【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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既に古いネタとなってしまったサブタイトル
現行の「どうする〜」の方を先に使っているというねじれが発生しております


夢島殿の13人

 膨らんだ苛立ちを爆発させる場所も機会もなく、清水大河の高校生活三日目は終った。下校する大勢に紛れて、校門を出る。

 しかし彼の足は、そこで動かなくなった。──頭の中に浮かぶのは、昨日訪れたグラウンドのこと。そして、あの男。

 

 

──何も成し遂げる気がねえやつに、そんなこと言う資格はねえんだよ。

 

(偉そうなこと言いやがって……。頼まれたって、野球なんか……)

 

 野球なんかやらない。心の内ですらそう言い切れない自分が、どうしてかいる。

 

(っ、バカバカしい)

 

 帰ろう。さっさと自分の部屋に引きこもって、読みさしの小説の続きでも読み進めよう。そのほうがよほど有意義だ。そう自分に言い聞かせながら歩き出そうとするのと、後ろから誰かに肩をぶつけられるのが同時。

 

「っ!?」

 

 中途半端に前に進もうとしていたために、急に加わった外力に大河の身体は耐えられなかった。そのままつんのめるようにして転びかかったところで、今度は背中を強く引っ張られる感覚。

 

「っとと、あぶねーなぁ。大丈夫かい、おぼっちゃん?」

「っ、すんませ──」

 

 おぼっちゃん呼ばわりされる謂れはないと不快に思いつつ、まあ助けてもらったのは事実なので──と、謝意を口にしかけたところで、振り返ってぎょっとする。

 

「なっ……あ、あんた……!?」

「よっ」

 

 大河の身体を右腕一本で支えたまま、左手を軽く掲げてみせる──本田吾郎。一瞬、不快な白昼夢でも見ているのかと思った。人にあれだけ容赦のない言()を投げかけておいて、まさかその舌の根も乾かぬうちに現れるとは思ってもみなかったから。

 

「……二度も助けてくださってどうもありがとう。申し訳ないっすけど、お返しできるものは何もないんで」

「見返りなんて求めてねーよ、最初っから」

 

 遠回しに「あんたにこれ以上関わる気はない」と伝えたつもりだったのだが、このアメリカ帰りの帰国子女はどこ吹く風だった。そういうところがますます苛立たしいのだが。

 

「っ、……ボクなんかの相手してる暇あったら、さっさと練習行ったほうがいいんじゃないっすか?ボクはもう帰るんで、それじゃ」

「っとと、待てよ」

 

 行手に立ち塞がられると、体格差でたちまち逃げ場がなくなってしまう。

 

「な……なんなんだよ!見学なら行かないって──」

「見学も何も、今日はミーティングだけの日だよ。一時間もすりゃ、皆ガッコーから出てくるだろうさ」

「……は?」

 

 ミーティング?でも校舎内、おそらく部室棟の何処かでそれをしているというなら、なぜ吾郎はここにいるのか。

 疑問がしっかりと顔に出ていたのだろう、にっこりと笑って吾郎は答えた。

 

「部活でまでじっと座ってんのイヤだし、ゴロちゃんサボっちゃった♪」

「………」

 

 唖然とする大河だったが、程なく目を眇めて吾郎を睨んだ。この脳味噌まで硬球でできていそうな野球男が、たとえミーティングとはいえ本気でサボるとは思えなかったのだ。つまり、何やら意図があると。

 

「……そうっすか。まぁどのみちボクには関係ないんで、そこどいてもらえません?」

「つれねーコト言うなよ。どうせおまえ、このあとヒマだろ?」

「だったらどうだって言うんすか」

 

「遊び行こうぜ」──もう一度にっこり笑って、吾郎はそう告げた。

 

 

 *

 

 

 

 断ることはできたはず、と思うのは、この二日間で何度目になるか。いずれにせよ相手の勢いに流されてしまった結果、大河は今、気に食わない二個上の先輩とゲームセンターにいる。

 

(なんでオレがコイツと……)

 

 そんな大河の思いを知ってか知らずか──知っていて無視しているのだろうが──、吾郎は子どものようにはしゃいでいる。

 

「これがジャパニーズゲームセンターかぁ、一回来てみたかったんだよな!」

「……来たことなかったんすか?」

「こっち戻ってからはな。小さい頃におとさんと来たことはあるぜ……あっ」

 

 部分的な失言に気づいたのか、顔を赤くする吾郎。大河は一瞬目を丸くしたあと、思わずプッと吹き出してしまった。

 

「"おとさん"って父親のこと?そんなふうに呼んでんすか?今も?」

「う、うるせーな、しょうがねーだろ!向こうにいる間は外じゃダッドって呼んでたけど、家でまでそんな呼び方すんの気持ち悪かったし……そのまんまになっちまったんだよ!」

 

 あれこれ言い訳する吾郎だが、呼び方を変える機会なんて意志ひとつでいくらでも生み出せるはずだ。可愛いとこもあんじゃん、なんて、思っても口にはしないけれど。

 

「と、とにかく遊ぼーぜ!あ、アレなんかどうよ?」

 

 そう言って吾郎が指差したのは、レーシングゲームの筐体。ちょうど同年代の友だち連れがひとつ席を空けたところだった。

 

「いっすよ。ま、コテンパンにのされて泣いても知りませんけど」

「!言うじゃねえか……」

 

 バチバチと火花を散らし合う。アメリカにもゲームセンターはあるのかもしれないが、野球ばかりやっていたのだろう吾郎よりはよほど遊んできたという自負──胸を張るような話ではないかもしれないが──が大河にはあって。

 

 

 事前の予想通り、結果は大河の圧勝であった。というか勝負にすらなっていない。吾郎はよほど不慣れだったのか、車をあちこちにぶつけるわコースアウトするわ、終いには自分から崖を飛び降りてゲームオーバーになったのだ。

 

「……あんた、車の免許とらないほうがいいよ」

「う、うるっせーな!現実とゲームは別だろーが!」

「現実のほうがキツいっしょフツー。で、どうします?このヘンで収める手もありますけど」

「バカヤロウ、負けたままで終れるかってんだ。次はかく、カクゲー?ってヤツで勝負だ!」

 

 帰国子女と言われなければわからない程度には流暢に喋るのに──家庭ではずっと日本語だったのだから当然といえば当然だが──、使いどころの限られる固有名詞になると途端にぎこちなくなる。不思議な男。不愉快以上に、そんな感情が勝りつつあった。

 

 

 *

 

 

 

 結局、満喫してしまった。すっかり暗くなってしまった宵空を仰ぎながら、大河は徒労感めいたものに襲われていた。

 問題は、それが後悔を伴うものとは言い切れないことだ。

 

「ふぃー、久々にメニーメニー遊んじまった。まぁ野球やってるときほどじゃねーけど、楽しかったぜ」

「………」

「清水?」

 

「……こんなことまでしてオレを野球部に入れたいの、あんたら」

 

 言わずに終わらせるつもりだった言葉を、気づけば大河は吐き出していた。

 

「他の人は知らないけど……少なくともあんたは、オレみたいのが嫌いなんだろ。そんなやつにまでいい顔して、部活潰してまで遊んだりして……そんなの、」

 

 情けない、プライドがないのか。そう続けようとして、大河は自嘲した。そんな言葉、それこそブーメランではないのか。ただ何でもそつなくこなせるというだけ、それ以外に自尊心を満たせるものなど何ひとつないのが自分だというのに。

 

「ああ、確かに嫌いだね。口先ばっかで何もしねえようなヤツなんか」

「っ、………」

「でもおまえ、ひとつ勘違いしてるぜ」

「え……」

 

「おまえがそういうヤツだって断言できるほど、俺はおまえのことを知っちゃいない」

 

 大河は確かに冷めている。冷めているけれど、昨日野球部を訪れたときに見せた表情は、それだけではなかったはずだ。吾郎は、そのことに思い至った。

 

「おまえが野球部に入るかどうかは、正直俺ぁどうでもいいんだ。でも……袖すり合うもうんたらかんたら、って言うだろ。ただ気に入らねえ、ダメなヤツで終わらせちまうくらいなら、試しにダチから始めてみようって思っただけさ」

「ダチ、って……」

「まぁでも、それこそ押し付けるようなハナシじゃねえもんな。迷惑だっつーなら、これっきりにするよ。──じゃーな」

 

 そう言って、踵を返す吾郎。去っていく背中。──このまま見送って、本当に良いのか?

 

 気づいてしまったのだ、大河は。本田吾郎という男は、最初に思ったほどイヤな奴ではないのだと。

 そして、最初からわかっていた。吾郎は何ひとつ、間違ったことは言っていないと。

 

「っ、本田……先輩!」

 

 自然と滑り出た呼び声に、吾郎の足が止まる。

 

「……そんな、面白いんすか。野球って」

「!………」

 

 思わぬ問いに呆気にとられる吾郎だったが、大河の瞳に宿るものを悟って──笑みを浮かべた。

 

「あぁ、面白いよ。すっげー、面白い」

「………」

「ま、なんでも面白くすんのは、自分自身だと思うけどな」

 

 そう告げて、今度こそ吾郎は去っていく。暫く立ち尽くしていて──ふと、何かが垂れてくる感触。

 空を仰げばまた、にわか雨が降りはじめている。昨日のこともあって、今日は折りたたみ傘を持ってきているのだけれど。

 

(……ま、いいか)

 

 不思議と今日は、濡れてもかまわない気分になっていた。

 

 

 *

 

 

 

 数日後。野球部、グラウンド。

 

「つーわけで、新入部員を紹介するぞー」

 

 相変わらず間延びした顧問の声。整列した部員たちの前に、数日前に入学したばかりのニューカマーが立っている。

 

「じゃ、えー……小野寺さんから」

「あ……小野寺、和香です。マネージャーとして、一生懸命がんばりますっ!」

 

 可愛らしい少女が、緊張の面持ちで挨拶をする。その光景は、雌豹の二つ名をもつコーチャーを除いては男所帯でがんばっている少年たちにとっては、これ以上ない眼福だった。

 

「はあぁ、来たでぇ……」

「来たな……」

「鼻の下伸ばすな、変態ども」

「頼むから最上級生って自覚もってくれよ……」

 

 むろん、個人差はある。閑話休題。

 そういった男の心情は別にして、真に僥倖なのは()()の新入部員の存在で。

 

「で、きみが……なんだったっけ、し、し……」

「……ハァ、」

 

 

「──改めまして清水大河っす。初心者なものでご迷惑おかけすることもあるかもしれないですけど、どうぞお手柔らかに」

「お、おぉ……」

「………」

 

 吾郎などは未だ、呆気にとられたような表情を浮かべている。もとよりルックスは悪くないと、同性の視点からも思うけれど。

 

(アホ面だ)

 

 それを引き出した自分を、大河は誇らしく思った。

 

 

──部員10名、顧問と臨時コーチャー、そしてマネージャー。お世辞にも万全とは言えないかもしれないけれど……それでも目標は変わらぬただひとつ。

 

 全国制覇。そのための13人が今、ここに揃った。

 

 

 

 

 

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