【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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王手

 

 双方5番打者からはじまる7回は、双方とも三者凡退に終わった。5番打者が内野フライ、6・7番が空振という結果まで同じである。試合は投手戦の様相を呈しつつあった。

 

 それを覆せるのもまた、投手たる彼らで。

 

『──8番ピッチャー、眉村くん』

 

 二度目の打席に立つ眉村。下位打線だからとまったく油断はできない。先の回でも彼から始まり、4番薬師寺にまで繋がれてしまったのだ。今度こそ打ち取らなければ、守備の側でも敗北したことになる。

 それに、

 

(もし誰も眉村の球を打てなかったら、吾郎くんの次の打順は9回裏ツーアウトまで回ってこない……。もうこれ以上、点をやるわけにはいかないんだ)

 

(わかってるぜ、トシ)

 

 心を読み取るまでもなく、吾郎は寿也の意を得ていた。

 

(絶っ対、抑える──っ!!)

 

 いずれにせよ小細工は通じない。とにかく全力投球に臨むだけだった。眉村は表情ひとつ変えぬまま、それらをことごとくファールゾーンに飛ばしていくだけだった。

 

「っ、……はぁ」

 

 この試合で……否、これまでこなしてきたすべての試合の中で、吾郎は初めて肩で大きく息をした。──疲れている、明らかに。

 

(流石に吾郎くんでもこれ以上は……。敬遠……いやだめだ、ノーアウトで塁に出した時点で相手はとことん進塁させてくる……!)

 

 盗塁、送りバント、スクイズ。どれかひとつを阻めばと言うのは易いが、相手はそうやって確実に点をとる手法を極めている。いかな強豪もそれを攻略できないから、彼らは甲子園常勝校なのだ。

 

(これでわかったかしら、エースくん。日本一は、伊達じゃないのよ)

 

 そして独りで為せるものでは決してない。……あってはならないのだ。吾郎を見つめる静香の瞳に宿るのは、日本一のプライドだけではなくて。

 そんなことはつゆ知らず、目前の勝負に全身全霊をそそぐ吾郎。何度目かも数えるのをやめた、全力のストレートを放る──

 

 刹那、マスクの奥で寿也は目を見開いていた。

 

(要求したコースと違う!)

 

 わざとではないことはすぐにわかった。疲れから制球が乱れたのだ。

 そして、それを見逃す眉村ではなかった。

 

 鉄面皮にわずかな感情が滲むと同時に、バットが振り抜かれる。鋭い打球が二塁手の頭越しに飛んでいった。

 

「っ!」

 

 打球はそのまま外野に落下した。児玉と草野が懸命に追ったものの、打球の高度が低かったのだ。そうしてボールを拾い上げている間に眉村は一塁を蹴り、躊躇なく二塁へと進んでいく。

 

(まずい……!ツーベースにされたら!)

 

 それは皆わかっていた。児玉が二塁付近で待つ泉めがけて送球する。しかしボールがミットに収まるより早く、眉村の足は塁に着いていた。

 

「セーフ!!」

「……っ」

「やっちまった……」

 

 呟く吾郎。今のは明らかな自分の失投だった。イニング数が違うとはいえ、眉村はここまで完璧な投球を見せている。──投手戦でも、敗けたのだ。

 

「勝負あったな」

「ああ」

 

 厚木ベンチが無感情に囁きあう中、9番渡嘉敷が打席に立つ。寿也はここでタイムを要求した。

 

「……どしたィ、トシ?」

「いや……吾郎くん、大丈夫?」

 

 吾郎はここまでひとり投げ続けてきたのだ。一度失投したからと責めるつもりはないし、そんな資格があるとも思わない。それは皆も同じ。

 ただ吾郎は、汗を拭いながらも笑みを浮かべていた。

 

「今のは悪かった、俺のミスで出塁させちまった。……でも、勝負が面白ぇのはこっからだ。きっちりリード頼むぜ、相棒」

「!……うん!」

 

 励ますつもりが励まされてしまった。やはり彼には、敵わない──

 キャッチャーボックスに戻った寿也に、相手打者は朗らかに話しかけてきた。

 

「いや〜、さっきみたいなの投げてくれると、ボク的にはありがたいんスけどねぇ〜」

「………」

(無視かよ)

 

 まあ舌戦してる余裕もないかと、渡嘉敷は八重歯を覗かせて笑った。どのみちようやく本来の仕事ができる局面なのだ。というか、ここで失敗して野手までクビになったら二年間が水の泡だ。

 

(真のバント職人は関じゃなくてオレ、なんだよ……ねっ!)

 

 一球目のボール球を見送ったところで、渡嘉敷は二球目、バントの構えをとった。自分たちのやり方は完全に読まれている。それでも成せるのだという自信が漲った行動。

 果たして吾郎のボールは、一塁方向へ大きく転がっていく。

 

「寺門拾え!俺がベースカバー入る!」

「!ああ……!」

 

 足が遅い寺門だが、吾郎が拾いに行くよりは早い。彼がボールを拾い、一塁を踏んだ吾郎に送球する。渡嘉敷はアウトとなったが、二塁走者を三塁へ送るという彼の使命は果たされた。

 

「お仕事終わり〜っと」

 

 飄々と帰っていく渡嘉敷。それと入れ替えに打席へやってくる矢尾板。

 彼もまた、スクイズを行ってくることは自明だった。それを阻む方法は全力投球、それしかない。

 

──かぁんっ

 

 バットに衝突したボールが大きく跳ね上がる。寿也がそれを捕球し、スクイズを阻んだ。

 

「っ、ぶねー……」

 

 ほっと息をつく吾郎。しかし三塁にとどまる眉村の表情は、微塵も動くことはなくて──

 

 

 *

 

 

 

『8番レフト、丸山くん』

(打たなきゃ……!なんとかして塁に出なきゃ……!)

 

「──うあぁっ!!」

「ストライク、バッターアウト!!」

 

『9番ライト、児玉くん』

「くっそおぉぉぉ!!」

「バッターアウト!」

 

『1番センター、草野くん』

(今度こそ……今度こそ!)

 

──かぁんっ

 

「やっ……あ──」

「──アウト!」

 

 二空振に、内野ゴロ。8回裏の夢島側の攻撃は、あえなく三者凡退に終わった。

 

 

 *

 

 

 

 そしてラストイニングとなる9回表。クリーンナップから始まる、厚木学園の攻撃。

 

「ボール!」

「……っ」

 

 投球のたび、ひたすら汗を拭う吾郎。疲弊は誰の目にも明らかである。今のボール球だって、寿也が要求したわけではない。

 

(……それでも球速が殆ど衰えないのは、流石だね)

 

 小森は率直に吾郎を評価していた。スタミナだって大したものだと思う。だがこれだけ投げ抜けば、疲れるだけでは済まないかもしれない。──絶対的エースは、常に自壊の危険と隣り合わせなのだ。

 

 何球かファールにしたあと、投じられた直球。来た、と小森は直感的に思った。コントロールの甘い、球威も──通常時に比べれば──ない棒球。

 

(これなら……打てる!)

 

──かあぁんっ!

 

 軽快な打突音と同時に、小森はバットを捨てて走り出していた。左中間を抜けていくボール。草野と丸山が追いかけ、先に到達した前者が拾い上げる。

 

「っ!」

 

 二塁……駄目だ、間に合わない。それでも泉に対して送球し、泉から三塁の三宅へ投げるしかなかった。草野の肩では。

 

「セーフ!」

「〜っ、かあぁ……!」

 

 悔しがる三宅。尤も送球を受け取った時点で、彼の力ではどうしようもない状況だったのだが。

 

(まずいな……)

 

 寿也は必死に頭を巡らせた。次は4番、薬師寺だ。今のような甘い球を投げていては、簡単にホームランにされてしまう。

 ただ……結果的に、その心配は杞憂に終わった。彼らの望まない形で、ではあるが。

 

「ボール、フォア!」

「……ふん」

 

 つまらなさそうに鼻を鳴らし、薬師寺が一塁へ走っていく。

 

「ちっ……フォアボールなんて久々だぜ」

 

 息を整えながら、口惜しそうに呟く吾郎。確かに彼の球を捕りはじめてからは初めてのことだと寿也は思った。いや彼の場合、帝仁戦以降は一度も出塁させてすらいない──そもそも練習試合ではマウンドに上がる機会も少なかった──のだが。

 

(ノーアウト一・三塁……5番はどう来る?定石ならスクイズ、でも今の吾郎くんが相手だと……)

 

 寿也は悩んだ。5番の大場も秋大会では本塁打を相当数打っている強打者である。全力の吾郎からだって、一度も三振はしていないのだ。

 迷いを振り切り、寿也は相手の本塁打狙いに警戒することにした。しかし大場は、それすらも読んでいたのだ。

 

「……ふんっ!」

 

 吾郎の球を軽くミートさせ、外野へ飛ばす。外野と言っても浅いところだ。長打警戒でぎりぎりまで下がっていた外野手たちは面喰らい、慌てて走り出した。

 

(まずい……!あれを落としたら一点じゃ済まない!)

 

 拾えるとしたら、やはり俊足の中堅手(草野)しかいない──!

 

「──ぉおおおおおおっ!!」

 

 飛び込む草野。ボールは納まったか、それとも──

 

「……っ、く」

 

 顔を顰めながら、草野はミットを掲げる。そこにはボールが──

 

「──アウトっ!!」

 

──あった。ほっと胸を撫でおろす一同だったが、それで喜んでばかりはいられない。

 

「草野、バックホーム!」

「っ!」

 

 言われるまでもなく草野は起き上がった。ふたたび正面の泉を中継にして送球、寿也のミットにボールを納める。尤もそれは、薬師寺のこれ以上の進塁を防ぐためのものだった。小森はとうにホームインしているのだから。

 

(これで……二点差……)

 

 眉村の存在がある以上、あまりにも大きな失点。厚木ナインの勝利に、王手がかかったも同然だった。

 

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