あと書き忘れてましたが
英語で喋ってる台詞は『』で表記しております
ボールが投じられた瞬間、吾郎がバットを水平に構えた。──その光景に、敵味方問わず場は驚愕に包まれた。
「な……!?」
「ほ、本田がスクイズを……!?」
あのアメリカ仕込みの大胆なバッティングを好む吾郎が。寿也たち夢島ナインはもちろんのこと、長らく一緒にやってきたヴァルカンズの面々も見たことのない姿だった。
ボールが一塁方向に転がっていく。呆気にとられた守備陣の中で、最初に我に返ったのはやはり"彼"だった。
『マシュー何してる!拾え!!アランはベースカバー入れ!!』
『!』
慌ててボールを拾いに走るマシュー。吾郎が純粋な足の速さについては夢島ナインでも真ん中くらいなのと、アランが二度目のバント対応だったことが不幸中の幸い、かろうじてベースを踏ませない。
ただ、それでもツーアウトである。その隙に国分がホームインし、夢島側の得点が0から1に書き換えられた。
「ちぇっ、あと少しでセーフティにできるとこだったのによー」
若干悔しそうにしつつ、吾郎は旧友たちに向かってべ、と舌を出した。公の試合なら礼を失した行為としか言いようがないが、もとより気心の知れた相手だ。ともにベンチに帰る国分には叱られたが。
「昔の仲間だからってああいうことするのは駄目だよ、本田……」
「わりィわりィ。あいつら俺がスクイズするなんて思ってもねーって顔してっから、ついな」
「それは僕らも同じだよ……。本田、バント嫌いじゃなかったの?」
むろんそれは自分がするのを好まないだけで、チーム全体の戦術として否定するものではないが。
「好きじゃねーけど、相手のウラかくのおもしれーだろ?」
「………」
そう言ってにやりと笑う吾郎は、実はまあまあ性悪なのかもと国分は思った。
「5バン、キャッチャー。トシヤ〜♪」
明らかにテンションの上がったメリッサのコールに戸惑いながらも、寿也が単打で出塁。ツーアウト一・三塁で2点目をうかがう展開になったものの、続く草野が凡打に抑えられチェンジとなった。
「すまない……。また打てなかった」
「まだ1回だぜ、気にすんなよ」
「草野にまで打たれてたら、俺の立場なかったよ」
いつも通りさばけた口調で言う泉に和まされつつ、守備につく。
一方、ベンチに戻るヴァルカンズ・ナインはというと。
『あーあ。せっかくJr.がとった1点、あっさり返されちゃったねェ』
皮肉めいた口調で言うロディの頭を、『うるせー』とリックが軽く叩いた。尤も彼の性格はみな理解している。吾郎の挑発と同じ、定番のやりとりのようなものだ。
『ま、オレらも取られたら倍返しするだけってね。だろ、Jr.?』
『……ああ』
言葉少なに頷くJr.普段ならそれで終わりだが、彼は彼なりに吾郎のチームと戦えることに高揚していたらしい。
『ヒガシのサムライどもに、アメリカンスピリッツってヤツを教えてやろうぜ』
でなければ寡黙な彼が、これほどまでに好戦的な言葉を放つことはなかっただろう。
*
2回表、ヴァルカンズの攻撃。クリーンナップのトリを務める5番一塁手・マシューが打席に入った。
「
「………」
Jr.と同じ金髪碧眼ながら柔和な容貌、先ほどはバントの処理に手間取っていたがそのことを引きずっている様子はみられない。こういう能天気そうな選手というのが、案外読みにくく厄介なのだ。
初球、ストライク。二球目はより際どいコースを選んで、ストライクツー。マシューはバットを振ったが、捉えきれなかったようだ。
(すごいねー、相変わらず。こんなのよくJr.はホームランにできたなぁ)
あのときより球速は上がっているが、問題は球威だ。バットにかすっただけでずしりと腕に走る衝撃。シニア時代はこの弾丸のような速球で、ライバルたちをねじ伏せていたのだ。
そして、三球目。ふたたび際どい低めのコース。ボール球になるか、いや。
(でもオレたちだって、有象無象じゃないんだよ……ねっ!!)
ボールがミットへと納まるか──そう思われた寸前、マシューのスイングが鈍い音を撒き散らした。
「!!」
低い弾道を飛んだボールが、三遊間を走る。ダイビングキャッチに臨む泉だが、あとわずか手が届かない。抜けた球を丸山が拾い二塁の国分に送球する──単打とはいえ、出塁は成功させてしまった。
「ちっ……」
舌打ちする吾郎。後のことを考えると、最低限マシューは抑えておきたかったが。
続いて6番二塁手・ショーン。ヴァルカンズチームの中ではいちばん小柄な少年──と言っても丸山くらいの上背はあるが──。日本の選手ならバントなどの小技を得意とするところだが。
──繰り返すようだが、ヴァルカンズの選手は皆、日本の高校野球なら4番を務めてもおかしくないような選手たちである。そして同じく、吾郎の球筋をよく知っている。
『ふ──っ!』
バットを短く持っての流し打ちで、確実にミートさせる。飛距離はさほど出ず単打にとどまるものの、アウトカウントをとれず一・二塁を埋められてしまったのは痛手と言うほかなかった。
(吾郎くんが連続ヒットを浴びるなんて)
吾郎をよく知っているからというのもあろうが、こと攻撃に関して彼らは厚木学園を上回っている。このまま乱打を浴び続ければ、ずるずると失点が続くことになりかねない。それに、相手の
(最悪進塁させてもいい、ここはアウトをひとつとろう)
ここで7番捕手・リック。打力はそれなりにあるのだが、いまいち打率が伸びないために下位に甘んじている。彼の打席に限って向かい風が吹いたり相手守備がファインプレーを見せたりと、率直に言って運に恵まれていない。
そんな彼だが、この打席は意外な行動に出た。なんと、バントの構えをとってみせたのだ。
「!?」
驚く吾郎。幸か不幸かストライクゾーンを半分外れたボール球が投じられ、リックがそれを実行することはなかったのだが。
『おいおい……こっちがサプライズバントしたからって、真似するこたぁないんだぜ』
英語で喋りかけるが、返答はない。どうせバッドラックに捕まるなら、最初から進塁に心血を注ごうという肚だろうか。
「ファースト、サード、前進!」
寿也の呼びかけで寺門と三宅が前進してきて、バント警戒の態勢がとられる。──それこそがリックの狙いであるとも知らず。
(どんな狙いがあろうが……ねじ伏せてやるっ!!)
ここ一番の豪速球を投じる吾郎。果たしてリックはバントの構えをとらなかった。いや──寿也の視界には、それどころでない光景が映っていた。
(だ、ダブルスチール!?)
大胆すぎる策に一瞬思考がフリーズする。それでも咄嗟に三塁へ送球しようとした寿也だったが、ここで先ほどの指示が裏目に出た。予想だにしない状況に、三宅は塁に戻らず立ち尽くしていたのだ。
「佐藤っ、二塁だ!」
「っ、」
距離はあるが、泉が既に待っている二塁にしかチャンスはない。寿也は彼のもとにボールを投げたが、ショーンの足にはかなわなかった。
「Safe!」
「くっ……」
ノーアウト二・三塁──いよいよ厳しい局面となってしまった。寿也の頬に冷たいものが流れる。
(っ、動揺するな佐藤寿也……!彼らの思う壺だ)
ぶんぶんと首を振って己を叱咤すると、寿也はすっかり青褪めている三塁手を見遣った。
「三宅、ドンマイ!そのままバント警戒続けて」
「!……あ、あぁ」
日本ならこのままスクイズがセオリーだ。むろん先ほどの構えはダブルスチールのための見せかけで、ここからは長打を狙ってくる可能性もある。寿也は外野陣の配置にも気を遣いつつ、ふたたびボックスに腰を下ろした。
(オーケー、トシ。こいつらに振り回されることなんかねえ)
1点2点はもとより覚悟のうえだ。
大事なのは、常に悠然と構えていること。──焔を打ち消す、水のように。
「ドヤ顔かましてられんのも……今のうち、だぜっ!!」
構わずふたたび全力のストレートを放る吾郎。作戦が遂げられた以上、次は正面勝負だ。幾度となく見てきた球に、リックはフルスイングで応えた。
結果は、
──かぁんっ!
「!」
飛翔する白球がライト方向へ飛んでいく。寿也の意図したリード通りの結果だ。駆け込んできた児玉がボールをキャッチする。そこまでは良い。ただマシューもショーンも、この機を逃さずタッチアップを仕掛けてきた。
「バックホーム!!」
「!」
慌てて送球する児玉。暴投、とまではいかないがやや球が逸れている。ホームから半歩離れて捕球せざるをえなかった寿也が刺殺を試みたときにはもう、マシューはホームインに成功していた。
(2点目……っ)
してやられた。歯噛みする寿也だったが、そのとき吾郎が不意に声をあげた。
「ワンナウト──っ!!」
「!」
ビシッと人差し指を天に掲げて叫ぶ吾郎に一瞬、敵味方問わず困惑が広がる。しかしその意図するところはすぐにわかった、少なくとも寿也には。
「ワンナウト!!」
寿也もまた、声をあげて応える。それは仲間たちに波及して、力技ながら皆の気持ちを押し上げることにひと役買った。そう、ようやくアウトカウントをとったのだ。あと二つとって、裏で点も取り返す。
その意気が通じたのか、吾郎の気迫のピッチングが8・9番を連続凡打に抑え、ショーンを残塁のままヴァルカンズの攻撃を終わらせることに成功したのだった。