【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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穫れ新入部員

 

 4月。桜舞い散る中、期待と不安に胸を膨らませた新入生たちが、続々と校門をくぐる。

 初々しく、微笑ましいその姿。幼くもみえるのは自分たちがいよいよ最上級生になったからだろうか。きっと二年前は、同じように上級生たちからみられていたのだろうと、夢島高校野球部・9人の中のひとりである佐藤寿也は思う。

 

 とはいえ彼ら野球部……野球部に限った話ではないが、部活動に参加する生徒たちには、感傷に浸っている暇はなかった。

 

「ホラ、これで気の済むまで勧誘しろー」

 

 前年度から引き続き情熱の微塵も感じられない間延びした口調とともに、引き続き顧問を務める南雲が大量の紙束を机に置く。そこには陳腐なきらびやかさに彩られた写真や文面が並んでいて。

 

「ありがとうございました、先生。チラシの用意までしてもらって……」

「ホントだよ。こういうのは教師の仕事じゃないんだからさー」

 

 通常、勧誘のための企画や物品の準備は生徒が主体となって行うもの──と、されている。ただ野球部の面々はそれをすべき春期休暇をアメリカでの武者修行に費やしてしまっている。チラシの内容などはあらかじめ考えておいたにしても、印刷などの雑務は大部分を南雲が代行したのだった。

 

「あと、これも」

 

 そう言って南雲が手提げから取り出したのは、白い襷だった。捲ると大きく"初心者"と書かれている。数は五つ。

 

「……それは?」

「あぁほら、野球部ってどうしても初心者お断りな雰囲気あるし。高校から始めた先輩が実際にいるってアピールしないと」

「っちゅーことは、まさか──」

 

 

──そのまさかだった。

 

 

「………」

「野球部でーすっ!同好会から去年15年ぶりに部に戻りました!見ての通り初心者だった先輩も沢山いまーす!!」

 

 主将・国分が元気に呼びかける後ろで、死んだ目をした()人が立ち尽くしている。件の、"初心者"のたすきを掛けさせられて。

 

「……ここまでせなあかんか……?」

「視覚効果はあるだろうが……晒し者になった気分だな」

「つーか草野のヤロー、陸上部(本業)にかこつけて上手く逃げやがって……!」

(……ちょっと楽しいかも……)

 

 陸上部のほうの勧誘に行っている草野を羨ましく思っていると、国分に続いて声を張り上げる泉がとんでもない爆弾を落とした。

 

「部員が9人ちょうどしかいないので、試合に出られるチャンスもたくさんありまーす!活躍したらスタメンになれるかも──」

「!!?」

 

 後輩にスタメンを奪われる──その光景が明確にイメージできて、慄く四人。とりわけ旧ヴァルカンズとの試合で、一死球を除いてはことごとく三振した児玉は。

 

「……ライトなら、初心者の一年でもやりやすいかもしれへんなぁ」

「なっっっ!?三宅てめぇ!!」

「ぼ、僕も頑張らないと……」

「そうだな、俺も……」

 

 四人が喧嘩をしだしたり意気消沈したりと、野球部の勧誘風景は実にシュールなものとなってしまうのだった。

 

 

 *

 

 

 

 そんなこんなで勝負の初日は終り、通常時間割に移行した翌日の3年A組。夢島学園高校では3年次にはクラス替えをせず、そのまま持ち上がりで進級することとなっている。

 代わり映えしない面子を前に、草野秀明が口を開いた。

 

「その様子だと……うまくいかなかったみたいだな、勧誘」

「うん……。一応、チラシはそれなりに受け取ってもらえたんだけどね」

 

 残ったチラシを数えながら、ため息をつく我らが主将。受け取ってくれたと言っても、野球部に興味をもってくれたこととイコールではない。他の部活のチラシをたくさん抱えている──つまり、断らず(断れず?)すべて受け取っているだけ、という新入生が主流派のようだったのだ。

 

 それに面々の勧誘自体、お世辞にも巧みだったとはいえない。最後までがんばって声を張り上げていたのは国分くらいなもので、泉は立ちっぱなしに飽いた三宅にちょっかいを出されて痴話喧嘩を始めるありさまだったし、残る初心者トリオはスタメンを外されないか戦々恐々としていた。

 そして肝心のエースとその女房役はというと、前者は押しが強すぎて後輩たちを怯えさせてしまうし、後者が引きつけたのは女子──しかも新入生に限らず──ばかりだった。べつに女子が入部して駄目なことはないのだけれども、公式戦には出場できないので戦力としては換算できないのだ。

 

「あとは見学にどれだけ人が集まるか、か……」

「そうなんだけど、フッと立ち寄るには場所はね……」

 

 専用グラウンドがあるというのは野球というスポーツの性質上、実に有難いことなのだけれども、今このときに限ってはウィークポイントとして働いていた。放課後ふと練習風景が目に入って……ということが起こりにくいのだ。チラシを見て、最初から見に行ってみようという意図をもっている生徒でなければ、見学にすら訪れない──

 

「本田くんパワーで、誰か来てくれたりして……ね」

「ハァ?むしろあいつのせいで新入生ドン引きだったじゃねーかよ」

「でも本田くん、そういう人を惹きつけるところがあるし……」

「まあ、それは確かに……」

 

 実際、遊び半分の同好会でしかなかった夢島チームを揺り動かしたのは吾郎なのだ。そこには彼自身の意志のみならず、運命的な偶然の積み重ねも多分に含まれている。今回もそれが予想だにしない結果を齎すかもしれない──なんて考えるのは、都合が良すぎるだろうか。

 

 

 一方の本田吾郎もそんなことは思いもよらず、「へえぇ〜……」と気が抜けるような声を発していた。

 

「吾郎くん……大丈夫?」

「大丈夫だけどよぉ……勧誘っつーのもラクじゃねえな。どっかの誰かはウヨキョクセツ?あったけど、十年経ってまた俺の恋女房やってくれてるっつーのにな」

「あはは……」

 

 確かに、あれも勧誘といえば勧誘か。それに巻き込まれて今、寿也は野球を、吾郎の捕手をやっている。しかも一度は遠ざかったにもかかわらず、こうして運命的な再会を果たしまでして。

 

「っし、こうなったら奥の手!涼子ちゃんの水着写真を応募者全員にプレゼント、な〜んて」

「えぇ……」

 

 仮にも自分のガールフレンドを……というか涼子がこの発言を知ったら大変なことになるのではないか。聞かなかったことにしようと寿也が決心した直後、何処かから言い争うような声が聞こえてきた。

 

「んぉ、喧嘩か?ジャパニーズヤンキー?」

「うち進学校だよ……。とにかく行ってみよう!」

 

 躊躇なく走り出す寿也。彼は間違いなく優等生なのだけれど、ときに吾郎以上に果断に動いてしまうことがある。日常において良し悪しはあるかもしれないが、捕手としては間違いなく資質のひとつだ。

 ともあれ彼を追って声の先まで走る──と、自販機の前で見知った顔の面々が小柄な少年を取り囲んでいるのが見えた。後者に面識はない、下級生だろうか。

 いずれにせよ、穏和な雰囲気ではない。事態が跳ねないうちにと、ふたりはすぐさまその場へ駆け寄った。

 

「おーい、お前ら何してんだー?」

「あ……本田、佐藤」

「その子がどうかしたの?」

 

 直接の回答はなかった。代わりにばつの悪そうな表情を浮かべると、彼らは足早に立ち去っていったのだった。

 残された少年はというと、ふたりに謝意を述べるでも頭を下げるでもなく、何事もなかったかのようにジュースを購入してその場を離れようとする。一瞬、呆気にとられてしまうほどドライな対応だった。

 当然看過できるわけもなく、吾郎は慌てて少年の前に立ちふさがった。

 

「お、おいコラ!あぶねーとこ助けてやったんだぜ、何か言うことあんだろ!?」

「……危ないとこ?」

 

 アイドルと見まごうような少年のくりっとした瞳が、冷たく吾郎を見上げる。

 

「この進学校で後輩に手ぇ上げようなんて輩、そうそう居るわけないっしょ。恩着せがましいコト言わんでくださいよ」

「な、何ィ!?このヤロー、恩を仇で返すような物言いしやがってぇ……!」

「ちょっと!駄目だよ吾郎くんっ、相手は下級生だよっ……多分」

「下級生のくせに生意気なんだっつーの!」

「……下級生のくせに、ねぇ」ふんと鼻を鳴らし、「あいつらもそーだけど……たかだか歳がひとつふたつ違うくらいで、威張らないでほしいね」

「てんめぇ!!」

「吾郎くん!!」

 

 そうして寿也が相棒を制止しているうちに、下級生と思しき少年は足早に立ち去ってしまう。その姿が廊下の彼方へ消えてもなお、吾郎は飢えた獣のようにぐるぐると唸り続けていて──

 

 

「──だあぁぁっ、あのガキ気に食わねえぇ!!」

 

 練習着に着替える最中もがなりたてる吾郎にチームメイト一同、しらっとした視線を集中させた。

 

「やかましいのぉ、何度言ったら気が済むねん」

「何度でもだよっ!あいつが悔い改めるまでな!」

「気持ちはわかるけどさ、」泉が呆れ半分に言う。「怒るだけ体力のムダだよ。部の後輩ならともかく、下級生ってだけじゃろくに接点もないんだし」

「くっそー……あのガキ野球部(ウチ)に入らねえかなァ」

「どんな動機だよ」

「とにかく本田、グラウンドに行くまでにその不機嫌なおしてくれよ!見学の子が来ても、おまえにビビって逃げられちゃうかもしれないだろ」

「……ちぇっ」

 

 とはいえ、その"見学の子"が訪れるかどうか──

 

 

「は、おまえ……?」

「……!」

 

 

──思わぬ"二度目まして"を遂げたのは、それから半刻も経たぬうちのことだった。

 

 

 

 

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