7回表、ポイント9対7。3ランホームランを打たれたといっても、夢島チームが未だ2点先行している状況。
しかしヴァルカンズは未だノーアウト──疲弊しつつある吾郎に、クリーンナップ三人を抑えられるか否か。
夢島チームは、またしてもピンチに直面していた。
続く3番サム。彼にも吾郎のわずかな隙を捉えられ、ツーベースヒットで出塁されてしまう。4番ステフは打ち取ったもののサムの進塁を許してしまい、クリーンナップを〆る5番マシュー。
『──よっと!』
右中間の隙間を突く、絶妙な当たりだった。──サムが、本塁へと向かってくる。
「っ、ショート中継!バックホーム!!」
叫ぶ寿也。持ち前の健脚で児玉に先んじた草野が泉を介し、ホームめがけて送球する。それを捕ると同時に、サムの大柄な身体が滑り込んでくる。体重が足りない寿也はたちまち押し出され──
「──Safe!」
「くっ……」
肉体的な痛みより、焦燥が先立った。あっという間に1点差まで詰められてしまったこの状況。これで向こうの勢いが停滞すると考えるほうが、楽観的にすぎるだろう。
「トシ、大丈夫か!?」
気遣いの声をかける吾郎に手を挙げて応えつつ、寿也は思考を巡らせる。普通のチームのように投手を代えるという選択肢をとりえない以上、捕手として彼を支えきるしかない。
「──ワンナウト、ワンナウト!どんどん打たせていくよ!!」
「!」
強気な寿也の声に、皆少なからず面食らっているようだった。打たせていくということはつまり、野手たちに発破をかけているわけで。
(僕のリード、いやリードだけじゃない、フィールディングで、少しでも吾郎くんの負担を減らしてあげなきゃいけないんだ)
だから捕手に、崩れている暇などはない。
*
寿也が動揺するどころか皆を鼓舞したことが功を奏してか、その後のショーンの痛烈なライナー性のヒットを国分がファインプレーで捕球し、続くリックは
「まだこっちがリードしてる。少しでも広げていこう!」
我らが主将の鼓舞に、皆が応と声をあげる。とはいえこちらの攻撃は下位打線、この回は厳しいか。
(守備も攻撃も、勝負は8回……か)
*
事前の予想を覆すことなく7回裏は三者凡退に終り、ふたたびヴァルカンズの攻撃。こちらも下位打線からのスタートではあるが。
──かぁんっ!
「っ!」
ヤンの放ったヒットを泉が
(下位打線は問題ない……と、言いたいところだけど)
9番といっても、アランの代わりにそこに入っているだけだ。初打席で吾郎からツーベースヒットを飛ばしてもいる。事実上、彼を上位打線のスタートと考えるべきだろう。
(一球目は見てくるか?いや、向こうは吾郎くんの球を知ってるんだ。ここはインコース、低めで……)
頷き、一球目。予想どおり躊躇なく振ってきたジェシーだが、コースが噛み合わず空振りとなる。
(吾郎くん、コントロールが戻ってる……!)
自分に影響されて、気合が入った……などと考えるのは自意識過剰か。いや、今はそう思っておけばいい。自分の気持ちだって、それでさらに盛り上がるのだから。
(もう一球……ここはボール球でもいい、外角ライン際)
二球目。ふたたび要求とズレのないコースに投げ込まれるボール。ボール球と思って見逃したジェシーだったが、
「Strike Two!」
『……!?』
(やった、入った……!)
ボールでもいいとは思ったが、これは僥倖だ。一気に追い込むことができた。
それから一球遊んで、四球目にバットを当てたジェシーだったが、詰まらされボテボテのゴロに終わる。
「よし……!ツーアウト──っ!!」
寿也の呼びかけに、皆が「ツーアウト!」と応える。吾郎も混ざりつつ、苦笑いを浮かべていた。
(頼もしくなったなぁ、トシ)
意識してそうしてくれているのだろうが、寿也は捕手──フィールドのまとめ役として、大きく成長している。嬉しく思うと同時に、追い越されぬよう自分も頑張らなければと改めて意気込む吾郎だった。
*
打順はふたたび上位にまわり、1番ショート・ロディ。
(ツーアウトか……。ここでJr.に回しとかねえときついな。マジで敗けちまう)
飄々とした振る舞いの裏で、ロディも全米最上位チームの一員としてのプライドがあった。吾郎がJr.と並ぶ、チームの扇の要であったことは認める。今の仲間たちも、想像よりずっと吾郎に喰らいついている。
だからといって──昨日今日野球を始めたような連中に、サンフランシスコ・ヴァルカンズが敗北するわけにはいかないのだ。
(そう簡単に──乗り越えさせちゃやらねえぜっ!!)
勢いの乗った吾郎の球を、センター方向へ打ち返す。先ほどまでの流し打ちとは打って変わって、力の入ったスイングだった。
「っ!」
吾郎の頭越しに外野へ抜けたボールを、草野が拾いに行く。彼の脚力なら、あるいはアウトにできたかもしれない──通常なら。
しかしロディもまた、その足の速さを武器とする選手だった。一塁への送球より寸分早く、スライディングでベースに爪先をつける。
「Safe!」
『♪〜』
口笛を吹きつつ、ネクストバッターズサークルを見やる。ここで我らが大エース──ジョー・ギブソンJr.が本塁打を打てば、ふたたび勝ち越しだ。
(さっきより吾郎くんは勢いを取り戻してる。ここでJr.を打ち取れば──)
(──打ち取れば、勝てる!)
吾郎もまた、その思いを共有していた。
(こいつ相手に遊び球は意味がない。三球で仕留めるぞ)
初球、いきなり手を出してくるJr.しかしタイミングが合わず、掠っただけでストライク。
ミットに納まったボールを見遣りつつ、彼は冷静に思考する。
(確かに勢いは戻ってンな。ったく、化け物かよ)
もはやペースを考えないラストスパートであるにしても、恐るべき胆力だとJr.は思った。──だが、であるからこそ味方でも、こうして敵として対峙していても実に愉しい。ただの練習試合であるにもかかわらず、立場を逆にした両親たちの対決をも想起させられる。
(だから、打つ)
打って、勝つ──
二球目。難しいコースへ精緻に投げた吾郎だったが、それを予期していたかのようにJr.はバットを振らない。代わりと言ってはなんだが、ここでロディが走った。捕球にエネルギーを注いでいたこともあって、二塁への送球は間に合わない。尤も、想定していたことではあったが。
(打ち取ればチェンジだ。二盗されようが三盗されようが、関係ない)
あまりにも強気な思考であることは自覚している。だがそれくらいの気概をもっていなければ、吾郎を支えきることはできない。
(ツーストライクまでは追い込んだ。三球目……打ち取りに行くよ、吾郎くん!)
頷き、三球目。外角やや高めに浮いたコース。スピード、球威ともに十分。あとは己の積み上げたものに祈るのみ──
(──オレはまだ喰らいついてんぞ、ゴロー!!)
Jr.のひと振りが、速球をふっ飛ばした。
「っ!?」
振り返る吾郎。三度目の本塁打!?一瞬、悪夢が脳裏をよぎる。
いや、と即座に立ち上がったのは、寿也だった。
「レフト、センター!捕れるぞ、急げ!!」
寿也の叫びに、丸山と草野が全力で走る、走る。ボールは既に落下軌道を描きはじめている。本塁打にはならない、フィールド内に落ちる──!
「く──っ!」
例によって先んじた草野が、ダイビングキャッチに臨む。届くか、届くか、届──
──グラブの先端を、ボールが掠めた。
「あぁ……!」
絶望に塗れた声を発する草野。これでロディとJr.は進塁権を得たことになる。全力でダイヤモンドを駆け抜けるふたり。ロディは──ダメだ、もう間に合わない。せめてJr.のランニングホームランだけは──!
そのとき、草野が落としたボールを丸山が拾い上げた。そのまま力いっぱい、三塁に向けて送球する──中継を挟むことなく。
「!……」
三塁を踏むのは不可能と悟ってか、Jr.は二塁で足を止めた。ロディはホームインさせてしまったけれど。
(それでも、)
「「ナイスレフト──っ!」」
吾郎と寿也の声が揃う。それに続いて、皆も口々に丸山に声をかけた。
「すまない……丸山、助かった」
「い、いやそんな……僕、打撃ぜんぜんだし、守備も今日は立ってただけだし。一個くらい活躍しないとね」
「ふ……それにしてもいい肩してるな。ピッチャーもできるんじゃないか」
「え、えー……それはないよぉ」
謙遜する丸山だが、実際この距離から中継なしで三塁へ送球できるのは大したものだった。性格的な適性があるかは別問題かもしれないが──
ともあれ、同点タイムリーヒットにとどめられたのは幸いだった。Jr.は止めきれなかったが、これ以上は続かせない。ナインは決意を新たにした。
そして、
「Out!」
「よし……!」
リベンジとばかりに今度こそフライをフライのまま処理した草野によって、8回表のヴァルカンズの攻撃は終わった。
「同点か……」
「次でまた勝ち越そうぜ。──頼むぞ、上位打線!」
頼れるチビふたりと、関西人が揃って頷く。イロモノ揃い……なのは、チーム全体に言えることなので今さらだろう。