【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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舐めんなよ

 

 厚木学園高校擁する投手のひとり、渡嘉敷。リトルの選手かと見まごう小柄な少年が、果たして如何様なピッチングを見せるのか。

 

──まず、一球目。

 

「ストライィク!」

「………」

 

 自信のこもったピッチング、おそらく時速140キロメートル前後には達しているのではないかと思われるストレートだった。

 

「やはり……速いな」

「まぁ最近の草野ならどうにかできるレベルやろ」

「だがストレートだけではないだろう……前にもこんな会話があった気がするが」

 

 皆がデジャブを覚えている中で、渡嘉敷は二球目を放る。今度はカーブ。利き手とは真逆の方向に弧を描きながらキャッチャーミットへ向かっていく白球、草野はボール球になると判断したのだが。

 

「ストライクツー!」

「な……!?」

 

 微妙なところだったが、わずかにゾーン内に納まっていたらしい。歯噛みする草野だったが、審判に抗議できるほど自分の目に絶対の自信があるわけではない。

 結局そのあと一球はボール球、もう一球ファールで粘ったものの、五球目であえなく三振にとられてしまった。

 

「あー惜しい!」

「でも草野のことだ、きっと何か掴んだよ」

「次は泉だ、チャンスはまだあるさ」

 

 そう──吾郎が絶対的エースとして君臨し、寿也が攻守ともに著しい成長を見せている今なお、泉の地力はチームの貴重な力だ。打撃においてもそれは変わらない。

 

「お疲れ、草野。どうだった?」

「……ああ。相当際どいところに投げ込んでくる、コントロールだけなら本田や川瀬コーチ並だ。それに変化球も、まだまだ球種を持っていそうな気がする」

 

 後半は草野の私見だったが、泉としても同感だった。

 

「わかった。とにかく塁に出てみるよ」

「すまない、頼む」

 

 2番打者として打席に立つ泉。自分が塁に出れば、確実に吾郎にまで回せる。それは初回から得点を挙げるチャンスだということとイコールでもあるのだ。

 残念ながら三振してしまったが、草野が相手の大枠は掴んでくれた。そこからどうクリーンナップに繋げるかが、自分の役割だ。

 

 ふたたび投球に臨む渡嘉敷。一球目はまたストレート、際どいコースだ。ボールになるか泉の目をもってしても読み取れないコース。見逃してもいいが、ここは。

 

「──っ!」

 

 バットを振り抜く泉。ボールはグラウンドの隅も隅に転がっていった。

 

「ファール!」

「………」

 

 冷静な面持ちでバットを構え直す背中をちらりと見上げつつ、米倉は考えた。

 

(初球から当てに来やがった。ファールにしたのもわざとだな……)

 

 侮れないチビだと、米倉は考えた。そしてそれを踏まえてリードする。ミットの下に出されたサインを認めた渡嘉敷は、一瞬瞠目した。

 

(はぁ?初回からそれかよ……ポンポン回させろっての)

 

 不愉快を隠そうともせず首を振る渡嘉敷だが、米倉は強硬だった。この厚木学園高校において、捕手のサイン無視は重罪だ。舌打ちしつつ、それに従うしかない。

 

(つまんねえ、顔の割にリードが慎重すぎるんだよなこいつ)

 

 内心毒づきながら、渡嘉敷は二球目を放る。今度は先ほども投げたカーブだが、見極めるまでもなくボール球。タイミング外しのつもりか?泉は怪訝な表情を浮かべた。

 

(警戒されてるのか?だとしたら光栄だけど……)

 

 気を取り直して、三球目。今度は明らかに高く浮いている。一直線に向かってくるそれを、泉はまた明らかなボール球なのだと判断した。

 しかし、

 

「──!?」

 

 ほぼ打者の目の前まで来たところで──白球は、ストンと直角に落ちた。

 

「ストライクツー!」

「……っ、」

 

「い、今のフォークか……!?」

「あのタイミングで落ちるとは……」

 

 泉をもってしても読めない変化球。やはり二番手以下の投手だとしても、強豪クラスの実力の持ち主であることは間違いないのだ。

 

「泉ぃ、そないな自分より小っさいヤツに負けたらあかんでー!!」

 

 三宅の声援がグラウンドに響き渡る。厚木の野手たちには思わず失笑をこぼす者もいた。"泉より小さい"と断言された渡嘉敷は目を眇めていたが。

 

(いちいち勘に障る連中だ、な……っと!)

 

 放たれた一球は、また際どいストレートだった。泉の脳裏に、瞬時に三つの選択肢が浮かぶ。ひとつは見送る、もうひとつは初球と同じくファールにする。そしてもうひとつは、

 

「──!」

 

 泉が選んだのは、三つ目だった。──全力で、振り抜く。

 果たして彼のスイングは白球を見事に捉え、三遊間を地を這うように抜けていく。同時に泉は全速力で駆け出していた。

 

「ギョギョッ!!」

 

 前進してきた左翼手の石松──半魚人のような顔立ちが特徴的な男である──が素早くボールを拾い上げ、一塁めがけて送球する。流石は名門と言うべきか、その所作には一切の躊躇いがなかった。

 しかし泉の脚力であれば、三遊間を抜けた時点で結果は見えている。一塁手の大場が捕球したときには、彼はもうダイヤモンドを踏んでいた。

 

「セーフ!」

「……っし!」

 

 憧れていた名門を相手に、初打席から出塁できた。小さな成果だが、そういったものを積み重ねて勝利は齎される。泉は拳を握りしめ、喜びを露にした。

 

 続いて3番セカンド、国分。彼は涼子からのサインを受け、静かに頷いた。

 

(名門相手に、得点のチャンスはそう何度も作れない。初回で先制できれば、本田も僕らもだいぶ楽になる)

 

 主将として、皆のためにできることを。国分に躊躇いはなかった。

 渡嘉敷の投球と同時に、バントの構えをとることに。

 

「!!」

 

 転がるボールはすかさず捕球され、国分は一塁に届かずアウトになる。しかしそれと同時に、泉が二塁へと進んでいた。

 

「送りバントの指示を出したんですか?」

「ええ。今の状況でいちばん避けたいのは併殺(ダブルプレー)だもの。逆に言えば、相手はそれを狙っていた」

 

 国分のバッティングでそれを突破できたかどうかは、正直なところ賭けだった。しかしまだ賭けに出るには早い。──それは次の"主役"の負うべき役割だと涼子は考えたし、ベンチに戻ってくる国分の意見も一致していた。

 

「……頼んだぞ、本田」

「おう」

 

『──4番ピッチャー、本田くん』

「………」

 

 打席に立つ吾郎に、背後から米倉が声をかけた。

 

「大変ですね、あなた。4番でピッチャーなんて、ひとりで全責任背負わされてるようなもんでしょう」

「……はぁ?」

 

 何言ってんだと、吾郎は露骨に鼻を鳴らした。

 

「あんた真正面が見えねえの?俺の仲間がとっくに出塁してんだぜ」

「!………」

「ま、仮に俺ひとりが全責任背負ってるとしてもだ。守備も攻撃も自分に懸かってるなんて、これほど燃えることってねーだろ」

 

 投げて打って走って。どれも遜色なく野球の面白い部分なのだ。エースで4番、頼まれたって他人に譲り渡すつもりはない。

 

(けっ。アメリカ帰りだかなんだか知らんが、かわいくねえエース様だぜ)

 

 不快感を露にした米倉だったが、その程度でリードが乱れることはない。長打を警戒し、渡嘉敷にサインを出す。相変わらずの慎重さだったが、今回は渡嘉敷も素直に頷いた。

 

(ふん、際どいコースだろうがなんだろうが……)

 

「──関係、ねえんだよっ!!」

 

 吾郎は初球から躊躇なくバットを振った。果たして先端に命中したボールは、渡嘉敷の頭上を抜けてセンター方面に飛んでいく。そのまま壁に叩きつけられ、弾かれるボール。

 

「ホームランにならんかったか……!」

「でもいいぞっ、まわれまわれー!!」

 

 吾郎が一塁を蹴って二塁へ走り、元々二塁にいた泉も本塁めがけて走る。彼らの走力ならと、夢島チームの誰もが確信していた。

 しかし──米倉が中堅手からの送球を受け取ったのは、彼らの予想よりずっと速くて。

 

「!?」

 

 慌ててホームに飛び込んだ泉だったが、結果は。

 

「──アウトっ!!」

「……!」

 

 間に合わなかった。グラウンドにうつ伏せになったまま歯噛みする泉を見下ろして、米倉が冷たい労いの言葉をかける。

 

「ナイスチャレンジでしたよ。ただ……俺らを侮りすぎだな」

「っ、」

 

 反論はできなかった。──この敵は、今までとは違う。

 

 

 *

 

 

 

 好機を活かすには至らず、夢島チームの初攻撃は無得点のまま終わった。

 2回表、ふたたび厚木学園高校の攻撃。

 

『4番サード、薬師寺くん』

 

 体格の良い長身の青年。如何にも強打者とみえる風貌である。威圧感だけなら帝仁の櫻内のほうが上だが、おそらく技術面では彼をも凌駕しているのだろう。

 

「薬師寺のやつ、打てっかなー」

 

 睨み合う相手投手と味方打者を眺めつつ、渡嘉敷が軽口を叩く。

 

「五分五分、だろうね。普通なら」応じる小森。「でもあの表情の薬師寺くんが打てなかったことは、一度もないからね」

「……表情?なんかいつもと違うか?」

 

 ポーカーフェイスの薬師寺だが、小森のつぶらな瞳には常人に見えないものが見えている。この回、さっそく試合が動くだろう。そんな確信があった。

 

 

(薬師寺……。秋大会でもホームランを連発していたな)

 

 夏の甲子園大会に比べるとアーカイブ動画も少なく、実際のバッティングは殆ど見られていない──秋以前から野球に打ち込んでいなかったのを少し後悔している寿也である──が、記録自体はチェックしている。でなくとも甲子園常勝校の4番打者なのだから、打力に警戒するのは当然なのだが。

 

(吾郎くん、ここは慎重に……)

 

 多少ボール球を重ねても……最悪、四球で出塁させても仕方がない。そういう思いでサインを出すと、吾郎が一瞬眉を顰めた。こちらの意図を見抜いたのだろうか。一瞬居た堪れなさを感じる寿也だったが、ここは仕方ないんだと自分を納得させる。

 

 果たして、一球目。

 

「ボール!」

「………」

 

 ストライクゾーンから半分も外れていない球だったが、薬師寺は手を出すそぶりも見せない。そして吾郎の速球を至近距離で目の当たりにしても、表情ひとつ変えない胆力を覗かせていた。

 二球目。吾郎は持ち前のコントロールで、球がぎりぎりストライクゾーンに入るよう調整する。空振りならよし、見送れば御の字というところだが──

 

「──!」

 

 薬師寺は力強くバットを振り抜いた。芯に捉えられたボールが飛翔する。思わず息が詰まった。

 

「……ファール!」

「──っ、」

 

 は、と溜息がこぼれる。フェンスに激突したボールを目の当たりにして、一瞬ホームランにされたかと錯覚したのだ。

 無言でバットを構え直す薬師寺。その背中を見上げながら、寿也は冷や汗を流した。

 

(っ、危なかった……)

 

 まぐれと思えるほど寿也は楽観的な性格ではない。しかし吾郎の速球が早々打たれ続けることなどありえない──そうさせない、自分がリードしている限り。

 しかし寿也の決意に反して、薬師寺はストライクゾーンにわずかでも入るボールならことごとくカットし続けた。十球近くも投げ込まされ、着実にスタミナを削られる。むろん現時点で息が上がるような吾郎ではないが、まだ序盤も序盤なのだ。先のことを思えば、焦燥は確実に蓄積していく。

 

(これ以上、吾郎くんの体力を削らせるわけには……)

 

 このままでは駄目だ。ならいちかばちか、相手の裏をかくしかない。

 寿也がふたたび出したサインに、吾郎は一瞬目を見開いた。しかし小さく頷き、ふたたび投球動作に入る。

 

「──ぅらぁぁっ!!」

 

 気合を込めた全力投球。それは先ほどまで以上の球速と球威をもって、真正面へ向かっていく。──そう、真正面。

 

(な……!)

(ど真ん中!?)

 

 皆がぎょっとする。サインミスか?

 無論そうではない。──これは、賭けだ。

 

(これで三振にとれれば、この場は切り抜けられる……!)

 

 先のことを考えている余裕はない。寿也の考えを見透かしたかのように、薬師寺はうすく笑った。

 

「……浅はかなんだ、よっ!!」

「──!」

 

 刹那、金属音が響きわたる。ボールが舞う、先ほどまでだって何度も見た光景。

 唯一違うのは、吾郎の左手側──右翼方向へと、ボールが高く飛んでいくこと。

 

「あ……」

「っ、ライト──っ!!」

 

 呆然とする捕手(相棒)の代わりに、吾郎が叫ぶ。はっとした右翼手の児玉が慌ててボールを追う。フェンス越え……いや、そこまではいかない!

 壁に叩きつけられたボールを児玉が拾い上げるまで五秒。それを送球に繋げるまでが三秒。

 

 その間に、薬師寺は二塁にまで到達していた。

 

「っ、………」

 

 やられた。立ち尽くすバッテリーを塁上で見据えながら、薬師寺は呟く。

 

「お前らが雑魚だろうがそうでなかろうが関係ねえ。……厚木(俺ら)を、舐めんなよ」

 

 自信にあふれた声音。それは紛れもなく、実力に裏打ちされたものだった。

 

 

 

 

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