【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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不穏

 

 型通りの礼を済ませ、試合開始。夢島チームのオーダーは帝仁戦と大きくは変わっていない。が、要所の変化はあった。その象徴ともいえるのが佐藤寿也だ。正式に捕手として定着しただけでなく、吾郎に次ぐクリーンナップへと昇格している。もとより天才的ともいえるセンスを秘めていた彼は、この三ヶ月ほどでめきめきとブランクを埋めていた。バッティングにおいてはすでに泉や国分をも凌ぐだけの実力を見せるようになっている。

 

 ただ彼とバッテリーを組む天才投手はというと、手書きのオーダー表を睨みながら解せぬものを隠せない様子だった。

 

「吾郎くん……いい加減割り切りなよ。そういうこともあるって、相手は腐るほど部員のいる名門校なんだから」

「わかってっけどよ……。俺は小森と勝負したかったのに……」

 

 その言葉がすべてを物語っている。オーダー表に書かれた捕手の名は──"米倉"。地黒の肌に巨躯のスキンヘッドという、小森とは対照的な容姿の男がそうらしい。

 そして小森はというと、ノート片手にベンチでグラウンド全体を窺っている。彼はレギュラーメンバーではないのだろうか。しかしただのベンチウォーマーでもなさそうなことは、女監督がベンチに入らず、ウグイス嬢の役割に徹しようとしていることから明らかだった。

 

『え〜、オホン、オホン!──1回表、厚木学園高校の攻撃、1番ライト矢尾板くーん』

「……あの女監督、ホンマは専属ウグイス嬢かなんかなんちゃうかぁ?」

「あんな気の抜けるウグイス嬢、専属じゃ食っていけないよ」

 

 そうこう言っているうちに、打席に入ったのは三白眼の少年だった。比較的小柄の痩軀、どういうタイプの選手なのかはひと目でわかる。

 

(ま、どんなタイプだろうと関係ねーけどな)

 

 不敵な笑みを浮かべつつ、女房役と視線をかわす。その意を察した寿也は、力強く頷いた。吾郎の球なら、下手な小細工は無意味──少なくとも初回は。お互い相手に関する情報量は少ないのだから、文字通り直球勝負でいくしかない。

 

(せいぜい驚け、よっ!!)

 

 ついに号砲となる初球が放られた。激しく回転しながら砂上を貫く白球は、瞬きの間に寿也のミットに収められていた。

 

「……!」

「ストライーク!」

 

 ミットを見下ろし、目を見開く矢尾板。目論み通り驚きを隠せない様子に、吾郎は刹那的な満足を味わった。

 そして目前でそれを見た矢尾板ほどでないにせよ、厚木ベンチにも衝撃は伝播していた。

 

「うきょーっ、速ぇ!」

「あんな球投げられるピッチャーが弱小にいるのか……」

「確かに、小森がプッシュするだけのことはあるな」

 

 長髪長身、涼やかな風貌の三塁手・薬師寺の言葉に、小森は満足げに頷いた。

 

「推定時速160キロ。球速・球威ともに申し分ない、うちでも十分やっていけるよ」

「それ()()ならな」

 

 しかし、投手の力量はその二点だけで測れるものではない。──それに独り図抜けた絶対的エースなどというものは一見耳ざわり良く聞こえるけれど、その実チームのバランスを大きく崩しかねない存在なのだ。彼らはそう教え込まれていた。

 

「──ストライク、バッターアウト!」

「………」

 

 三球三振にとられた矢尾板が、静かに打席を去っていく。甲子園優勝チームの1番打者をあっさりノックアウトしたことで、夢島チームは少なからず浮ついた気持ちになっているようだ。

 試合はまだ始まったばかりなのだ。決して油断はできない──頭ではそう思いながらも、寿也自身いつもより心がざわついていることを自覚はしていた。

 

『2番ショート、関くん』

「……よろしくどうぞ」

 

 続いて、恭しい一礼とともに打席に入ったのは度の濃い眼鏡をかけた少年だった。2番ショートというのは泉と共通しているが、体格は小さくない。それなりに打撃力もあるのだろうと推察された。

 初球は吾郎に任せ、ストライク。性格の問題なのかもう慣れたのか、豪速球に対し動揺はみられない。

 

(落ち着いてるな……。二番手だし、何も考えず三振するとは思えない)

 

 ミットの下でサインを出す寿也。彼の相方は基本的に速球(ファストボール)しか投げないのでサインはコースの指定、ストライクをとるか否かしかないのだが、吾郎は豪快なピッチングながらコントロールも実に精密である。100パーセント思い描いた通りの場所にボールが収まる感覚ほど、捕手として気持ちのいいものはない。

 

 頷いた吾郎が、アウトコースのやや外れた部分に通算四球目を放る。関は身じろぎもせぬままそれを見送った。審判が躊躇いなく「ボール!」と宣告する。

 眼鏡をかけていても、選球眼はあるらしい。今度は内角低め、ストライクゾーンぎりぎりを要求する。

 

 そして、五球目。──ボールが吾郎の手を離れた瞬間、関は思いもよらぬ行動に出た。バットを地面に水平に構えたのだ。

 

(バント!?)

 

 奇策に出ることでボールをバットに当てた関。そのまま一塁めがけて走り出す。それなりに足も速い。しかしボールの勢いを殺しきれなかったためか、落下した白球は寿也のすぐ目の前に転がった。

 

「っ、」

 

 すぐさまボールを拾い上げ、一塁めがけて送球する。寺門が難なくそれを捕球し、塁審からアウトが宣告された。

 

「……何がしたかったんや、あいつ?」

 

 呆れたように独りごちる三宅。塁に打者がいるならまだしも、吾郎の球をセーフティーバントになるよう転がすのはそう簡単なことではない。バントの得意な泉でさえ、10回やって1、2回成功すればいいほうなのだ。

 ただ、繰り返すようだがまだ序盤も序盤である。今のだって成功するかどうかより、吾郎の球を試したという側面のほうが大きいだろう。

 

『3番キャッチャー、米倉くん』

 

 2番打者よろしく一礼して打席に入る米倉。しかし寿也をちら、と掠めた視線は、到底敬意を感じられるものではなかった。

 

「大したエースをお持ちで。羨ましい限りですよ」

「……どうも」

 

 嫌みったらしい声音に、応じる寿也の眉間に皺が寄る。それを気に留める様子もなく、米倉は続けた。

 

「ま、絶対的エースなんてモンに頼ってるようじゃ、到底上にはあがれないでしょうけどね」

「………」

 

 寿也は何も反論しなかった。ここでその是非について議論したとて不毛なことだ。夢島チームが未だ吾郎の力量に依存していることは紛れもない事実。しかしそれだけではないのだと証明するためには、この試合に勝利するしかない。

 

 一方の吾郎もまた、声自体は届いていないにせよ、寿也の表情の微妙な変化を察していた。

 

(あのスキンヘッド、何か言いやがったな……。熱くなるなよ、トシ)

 

 普段なら逆に釘を刺される側なのだが、今日ばかりは吾郎は冷静だった。相手は日本一、わずかなコントロールの乱れが命取りになる。

 寿也のサインに従い、吾郎は投球を再開した。一球目、見送ってストライク。二球目ではスイングを試みる米倉だが、空振りストライクツー。

 

「ストレートしか投げさせないんすね」

「!……それが何か?」

「もっと変化球も織り交ぜたほうがいいと思いますよ。同じキャッチャーとしてのアドバイスです」

「……ご忠告ありがとうございます」

 

 吾郎にストレートしかない──厳密には"使わない"だけだが──ことは早晩わかることだ。寿也は気にせず、次のコースを要求した。

 頷き、投球する吾郎。球種は言うまでもなく、ストレート。

 

「ハッ」鼻で笑いつつ、「結局それか……よっ!」

 

 狙い澄ましたかのように、米倉はふたたびバットを振るった。先ほどとは違う、本気のフルスイング。それもただ力まかせではない、明確にコースをも読み切った一撃だった。

 

「──!!」

 

 真芯に捉えられたボールは、そのまま空中へ打ち上げられる。目を見開いて振り向く吾郎、寿也も思わずマスクを外して立ち上がるが、

 

「オーライオーライ!」

 

 打ち上がった打球は、落下とともにそのまま国分のグローブに納まった。完全な凡打に終わり、ほっと胸を撫でおろす夢島一同。そのままチェンジとなり、皆ベンチに戻っていく。

 

「本田、ナイピー!」

「相変わらずわしらに仕事させへんなぁオノレは!」

「ん、おぉ」

 

 名門相手に三者凡退である。通常なら誇っても良いところかもしれないが。

 

(あの3番、僕の要求したコースを完全に読んできた……)

 

 まだ相手の出方を窺う段階で、多少甘くした部分もあるとはいえ、である。吾郎のある意味球速以上の強みである球威がなければ、外野まで運ばれていたかもしれない。

 

 一方ベンチに戻った米倉は、凡退したにもかかわらず不敵の態度を崩していなかった。

 

「凡打したくせに随分ヨユーそうじゃん、米倉?」

「フン。あのキャッチャーの配球の癖はもう掴んだ」

「だが関もお前も、ヒットにするつもりで打ったんだろ?」

 

 薬師寺の指摘は正鵠を射ていた。ただ速いだけのストレートならどうにでもできると行動に出て、思う通りにならなかったのは事実。

 

「言ったろ、球速・球威ともに申し分ないって。イメージの半分も飛ばせないと思ったほうがいいよ」

 

 小森の言葉に、皆が頷く。実際の監督である早乙女静香がウグイス嬢に専念し、ベンチを彼に任せている以上、彼の言葉には相当な重みがあった。

 

 

 *

 

 

 

『1番センター、草野くん』

 

 入れ替わって、夢島チームの攻撃。すっかりリードオフマンに定着した草野が打席に入るのを見守る一同だったが、その意識は相手投手に注がれていた。

 

「あのチビどんな球放るんだ?」

「おまえも十分チビやぞ」

「うるさい黙れ関西人」

 

 やり合う泉と三宅を無視して、こちらの事実上の監督である涼子が告げる。

 

「あの子、少なくともエースピッチャーではないわね」

「えっ」

「そうですね。調べてみたら、秋大会の登板数がいちばん少なかった」

「じゃあ、向こうのエースはどいつなんだよ?」

「今はベンチにいないんじゃないかな。他の予定があるのか、僕ら相手に登板させる必要性を認めていないのか……」

 

 何れにせよ侮られていることには変わりない。ただエースでないと言ったって、全国優勝校の一軍レギュラーである。吾郎以外の面々がそれを打ち崩せるかどうか──今後の試金石になると、涼子は思った。

 

 

 

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