【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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Jr.

 

 羽田空港から旅客機に揺られること、およそ九時間。

 

 遥か広がる太平洋を横断した夢島ナインは、ついに目的の地にたどり着いた。

 

「ひゅー、はるばる来たでアメリカー!!」

 

 旅客機から降りるなり、ぐうっと伸びをしながら叫ぶ三宅。長旅で彼の喧しさにすっかり慣れてしまったのか、他の乗客たちも生温かい視線を彼に向けている。同行者としては恥もいいところであったが。

 

「はしゃぐなよみっともない……」

「何度も言うが、遊びに来たんじゃないんだぞ」

「わーっとるっちゅーねん!んでんで本田、おまえの幼なじみセカンドっちゅーのはどこにおるんや?」

「急かすなよ。つーかあいつはセカンドじゃなくてサードだし」

「そういう意味じゃないと思うよ……吾郎くん」

 

 突っ込みを入れつつ、寿也は思う。吾郎のアメリカの幼なじみの話は機内でも、それ以前にも何度も聞かされた。卓越したバッティングセンスを幼少期から発揮し、吾郎とは十年近く名コンビだったとか。

 

(どんな人なんだろう、一体)

 

 対抗心も羨望ももちろんあるが、今となっては興味が先立つ──

 

 

 入国審査をつつがなく済ませ──事前に吾郎がくどくどしいまでに注意していたので皆引っかからずに済んだ──、ロビーに出る。

 

「えーと、確かこの辺で……おっ、いたいた!」

 

 目当ての人物を見つけたらしい吾郎が、地域を問わない大声で呼びかける。──と、白色人種の一群に溶け込んでいた金髪碧眼の青年が仏頂面のままこちらにやって来た。

 

『こんなとこまで出迎えに来させやがって。いいご身分だな』

『別におまえじゃなくて、メリッサが来てくれてもよかったんだぜ』

『誰がこんなむさ苦しい男所帯の出迎えなんかさせるかよ』

 

 流暢な英語でのやりとり。チームメイトの殆どはまともに英会話など嗜んでいないので、彼らのやりとりの大部分は理解できない。となると、頼られるのはチーム随一の優等生で。

 

「……こいつら何しゃべってんだ、佐藤?」

「えっ、あ、あぁ……一言一句はよくわからないけど……泉と三宅くんのやりとりみたいな感じじゃないかな?」

「……要するに定番の痴話喧嘩ってことね」

 

 例に挙げられるのも複雑な気分ではあるのだが。

 

「みんな紹介するぜ。こいつが俺のライバル──」

「──ジョー・ギブソンJr.だ。ハジメマシテ」

「!?」

「に、日本語話せるんかいな!?」

「少しだけな」

 

 少しだけと言いつつ、発音におかしなところも殆どない。端的に言って、流暢。

 

「こいつはギブソン(親父)がシャイアンズにいた頃、一緒に来日してたからな。それでジャパニーズにも適応してるっつーわけだ」

「なるほど……。あ、僕は夢島野球部のキャプテン、国分篤です。ナイストゥーミーチュー」

 

 国分を筆頭に、皆が順々に挨拶と握手を繰り返していく。そして、最後に。

 

『佐藤寿也です、よろしく。キャッチャーをやっています』

 

 日本語が話せるとはいえ相手は生粋のアメリカ人で、ここはアメリカである。多少なりとも英語が話せる以上はそうするべきだと思い、寿也はそれを実行した。ふぅん、と、Jr.が鼻を鳴らす。

 

『あんたがトシか。ゴローから聞いてるぜ、初めての野球友だちで、今じゃいちばんの女房役だってな』

「えっ……」

 

 思わず吾郎のほうを見やると、彼は器用にウインクしてみせた。──彼が寿也について話したのは日本に来てからだけではないのだけれど、それは今この場でわざわざ言うようなことではなかった。

 

『こんなところで立ち話もなんだ。バスを用意させてる、お前らの寝床に案内するぜ』

 

 そう言って、Jr.は踵を返して歩き出した。未だアメリカに来たのだという実感をもちきれていない一同だったが、ひとまずは彼についていくほかない。はぐれてしまったら一巻の終わり……とまでは言わないが、心細いことこのうえないのだから。

 

「わりィな無愛想なヤツでよ。これでも結構かわいいとこあんだぜこいつ」

「……聞こえてんぞゴロー、勝手なこと言うんじゃねえ」

「あっわかっちゃった?へへ、えへへっ」

 

 Jr.がどの程度日本語を理解しているか、いちばんよく知っているのはこの場では吾郎のはずなのだが。

 

 

 *

 

 

 

 旅客機に続いて、バスに揺られること半刻。前者に比べれば圧倒的に居心地の良いシートの上で、旅の疲れから皆うとうとしたまま到着の時を迎える。

 そして彼らは、合宿のときと同じく驚きに包まれることになる──合宿のときとは、反対の理由で。

 

「な、なんやこの豪邸!?」

 

 三宅が声に出したとおりだった。野球はさすがに無理でも、バスケットボールくらいなら十分に楽しめそうな広々とした庭。そのいちばん奥に、日本の小ぢんまりとした住宅街では到底みられないような別荘めいたつくりの屋敷。

 

「さすが、メジャーリーガーのセカンドハウス……」

「ほ、本当にいいんですか?僕らがこんな……」

『こんな屋敷でよければ好きに使ってくれ。どうせ親父の税金対策だ』

「……なんて?」

「好きに使えとさ」

 

 必要な部分のみを掻い摘んで伝える吾郎。Jr.は元々の性格なのか、皮肉めいたシニカルな物言いをすることが多い。いちいちそれを伝えていては空気が澱みかねない──吾郎がそんな配慮をするくらいには、彼との付き合いも長かった。

 

 Jr.に導かれるまま玄関に入る。と、長い廊下の奥からぱたぱたと駆けてくるブルネットの少女の姿があった。その顔立ちはJr.によく似ていて、血縁の近い人物であることはひと目でわかった。

 

『おかえりお兄ちゃん。ゴローも、久しぶりね!』

『おー、元気そうだなメリッサ』

「──ショウカイする、妹のメリッサだ」

 

 日本語で紹介してくれるJr.。若手俳優なみに容姿の整った彼の妹だ、男子高校生たちが見惚れてしまうのも無理はない。ただメリッサは挨拶もそこそこに、兄も吾郎も素通りしてある少年へと向かっていった。

 

『アナタがトシヤね!ゴローから聞いて、ずっと会ってみたかったの』

「え、えっ?」

「なかよくしてネ♪」

 

 兄に比べれば拙い日本語とともに、メリッサが両手で寿也の手を握る。その瞳には熱っぽいものが込められていた。

 

「え、ちょ、メリッサちゃーん……?」

『……メリッサはトシがお気に入りらしい。ま、一目惚れってやつだな』

「Oh……」

 

 妹に対しても淡白な──決して仲が悪いわけではない──Jr.はともかく、父親が知ったら事ではなかろうか。

 

「何や佐藤は異国でももてるんかいな……」

「ちっ、結局顔か。この顔か!」

「わわっ、いひゃい」

 

 国分が割って入るまで児玉にむにむにとやられ続け、悶絶する寿也なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 サンフランシスコはとうに深夜帯ということで、9人はアルファベット順に割り当てられた3人部屋に移動して早々に眠ることにした。翌日……というか既に当日だが、午後から早速活動開始なのだ。期間は半月しかないのだから、寸分たりとも無駄にはできない。

 

 アルファベット順ということで、国分・草野・丸山の三人部屋。さっさとベッドに入って眠ってしまいたい彼らだったが、安眠を阻害する耳障りな音が隣から聞こえてきて。

 

──ぐおぉぉぉ、ごおぉぉぉ……。

 

「これは……どっちだ?」

「……児玉だな。いつも授業中、後ろの席から聞こえてくる音だし」

 

 壁に耳をくっつけて溜息をつくふたり。丸山は布団をかぶって必死に寝よう寝ようとがんばっている。幸い今日は車酔いもなかったが、今度は寝不足で調子が出ないなどということは避けたかった。

 

「本田はともかく泉、大丈夫かな……」

「……最悪、庭にでも放り出すんじゃないか」

 

 むろん、児玉を。

 

 とはいえ泉も、こういうシーンを想定してあらかじめ対策を施していた。ずばり、耳栓である。

 

(安眠が守られるなら……買って正解だった……Zzz……)

 

 あとは元々の図太さと疲労に身を任せるのみである。深い眠りに落ちていく泉。それゆえ彼は、同室のもうひとりがそっと部屋を抜け出したことには気づかないのだった。

 

 

 同じ頃、自らも就寝準備を整えていたギブソンJr.は、戸をノックする音に立ち上がった。

 

Come on in.(どうぞ)

 

 開かれる扉。現れたのは案の定、長年のライバル兼親友だった。

 

『よ、ギブソン2世!』

『こんな遅くになんの用だ、ホンダ2世』

 

 定番のやりとりに頬が弛む。なんだかんだ十年もいたアメリカ、中でもJr.は吾郎にとってその象徴ともいえる存在だった。

 

『わりィな、ちょっと見てもらいたいもんがあってよ』

『……明日じゃダメなのか?』

 

 目を眇めながら質すJr.。上述のとおり時刻は既に深夜なのである。日本人たちに比べれば成熟した容姿をしているとはいえ、貪欲に睡眠を求めてしまうくらいには彼もまだ少年だった。

 

『まあ明日でもいいんだけどよ、これはなかなかおまえも興味深いと思うぜ?』

『……はぁ』

 

 USBメモリをちらつかせる吾郎に、Jr.はため息をつきつつも端末を指差した。興味深いと言われてしまえば、気になるのもまた少年の性で。

 

 

──果たして吾郎が持ってきたのは、先月の厚木学園高校との練習試合の映像だった。試合中することがなくて暇な南雲が撮影しておいてくれたのだ。中でも吾郎が見せたかったのは、相手のエース投手のピッチング。

 

『……へぇ』

『どう思うよ?』

 

 すっぱりと訊く吾郎に、Jr.は表情を変えぬまま応じた。

 

『速ぇな。変化球のキレも相当だ。このままメジャーに来ても通用するんじゃねえか』

『まぁな。で──』

『わかってる、おまえの言いたいことは』

 

『──こいつ、()()()()()()ジャイロボーラーだな』

 

 Jr.の確信のこもった言葉に、吾郎は己の推測が正しかったことを確信した。

 

『まさかジャパンに、おまえ並かそれ以上のジャイロボールを使いこなせる選手がいるなんてな』

『そりゃあな。日本じゃピッチャーは花形だぜ?こっちじゃ軽んじられてっけどな』

『おいおい、それじゃオレの親父が有象無象みたいじゃねえか。……それより、勝てそうなのか?』

『勝つ!……夏にはな』

『おまえにしちゃ弱気な発言だな』

『この試合の敗けがまぐれじゃねーと思ったから、みんな引き連れてこっちに戻ってきたんだよ』

『……戻って、か』

『?』

 

 首を傾げる吾郎を無視して、Jr.は停止をクリックした。

 

『おまえひとりで、どうにかなる相手とは思えねえがな』

『そうだな。だからまぁ、あいつらのことも鍛えてやってくれ』

「──善処はする」

 

 覚えて間もない小難しい日本語で応じると、Jr.はさっさと寝ろと吾郎を追い出した。吾郎としても見せたいものは見せられたので、素直に従った。

 やれやれとため息をつきつつ、吾郎を見送るJr.程なくその姿が部屋に消えたところで、ぽつりと呟いた。

 

『オレたちは一流指導者でも神様でもねえぞ、ゴロー……』

 

 




本作のジュニアは母妹も生きてるので吾郎との敵対要素ゼロのいい友だち兼ライバルです
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