じゅうじゅうと、肉の焼ける小気味良い音が響く。
メジャーリーガー、ジョー・ギブソンのセカンドハウス。その広々とした庭先は今、少年たちの賑やかな声で埋め尽くされていた。
「焼けたぞ、エンリョなく食え」
「お、おぉ……」
日本ではそうそうお目にかかれない──お目にかかっても手が出ないような──塊肉の群れ。それらを突きつけられた食べ盛りの高校球児たちは、戸惑い以上に食欲の奔流に襲われていた。
「じゃ、遠慮なくいっただきまーす。……美味ぇ!!」
もとより遠慮などないのだろう吾郎が真っ先に手を出せば、仲間たちもそれに続く。むろん、サンフランシスコ・ヴァルカンズの面々も。
「これが本場のバーベキューか……」
「……あまり食べすぎると、
「今日くらいかてーこと言うなよな!」
多数派が肉争奪戦に入る一方で、
「トシヤ、たべさせてアゲル♪」
「え、さ、サンキュー……?」
ここぞとばかりにメリッサに迫られ、困惑する寿也。異性のことに敏くないとはいえ、ここまで大胆かつ積極的に接近されれば相手に好意をもたれていることは流石にわかる。ただそれに対してどう対処すればいいか。想像も経験も圧倒的に不足していた寿也は、そのすべを知らなかった。
「佐藤のヤツ、たじたじやのぉ。ワイやったらすぐチュッチュしてまうでぇ」
「……やめろよ、Jr.に聞こえるぞ」
国分に肘で脇腹を小突かれ、慌ててJr.のほうを見遣る。彼はアランと何やら話し込んでいるようで、幸い三宅の言葉は耳に入ってもいないようだった。
「それはそうと三宅、今日は大活躍だったな。特に最後の打席、おまえのツーベースで流れがこっちに来た」
「な、なんや照れるやんけ……。ちゅーか流れ作ったんは泉とオマエやろ」謙遜しつつ、「なぁ……泉があんとき言っとったんやけど、あいつがワイを3番に推薦したって、ホンマなんか?」
「えっ……そんなこと言ってたんだ、泉」
瞠目する国分だったけれど──ややあって、はっきりと頷いた。
「うん。泉はさ、あれでおまえのこと高く買ってるよ。もちろん、僕らもね」
「……さよか」
嬉しい。率直にそう思うのは二度目だ。もちろん誰から評価されたって嬉しいのだけれど、普段表に出されることのない親友──と、少なくとも三宅は思っている──の本音を、最高の形で知ることができた。"トリプルスリー"、これからもその称号を守れるよう頑張っていかなくては。
その泉はというと、遊撃手繋がりかロディと楽しげに話し込んでいる。高揚した気分を発散すべく、三宅は早速彼に絡みに行った。
「い〜ずみっ、ワイもかまってや〜♪」
「うわっ……何しに来たんだよ。あっち行ってろ」
「ツンツンしてもへこたれへんで〜♪」
「ツンツン……Oh,is it つんでれ?」
「Yes,ツンデレ!」
「HAHA!I see,I see.」
「納得すんなよロディ!三宅もヘンなこと教えんな!」
──長らく吾郎という日本人を擁していたこともあって、Jr.以外の旧ヴァルカンズの面々も簡単な日本語なら理解できる。身振り手振りを交えれば、吾郎やJr.の通訳なしでもある程度は意思疎通が可能だった。
何より、試合という形でぶつかりあったのだ。もう知らない仲ではない。
そうして夢島チームと旧ヴァルカンズチームが親しく盛り上がるのを、吾郎は口の端を上げて見守っていた。今日の試合といい、彼らを引き合わせたことは正解だった。
(二週間ある、こいつらはもっと強くなれる。問題は……)
肉を口いっぱいに詰め込みながらも考え込んでいると、背後から「おい」と声がかかった。
『……ハムスターか、おまえは』
呆れ顔のJr.とアラン。確かに些か頬張りすぎたかもしれない。暫く猶予を貰ってごくんと呑み込むと、吾郎は神妙な顔をした彼らに向き直った。
『どしたィ、んな真面目くさった顔して』
『おまえはもう少し締まりのある顔をしろ』やり返しつつ、『ゴロー、おまえがユメシマの連中を俺たちに鍛えさせようってのはわかった。連中にその資格があるってことも』
『で……おまえ自身は、どうするつもりだ?』
『………』
ちょうど考えていたことを見透かすような言葉に、吾郎は苦笑せざるをえない。
『……正直、今のままじゃダメだと思ってる。お前らに9点も取られちまったしな』
むろんそれはヴァルカンズの面々、とりわけJr.の打力の高さに起因するものではある。しかし吾郎の球を平然とヒットにする面子は、日本にだって存在するのだ。
(っつってもこれ以上球速くするっつーのもなぁ……。投手として俺に足りないもの、できないこと……)
きっと、おそらく、答はひとつ。とはいえそれを容易く口にするのは気が引けた。今までの自分のスタイルを否定することになるからだ。
それでも──他でもない吾郎が掲げた
『俺は一球一球、全部が決め球のつもりで投げてる。ジャイロボールが通じねえ相手なんて、それこそお前らくらいだったからな』
『………』
『今の俺に必要なのは、切り札──"決め球の中の決め球"だ』
誰にも──Jr.でさえ捉えられないような、魔球。それを手にしたとき、自分はあの眉村、そして目の前にいる青年の父親をも上回る投手になれる。
断言する吾郎を前に、Jr.はフッと笑った。そしてアランに目配せする。頷いたアランが、口を開いた。
『なら、おまえに変化球の極意を伝授してやる』
『おまえが?』
『他に誰がいる』
それもそうだと、吾郎は笑った。
*
翌日から、夢島ナインと旧ヴァルカンズメンバーによる合同練習が開始された。早朝から日没にかけて、ポジションごとのマンツーマンorグループ練習、全体練習、そして様々な形式での
その中にあって吾郎は、アランの指導のもと投球練習に励んでいた。
『次、サークルチェンジ!』
頷き、的に向かって投げ込む。沈むような軌道を描きながら飛翔したボールは9分割の枠のうち左下を直撃した。
『スライダー!』
「っ!」
『カットボール!』
「っっ!」
次々と変化球を投げ込んでいく吾郎。厚木戦や旧ヴァルカンズとの親善試合からもわかるように、技術的には十分に活用できるレベルである。投手としてのスタイルを模索する中で、主要なものはひと通り扱いを学んできたのだ。
ただ多彩な変化球を己の持ち味とするアランにしてみれば、吾郎のそれは到底十分とは言えないもので。
『まぁ、これじゃ俺たちレベルの相手には通用しないな』
『っ、わかってるっての……』
さて、どうしたものかと考えるアラン。ただ変化球の精度を上げるというのでは、吾郎の思い描いているような"決め球の中の決め球"にはならない。
『とりあえず次、フォーク投げてみろ』
『……なんか投げやりになってねえ?』
『いいから、早く』
唇を尖らせつつ、投げる。ある一点でゆるやかなコーナーを生み出しながら落下したボールは、的をわずかに外れて地面に落下した。
「かぁ〜っ、いまいちコントロールよくねえんだよなぁーっ」
日本語でぼやく吾郎だったが、そもそもアランの耳にその言葉は入っていなかった。彼の視線は、吾郎の放った球ばかりを追っていたのだ。
『ゴロー。今のフォーク、どうやって投げた?……いやどんなでもいい、もう一回投げてみろ』
『お、おぉ』
言われるままにボールを人差し指と中指で挟み込むと、吾郎は二度目のフォークボールの投球に臨んだ。その一挙一動を、アランは真剣な瞳で観察している。身体がムズムズするような居心地の悪さを覚えながらも、吾郎は白球を投じた。
『やっぱりな……』
『何が?』
首を傾げる吾郎。やはり無自覚だったのだと悟りつつ、アランは続けた。
『おまえのフォーク、普通とはちょっと違うんだよ。腕の振り方が速球を投げるときのそれとほぼ一緒なんだ。と言っても、こうして間近で凝視してなきゃわからないレベルの違いだけどな』
『腕の振り方……』
『ゴローおまえ、フォークだけは投球指導受けてなかったよな?』
確認するようなアランの問いに、小さく頷く。他の変化球については父やシニアのコーチャーに指導を受けて習得したが、フォークだけは肘に負担がかかるからまだ早いと止められていた。にもかかわらず堪え性のない吾郎は、メジャーリーグの試合中継などを参考に我流で身につけてしまったのだ。
奇しくもそれが、彼の投げるフォークにオリジナリティを与えることになった。
『投げ方がそのままだから、回転も速球のそれと変わらないし、落ちるタイミングも安定しない。だから制御がきかないように思えちまう。でも──』
落下のタイミングをコントロールできるようになれば、これ以上ない最強の決め球になるはずだ。アランの熱のこもった言葉に、吾郎はぞくぞくと背筋が粟立つのを感じていた。つい今まで、己の中でも漠然としていた"決め球"という概念。それがひとつの明確な形となって現れたのだ──アランのおかげで。
『……あんがとよ、アラン。俺、絶対にモノにしてみせるぜ!』
吾郎の言葉に、アランは小さく笑った。ヴァルカンズ時代から、数えるほどしか見たことのない笑みだった。