・作者が好きだから
・吾郎にとって初の公式的な女房役という重要人物だから
・ライバル校の捕手という重要キャラが米倉じゃちょっと…
ということでした。
生存茂治の活躍によるバタフライエフェクトの一環ということでひとつ
あともう二人くらい原作海堂編には関連のない人物が追加される予定です
日暮れがいよいよ間近に迫っている。とうにゴールしている泉たち五人は、心配顔で残る三人の到着を待ち続けていた。
「………」
その傍らで、じっと腕時計を見下ろす涼子。もはや猶予はあと数分もない。夕陽は地平線の向こうに沈み、その最後のゆらめきが幾ばくか見えるばかりとなっていた。
「……残念だけど、もうダメね」
「えっ……」
「現時点で姿も見えないんだもの。三人には、今後しばらく特別メニューをこなしてもらうしかないわね」
「それは……」
必ずしも悪いこととは言えないかもしれないと、泉は口を噤んだ。体力が足りなければそれを補うためのメニューを組むのは当然のこと。しかし涼子の今までの指導を鑑みると、それが過激な内容になりはしないか。寿也や国分はいいが、丸山を潰してしまう結果になりはしないか──
そんなことを憂慮していた泉の耳に、三宅のいつもながら威勢の良い声が飛び込んできた。
「──見えた!来たで、あいつら!!」
「!」
道向かいに目を凝らす一同。ぼうっと浮かび上がったシルエットが少しずつ大きくなり、鮮明なものへと変わっていく。──間違いない、それは寿也たちの姿だった。
足を引きずる丸山。そんな彼にそれぞれの肩を貸し、寿也と国分はこちらへ向かってくる。
「頑張れ丸山、国分、佐藤!」
「あと少しだぞ!」
皆に声援を受け、一歩、また一歩。
そしてお天道様の面影が完全に消えようかという瞬間に、彼らはついにゴールラインへと辿り着いた。
「は、はぁ……ふぅ……つい、た……?」
「着いたよ!丸山、ゴールしたんだ!」
「よく頑張ったね、丸山くん」
皆に揉みくちゃにされる丸山。喜びを分かちあう姿は、正しくひとつのチームだ。その光景を見守りながら、涼子は肩をすくめた。
「……
ただ、見ていて不愉快な光景でないことは確かだった。涼子は一歩を踏み出し、皆の輪に割って入った。
「Good job、よく頑張ったわ皆。丸山くん達も」
「!」
「でも残念だけど、あなた達三人はあと一歩遅かったわ。よって特別メニューを課します」
「ぁ……ま、待ってください……!」そう声をあげたのは丸山だった。「ぼ、僕はしょうがない……けど、国分くんと佐藤くんは、僕に付き添ってなければ、余裕でゴールできてた……と、思い、ます……!だから、僕だけを……!」
「丸山くん、いいんだよ」
「……!」
「僕らだって覚悟しておまえに付き添ってたんだ。それも含めて、一緒に頑張ろうよ」
丸山の糸目に涙が浮かぶ。「ありがとう、ありがとう」と繰り返しながら泣く姿は、およそ男子高校生としては恥も外聞もない姿かもしれない。しかしその泪は、彼が高校球児としてのスタートを切ったことを皆に示すもので。
「それで……丸山達に何させるつもりなんですか?」
泉の問いに、涼子は「ん〜……」と唸った。彼女があまりに突拍子もないことを言い出したら、経験者としてしっかり意見しなければ。──返ってきたのは、そう心に決めていた彼を煙に巻くような答えだった。
「……実はまだ決めてないのよね〜」
「!!??」
ずこーっと擬音が聞こえそうなほどの拍子抜け。実際、漫画だったら身体の上下が入れ替わるあの伝統的な態勢でずっこけていたことだろう。
「ゴホン!それより今はゴローよ、あの子ったらどこほっつき歩いてんのかしら!」
「あ……もうゴールはしたんですよね?」
「Of course、でも素振りするとか行ったきり戻ってこないの。ミスター南雲も……まああの人はいつものことだからいいけど」
その頃南雲は道の駅に車を駐めて昼寝ならぬ夕寝に勤しんでいたわけだが、確かにいつものことであった。
*
「本田くん、お待たせ!」
独特のやや甲高い声とともに、防具を身に着けた小森が戻ってきた。なるほど捕手としてそれなりに様になっている、まあシニア……アメリカならリトルリーグにいてもおかしくないような体躯であることに変わりはないのだが、残念ながら。
「悪ぃな。キャンプは近ぇのか?」
「キャンプ?……あぁ、合宿所のことならすぐそこだよ。こっそり防具持ち出すのに苦労したけどね……」
「いや〜悪ぃ悪ぃ。一球で済ますからさ……」
「……肩あっためるくらいは付き合うよ」
そう申し出てくれる小森は、やはりなかなか投手に優しい捕手である。寿也というよりは、捕手を務めてくれていた頃のうちの主将に似ているなぁ、などと吾郎は思った。
「小森はさぁ、なんで野球始めたんだー?」
キャッチボールをしつつ、問いかけてみる。せっかく試合の外で出会えた他校の球児なのだ。色々な話をして、相手のことを知りたい──そう考えるのは当然のことだった。
「そうだね……、色々あるけど、一番は父親の影響かなぁ」ボールを投げ返しつつ、答える。「僕のお父さん、プロ野球選手だったんだ。横浜マリンスターズの」
「マリンスターズ!?」思わずボールを取り損ねそうになる吾郎。「じゃああの小森選手の息子なのか、おまえ!」
小森といえば吾郎が幼い頃、横浜マリンスターズで捕手を務めていた選手だ。マリンスターズで、というのは、吾郎にとっても他人事ではない。
「うちのおとさ……親父もマリンスターズの選手だったんだぜ。10年前にメジャーに行っちまったけどな」
「え……じゃあ本田くんのお父さんって──」
「本田茂治。けっこー有名人だろ?」
「有名人なんてもんじゃないよ!」
20代の頃は一軍と二軍を行き来している、いつ戦力外通告を受けてもおかしくないような選手だった。それが打者に転向した途端今までが嘘のような活躍を見せ、高名な東京シャイアンズ戦であのメジャーリーガー、ジョー・ギブソンから本塁打を放ち、一挙にスター選手へと上り詰めたのだ。
「そのあと、アメリカに帰るギブソンを追うようにメジャーに挑戦して……あ、でも最近日本に戻ってきたんだよね」
「そ。だから息子の俺も一緒に帰ってきたってわけよ」
吾郎の話を聞きながら、小森は思う。ということはこの自称エースピッチャーも、アメリカでの野球経験があるとみて間違いないだろう、と。
(体格もプロ顔負けだし、本田選手の息子となれば……ただ弱小校だからエース張ってるってわけじゃなさそうだな)
それでもこの時点では、
「っし……そろそろあったまってきたし、座ってくれ」
「うん」
頷き、その場に腰を落とす。マスクを被ってミットを構えれば、吾郎の纏う雰囲気が一気に変わった。
(!これは……)
「へっ、しっかり構えとけ──よっ!!」
振りかぶる……刹那、右手から白球が放たれる。空気がぶわっと彼の周囲を厭い、砂屑が舞い上がるのを小森は見た。
──バシイィッ!!
「……っ、……!!」
全身に伝わる衝撃。ビリビリと肩まで奔る心地の良い痛み。小森はそのつぶらな瞳を精一杯に見開き、驚きを露にしていた。
「どうだ、驚いたろ?」
「……小森?」
返事がない。まさか衝撃が大きすぎて座ったまま気絶してしまったのかと思った矢先、彼は猛然と立ち上がった。
「〜〜っ、すごい……凄いよ本田くん!!」
「うおっ!?」
いきなり飛びついてきた小森の勢いに圧されてしまう吾郎。デジャブを起こすのも二度目である。
「とことんうちのキャプテンに似てるなぁおまえ……」
「え、何!?」
「い、いやなんでも。それよりどうだ、口だけじゃないってのはわかったろ?」
ぶんぶんと頷く小森。これはもしかしたらいけるかも──そう思い、吾郎は続けた。
「なら次は、ガチンコで戦りあってみたくねえか?」
「えっ?」
「試合で俺の球、もっと見てみたくねえかって言ってるんだよ」
その言葉に、高揚一色だった小森の表情がわずかに曇る。
「……そりゃ、僕個人としては……。でも今回の遠征は日程も詰まってるし、きみたちのチームと試合を組む余裕は……」
「そこをなんとか、無理を承知で頼みてぇんだよ!俺ら如何せん知名度がないから、強いとことは組んでもらえねぇし……。横浜帝仁に勝ったってのが知られてれば、もうちょっとって思うんだけど……」
「えっ、勝ったの!?帝仁に?」
「おう。色々トラブルもあって、ぎりぎりだったけどな」
「………」
小森の瞳が揺らぐのがわかる。彼もなかなか表情に出やすいタイプらしい。
ともあれ持ちうる説得材料はすべて供出した。泣いても笑っても、あとは相手の答を待つだけ──
暫し唸っていた小森は、ややあって躊躇いながらも口を開いた。
「……戻って、うちの監督に頼んでみる。正直ダメもとにはなっちゃうと思うけど……」
「ダメならダメでしょうがねーよ。Thank you、小森!」
「あはは……英語の発音きれいだね、さすが帰国子女……」
苦笑いしつつ、吾郎と連絡先を交換する小森だった。