【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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それぞれの春

 

 春の選抜を優勝という下馬評どおりの結果で終え、最後の夏をめざして走り出した厚木学園高校野球部。

 全寮制のもとで統制された彼らは、四六時中をチームメイトとともに過ごすことになる。ただ練習以外の自由時間は、文字通り何をしていても"自由"──その点が、従来の名門校とは大きく異なるところで。

 

 今宵も各々が今日の疲れを癒やしながら、明日に備えている。チームで最も小柄ながら、打線の中軸と司令塔を兼ねる主将──小森大介もその例には洩れず、タブレットとにらめっこをしている。ただ彼の場合遊んでいるのではなく、もっぱらデータ収集や分析を行っていることが多い。昔から体格には恵まれなかった彼は、そのぶんだけ情報を武器として厚木野球部のスタメン捕手にまで上り詰めたのだ。

 

「小森〜、チョコ食う?」

「ん、ありがとう渡嘉敷くん」

 

 体格の一点においては共通するスタメン二塁手──元控え投手でもある──渡嘉敷が声をかけてくる。ブロックチョコレートをくれる……というのは口実のようなもので、実際は小森のタブレットに興味津々なのだ。案の定覗き込んできて……程なく、「うげー」と蛙の潰れたような声を発した。

 

「まーたそーゆーの見てんの?目ぇチカチカしねぇ?」

「はは……一応、時間を決めて見るようにしてるから」

「ふーん」

 

 興味なさそうにソファにぐてっと凭れかかる渡嘉敷。体格はもちろん頭脳労働も得意でない……となるといいとこなしのように思われるのだが、そんな彼もスタメンとして定着したひとりである以上、その能力に疑いはない。ただ彼も含め、才能と人柄がトレードオフになっているメンバーが多いのが玉に瑕ではあるのだが。

 そのまま踵を返して立ち去ろうとした渡嘉敷だったが、彼の持ち前の動体視力はタブレットの画面に表示された通知を見逃さなかった。

 

「!おま……今の女の子からのメッセージじゃねーの!?」

「!」

 

 声が大きい、と注意するも時すでに遅し。"そういうこと"に興味津々な面子が集まってくる。

 

「なんだよ小森ぃ、オマエいつの間に彼女なんて作ったんだよ?」

「うきょーっ、スミに置けねぇなァ!」

「ち、違うから!ただの小中学校の同級生だよ!」

 

 試合で大衆の前に出るたびに女子──幅広い意味での──に黄色い声援を浴びせられる彼らだが、そういったものにどの程度関心を示すかには個人差がある。小森は無碍にはしない程度に流すタイプだと思われていたし事実その通りなのだが、だからこそ"連絡を取り合う異性がいる"というだけでも大ごとに捉える者もいるのだ。

 じっと覗き込まれているのは癪だが、中学以来の連絡である。見られて困るようなものでもあるまいとメッセージ画面を表示させる。「久しぶり!」から始まる時候?の挨拶、そして。

 

「えっ、夢島高校!?」

「!!」

 

 思わず飛び出た言葉には、女の子というワードは聞き流していた面々も反応した。

 

「夢島って、あの速ぇ球投げるピッチャーがいた……」

「連中がどうかしたのか?」

「えっと、同級生……清水さんって言うんだけど、その弟さんがそこの野球部に入ったらしくて──」

「へぇ。そいつ、どっかのシニア出身とか?」

「いや、野球経験はないらしいけど……」

「なんだ、素人か」

「つまんねーのー」

 

 早々に興味をなくす者もいる中、小森は何か見えざる(えにし)のようなものを感じていた。部員数すら十分ではない新興のチームながら、かの野球部は日本一たる彼ら(厚木ナイン)の喉元にまで喰らいつかんとしたのだ。結果的には敗北したが──それを挫折と捉えず這い上がってくれば、いよいよ侮れない敵として最後の夏に姿を現すかもしれない。

 

(もちろん敗けるつもりはないよ、本田くん)

 

 ひとりひとりがプロ級の実力を有するチームメイトたち──そして、比喩でなく日本一の投手となった眉村。足らざるものなどない今の厚木学園は、無敵だ。そう確信すればこそ、立ちはだかる強敵との死闘を心待ちにしている。いかに小さな身体に温厚な精神を宿していると言っても、小森大介という少年は間違いなく戦衣(ユニフォーム)を纏った闘士(高校球児)なのだ。

 

「………」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 小森の小・中学校時代における同級生の弟──こと、清水大河が夢島学園高校野球部に入部してから、既に半月以上が経過しようとしていた。

 彼のほかにマネージャーとして小野寺和香なる女子生徒も受け入れ、夏に向けての体制を整えつつある夢島野球部。無論、それは他校とて同じ──否、よほど弱小でない限りより徹底したものとなっているだろう。中には既に熾烈なスタメン争いが始まっているチームもある。

 

──この日、彼らは横浜帝仁高校との練習試合に臨んでいた。同好会時代、吾郎が入会して初めて相手取った県ベスト4、あの帝仁である。

 とはいえ、彼らの陣容は当時とはまったく異なる。顔立ちにも身体つきにもまだ幼さを残した少年たち。大河と同じ、新入部員の面々だ。

 秋に敗北を喫した夢島ナインを侮っているわけでは決してない。むしろ強敵と捉えているからこそ、大勢の一年生に死闘を経験させ、育成しようという肚だった。

 

 ただ、皆それなりに野球をしてきたといっても、先月まで中学生だった面々である。吾郎の100マイル・ジャイロが相手ではまともな試合にならない。それは夢島側の守備練習としても不都合なことである──と、いうわけで。

 

「アルカトラズに流された気分だぜ……」

 

 マウンドに立つ児玉を恨めしげに眺めつつ、ぼやく吾郎。彼は例によって投手を外されたばかりか、今日はベンチスタートだった。いちおう不在の涼子に代わって南雲にあれこれ解説したり、チームメイトに指示を出したりと仕事はあるのだが、身体を動かせないとなると退屈でしょうがない。

 

「文句言うなよ。ときには仲間を信じて見守るのも、エースの務めだぜ?キリッ」

「ちぇっ……」

 

 口を尖らせつつ、先ほどから打ち込まれている児玉を見る。相手は一年生とはいえ、中にはシニアやボーイズリーグで経験を積んできた者もいるようなチーム。投手としては未だ同好会に毛が生えたレベルの児玉ではそうなるのも目に見えている。

 ただ、だからこそフィールドを守る野手たちが鍛えられるのだ。ちょうど今も、相手打者が児玉のストレートをライト方向へ打ち上げたところだった。

 

「大河ー!」

 

 呼びかけられた大河が、ボールの落下点へ走っていく。そして虚空を睨むようにしながらグラブを填めた左手を軽く掲げると、吸い込まれるように白球が落ちてきて。

 

──ぱしっ

 

「アウト!」

 

 審判の声に続いて、先輩にあたるチームメイトらが口々に「ナイスキャッチ、大河!」と声をかける。平凡な飛球ではあったが、野球歴ひと月足らずの彼がそれを捕ったということに大きな意味がある。

 そうして試合が夢島ペースで進み終盤に差し掛かる7回、体力の限界に達した児玉がベンチに下げられる。いよいよ自分の出番かと腰を浮かせた吾郎だったが、

 

『ピッチャー、児玉くんに代わって清水くん。ライトには本田くんが入ります』

「だあぁっ!!」

 

 そう──上述のごとき事情がある以上、吾郎がこの試合で登板する機会はないのだ。それに球速では劣ろうとも既に児玉以上の制球力をもっている大河。彼が今後投手に定着するかは別にして、その素地は培ってやりたいというのが部の総意であった。

 

 そうして大河がフィールドの中心に立った頃、帝仁チームを差配する若松のもとに歩み寄る青年の姿があった。

 

「おはようございます、監督」

「ん、おぉ、櫻内か。お前らの練習は午後からと言ったろう」

「わかってます。後輩たちがどんな様子か、気になったもんで」

「おまえが本当に気にしてるのは、むしろ相手の連中じゃないのか?」

「ふっ……監督相手に取り繕ってもムダでしたか」

 

 そう言って笑う櫻内は、まだ18にならないというのにもう大人の男そのものだった。身体的にも精神的にも、押しも押されぬ4番打者で主将という肩書きにふさわしい青年。そんな彼でも攻略しきれなかったエースが、相手チームにはいる。

 

「本田は……今日はライトですか。マウンドにいるのは?前の試合の時は見かけませんでしたが」

「清水と言ったか、ウチと同じ新入生だとさ。野球経験はないらしい」

「……冗談でしょう?」

 

 大河の投じたボールを目の当たりにして、櫻内はそう質した。しかし若松の返答は変わらない。

 

「俺もそう思ってんだがな。彼はさっきまでライトにいたんだが、フライも難なく捕っていた」

「そんな初心者が、夢島に……」

 

 櫻内は小さく笑った。元は同好会でありながら、自分たちを破ったチーム。今では一年生たちにとって十分な手本となるグラブさばきを見せ、初心者投手をサポートしている。

 

──夏が、楽しみだ。

 

 200にも及ぶ出場校がずらりと並ぶトーナメント。そのどこに入るかはくじ引き──つまり、見えざる神の手によるものということになる。もしかしたら決勝まで当たらないということもありうるかもしれない。

 それならそれでかまわない。勝って勝って、勝ち続けるだけだ。今年の帝仁は強い。夢島にも──あの厚木学園にだって、必ず勝利してみせる。

 

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