【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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100マイル・インパクト

 

 防具一式を付けてしゃがむ国分の左斜め前に、バットを握った吾郎が立つ。開口一番、彼はこんなことを言い放った。

 

児玉(あいつ)の球は全部ストライク扱いでいいぜ」

「えっ……」

「ま、見てなよ」

 

 絶対の自信を全身から漲らせている吾郎。この転入生に現在進行形で振り回されている国分は、そう言うならと黙って承諾した。一方の児玉は、

 

「舐めやがって……!──オレのウイニングショット、受けてみやがれぇっ!!」

 

 叫ぶと同時に、勢いよく右腕を振りかぶる。力いっぱい放たれた一球は、先ほどの練習からさらに勢いを増して、国分の構えるミットに吸い込まれていく──

 

 刹那、吾郎が軽やかにバットを振りかざした。

 

 

 カン、と、澄んだ音が響き渡る。

 慌てて振り向いた児玉は、自らが放った白球が弧を描くように頭上を飛び越えていくのを見た。それは野球同好会に与えられているゾーンぎりぎりで地面に落着し、ポテンと転がった。

 

「な……っ!?」

 

 あっさり打たれた?オレの球が?いや試合をすればそれなりに打ち込まれることはあったが、一球目から、こんな簡単に。

 

「ま、半分素人にしちゃ悪くねー球だな。リトルでだったら、そこそこ通用するかもね」

「な、なんだとォ〜〜っ!!?」

 

 小学生並みと言われ、ますます児玉の頭に血が上った。尤も本格的に野球に取り組んでいる小学生と肩慣らし程度の経験しかない高校生なら前者に軍配が上がったとておかしくはないのだが、児玉はそういうことを冷静に考えられる男ではないのだった。

 

「おらァ!!」

 

 全力投球。投げる、投げる、投げる!そのたびに吾郎は軽やかにバットを振り、ボールを後方へ飛ばしていく。飛距離はさほどでもないが、それは彼が力を抜いているからだろう。広々とした球場なら、本塁打にされていても不思議ではなかった。

 

「はぁ、はぁ、く……くそぉぉぉっ!!」

 

 全力投球を続けたために早くも疲労困憊の児玉は、激情のままに最後の一球を投げつけた。しかしコントロールも何もあったものではないそれは、ストライクゾーンを大きく逸れて打者の反対方向へ飛んでしまう。結果、国分はそれを捕球することができず、敢えなく壁を打つだけに終わった。

 

「おーおー、大暴投だねェ」鼻を鳴らしつつ、「でもいいぜ。打てなかったのは間違いねーから、今の1点な」

「……っ」

 

 もはや反駁する気力すら残っていない。水分補給だけ済ませると、ふたりはマウンドとバッターボックスを交替した。

 

「いくぜ?」

 

 ワインドアップの構えをとる吾郎。その所作は児玉のそれよりずっと整っていて、様になっている。経験者である泉や国分には、吾郎が少なくとも素人でないことはこの時点でわかった。

 

「──ふっ!」

 

 軽く投げられた一球は、児玉の目から見てもさほどのものではなかった。これならいけると思い、バットを振る。果たして目論みどおり、ボールは虚空へ舞い上がった。

 

「は、どーだ!?」

「ふぅん、バッティングも悪くねーじゃん。ダテに四番じゃねえってか?」

「たりめーだ!!」

 

(絶ッ対打ち込んでやる……!)

 

 気合を入れてバットを握り直す児玉。しかし振り返れば、この一打までがピークだったと言わざるをえない。回を追うごとに吾郎の球は徐々にスピードを増していき、後半に入る頃には児玉ではまったく捉えられないものとなっていた。

 

「お、おらあぁっ!!」

 

 力いっぱいスイングを試みる児玉だったが、そのときにはもうボールは国分のミットに納まっていた。

 

「……速いな。あの男、ただ大口を叩いていたわけじゃないってことか」

 

 勝負の行方を見守っていた草野が呟く。本職が陸上部の彼にとって、吾郎が最後に放った球は生で見たことのあるレベルではなかったのだ。寺門や丸山、三宅にとってもそれは同じ。

 しかし泉は、

 

「……多分、あれでもまだ本気じゃないよ」

「へ──あ、泉?」

 

 三宅の呼びかけに応えることなく、泉は打ちひしがれる児玉のもとに歩み寄っていった。

 

「児玉。ヘルメットとバット、貸して」

「……泉……?」

 

 完膚なきまでの敗北を味わった児玉は、首をかしげながらも言われたとおりにそれらを差し出した。彼と交替し、泉がバッターボックスに入る。

 

「僕にも投げてよ、暫定エース?」

「お、いいね。かわいい顔してギラギラしてんじゃん」

 

 流石はリーグ経験者だと、吾郎は笑みを深めた。捕球練習もエラーなくこなしていたし、児玉よりよほど地力はあるかもしれない。無論それが"エースで四番"に直結しないのが野球の醍醐味でもあるのだが。

 少し考えたあと、吾郎はやや力を込めて一球を投じた。先ほど児玉が空振ったのと同等の速度である、果たして──

 

「──!」

 

 澄んだ金属音が響く。泉は見事、吾郎の直球にミートしてみせたのだ。ボールは残念ながら宙を舞うことなく、ころんと吾郎の足元まで転がっていったのだが。

 

「おほ、初っ端当てられちまった。やるねぇ」

 

 ボールを拾い上げつつ、吾郎が心のこもらない称賛を発する。

 一方の泉は涼しい顔を崩さないよう努めつつも、平静ではいられなかった。

 

(なんて球だ……。芯で捉えたはずなのに、ピッチャーゴロにさせられた)

 

 ビリビリと手が痺れている。その震えを見逃さなかった国分は、内心泉に首肯していた。

 

(そうだよ泉。本田(こいつ)の球、とにかく重いんだ)

 

 これほどの球威、一朝一夕に身につけられるものではない。このアメリカ帰りだという転入生、もしかして。いやもしそうなら、何故夢島高校(うち)のような部としても認められていないような場所に──

 

「……次は、本気でいくぜ?」

「!」

 

 不意に、吾郎が笑みを消した。真剣そのものの眼差しを受けただけで、泉も国分も思わず息を呑んだ。空気が、明らかに変わったのだ。

 

 振りかぶられた腕が、不思議とスローモーションに見える。負けじと泉はバットを構えた。この男の球がどうであろうと、必ず捉える──!

 

 そして、

 

「え……ぁ……」

「……!?」

 

 見守っていた面々も……なんならば近くで練習していた他部活の生徒たちも、狐に抓まれたような表情でその光景を見つめていた。何が起こったのかさえも、多くはすぐに理解できなかった。

 バッターボックスでは泉が、腰の引けた状態のまま立ち尽くしている。そして、国分は──

 

 国分は捕球を為すことができず、その場に倒れ込んでいた。すぐ後ろの壁には、ボールの跡がくっきりと残されている。

 

(今の、150……いや160は出てたんじゃ……?)

 

 スピードだけではない。その弾丸、否、砲弾が迫ってくると錯覚してしまうほどの球威。本格的なプレーにはブランクがあるとはいえ、どんな投手の球にだって腰が引けて打てないなどという経験は泉にはなかった。

 

「へっ、そう驚くなよ」

 

 静まり返った中で、吾郎の事もなげな声だけが鮮明に響く。

 

「アメリカのシニアリーグで全国優勝した投手の速球(ファストボール)だぜ。これくらいは当然だろ?」

「え……!?」

 

 未経験者勢はただただ驚き──吾郎が初心者でないことを見抜いていた泉や国分は、呆然としながらもやはりそうかと納得していた。いや……納得できたのは吾郎が経験者、それも本場アメリカでトップレベルの投手であるという"事実"のみだ。

 

「なんで……そんなやつがうちの高校に……?」

 

 考えてもわからない。理解(わか)るはずがない。それだけの実績を引っ提げて日本に帰ってきたなら、幾らでも名門校が門戸を開いてくれるのではないか。

 

「決まってんだろ」

 

 か細い声で呟かれた疑問は拾い上げ、吾郎は堂々と言い放った。

 

 

「俺は自分の力で頂点を穫る。──そのために、ここに来たんだ」

 

 

 

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