行ったんだか」

「言ってももうすぐ折返しだからね、そろそろ……あ」

 

 噂をすれば、と言うべきか。車道を挟んだ向かいの歩道から、吾郎が走ってきたのだ。

 彼はこちらに気づくと、大きく手を振ってきた。ふたりとも軽く手を振り返すと、吾郎はスタート時と変わらない……否、それ以上の速度のまま駆け抜けていった。

 

「あいつ、あんなペースで最後まで行く気なのか……」

「規格外だよな、色々と……」

 

 それにしても、妙に気合が入っているようだ。吾郎のことだからいつも通りといえばそうなのだがとも思いつつ、疑問に思う泉だった。

 

 

 続いて、暫く後ろを走る三宅と寺門、児玉の塊。

 

「ゼェ、ハァ……もう嫌や、脚パンパンやぁ……」

「だったら……ハァ、歩きゃ、いいだろうが……ハァ、ハァ」

「………」

「……寺門はなんでそないな鉄面皮なん……?」

 

 こいつはよぉわからん、とこぼす三宅。無駄口を叩かないのが寺門の美点なのだが、それだけに彼が今どの程度余裕があるのかもわからない。多少は息が上がっているようだが。

 

「はぁ〜、道の駅着いたら休憩しようやぁ……」

「ま、まぁ、それは賛成……だ……っ」

 

 そんなやりとりを繰り広げていると、ちょうど吾郎が向かいからやって来た。早、と思いつつも片手で会釈をして通りすがろうとした三人だったが、不意に吾郎が足踏み状態のままそこにとどまった。

 

「──おい、トシと国分はどうした〜!?」

「!」

 

 いつもながらよく通る大声に、三人は思わず顔を見合わせた。そういえば彼は初っ端から皆を突き離していたので、各々の状況を何も知らないのだ。彼を除けば先頭の泉・草野と遭遇した時点では特に疑問に思わなかったものの、国分や寿也なら三宅たちより前に出ていても然るべきだと。

 ただでさえ息切れしているのにと不満に思いつつも、三宅が応じた。

 

「あいつらは丸山のお守りやー!!」

「お守りぃ?」

「来る途中のアレが尾を引いてんだよー!!」児玉が引き継ぐ。「つーかでけぇ声出させんなぁ!!」

「……わりィ」

 

 自分の目で確かめるしかないかと、吾郎はふたたび走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 体調が戻らない中で、丸山は一歩一歩踏みしめるように足を進めていた。寿也と国分もまた、走る姿勢は崩さないながらも彼にペースを合わせていた。

 

「丸山くん、まだ行けそう?」

「ぁ、う、うん……でも……」

 

 やはり、ふたりをこれ以上付き合わせるわけには──そう言いかけた丸山に対して、国分は訊いた。

 

「丸山。本当に辛いならリタイアしてもいいんだよ」

「えっ……」

「意地悪で言ってるんじゃないんだ。川瀬コーチにはコーチなりの考えがあるんだろうけど、僕らは元々同好会なんだ。楽しいより辛いが勝ったら、意味ないよ」

 

 もちろん、楽しいばかりで全国優勝という遥か高みの目標へ辿り着けるわけはない。しかし9人ちょうどしかいない今のチームで、誰ひとり置き去りにするわけにはいかないのだ。そのための役割を担うのが主将(自分)なのだと、国分は心に決めていた。

 いや──自分だけではない。寿也だって、ともにそれを為そうとしてくれている。

 

「ぼ、僕は……」

 

 口ごもる丸山。やはり言い出せなかっただけで限界か──ふたりがそう思ったのと裏腹に、彼も紛れもない男だった。

 

「僕、今まで勉強しかしてこなくて……楽しいと思えることも全然なくて……だから国分くんが誘ってくれたときは、僕なんかがって思った……」

 

 自信などあるはずがなかった。でも自分のような者にまで声を掛けてくれた国分の心意気が嬉しくて、同好会に加入した。彼の一生懸命な姿勢につられて同好会なりに頑張っているうちに、丸山は野球が、何よりこのチームが大好きになっていた。

 

──そこに現れたのが、本田吾郎だった。

 

「本田くんは、このチームで甲子園に行こうって言ってくれた……。僕みたいなやつのことも、今までずっと仲間として扱ってくれた……!その気持ちに、僕は応えたいんだ……!」

「丸山……」

「丸山くん……」

 

 普段は決して自己主張をしない丸山が見せた本音。彼がこれほどまでに情熱を燃やす男だったとは、約二年をともにしてきた彼らをもってしても初めて知ることだった。

 

「だから僕、何時間かかっても、最後まで行くよ……!」

 

 そう断言し、丸山はふたたび速度を上げた。少しでも、できるだけ、走り続ける。そんな姿勢を見せられて、寿也も国分も胸が熱くなった。

 

「……わかった。なら僕らも、最後まできみの背中を押すよ」

「ありがとう……!」

 

 

──それから吾郎が彼らと遭遇したのは、間もなくのことだった。

 

「お前ら、大丈夫か〜!?」

「吾郎くん……!」

 

 吾郎は左右を確認すると、道路を渡って駆け寄ってこようとする。そんな彼を、寿也は手で制した。

 

「!」

「僕らは大丈夫だから、吾郎くんは先に戻って!」

「丸山は絶対、僕らが送り届けるから!」

 

 ふたり──そして丸山の表情にも、闘志が漲っている。自分が見ていない間に、協力を選んだ彼らは彼らなりにひと皮剥けたのだ。そう思うと、口許が綻んだ。

 

「そうかい。──良い報告があったんだが、それはお前らが走り終わってからだな」

「良い報告?」

「あとでな。じゃ、頑張れよ!」

 

 そう言って帰路を駆け抜けていく吾郎。大きく逞しい背中は、当然だがあの頃とはまったく異なるものだ。誰に憚ることもなく本気で走ったとしても、到底追いつくことはできないだろう。

 

(まだまだ、遠いな……)

 

 彼と対等なバッテリーになれる日は、来るのだろうか。それは全国制覇以上に果てしない目標であるように、寿也には思われた──今は、まだ。

 

 

 *

 

 

 

 十分に時間の余裕を残した吾郎がゴールし──そのまま休憩もなしに素振りに行ってしまったのだが──、暫く後れて泉と草野が、青空に橙が混ざり始めた頃になって三宅たちが順々にゴールしていった。

 

「はぁ、はぁ、どーにか……間に合ったで……」

「お疲れ様。国分くん達は?」

「まだ少しかかると思います。丸山に付き添っているので」

 

 寺門の答えに、涼子は表情を曇らせた。彼女は決して冷たい女性ではないのだけれど、本音がすぐ顔に出るのが難点だと思う。しかも彼女の場合チームというより、吾郎が第一なのが見え見えなのだ。指導自体は全体の強化に繋がっているから、一概に悪いとは言えないのだが。

 

 ともあれ、丸山たちは日没までに辿り着けるだろうか。できなければ、涼子は容赦なく彼らを特別コースの刑に処すだろう。──それは何とも、悔しい。

 

 

 *

 

 

 

 一方、素振りにも飽きてしまった涼子の想い人はというと、もうひと走りに出てしまっていた。尤も先ほど来た国道沿いではなく、逆方向の別荘地が続く道路へ出ている。安全上の問題があるからあまり山深くへは入るなと釘を刺されてはいるのだが、正直右から左に聞き流している吾郎であった。

 

「トシがいりゃ、受けてもらうとこなんだけどな〜……ん?」

 

 向かう先にぽつんとそびえる自販機。このシーズンは一日の利用者も限られているだろう赤い筐体の前に、小柄な少年の姿があった。国分や下手をすると泉よりも低い背丈に、幼い頃からほとんど変わっていないのではないかと思わせるつぶらな瞳は、一見すると遊びに来ている中学生のようだが。

 ただ身につけているダークグレーのジャージに、吾郎は明確な見覚えがあった。なにせついさっきのことなのだ、それを目の当たりにし、ひとり闘志を燃やしたのは。

 

「──お〜い、そこのお前ー!!」

「!」

 

 いきなり大声で呼びかけられた少年は、ぎょっとした様子で顔を上げた。自分よりひと回りも大柄な男が馴れ馴れしく呼びながら迫ってくるのである。ビビらないほうがどうかしている。

 ただ吾郎が野球のユニフォームを着ていたことは、それなりに功を奏したようだ。

 

「あなたは、道の駅にいた……」

「お、覚えててくれたのか。嬉しいねぇ~」闘争心を紛らすように笑いつつ、「俺、本田吾郎ってんだ。夢島高校のエースピッチャーさ」

「夢島……高校」

 

 少年の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。態度は露骨だが、それを抑えようとする意志が垣間見えるだけ人のよさは伝わってくる。吾郎はフッと笑った。

 

「知らねえのも無理ないさ。まだ公式試合には出たことのない、新生チームだからな」

「あ、そうなんですか……。──僕、小森大介と言います。厚木学園高校野球部の、2年生です」

「えっ、2年!?同い年かよ?」

 

 よほど失礼な反応を返してしまう吾郎だったが、幸いにも小森と名乗った少年は苦笑いを浮かべただけだった。

 

「ええ。見えないとはよく言われます」

「そ、そうか……悪ィ。あんたらも合宿か?」

「う〜ん、当たらずしも遠からず……ですかね」

「??」

 

 あまり婉曲的な言葉を使われると、理解が及ばない6歳以来の帰国子女である。むろん小森にはそんなこと、知るよしもないが。

 

「僕らというか、うちの二軍が合宿をしてるんです。彼らと壮行試合と合同練習をする予定になってて。まあ、合宿といえば合宿ですかね」

「……ってことは、あんたは一軍ってことか?」

「まあ一応……あ、僕はキャッチャーをやってます」

「!!」

 

 キャッチャー!──投手である吾郎には、天の配剤にすら思われた。強豪が自分たちのようなニューカマーを歯牙にもかけないことくらい、南雲に言われていなくてもわかっている。しかし、実力を見せればどうだ?

 

「なぁ、厚かましいのは承知で頼みがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「俺の球、受けてくんねぇか?」

 

 小森の表情にありありと困惑が浮かんだ。まあ、気持ちはわかる。出会い頭に知りもしない相手からそんな頼み事をされて、はいそうですかと頷く捕手はいないだろう。

 

「言っとくが、俺ぁそんじょそこらのピッチャーとは違う。あんたんとこの連中にだって負けねえぜ?」

「……本気で言ってるの?」

「Of course」

 

 小森の小動物のような瞳に、不快感とともに闘争心が浮かぶ。温和に見える少年だが、名門校の一軍に籍を置く高校球児である。それ相応のプライドは、持っていて然るべきだ。

 

「……わかった。道具を取ってくるから、ここで待ってて」

「センキュー!」

 

 唇を歪めて、吾郎は小森を見送った。

 

 

 

 

 

 

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