【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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第1期最終回っぽい感じになった


ジャイロフォーク

 

 気づけば蕾だった桜たちが芽吹き、満開の花を咲かせている。日本から贈られた、春の象徴。

 旧ヴァルカンズメンバーにとっての夢島ナインも、そんな存在だった。続く修行の日々で、彼らは確実にその実力の萌芽を芽吹かせている。

 ただ──桜は散る。彼らが枯れ散ることのない紅蓮の華となるには、半月という期間はあまりにも短く、あっという間だった。

 

「アメリカ暮らしもあさってまでか……長かったようなあっちゅー間やったような」

 

 すっかり慣れたギブソン別宅での夕食の席──流石に毎日バーベキューをしていたわけではない──にて、ごちるトリプルスリーこと三宅陽介。大阪出身の彼が発端となって会話が繋がるのが夢島チームの特徴のひとつだった。

 

「実質明日までだろ。あさっての朝にはここを出るんだから」

 

 それに対して泉祐一が突っ込みを入れるのも、もはや様式美である。

 

「わーっとるわい。重箱の隅つつくなや」

「俺たちがここでこうしている間に、厚木学園は春制覇か……」

 

──寺門の言葉通り、厚木学園高校は春の選抜大会においてみごと優勝を果たしていた。言うまでもなく、眉村&小森バッテリーを中心としたあの面々の手によって、である。

 

「へっ、夏は俺らが貰うんだろ。だからアメリカ(ここ)に来たんじゃねえか」

「それはそうだが、きみは大口叩く前に三振癖を直したほうがいいな」

「なっ!!?草野てめえ、喧嘩売ってんのか!?」

「しょ、食卓で喧嘩はよそうよ……」

「そうだよ!草野も煽らない!」

「そんなことより新学期どうするの、勧誘とか」

「マイペースだな泉は!?」

 

 とはいえそこは切実な問題だった。夢島ナインと呼称しているが、チームには本当に9人しかいないのだ。万が一誰かが負傷したり……それだけではない、たまたま風邪を引いたり、草野の"本業"とバッティングするようなことがあれば、その時点で彼らの夏は終る。

 

「……最低でもひとりは欲しいなって思ってるよ。経験者じゃなくても、運動神経が悪くてもいい、やる気がある人なら──」

「──ま、なんとかなるだろ」楽観的に述べるのは吾郎だ。「シロートだったのがここに5人もいるんだから」

「素人て……まあせやけども。──せや、メリッサちゃん借りてって手伝ってもらえば「ダメに決まってんだろ」……ハイ」

 

 Jr.の痛烈なひと睨みで黙らされる三宅。「こいつ冗談通じねえからよ」とは吾郎の言である。ただ今回ばかりは、冗談では済まなさそうなのだ。

 

「あれを見ろ。日本に来いなんて冗談でも言われたら、あいつは喜んでついていくに決まってる」

 

 Jr.がそう断言せざるをえない光景──テラスにて、寿也とメリッサが並んで話をしている。とはいえ後者が一方的に喋っていて、寿也のほうは殆ど相槌を打っているだけなのだが。

 

「あのふたり、すっかりええ感じになってまあ……」

「Jr.的にはいいの、あれ?」

「……メリッサがいいならしかたない。親父がなんて言うかは知らないがな」

 

 なんだかんだ言っても吾郎の幼なじみであるし、物腰も落ち着いた優等生だ。ただ、まだ中学生である彼女が異国に恋人をつくるというのは、兄として複雑なものがあるのも事実だった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日──事実上のアメリカ滞在最終日。全体練習を終え、最後の練習試合を行う運びとなった。

 

 確実に技量を上げた夢島ナインだが、本気のヴァルカンズはやはり強い。吾郎もアランも気迫のピッチングで相手チームを抑え、試合は膠着している。とはいえお互いが焦れはじめる中盤6回裏、状況が動いた。

 

「Safe!」

「っ、」

 

 ワンナウトから9番のアランがラッキーヒットを放ったのを皮切りに、1番ロディがセーフティバントを成功させワンナウト一・二塁──ヴァルカンズ側に絶大なチャンスが訪れたのだ。

 

「2バンサードベースマン、ギブソンJr.!」

 

 すっかりウグイス嬢が板についたメリッサのアナウンスとともに、Jr.が打席に立つ。その逞しい背中を見上げながら、寿也は(まずいな、)と思った。

 

(これまでの試合、Jr.は吾郎くんから一度も三振どころか凡打すら出してない。こっちのエラーはあったけど……それだって、相当難しい打球だったせいだ)

 

 ここまで前後の打者を打ち取ることで打点は上げさせなかったが、ここでヒットを打たれたら崩されかねない。

 

(……そろそろ、"決め球"の出番ってことかな)

 

 改めてマウンドに目を向けると、吾郎の意味ありげな視線と交錯する。同じことを彼も考えているとみて間違いないだろう。小さく頷いて同意をアピールしつつ、寿也はそれとは異なるサインを出した。

 

(ツーストライクまで追い込むんだ、できるよね?)

 

 小さく笑って頷く吾郎。バッテリーとはいえこうも意見が一致するとは。出逢いも再会も予期せぬ運命的なものだったふたりだから、そういう星の下にあるかも──なんて、らしくもなくロマンチシズムに溢れたことを考えてしまう。実際にはこの剛腕投手に毒されてきているというところなのだろうが。

 

 その後あやうく打たれそうになりはしたものの、ファウルボールを挟んでカウントツーツー。

 

(よし……来い、吾郎くん!)

 

 いよいよ、そのとき。グラブに隠した右手が握り方を変える。フォークの構え。だが、ただのフォークではない。

 

「──ぅらあぁッ!!」

 

 通常の速球と、殆どスピードの変わらないそれ。ど真ん中付近に飛んでくる白球を前に、Jr.は躊躇なく手を出そうとする。彼の頭の中には、甘いコースに入ってきた球をグラウンド外まで弾き飛ばす明確なイメージが出来上がっていた。

 しかし──吾郎の放ったボールは、Jr.が射程圏に捉えたその瞬間に、直角に近い角度で地面に向かって落下したのだ。

 

『……!?』

『s…Strike Out!!』

 

 明確な空振り、三振。Jr.が初めて、吾郎に明確な敗北を喫した瞬間だった。

 

完成し(でき)たぜ俺の、決め球の中の決め球……)

 

 

「──名付けて、"ジャイロフォーク"だ!」

 

 

 *

 

 

 

 そこから吾郎はなんと一度も走者を出すことなく、ゲームは夢島ナインの勝利に終わった。ただ勝利者たち──とりわけバッテリーのふたりは喜色満面かというと、必ずしもそうではなくて。

 

『60点、てとこだな。落第とは言わないが、まだまだだ』

 

 アランの容赦ない言葉が突き刺さる。「な〜んや負け惜しみかぁ?」と茶化す三宅──半月も毎日会っていれば英語もなんとなく通じるようになるのだ──を泉が「黙ってろ」と抑えつけたところで、吾郎がぼりぼりと頭を掻いた。

 

「確かにな……。いまいちタイミングが定まんなかった」

 

 決め球の中の決め球──"ジャイロフォーク"。確かにヴァルカンズナインを打ち取るうえでも強力な武器にはなったが、寿也のサインどおり、吾郎の思ったとおりのコースに入ったとは言い難かった。せいぜい内と外に投げ分けるくらいで、とてもではないが精密とは言い難い。それに落ちるタイミングも、意図より若干ではあるが外れる局面も多かった。

 

『でも、俺が教えられることは全部教えたつもりだ。あとは、日本で頑張れ』

『……ああ。ありがとよ、アラン!』

 

 拳をぶつけ合う、かつてのライバル同士。アメリカ遠征の締めとしては、双方にとってこれ以上ない光景であることに間違いはなかった。

 

 

 *

 

 

 

 その夜は送別会代わりに二度目のバーベキューパーティーが開催され、少年たちは貪り食べ、他愛のない会話を楽しんだ。なんだかんだ、いちばん上昇したのは語学力かも──なんて、泉や草野など斜に構えた思考回路をもつ者たちは考えていた。

 そうして宴もたけなわとなった頃、ある意味サプライズな人物が訪ねてきたのだった。

 

『やぁ、久しぶりだな。ゴロー』

「!ぎ、ギブソン!?」

 

 初めて生で見るメジャーリーガーの登場に、色めき立つ夢島ナイン。ただ驚いたのは吾郎も、なんなら彼の子どもたちも同様だった。

 

『どうしたんだ親父、来られないんじゃなかったのか?』

『そのはずだったんだが、少し予定が繰り上がってな』

 

 せっかくライバルの息子と、彼が日本で得たチームメイトが自分の別宅に滞在しているのだ。半月も。一度くらい顔を見ておきたい、そう考えるのは当然の帰結だった。

 

『もうパパったら、来るなら来るって先に連絡くれればよかったのに。もうお肉食べ尽くしちゃったわよ』

『構わんさ、食事は済ませてきた。それにしても……』

 

 キラキラした目で少しずつ迫ってくる高校球児たち。そういう反応には慣れている現役ベテランメジャーリーガーは、苦笑しつつもそれを受け入れた。

 

 

 夢みる子どもたち──と言うには些か成長しすぎた少年たちへのサービスを終えたあと、ギブソンは吾郎をガーデンに誘った。

 

『なんだよギブソン、話って?あっ、まさか愛の告白!?やだぁ〜ゴロちゃん親父のライバル?ライバルの親父?と禁断のワンナイトラブ〜!?』

『……誰に似たんだろうな、きみのそういうところは』

 

 茂治(吾郎の父親)も生真面目一辺倒ではなかったものの、こんな頭の軽いジョークは言わなかったのだが。

 

『手のかかる子どもはJr.とメリッサで間に合ってる。──シゲハルはどうだ、元気にやってるか?』

『おー、40過ぎても元気すぎて困っちゃうくらいだぜ。そろそろ若者に席譲ってやれっての』

『はは、それは俺にも刺さるな。まぁ自分がその歳になってみればわかるもんさ』

 

 そうそう気持ちは歳をとらない。まして全盛期ほどではないといえども、まだまだ身体がついてくるうちは。

 

『それより……すまなかったな。少しはきみの力になってやりたかったんだが』

『へ?……あーいや、ここ貸してくれただけで十分だぜ。アランのヤツのおかげで、決め球も習得できたしな』

『アランに?……そうか』

 

 ふ、と笑うギブソン。その意味を量りかねる吾郎だったが、彼なりに時の流れというものを感じていたのだ。ヴァルカンズの面々も、気づけば随分と大人になったものだと。むろん、仲間を率いて舞い戻ってきた目の前の少年もそうだ。

 

『ゴロー……俺は最初、ジャパンを舐めてかかっていた。連中のやっているのは野球(ベースボール)なんかじゃない、俺にかかればとな』

『なんだよ、今さら?』

『まあ聞け。……結局、俺の認識が如何に甘かったかを思い知らせたのがおまえの父親だ。日本にも一流の野球選手(ベースボールプレーヤー)はいるんだとな』

 

 そう長い期間ではなかったけれど、心を入れ替えて日本でも真剣に野球に取り組んだ。結果、長い野球人生の中でもあの日々はとりわけ貴重な財産になったと思う。何より本田茂治という、唯一無二の友人でライバルを得ることができた。

 

『きみも俺と同じだ。ジャパンに戻って、さらに良い顔になった。ハイスクールのあとこちらに戻ってくるにせよ、ジャパンにいるにせよ、今この瞬間はきっと素晴らしい糧になる』

『糧、ねぇ。そんなこと気にしたこともなかったぜ』

『ふ……そうだろうな。きみ達親子は』

 

 吾郎のほうがやや大雑把なところはあるが──やはり根本的に似た者同士なのだ、本田親子は。

 

未来(さき)のことはわかんねえ。でも今、最っ高に楽しい野球ができてる。それは確かだぜ』

『……それでいいんだ』フ、と笑い、『外はまだ冷える。そろそろ戻るか』

『……そーだな』

『ゴロー、』

『ん?』

 

『シゲハルに、よろしくな』

 

 その背中は変わらず、長年メジャーリーガーとして戦ってきた闘士としての気迫が漲っていた。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝、サンフランシスコ国際空港。

 

『トシ……。ホントに、帰っちゃうの……?』

 

 想い人の手を包み込むように握り、潤んだ目で見上げるメリッサ。その標的にされた寿也はというと、ただひたすらに困ったような笑みを浮かべるほかなかった。

 

『う、うん……。学校もまた始まるしね』

『そう……そうよね。──また、連絡してもいい?』

『それはもちろん。こっちからも連絡するよ』

『ありがとう……嬉しい』

 

 はにかむメリッサ。寿也とて男だ、何も感じないはずがない。とはいえ三つも年下の少女相手に明確な恋愛感情を返せるほど、彼の覚悟は決まっていないのだが。

 

『ったく……親父連れてこなくて正解だったな』

『うぇ、へへへ……まぁ修羅場だったろうなぁ』

 

 幸いゆうべはメリッサも自重していたので、ギブソンが何かに勘づいた様子はない。男だらけの中で間違いが起こったりはしていないか、相当気にしてはいたようだが。

 

『おいメリッサ。そろそろ時間だ、トシから離れろ』

『……はぁい』

 

 不承不承、寿也から離れるメリッサ。程なく空港内に、チェックインを促すアナウンスが流れる。吾郎たちが乗る予定の便だ。

 

『じゃあ行くな。元気でなJr.、メリッサ』

『……ふん。俺らまで巻き込んだんだ、簡単に負けてくれるなよ』

 

 「オフコース」と、親指を掲げて応える吾郎。長きをともに過ごした親友との二度目の別れは、ただそれだけで終わった。グラウンドで戦う運命にあるふたりに、湿っぽい惜別など必要がないのだ。

 

 

──そうして夢島ナインは、帰国の途についた。

 迫りつつある夏に、思いを馳せながら。

 

 

(待ってろよ日本、待ってろよ厚木)

 

 

 夏は、夢島ナイン(俺たち)制覇()る。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、新学期

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