【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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作者がMAJORに出会ったのは2007年正月の第1シリーズ一挙放送でした。そのまま第2シリーズを見ることなく聖秀篇の本放送を見始めたため、OPの海堂勢揃いシーンの草野を成長した小森だと勘違いしたのはいい思い出


どうする秀明

 

 迎えた学年末試験、最終日。間もなく始業という時間、佐藤寿也は気遣わしげに背後の席を見遣っていた。

 

「来ないね、本田」泉が声をかけてくる。

「そうだね……。寝坊かな、これは……」

 

 まったく、と寿也は嘆息した。試験最終日、教科はオーラル・イングリッシュと実技系2科目である。実質ネイティブの吾郎にとっては数少ない得意科目であるだけに、油断が出たのだろう。

 

「ハァ、羨ましいのぉ帰国子女は……」

「おまえも帰国子女みたいなもんじゃん」

「……泉ぃ、前々から思っとったけどオノレ大阪バカにしとるやろ……」

 

 相変わらず喧嘩漫才のようなやりとりを繰り広げる凹凸コンビ。尤もクラスでも名物になりつつあると知ったら、三宅はともかく泉は宇宙猫のごとき表情を浮かべるだろうが。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、寿也の予想通り見事に寝坊した本田吾郎は、校舎という本塁めがけて全力疾走を敢行しているところだった。いや実質的には、ホームは教室か。試合で言えば、始業を知らせるチャイムがボールのようなものである。足を踏み入れる前に鳴り出せば、問答無用でアウト。

 

(くっそ〜、なんとしても生還してやるゥー!!)

 

 靴を履き直す時間も惜しい。上履きを片手に持ち、校舎内をひた走る。──と、曲がり角に差し掛かったところで人影と衝突してしまった。

 

「ぐえっ」

 

 体幹のしっかりしている吾郎はびくともせず、対する相手は盛大に尻餅をついた。「わりィ、」と反射的に謝ろうとした声は、「げ」という蛙の潰れたような声へと変わった。

 

「せ、センセー……」

「痛、ってぇなぁもう……。本田おまえ、こんなとこで何してんだよ、もうチャイム鳴るぞ……」

「え、えーっと、それはぁ……ハハハ」

 

 どう誤魔化したものかと思案しつつ、南雲が立ち上がるのに手を貸してやる吾郎。と、続いて相手の口から飛び出したのは意外な言葉だった。

 

「でもまぁ、ちょうどいいか。おまえに話しときたいことがあったんだ」

「え、今?」

「今。遅刻は見逃してやるから、とりあえず聞け」

 

 釈然としないものを覚える吾郎だったが、他でもない担任・南雲の言葉である。不承不承ながら居住まいを正すと、彼はまじめな顔で話しはじめた。

 

「昨日、放課後に草野が職員室に来たんだけどな……」

 

 

 *

 

 

 

「はぁー、テスト終わったでぇー!!」

 

 ぐぅっと伸びをする三宅。「それ、どっちの意味で?」と揶揄う泉に対しても寛容に応じられるほど、彼は開放的な気分になっていた。

 

「結果は来週になればわかることだしな。それより今日から部活解禁だ、早く練習に行こう」

「そうだね。本田、佐藤──」

 

 呼びかけに応じたのは後者だけだった。前者──吾郎は、既に教室から姿を消していたのだ。

 

「……本田は?」

「さぁ……なんか物凄い勢いで出ていっちゃったんだよね」

 

 吾郎は時折……と言うにはわりと頻繁に突拍子もない行動をとる。こればかりは女房役である寿也にも読めないのだ。まあ今日に限っては、野球がしたいあまり真っ先に飛び出していったというところかもしれないが。

 

 

 幸か不幸か、本田吾郎は彼らが考えているほど単純な男ではなかった。彼が教室を出た足で向かったのは隣のA組、そこから"彼"を呼び出したのだ。

 

「わりィな草野、部活の前に付き合わせちまって」

「それは別に構わないけど……話って何だ?」

 

 怪訝な表情を浮かべる草野。思えば彼とはサシで話をしたことがなかった。もとより思慮深い性格なのは確かで、それゆえ突然の呼び出しを警戒しているのだろう。

 

「いや、せっかくだからおまえには先に伝えとこうと思ってな」前置きしつつ、「実は春休み、アメリカに帰ろうと思ってんだ」

「アメリカに……?」

「おう、ただの旅行じゃないぜ。ムシャシュギョーってヤツだ」

 

 武者修行、と口の中で復唱する。比喩的な表現だが、その意味がわからない草野ではない。吾郎がわざわざ国外に飛んでまでする修行など、野球以外にはありえないのだから。

 

「……それ、皆には?」

「まだ。あ、トシには最初に話したぜ。あいつは一緒に来てくれるって」

 

 寿也にいの一番に話すのは、彼らの関係性を思えば得心がいく。しかし何故、二番目が自分なのか。上述のとおり、吾郎と草野の間に特別な友誼はないのだ、今のところ。

 

「おまえも、来てくれるか?」

「……」

 

 一瞬脳裏に浮かんだ、トラックの光景。疾風のように走る自分。しかし草野はそれを自ら振り払った。

 

「あ、ああ……行くよ。行くとも。僕だって、野球部の一員だからな」

「おぉ、そうかそうか!」

 

 嬉しそうに頷いたのは一瞬だった。「でも、」と続ける声が、幾分か低いものに変わる。

 

「そんな二つ返事していいのか?陸上、あるんだろ?」

「!それは……」

 

「もうやめちまうから、別にいいってか?」

「!!」

 

 驚愕から草野は、「なんで、」と声を絞り出すのが精一杯だった。厚木学園との練習試合からずっと、チームメイトたちにそれを匂わせたことは一度もなかったというのに。

 

「今朝、南雲センセーから聞いた。きのう職員室で、陸上部の顧問のセンセーから貰ったんだろ、退部届」

「………」

「おまえ、陸上が本業なんだろ?なんでやめちまうんだよ」

 

「──俺があんなこと、言ったからか?」

「え……?」

 

 吾郎の問いに、草野は戸惑った。あんなこと、とは?

 

「俺、言っただろ。厚木との試合のとき──」

 

──多少センスがあったって、二足の草鞋履いてるおまえに攻略される程度の相手なわけねーだろ。

 

 厚木の面々に太刀打ちできず落胆する草野に、吾郎はそう言い放ったのだ。

 無論、それでさらに実力を発揮できなくなる悪循環を断ち切るための叱咤であることに間違いはない。しかしそれが、草野に思い詰めた末の行動をとらせてしまっているとしたら。

 

「……別に、きみのせいじゃない」首を振る草野。「あの試合そのもので、僕は痛感したんだ。今の僕では、チームの役に立てないと」

「連中から打てなかったの、気にしてんのか?そんなの──」

「打てなかったのもそうだ、けどそれだけじゃない!向こうには、僕より脚も技術もすぐれている選手がいた!……このままじゃ僕は、ただの中途半端野郎だ……」

 

 日々の練習だって、陸上が優先だからと出るのは四割程度。同じく毎日の参加は難しい泉と一緒に早朝練習をすることもあるけれど、自分は彼のように野球の基礎が出来上がっているわけではない。元々持っていた多少のセンスだけでは、皆に追いつき、追い越される──それは自明の理だった。

 

「……本田。僕はこのチームが好きだ。野球だって……たぶん、好きなんだと思う。だから、チームのために……僕自身のために、もう片方(陸上)を捨ててもいい。そう、思ったんだ……」

「……草野、」

「もう、いいか?退部届、出しにいかないと。こういうのは引き延ばすほど出しにくくなるからね」

 

 そう言って草野は踵を返そうとする。懐から取り出された、丁寧に折りたたまれた真白い紙を目の当たりにした瞬間、吾郎は居ても立っても居られなくなっていた。

 

「っ!」

「──!?」

 

 でなければ──いくら強引で突拍子のないところもある吾郎といえど、それをいきなり奪い取るなどという行動に出ることはなかっただろう。

 そして……それをビリビリに破り捨てるなどということも。

 

「なっ……何をするんだ!?」

 

 草野が色をなして叫ぶのも当然だった。そのくらいとんでもないことをしでかしたのだという自覚はある。

 それでも、

 

「おまえ、走るの好きなんだろ?陸上が好きで、ずっと頑張ってきたんだろ!?それを……そんな簡単に、捨てちまっていいわけないだろ!!」

「な……っ」一瞬言葉を失う草野だが、すぐに反駁する。「きみが言ったんじゃないかっ、二足の草鞋を履いてる僕じゃ駄目だと!きみだって、僕が野球に集中したほうが都合が良いだろ!?」

「俺はそんなこと望んでねえ!!」

 

 間髪入れずに返した言葉は、紛うことなき吾郎の本音だった。

 

「諦めんなよ草野!自分が好きなこと、どんな理由があってもな!!」

「……っ」

 

「だったら……どうすればいいんだ……っ」

 

 草野は力なく、その場にへたり込んだ。

 

「僕だって……っ、諦めたくなんかない……。でも、巧くなりたいんだ……。僕に1番を任せてくれた皆の期待に応えられるくらい、巧く……」

「……草野、」

 

 草野の目線に合わせるように、吾郎もしゃがみ込んだ。

 

「その方法は、皆で一緒に探そうぜ……。野球は、チームでやるもんなんだ。おまえひとりで、抱え込む必要はないんだよ」

「………」

 

 草野のつぶらな瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 

 

 *

 

 

 

「……本田。僕、知らなかったよ」

「何が?」

 

 廊下を並んで歩きながら呟かれた言葉に、吾郎は首を傾げた。

 

「きみは案外、良い奴だったんだな」

「え、お、おぉ……えぇ、今さら……?」

 

 それはあんまりじゃないかと思う吾郎である。そりゃ強引にチームを引っ張ってきた自覚はあるが、皆が第一に野球を楽しめるよう気を配ってきたとも思うのだが。

 

「……まーいいや。で、アメリカ行きの件なんだけどよ──」

「僕に陸上を続けろと言っておいて、二週間も拘束する気なんだな」

「うっ、そ、それはそのぉ……」

「ふ……冗談だよ」笑みを浮かべ、「そのことも含めて一緒に謝ってくれるなら、行ってもいい」

「草野……。──俺も、おまえのこと誤解してたぜ」

 

「もっと冷たいヤツだと思ってた」──そう言うと、草野は笑った。

 

 

 図らずも友情を深めたふたりの少年は、陸上部の顧問へ頭を下げるため、職員室の戸を叩くのだった。

 

 

 

 

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